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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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治天の君、鳥羽上皇

 渡り廊を抜けた先は帝の御所になっている。今夜の宴はその場で執り行われる運びになっていて、忠盛が到着したときにはすでに招かれた多くの殿上人が白拍子たちの舞う舞を見てあな見事、などと馬鹿笑いをしている真っ最中だった。その中をゆっくりと忠盛は歩いていき、何人かの公家は無傷で歩いてくる忠盛を不思議そうに見ながらも、気づかれないように視線を反らした。


 彼は帝の御前で跪き、儀礼的な挨拶を行う。帝は御簾の後ろにいて、頭を下げる忠盛にはその姿を拝むことはできない。今代の帝、後の世で語られる崇徳天皇は目の前にひざまずいた新しい殿上人に冷たい眼差しを向けていた。理由は簡単で、帝は忠盛がどの官職に就こうが興味はないのだ。なにせ今の政治の実権は帝の父、今は左に控えている鳥羽上皇が握っているのだ。


 「忠盛、今宵はぬしの殿上人としての、就任を祝う宴。ゆるりと楽しまれよ」

 「ははぁ!」

 帝は冷たい声で賛美の言葉を送る。感情などこもっていようはずもない。どうせ自分とはまるで関係の外の世界の話なのだ。すべて父親にまかせておけばそれでいい、そう崇徳天皇は思っていた。


 帝の挨拶が終わると、その隣で控えていた治天の君、鳥羽上皇が向き直って忠盛に、よう参った、と賛美を送る。こちらは帝とは違って忠盛の参上を喜び、それが表情にも現れていた。

 年にして四十半といったところだろうか。上皇はシワひとつ、シミひとつない凛々しい顔つきをしていて笑顔などを浮かべればそれが絵になるほどの美貌の持ち主だ。上皇は立ち上がって忠盛の元まで歩くと、その肩を叩いて、自ら彼の座る席を示したりもした。


 これは異常なことであり、その場の貴族たちは目を疑ったものだ。いかに殿上人であろうと上皇自らが座る席を示す、といった畏れ多いことをするなどあるわけがないのだ。この行動に忠盛は恐縮してしまい、かしこまってその席へと歩いていった。忠盛の隣には高階通憲が座っており、忠盛へ酌などをしていた。笛の音が鳴り白拍子たちが舞うこの宴はそれだけで極上のものだった。このまま終わればただの宴、であったらどれだけ良かったことか。しかし、これもまた政、だ。


 「これは、これは忠盛殿。こちらにおわしましたか。なかなかお見えにならず、もしや来られぬのかと心配いたしましたよ」

 しばらくして忠実がぬっと現れた。忠盛は向き直り、一礼をする。見れば忠実の眉をひそめてその腹の中にしくじった貴族や為義への怒りが煮えたぎっているのがふつふつと伝わってきた。


 「ときに、忠盛殿。実は妙な話を聞いたのですよ」

 「噂、でございますか?」

 「さよう。なんでも、先に渡り廊で襲われたとか。いや、まさか殿中に刀を持ち込むような不届き者がいるとは思ってもいなんだ。まこと苦労されたことだろう」


 わざとらしくいけしゃあしゃあと忠実は他人事のように言った。忠盛は気づかれないように口の奥を噛んだが、それで溜飲が下がるわけではない。この男は腹の底からのたぬきよ、と腹の中で悪態づいた。

 「だが、この話はここで終わりではない。――実はそのものどもを追い払うために、忠盛殿。ぬしは刀を抜いた、と聞いておる」


 途端、忠盛の表情がこわばった。あたりを引いた、と思って忠実は声を出さずに笑った。

 「如何なされた。まさか、真実でありますか?おお、であれば帝や上皇様のお耳にいれねばなりますまいて」

 忠実は忠盛の返答など聞かず老人には似合わない軽い足取りで崇徳上皇の前に推参すると、ことの次第をかなり脚色して好き勝手言い始めた。その声は死にかけミイラになりかけの老人とは思えぬほど若々しく、おっしゃ有給休暇だ、と喜ぶ会社員のようだった。


 「ふむ、ではそちは忠盛が、内裏に刀を持ち込んだ、と言うわけだな?」

 「まことそのとおりにございます。あのものの飾り刀を今すぐに取り上げ、中身を見聞するがよろしいかと存じます」

 「ほぅ、では忠盛。そちの飾り刀をここに献上せよ」


 意気揚々と喋る忠実とは対照的に鳥羽上皇の声は落ち着いていた。彼はこれも忠実の嫌がらせだ、というのを理解している。しかし、殿中に刀が待ちこまれたなどというのを聞けばそれを見聞しなくては他の殿上人や公卿などに示しがつかなかった。


 「は、こちらにてございます」

 忠盛は腰に帯びていた飾り刀を刀を預かりに来た院近臣に丁寧な手つきで手渡した。持った瞬間院近臣は目を少し見開いてみせたが、すぐに引き下がると、飾り刀を上皇、ひいては帝の前へと献上した。


 「刀を、抜いてみせよ」

 「は!」

 院近臣は頷くとその飾り刀から銀色の刀身を引き抜いてみせた。その刀身を見て忠実は隠すこともなく、ほくそ笑み、上皇は険しい表情で視線の先で控える忠盛を睨んだ。帝は特に何も感じていないのか、あくびを噛み殺すようにして状況を見つめていた。


 「ご覧あれ!これこそが忠盛が御所へ刀を持ち込んだ動かぬ証!殿中へ刀を持ち込むなぞ言語道断。古の飛鳥の時代よりのしきたりを破ることにございます!」

 「……忠盛。これはどういうことだ。まさか、この祝の席にてそちがかようなことをするとは。殿中に太刀を持ち込むなど!」


 上皇は立ち上がり、厳しい口調で忠盛を責め立てた。それをざまぁみろ、と忠実や彼の派閥に属している公家衆は笑いながら見ている。

 「上皇様!」

 「なんじゃ!いかなる弁明を啓すつもりじゃ!」


 「今一度、その刀をご見聞ください!」

 「何?」

 忠盛に言われて上皇は今一度院近臣が抜いた刀へと視線を向けた。しかし、彼の目にはまだ刀に見える。上皇は忠盛がなんの根拠もない発言をする人物ではない、ということを知っていた。ので、彼は命じて院近臣に刀を手渡させた。そして、


 「こ、これは……」

 驚き、上皇はまた忠盛へ視線を向けた。その先では硬い顔だが、目だけは笑っている忠盛がいた。

 「ほほ。まこと武士とは面白いものよ。かようなこと、なかなかに思いつかぬぞ。これ、この太刀を忠盛へと返したもれ。この男はまこと、武士の器になき男よ!ほほ、ほほほほほ!」


 奇々怪々と笑う上皇。それを理解できない忠実は狼狽して、上皇に真意を問うばかりだった。



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