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三章終章 たとえ人より弱くても半竜として生きる


 六階の高さから落とされ大破した二組の学習机を教職員とともに中等部棟の職員室に回収した穹良と健吾は、竜力を用いた再構成による修復を試みていた。


 あの後かがみと暮月には穹良が状況を説明し、現在二人は保健室で休憩している。午後の授業は無理して出席しなくていいことを校長から伝えられているが、本人たちは出席するつもりらしい。ならばと、五限に間に合うように修復作業を始めたという訳だ。


 職員室の隅で翼を広げ、緑色の粒子を放出しながら机の鉄フレームを解き、割れて剥がれた塗料や付着した土を分離する穹良の後ろから、作業の様子を数人の教師が覗き込む。人間には決して真似できない芸当を披露する穹良の表情は真剣そのもので、額からは一筋の汗が流れ落ちた。


 「すごいな。まるで魔法みたいだ」


 教師の一人が、感嘆の声を上げる。穹良の隣で作業を見守る健吾も呟いた教師と全く同じ感想を抱いた。前に一度だけ、汚れてほつれた制服を再構成するところは見ているが、大きく形を変えてしまった物が目の前で本来の姿を取り戻してゆく様子には驚きを隠せない。こうしている間にも大きくひしゃげた机の脚は、穹良の触れたところが竜力に変換され、さらに鉄へと再変換されてゆく。同時に机の脚ではなかったもの、汚れや砂粒などがチリとなって床に積もっていった。


 「今は上手くできないだろうが、こういう根気のいる地道な作業は種族的にお前の方が得意なはずなんだ」


 「え、そうなの?」


 手元を注視しながら、穹良が頷く。ちょうど最後の脚を仕上げるところで、無事に一台目の修復を終えると、ふう、と大きく息を吐いた。元々汚れが多く、剝離箇所も多かった塗装は省略したため、鉄本来の輝きを放つ机となってしまったが、機能面は完全修復出来た。作業を見守っていた教職員からは小さな拍手が沸き上がったが、当の穹良は残りの机一台と椅子二脚を眺めて辟易していた。


 「三種の竜の中で享受できる竜力がもっとも少ないのは地竜だからな。逆に一番消費効率がいいんだ。ねぐらを作るのも基本地竜だけだし、飛竜と戦う時には正確な射撃攻撃をする必要がある。だから一番器用なんだ」


 椅子を直す穹良の手元に、健吾も視線を落とす。よく見ると、竜力に変換された鉄が再構成されるときに、太くなったり細くなったりを繰り返してから太さが決められている。椅子一脚分に使用されている資源の配分を再構成時に適切に割り振らないと、パイプが太く薄くなったり、逆に細く厚くなったりするのだ。加えて四本の脚を構成する材料の比率が均等になっていないと、脚の長さがバラバラな椅子が出来上がってしまう。


 「ちょっと、やってみていい?」


 「出来るもんならやってみろ」


 穹良から手渡された椅子の脚に右手をかざし、体内を循環する竜力を掌に集める。曲がった鉄パイプを竜力に変換するのは上手くできたが、再構成しようとした途端に鉄の塊が出来上がり、修正しようとした結果くびれが出来た。


 「ひょうたんか。上手いじゃないか」


 皮肉がクリーンヒットした健吾は黙って椅子を穹良に返した。受け取った穹良は健吾の犯した失敗を見事に修正し、僅かな時間で椅子を仕上げた。机ほど大きくなく、構造も簡単ではあるが、その速度と正確さにはただただ驚くばかりだ。


 「綺麗に仕上げるなあ」


 「塗装までやりたいところだが、あの薄さを均一に再構成する自信はないし、挑戦する時間もない。それより私としては、失った片腕を再生できてしまう方が驚異に思う」


 言われて、健吾は自分の右腕に視線を落とす。そして、今の自分がすんなりとこの黒い腕を受け入れていることに気付いた。一切使えなかった半竜としての能力も、失敗したとはいえ今使ったところだし、翼も自分の意思で出し入れが可能になっている。昨日の今頃には予想もしていなかった心境になっていることに、驚きよりも不思議さが勝る思いがした。


 「なんか、忙しい半日で、この腕のことを考える暇がないうちに、慣れちまったなあ」


 「なら、狙い通りで何よりだ。その言葉を聞けば暮月も喜ぶ」


 口とともに手を一生懸命動かしていた穹良が、「出来た」と嬉しそうに小さく呟く。二台目の机の修復が完了した。作業に慣れたのだろう、修復の速度が向上していた。


 「損傷した身体の再生能力も地竜は折り紙付きだ。お前なんか、下手したら一欠けらの肉片になっても蘇られるだろうさ」


 「地竜だけなのか? どうして」


 「一番生息可能面積が狭く、攻撃を受けた際の回避能力が低いからだ。逃げられないなら防ぐ、防げないなら治す。それだけのことだ」


 言いながら、最後の椅子の修復に取り掛かる。その時、男性教師が怒鳴る声が壁越しに聞こえてきた。職員室の隣に位置する、生徒指導室からだ。


 「あっけなくお縄についたか」


 穹良が顔を上げ、健吾も声の方向に視線を向ける。説教の内容までは分からないが、かなりきつく叱っているように感じる。無理もないだろう。落下時に下に人がいれば、彼らは殺人者にもなり得たのだ。犯人の一人の胸倉を掴んだ健吾ではあったが、今は机が壊れただけで済んでよかったという思いもある。もちろん机以外の見えない者も壊されたが、意図せず人を殺してしまうような経験はしないに越したことはない。


 「反省、するかな」

 

 「さあ。それは神の味噌汁、だな」


 まさか穹良がボケたのか、と脳内処理をしている間にツッコむタイミングを逃した健吾が人知れず苦虫を嚙み潰したような顔をする。どちらかと言うとツッコミ役をすることが多い健吾であったが、力不足を露呈したことが心底悔やまれた。一人悔しがる健吾の目の前で最後の椅子を仕上げた穹良が徒労感と達成感を混ぜたような表情を浮かべる。


 「終わった。さあ、こいつらを運ぶのを手伝ってくれ」


 「あいよ。修復お疲れ様」


 「労ってくれるなら二つとも運んでくれ。あと晩飯ご馳走してくれ」


 健吾が出来ないことをやってくれたのだ。それくらいの見返りを求める権利はあるだろう。学習机にセットを運ぶのは少々骨が折れる気がしたが、椅子を逆さに乗せた机を両肩で担げば意外と簡単に持ち上げることが出来た。安定性の面は、一対の翼が副腕として機能してくれるおかげで解消できる。


 手ぶらの穹良と両肩に机を担いだ健吾は、職員たちに見送られて職員室を後にした。この机を壊した張本人たちに対する説教は、未だ続いていた。






 「しかし、お前は意外と瞬間湯沸かし器なんだな」


 中等部二年の教室に机を運ぶ道中、誰もいない階段で不意に穹良が切り出してきた。机を落とした中学生を掴み上げたことを指していると気付いて、健吾は「ああ」と前置きをする。


 「今回も<トラク>を呼ぶ羽目にならなくてよかったよ」


 健吾の声のトーンが落ちたことを感じ取り、穹良は申し訳ない気持ちになって押し黙った。そんな彼女の後悔に気付いて、健吾は沈黙を作らないように口を開く。


 「悪い癖だと思ってるよ。半竜が怖がられるのは分かる。俺だって、自分と似た姿をしている奴が自分なんかよりずっと大きい力を持っていると知ったら、怖くなる。でも、卑怯な手段を使って外堀を埋めて来るようなやり口には我慢ならないんだ。もっともそのせいで小学生の時には同級生を何人も殺したし、街一つを灰にした。中学の時は数人殴り倒した。半竜の力を使ってやってんだから、卑怯なのは俺の方だよな」

 

 自嘲気味に笑う健吾に、穹良はわずかに心が痛む気がした。


 この世界は弱肉強食で、それぞれの生命体は生態系ピラミッドの中で生命を営んでいる。その頂点に君臨するのは人間だと多くの人間が思っているが、同位またはその上には竜が位置している。半竜の地位自体は人間より低いが、能力は完全に上回っている。


 人間が持てる力の全てを用いて生態系ピラミッドの最上位にいるならば、半竜や竜が己の力を用いてさらに上を行くことに何の罪があろうか。人間が動物を狩る側にいるなら、竜が人間を狩る側にいる。ただそれだけのことだ。生きるために人間を殺すのなら、その行いを誰が責められようか。人間が持つ道徳観や倫理観によって制限がかけられるなら、それは生き物として不公平ではないだろうか。


 だが、そんな疑問や哲学を抜きにして、健吾を擁護したいと思った。同時にそれは安易にしていいものではなかった。それでも、言わなければ伝わらないことはここ数ヶ月で学んでいる。


 「私も、真意を明らかにしないまま接近してきては私に力を使わせようとする大人が嫌いだ。大人じゃなくても嫌いだ。私たちの力の恩恵を受けるなら、それなりの待遇を用意するべきだと思っている。恩を仇で返す真似は、相手が何であってもしてはいけないと思う。だから」


 言葉を区切った穹良へ振り向くと、健吾の左肩が軽くなった。穹良が一組の机を健吾から取り上げたのだ。


 「あ、いいよ俺が運ぶから」


 取り返そうと左手を伸ばすが、穹良は取られまいと遠ざけて背を向ける。


 「私だって責任を感じてるんだ。あの時私が気を抜かなければ、巡り巡ってあの二人が辛い思いをすることもなかったんだろう、って」


 ここで机の奪い合いをしても仕方がないので、健吾は穹良に一組預けることにした。廊下を歩きながら、なんと返そうか考える。


 「確かにそうかも知れない。でも、違うかも知れない。暮月が学校に行きたいって言いだせば、どのみちこうなった可能性が高いんだ。事態が少し早く起きたってだけかもしれない。そんな事は誰にも分からないんだよ。それに、俺はあの時、撃たれたのが俺でよかったって心底思ってる。結果論だけど、こうして再生できたし。俺には両親がいるけど、かがみにはいない。血縁者はお前だけなんだ。そのお前が傷つくようなことがあったら、俺はかがみに顔向けできなくなる」


 「私だって……」


 「え?」


 小声で何か呟く声が聞こえたが、タイミング悪く鳴り響いた予鈴に掻き消されてしまった。聞き返したが穹良は答えてくれず、健吾もそれ以上聞こうとはしなかった。







 健吾と穹良が机を運び込む姿をかがみのクラスメイトは驚きの眼差しで眺めていたが、机を壊された二人が戻ってきたことに更に驚いていた。


 六限の時間はかがみのクラスでは校長が教壇に立ち、生物の授業を行った。半竜の生い立ちや竜の存在については一切触れず、生物多様性がなぜ重要なのかということについてグループワークを行わせた。


 この一回の授業で、今回の授業の意図を感じた生徒は皆無と言っていいだろう。人間が生物多様性を語るときは、守る立場からの議論になる。自分より上位の存在を守る必要はないからだ。


 だが、上位だと思っている存在は本当にそうなのか。誰がそうだと言ったのか。この議論がなされない時点で、議論に多様性がない。その違和感に気付く生徒が一人でもいればいいという思いで、鞍馬は教壇に立ち、議論を交わす生徒の声に耳を傾けた。望みは薄いが、メッセージ性を強めれば反感も強くなる。今の段階で大事なのは、彼ら自身がどう感じるか、だ。






 かくして、波乱に満ちた一日が終わりを告げた。帰宅後、健吾は穹良、かがみ、暮月と食卓を囲んだ。ストレスを抱え込んだかがみの愚痴は止まらず、健吾はその聞き役に徹し、その間に穹良と暮月は箸を進め続けた。暮月がよく食べるのはよく知っていたが、穹良も大食いの気があるとは知らず、健吾はその意外な一面を見ることが出来たことに喜びを覚えた。


 「お前の温かい飯を食うと安心する」


 食後、ダイニングでリラックスしていた穹良が、洗い物をしている健吾の背中に語り掛けた。風呂場からは一緒に入ったかがみと暮月がはしゃぐ声が聞こえてくる。いつもよりも賑やかな夜だ。


 「作りがいがあって嬉しいよ。それにしても、お前結構食うんだな。知らなかった」


 皿を洗う手を留め振り返ると、椅子二つをベッド代わりにして横になっていた穹良が体を起こした。


 「まあ、な。今日はちょっと竜力の消費量が多かった。さすがにあの量の再構成は骨が折れる」


 「お疲れ様。しかし、あの楽しそうな声を聴いていると、このままの時間が続けばいいのにって思っちまうな」


 穹良も風呂場の方に顔を向ける。二人の楽しそうな声を聴いていると、穹良も楽しい気分になってくる。


 「時の流れは止められない。でも、時が流れるから、人は慣れることが出来る。今日中等部棟の職員室にいて思ったが、あそこでは好奇心の目は向けられても、拒絶の意思はほとんど感じなかった。教師という立場上、そういう意思を表面に出さないよにしていただけかもしれない。でも、ああいう事態を全く想定していなかった訳でもないだろう。結局、私たちに対する知識の差だ。なら、触れあううちにいずれ慣れ、それなりにやっていけるようになるだろう。そうでないなら何らかの対処は必要になるがな」

 

 楽観かも知れない。この楽観が彼女たちを傷つけるのかも知れない。だが、彼女らにも人間の友達がいる。人間と決して交われない訳ではない。ならば、彼女らの意思を尊重したうえで、もう少し様子を見るのも手かもしれない。幸いにして何かあればすぐに飛んでいける距離に校舎があるし、かがみの自衛能力は人間基準で考えられないほど強力だ。


 それに、あと一週間で夏休みが始まる。とりあえずあと一週間通うことが出来ればしばらくクラスメイトと会わなくてよくなるし、彼女らのクラスメイトも頭を冷やす十分な期間を確保出来ることだろう。


 「そうだな。もし二人がそう望むなら、もう少し様子を見よう」


 洗い物を終えた健吾も席に着き、穹良と共に風呂場から聞こえてくる声に耳を傾ける。


 忙しく、感情の起伏が大きい一日だったが、最後に穏やかな時間が流れていることに、健吾は誰に対してでもなく感謝の念を捧げた。そして今度は、穹良、かがみ、暮月の三人に感謝の念を捧げた。彼女らが泥をかぶることをいとわず行動を起こしてくれたおかげで学校に復帰することが出来た。そして璃那や真、雪灘が傍にいてくれたおかげで、四面楚歌の状況下で心細い思いをせずに済んだ。


 気付けば随分と仲間に囲まれたものだと、天井を見上げて思い返す。理解のある仲間に恵まれたことに感謝をささげ、この思いをかがみや暮月に分けてあげることを誓う健吾の穏やかな夜は、もう少し続いた。


 

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