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国王に見詰められて、花純は硬直していた。
笑みを浮かべてはいるが、どこか恐ろしさを感じた。目が笑っていないのだ。
花純のことを探るような瞳。
「陛下、発言をお許しいただけますか?」
騎士団長のレウォンが、一歩前へ出て伺いを立てる。
「構わぬ」
花純を見詰めたまま国王が許可を与えた。
「彼女はカスミ・ノノミヤ嬢。最近現れた落ち人です」
「ああ、そう言えば確かそなたのところに所属する落ち人と、故郷が同じだと聞いたな」
「はい。街で彼女を見かけましてね。気に入ったので騎士団への入団の誘いをいたしました」
その言葉で国王は初めて花純から視線を外した。
「何? そなたが直に誘ったというのか?」
「はい。ですから、あまりお構いにならないでいただきたいのですが」
驚愕したような顔で国王はレウォンの顔を見詰める。
「そなたがそう言うのなら彼女の身元は確かなのだろうが・・・。そなたも見ただろう? どうやらセブランがあの者を気に入ったようだ」
「ええ、ですが私もお譲りすることは出来ません。陛下も騎士たちの妻不足の問題を御存じでしょう。死地に向かう騎士には妻が必要不可欠です。セブラン殿下にはもっと相応しきお相手がいるはず。どうか、お許しを」
「騎士団で囲おうということか?」
国王が不満そうに顔を歪める。
訳が解からない内に二人の牽制し合いになっている。
「まあまあ、そう仰らずに・・・。まだセブランも彼女も若いのだもの。これから何が起こるかなんて解かりませんわよ?」
もの凄く楽しそうに、王妃がそう言葉を紡いだ。
「では父上、私を騎士団の顧問にしてはいただけませんか?」
いつの間にかきていたのか、セブランが霞みのすぐ後ろにきて肩をに手を置いた。
「・・・・・・・・・っ!」
花純は驚いてひょっと身体が少しだけ浮いた。
「ああ、驚かせたね。ごめんね?」
両肩に置いた手はそのままに、肩越しに顔を覗き込まれる。
「それはいいわねっ! そうしていただきなさい。それで彼女の心を射止める気ね?」
「ふっ」
母親である王妃の言葉にセブランは花純にだけ聞こえるような笑みを零した。
「母上もまだ若いな~」
その様子は近くにいたカイトとゴードンには見えていた。
やはりこの王子は見た目とは違う何かを持っているようだ。
「ゴードン、お前も騎士団に入れ。俺とナオヤだけでは対処出来ない」
「え? 無理だって、俺嫡男だぞ? 一応、文官課に行くつもりなんだから」
何やらこそこそと二人で話しているのを花純は恨めしそうに眺める。
(お願いだから、助けてっ!)
そう言う念のこもった視線を飛ばすも、受け取ってはもらえなかったようだ。
「殿下、カスミが不安がっています。手をお放し下さい」
右肩に乗っていたセブランの手を掴んだのは、ヴィートだった。
「もしかして君も? これは恋敵が多いね」
何が可笑しいのかセブランは満面の笑みを浮かべている。
もう嫌だ。怖い。お城なんて二度とこない。
花純は心の中で悲鳴を上げていた。
壇上ではお父さん世代での静かな戦い。そして下では息子世代たちが熱い戦いを繰り広げていて、王妃はとても嬉しそうにきょろきょろと視線を交互に流していた。
危機感を覚えたカイトが花純の手を強引に引き、国王に退出の挨拶を素早く済ませる。
「陛下、今宵はこれでお暇をいたします。お招きいただき、ありがとうございました」
カイトは花純の手を取ったまま、胸に手を当てそう言葉を発した。
花純も開いた方の手でドレスをつまみ、淑女の礼を取る。
少し後ろでゴードンもカイトと同じように胸に手を当てていた。
国王に対してこれはどうかと思うが、カイトは返事も待たずにそのまま踵を返した。
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
残された者たちはぽかんと三人を見送る。
「まあ・・・。ほほほっ」
王妃の呑気そうな笑い声で皆が我に返った。
退出する途中『何をしているのだ?』というような大きな瞳を命一杯見開いて、こちらを凝視していたアルジネットには気付かなかったことにしておこうと花純は思った。




