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グリフィカの場合

 先代皇帝陛下の思いつきに応えたファーディナンドの弟とイライアスの弟は立派に皇帝としての責務を果たしていた。

第二皇子で予備という思いが強かったフルエディートは精力的に仕事をしていた。


「はぁ? 兄さん、今なんて?」


「だから俺は皇帝を辞して、フルエディートに譲ろうと思っている」


「はぁ? 何を馬鹿なことを」


「そうだな。でも俺とお前が着任した期間は一緒だ。なのに税収が上がったり没交渉だった国と国交が回復したりと業績は目覚ましいものだ」


 貴族たちからもファーディナンドよりもフルエディートの方が良いかもしれないという声は出ている。

実際にファーディナンドもそう感じていた。


「それは兄さんが基盤を作っただけ・・・」


「フルエディート殿下、それは違いますよ。ファーディナンド陛下は最低限の政務だけをされていましたから基盤も何もあったものじゃない」


「おい」


「それにファーディナンド陛下は皇帝であるよりも違うことに興味を持っておいでです」


 飾りのない白い便せんをフルエディートに渡した。

すでに封は切られており宛先であるファーディナンドもイライアスも目を通している。

差出人はグリフィカだった。


「わたくしは、わたくしのしたいようにします。・・・・・・何ですか? この飾りのない出だしは」


「いいから読め」


 貴族の令嬢たちは本題に入る前に庭の花が咲いたとか色々書いたり、手紙に香水を染み込ませたりする。

そういったものを全部省いた簡素な手紙だ。


『黒幕を捕まえることができたことは僥倖ですが、そのせいで、わたくしの婚約が無くなってしまいました。それからというもの毎日が味気なく、研究をする気力も失ってしまいました』


 フルエディートの眉間に皺がひとつ寄った。


『あんなにも楽しい日々だったのに、今では懐かしさのあまり季節が二つほど巡り、ついにお兄様よりお叱りを受けてしまいました』


 フルエディートの眉間に皺がふたつ寄った。


『それでもわたくしは、あの毒を盛り効果を調べるという懐かしい日々が忘れられないのです。失ってしまったものの代わりに、お願いがございます』


 フルエディートの眉間に皺がみっつ寄った。


『ちょっと毒を飲んでくださいませんか? グリフィカ・ヴェホル』


 フルエディートの眉間に皺が寄る代わりに手紙に皺が寄った。


「何ですか? このふざけた手紙は? たしかに父や兄さんのことで尽力してもらったことは感謝しますよ。でも一介の皇帝を実験台にするなど不敬にもほどがある」


「・・・ファーディナンド陛下、恐れながらこの手紙と興味のあることに繋がりはありますでしょうか?」


「あぁ。グリフィカが言うには皇族であるのに毒への耐性がないのは、おかしいということだった。あの王国ですら痺れ薬くらいには対応できるらしい」


 その言葉にイライアスの弟は思うところがあったのだろう。

考え込むようにした。


「だからと言って兄さんが実験台になる必要はないでしょう!」


「実験台であることは間違いがないが、グリフィカは腕の確かな薬師だ。毒の耐性をつけるには信頼関係も必要だと思っている」


「それが兄さんとグリフィカ嬢にはあると? 馬鹿馬鹿しい! きちんと帝国の医師と相談して決めれば良いだけのこと。訳の分からない馬の骨に任せるなど愚の骨頂」


 薬師への反応が少し前の自分に似ていると思いファーディナンドは笑った。

だが、今回の先代皇帝へのことは帝国の医師がしたことだ。

他の医師は違うと言っても、どこかで疑ってしまう。


「フルエディートには反対されると思って、父にはすでに許可を貰っている。俺の退任は一か月後、同時にフルエディートの着任も決まっている」


「なっ何ですか? それ」


「悪いな。俺は俺のやりたいようにやる。それにグリフィカが毒について語っている姿は気に入っているんだ」


「悪趣味ですね」


「自分でもそう思うよ」


 決まってしまったことは仕方ないとフルエディートは皇帝になる覚悟を持った。

兄弟仲は良かったから下剋上ということは考えなかったが、それでも皇帝になれたらという思いは捨てきれなかった。


「それでグリフィカ嬢を迎えに行くのは、いつですか?」


「・・・その必要はありませんわよ」


 いつの間にか部屋にはグリフィカがいた。

誰も気づかずに侵入を許したということで、廊下で見張りをしている兵に確認をした。

何でも普通に廊下を歩いて来たということだ。


「そうか・・・」


「イライアス様は察しがよろしいですね? 薬師の行動を制限してはならない。皇帝陛下からの勅命に従ったまでですわ」


 部屋に入ったのは五分前ということだが、音がしなかったのはグリフィカの隠密行動によるものだ。

急に現れたグリフィカにフルエディートは警戒をしているが、警戒されている本人は気にしていない。


「来るなら連絡を、それに迎えに行ったのに」


「今更、迎えが無いことで、へそを曲げるほど狭量ではありませんわよ。ファーディナンド陛下とわたくしの仲ではありませんか」


「連絡は?」


「手紙を一応は出しましたけど、これはお兄様のせいです。色々と手につかないせいで、温室の薬草をだめにしてしまったので、帰って来るなと追い出されました」


 手紙よりも本人が先に到着してしまったというだけのことだ。

この部屋までは城門の見張りがグリフィカを王国まで送り届けた者だったことで、顔見知りで何の障害もなくファーディナンドの元までたどり着いてしまった。


 今では勝手にグリフィカが滞在するための部屋が用意されている。

薬師というところで扱いに困ったがグリフィカが毒以外のことは気にしない質なので使用人たちからは気に入られている。


「それで、毒は専門分野ですので、どんな毒も調合してみせますわよ。まずは、どんな毒を飲んでみられますか?」


 急な退位で混乱は多少あったもののファーディナンドが立ち上げた薬の研究機関により、国民の死亡率が下がり一定の評価を得た。

薬師と医師の協力体制という次代に引き継がれる大きな功績を残した。

そこに毒の魔女がいて、ファーディナンドは魔女の手下に成り下がったという噂も出たが本人たちは気にしなかった。


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