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二章番外編 体力測定(前編)


 健吾と璃那と穹良が、穹良の日用品を買いに行った日。ホームセンターの店内を巡りながら、璃那は何かを思い出したような顔をして、洋服ダンスを見ていた穹良に声を掛けた。


 「そう言えば穹良、週明けの火曜日、何があるか覚えてますか?」


 問われた穹良はゆっくりと天井を見上げ、足元に視線を落としてから、璃那に顔を向け、


 「……いや?」

 

 薄い反応を示す穹良の奥で、健吾が何かに気付いたような声を上げる。


 「来週火曜って、もしかして」


 「発言するときは手を挙げて元気よく」


 「はい!」


 一応周囲に他のお客さんがいないことを確認してから、璃那の茶番に付き合う。すると璃那は嬉しそうな顔をしてから、健吾を指名した。


 「はい、西島さん」

 

 「体力測定がある」


 「正解!」


 ビシッとサムズアップを向ける璃那に、穹良は半ば呆れたような目を向ける。


 「何かと思えば、そんな事か」


 小テストがあるとか、忘れてはならない何かを持ってくる必要があるとかそういった類かと思った穹良からしてみれば、わざわざ話題に挙げる必要のないような話題な気もする。もちろん、内心「体力測定ってなんだ?」と思っていることは伏せておく。

 

 だが、璃那と健吾の目は存外真剣そのものだ。その真剣な四つの目が、穹良の顔に向けられる。


 「そんなこと、じゃないですよ、穹良」


 「何がだ」


 「穹良ってさ、自分の体の制御、出来てる?」


 軽く茶化すような健吾の口調に苛立ちを覚え、穹良は少しだけ声のトーンを落とす。


 「だから何が言いたい」


 「体力測定ですよ、体力測定。自分の能力を好き勝手に使えば、大きな混乱を招くことになってしまいます」


 言いながら、璃那は先日の体育の授業を思い起こす。人間とかけ離れたボールの威力と、回避ではなく真っ向から防御する姿勢。そして健吾の机を、人間である雪灘の前で叩き壊してしまう浅慮さ。たまに見え隠れする世間知らず。


 これらの条件を勘案した結果、璃那は穹良が学校に行っていなかった、あるいは行けない状況に置かれていたのではないかと勝手に予測していた。本人に聞けばはっきりする事柄ではあるが、それは憚られる。となれば勝手に推測するしかないが、そう思わせる言動を穹良に見いだせることも、また事実だ。


 そしてもしそれが事実だとしたら、穹良は「体力測定」という言葉すら知らない可能性がある。


 健吾もその可能性に気付いているからこそ、軽く茶化すような発言をしたのだろう。


 「体力測定って、分かります?」


 璃那の確かめるような口調に、穹良が黙り込む。黙り込むということ自体が答えを示していたが、璃那は穹良の正面に回り込むことで追い打ちを掛ける。スッと視線を逸らす穹良の仕草が見ていて楽しい。


 「……分からん」


 「でもさっき、そんな事って言いましたよね」


 「……言った」


 じわじわと追い詰められていく穹良が、一歩下がって健吾の隣に並ぶ。


 「嘘はいけませんよね?」

 

 「……分かっている」


 俯きそのまま黙り込むのかと思いきや、


 「ごめんなさい」


 小さくではあったが、確かにそう言った。が、突然傍らの健吾が苦痛に悲鳴を上げた。


 「痛え痛え、穹良お前なにすんだ!」


 見ると、隣に立つ健吾の右手の甲の薄い皮膚を、穹良が思いっきり抓っている。謝らなければならない状況に追い込まれたことへの悔しさの表現なのかも知れないが、完全にとばっちりを食らう結果となった健吾は災難だ。真っ赤になった手の甲に息を吹きかけ、痛みを和らげようとしている。

 

 「ちょっと、大丈夫ですか?」


 「ああ、平気だよ」


 正直言うとかなり痛いし内出血もしているが、健吾は頬を引きつらせつつ平静を装う。健吾の中の男らしさが、彼にそうさせていた。


 ――――こいつのことは後で引っ叩こう


 赤髪の後頭部を睨みつけながら、健吾は密かにそう誓った。


 「で、璃那。今度は私に何をさせたいんだ?」


 かったるそうな声音で、穹良は璃那に問う。こういう口調の時の璃那は、自分に何かして欲しいことがあるということを穹良は学んでる。流れ的に何となく予想はつくが、しっかりと璃那の口から聞くことが大事だ。


 「特訓しましょう。穹良の飛びぬけた身体能力を平凡にする特訓を」


 「自分のためでもあるし構わないが、いつやるんだ? 人目に付いたら意味がないし」


 思った通りだと思いながら、穹良は人目に付かなそうな場所を脳内で検索に掛ける。だがこの地に来て一カ月弱、そんな場所はすぐには思い浮かばない。


 「そうですねえ……」


 どうやら璃那も、場所の当てまではなかったらしい。すると黙って考えていた健吾がおもむろに口を開いた。


 「明日の午後なら、学校の体育館には誰もいないんじゃないか?」


 「あ、確かに!」


 にわかに表情を明るくした璃那が健吾に顔を向ける。

 

 日曜日なら部活を行っている部は少ないはずであり、行っていたとしても午後までの部はほぼ存在しない。教師も基本来るはずがなく、図書館で勉強したいもの好きの生徒を除けば、日曜午後の学校はほぼ無人である。人目に付きたくない健吾たちからしてみれば、かなりの好都合だ。


 「日曜でも先生は誰かは来ているらしいので、出入りは可能なはずです。明日の午後、良いじゃないですか」


 「私も特に予定はない。行ける」


 「決まりみたいだな」


 場の空気が一つになった気がして、三人はそれぞれの顔に目を向ける。これで穹良の特訓は問題なく行えそうだ。


 「ってことは西島さんも来てくれるんですね」


 「え?」


 何気なく放たれた璃那の言葉に、健吾は思わず疑問符を漏らす。健吾の知らぬ間に、健吾も行く話になっているようだ。


 「え、俺も行くの?」


 すると璃那はさもありなんと言った表情で、


 「西島さんもそう(半竜)なんですから、当然じゃないですか」


 「お前がうっかりバレるようなことがあれば、私の可愛い妹にも影響するだろうが」


 「あ、はい……」


 自身が半竜であったことを忘れていたことを恥じて、健吾は黙って従う。よくよく考えれば、健吾はまた浅はかな行動を取ってしまうところだったのだ。そうならないように気に掛けてくれた璃那には感謝しなければならない。

 

 その後の穹良のコメントには納得できないものがあるが。


 こうして、翌日曜日に健吾と穹良向けの、体力測定対策特訓会の開催が決定された。

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