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扉を開けて一番先に目に飛び込んできたのは、水色のドレスだった。
美しいドレスが正面にかけられてあって、とても驚いた。
光沢のある布で作られているようだ。窓から注ぐ陽に反射して、キラキラ煌めいている。細工の細かい白色のレースもふんだんに使用されていて、とても高そうに見えた。
「ああ、間に合ったのね」
後から入室してきたアルジネットが、何の関心もないかのように声を出す。
「今日、貴女が着るドレスよ。この色に見覚えはない?」
感動しながら見ていた花純の耳に、とんでもない爆弾発言をかましてくれたアルジネット。花純はもの凄い勢いでアルジネットを振り返った。
「・・・・・・アルちゃん、今何と?」
「貴女が着るドレスよ・・・ってところ?」
こんな高価なドレスを自分が着る? 花純はあんぐり口を開いて、アルジネットを見た。
「あら・・・・・・面白い顔」
そんなことは、どうでもいい。問題はこんな素敵なドレスが、自分などに似合わないだろうということだ。
「そう言えば、カスミ。ヴィート様にいただいた髪飾り、持って来たでしょうね?」
「・・・・・・・・・うん」
何で今そんなことを聞くのか。
「貴女がヴィート様からいただいた髪飾りを見て、私は運命を感じたのよ」
運命。何を言っているのだ? アルジネットは。
「あの髪飾りの宝石の色と、このドレスの生地の色が一緒だったのよ? 鳥肌が立ったわ」
「・・・つかぬことをお聞きしますが、アルちゃん・・・私の身体の寸法知ってるの?」
ウエストがもの凄く細いこのドレスが、私のサイズのはずがない。
どう考えたって、こんなの入る訳がない。
「カスミ、学園指定の制服は大体一つの仕立て屋で出来ているのよ。その仕立て屋に賄賂を渡し、情報を得ることなど容易いことだわ」
ほほほ~と高笑いするアルジネットを、花純は唖然と見ていた。
「・・・・・・・・・」
恐るべし、お金。
何処の世界の人間も、お金にはもの凄く弱いらしい。
「五日で仕上げた割には、綺麗に出来たじゃない」
五日? 何て無茶をするのだ。仕立て屋さんもそんな我儘に付き合わされて、さぞ迷惑だっただろうに・・・。だんだん花純は呆れてきた。
アルジネットお譲様は大変満足そうな顔をしている。
それを見ながら、花純ははふ~と息を吐き出した。
「こんなに細いの、私入らないよ?」
「下着で締めるに決まっているじゃない」
それはいわゆるコルセットというやつか?
そんなの着けたくない。
苦しそうだし、息・・・出来るのか?
「さあ、カスミ。もう時間がないわ。服を脱ぎなさい。お風呂で身体を磨くのよっ!」
アルジネットの声を合図に侍女さんたちが、どわっと部屋の中に入ってきた。
花純が何だ何だとたじろいでいる間に、ガシリと両腕を掴まれた。
「カスミ様、こちらへ」
「さあ、こちらへどうぞ」
言葉遣いは丁寧だが、とても強引だ。そして、もの凄く力が強い。有無を言わせぬ迫力が、彼女たちから感じる。
あっという間に花純は素っ裸にされて、お風呂に入れられてごしごし擦られて髪も洗われて・・・。その後香油を身体中に塗り込まれてマッサージされる頃には疲れてうとうとして・・・。そして強引に起こされて・・・。
はっきり言って、もう疲れもピークです。
とても舞踏会に行ける体力は残っていない。
そう思う花純を強引にドレッサーの前に座らされて、髪を結われながらメイク。
そして地獄の鬼のように容赦なく力任せにウエストを締めた侍女さん。
額の汗を拭いながら、にこりと花純を見て笑んだ。
どうやら納得の出来上がりだったようだ。
ドレスを着せられて、何人もの侍女さんたちのチェックを受けてようやく終わった。
「ああ、やっぱり似合うわね。私の見立てがよかったのね」
アルジネットにも合格点をいただいて、侍女さんたちは安堵の息を吐くと同時ににこりと微笑む。
アルジネットもいつの間にか着替え終えていたようだ。彼女はサーモンピンクのドレスを身に纏っていた。それがまたもの凄く似合ってる。やはり外人顔には、こういったものは似合うようだ。はっきり言って隣に立ちたくないほどである。
敗北感を味わっていると、扉がコンコンと叩かれた。
「お譲さん方、用意は出来たかい?」
アルロンのお出迎えのようだ。
侍女の一人が扉を開ける。
その先には王子様が立っていた。
まさに女の子が理想とする王子様だ。
アルロンも驚愕したように少し瞳を見開いて、こちらを見ていた。
侍女さんたちに綺麗にされて、少しはましになっただろうか?
でも隣の超絶美女と比べられると・・・。ちょっと落ち込みますよ・・・と、花純は思った。
「よく似合うよ」
アルロンが花純の前に歩み寄ってそう告げた。
「私がカスミの為に、厳選して作らせたドレスですもの。似合うのは当然ですわ」
何故かアルジネットが、自慢そうに胸を張ってそう言葉を紡いだ。
その後兄に胡乱な目を向けるアルジネット。
「可愛い妹には関心がないのですか?」
花純だけを褒めたことに、アルジネット拗ねたようだ。こうして口を尖らせていると、ませたアルジネットも年相応に見える。
「アジーも可愛いよ」
「取ってつけたように言いましたわね・・・・・・」
呆れ顔のアルジネットに、アルロンも誤魔化すように華麗に微笑む。
(この兄弟・・・・・・怖い)
腹黒さが見えた瞬間だった。




