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脇目もふらず会場を出た花純たち。招待客たちからも驚愕したような顔を向けられるが、もうそんなことには構っていられない。少しでも早く城を出たかった。その想いはこの場にいる三人とも共通の意見だった。
カイトに腕を引かれて城の中を競歩かというほどの速度で歩くが、体力のない花純はついて行る訳もなく・・・。
慣れないドレスの裾に足が絡まり、盛大に転ぶはずがカイトに支えられた。
「・・・・・・、カイト君。もう少しゆっくり・・・」
息を弾ませる花純を見て、カイトは何を思ったのか頷く。頷いた後のカイトの行動が最悪だった。
「ぎゃっ!」
カイトが花純の足をすくい取り、要するにお姫様抱っこをされてしまったのだ。
まだ城の中だというのに・・・。
警備の騎士たちもすぐ側にいるのに・・・。
恥ずかしくて爆死してしまいそうだ。
「カイト君っ! 自分で歩けるよっ」
抗議の声も虚しく、そのままカイトはもの凄い速度で再び歩き出した。先程までの歩きはあれでも花純に気を遣っていたのだと解かる速度だった。
思わずその速度に何も言えなくなった花純だった。
カイトの後ろにいるゴードンも、後れを取ることもなく難なくついてくる。
どうやら息が上がっていたのは花純だけのようだ。
ゴードンをカイトの肩越しに見ると、にやりと笑まれた。この笑みの意味することをあまり考えたくない花純だった。
(絶対よくないこと考えている顔だよね・・・?)
それは花純にとってという限定付きではありそうだ。
馬車をつける場所へ着くと、城の侍従なのか案内係なのか慌てて側に駆け寄ってきた。まさか招待客がこんなに早く退出するとも思わなかったのだろう。
国王主催の舞踏会など、貴族でもそう参加することも出来ない。人脈を作ることや、国王に自分によい印象を与えることしか考えている者たちで会場の中は溢れ返っているのだ。
そんな理由からか、侍従はカイトの腕の中の花純を見て大いに勘違いした。
『連れのご令嬢のお具合が悪くなった』
そう素早く察した侍従はカイトに家名を聞く。
「どちらの馬車をお呼びいたしましょうか?」
貴族が多く集まる舞踏会などでは、御者を務める者の控室がある。それに馬車の待機場所もここから遠く離れていた。
その馬車をここへ呼ぶには多少時間がかかるものなのだ。
「ヴェルビエ伯爵家の者だ。急がせろ」
尊大なカイトの言い方に、花純は瞳を瞬かせた。
「かしこまりました。お連れ様のお具合がよろしくないようですが、お部屋をご用意いたしましょうか?」
早く帰りたい者の為にこの場所から近くに控室があるのをカイトは熟知していた。これまでも家の建前上、嫌々舞踏会に参加させられたことがある。主催者に挨拶を済ませて帰ることもしばしばで、こういった部屋もよく利用させて貰っていた。
人々の好奇な視線を浴び続けるより少しはましだろう。
「頼む」
「ではこちらのどうぞ」
数人いた侍従の一人が先に立ち、案内してくれた。
「馬車のご用意が整いましたら声をかけさせていただきます」
カイトは無言で頷いて、部屋の奥へと赴き花純をソファに座らせた。そのソファのあまりにも凄いクッション性に花純の身体が変な風に弾む。
(うぅ~・・・、無駄に贅沢だな)
こういうソファは苦手なのだ。
身体が埋もれるタイプのものだ。こういうのって反対に高給過ぎて、どう座っていいのか解からないのだ。背凭れに凭れかかると、何処かのお腹の出っ張った社長さんみたいになってしまうし、浅く腰かけるともの凄く居心地が悪い。
身体が斜めになったところで、目の前に肩膝をついたカイトに腰を支えられる。
懇願するような瞳でこちらを見られた。
「カスミ、頼むから・・・これからは俺に黙ってこんな場所にくるな」
黙っていたことはもの凄くこの一週間罪悪感があったので、花純は素直に頷いておく。
「うん、もう行かない」
花純の応えにカイトはほっと安心したような顔になった。
憧れのお城の中は想像以上に悪鬼が蔓延る場所のようだ。自分などののほほんと日常を過ごしている庶民にはきてはならない場所のように思えた。
「カイト君の家の主宰する舞踏会も行かないね」
規模は違うとはいえ、やはり同じような目的に貴族が集まるに違いない。だから大分未練はあるが、参加しない方がいいだろう。
未練がある事にはカイトも気付いているようだ。
「カスミは舞踏会自体は好きなのだろう? 何がそんなに魅力的なんだ?」
自分には面倒な舞踏会だったが、花純はあの場を女の子の憧れと言った。花純のことは何でも知っておきたい。だから質問してみた。
「ん~・・・、まずね。会場に入った瞬間、すべてがキラキラしてるでしょう? 女の子はあのキラキラが堪らないんだよ」
キラキラ? 輝いているということか?
日本語表現は直哉で結構慣れているカイトだが、彼からはあまり聞かされない表現だから戸惑う。
「会場に行く前から胸がドキドキするの。綺麗なドレスを着て髪を整えて、飾りをつけて・・・」
カイトは花純の髪を見た。そこには先日ヴィートから贈られた髪飾りがある。
その髪飾りを毟り取ってしまいたい衝動にかられる。
(嫉妬か・・・・・・、胸が痛むものなのだな)
髪飾りから視線を逸らせて、心の奥に燻ぶる嫉妬心を抑えた。
「ならば、綺麗なドレスを着て茶会などすればいい。親しい者たちだけですれば、カスミも楽しいだろう?」
「お茶会か~、それも楽しそう」
嬉しそうに破顔した花純に、カイトもようやく息を吐き笑みを浮かべる。
しばらくして茶器を携えた侍女が入ってきた。
侍女が退室してから花純は茶器に手を伸ばした。
「あ・・・、美味しい。やっぱりお城のお茶は格別だね」
気の置けない者たちだけだからなのか、花純の顔色がようやく元に戻ってきたようだ。
花純が上手いと言った茶の味を確かめる為に、カイトも茶器に手を伸ばす。
口の中で香りを確かめ銘柄が何か確認した。
そしてカイトは『今度街へ出たら買ってこよう』と心の中で思った。




