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いつも遠くから見えていたお城。パンダニ学園内にある第三寮の自分の部屋からも少しは見えていたけど、目の前で見たお城は聳え立つ巨石や山にも感じた。
きっとこの城の中は憎悪渦巻く悪人たちがいるのだろう。そう思っていた花純だったが、華やかに着飾り談笑する人々からはそんな雰囲気は感じなかった。
それともこの微笑の奥に、何か秘めているのだろうか? そう考えるともの凄く怖いけど。いや、むしろその可能性の方が大ではないか?
花純は鳥肌が立った腕を、ごしごしと擦った。
(怖っ! 王都、怖っ!)
綺麗なものは、やはり遠くから見るのが一番なのだ。日本が誇る富士山だってそうだ。実際登ってみてがっかりしたものだ。
人間の悪感情が渦巻くただ中に入れられて、貴族でもない花純にはどうしていいのか解からない。
「カスミ嬢?」
自分の腕から手を離したのを不思議に思ったのか、アルジネットの兄アルロンが花純の顔を覗き込む。
「手を離したら迷子になるよ? もしかしたら危ないおじさんやお兄さんに連れて行かれるかも」
どうして皆こうも、自分を子供扱いするのだろう?
まあ、年下であるはずの直哉やカイトまでもそうなのだから、二十一歳であるアルロンにはもっと花純が子供のように見えるのかもしれない。花純はそう無理やり納得した。
アルジネットの家族は、皆総出で舞踏会に参加している。伯爵家という身分なので、王族主催となれば参加するのが義務なのかもしれない。
でも何故自分がこんな場所にいるのか、いまだに意味が解からない花純だった。
会場の中に入ると途端に、眩い光が目に飛び込む。ガラス細工が繊細な美しい大きなシャンデリアが、天井からいくつも吊り下げられていた。
あれ一つできっと家が建つ。そう思えるほどの煌びやかさだ。
「あら・・・・・・、さっそくですの?」
自分に対しては結構気楽な言葉遣いをしてくれるアルジネットだが、こういった場ではまたお嬢様の仮面を被るのが常識のようだ。
貴族も大変だな。そう思わずにはいられない。
「カスミ」
聞いたことのある声に、花純は顔を上げた。
そこに立っていたのは、正装して凛々しい姿に変貌したカイトとゴードンだった。
その恰好よさに、一瞬花純は声も出なかった。
惚けた顔をして見詰めている花純に、ゴードンが口元を押さえて顔を背ける。
それに気付いた花純は眉を顰めた。
(笑ってる・・・。堪えてるのが丸解かりだよ、ゴードン)
アルジネットが花純に近寄り、口元を扇で隠してひそりと囁いた。
「貴女・・・・・・、ここにくることカイト様たちに告げてしまったの?」
「言わないよ。だってアルちゃん、内緒だって言ったじゃない」
カイトたちにばれないようにするのが大変だったのに、そんなことを言われてしまうとこの一週間の花純の努力が水の泡になってしまう。
心外だというように、花純はさらに眉を歪めた。
「そうよね。まあ、カイト様の貴女に対する執着を思えば、こんな情報など手に入れるのは容易いことでしょうけど・・・」
それにしても過保護過ぎる。いくら今では珍しい忠誠の誓いを立てた相手とはいえ、これではあんまりである。
束縛、独占欲。そういった類の感情を顔に表すカイトに、さすがのアルジネットも呆れ気味だ。
カイトに抱いていた理想の旦那様像がどんどん崩れていく。
「おやおや・・・。僕はお役御免かな?」
アルロンが面白そうに呟いた声は、聞き逃さなかった花純だった。
「ちょっと怖いですから、カスミ・・・謝ってしまいなさい」
「えっ? 何で私が?」
アルジネットの方が強引に誘ったくせに、何故花純が謝らなければならないのだ。
言葉を紡いだアルジネットを、花純は胡乱な瞳で見据える。
「だって仕方がないじゃないの。カイト様の瞳は、貴女一身に注がれているのだもの。私が何を言ったって、今のカイト様には何も聞こえないわよ」
確かに怖いほど真剣な瞳で、じ~っと見詰められている。ちょっと怖い。
「早く形だけでもいいから謝っておしまいなさい。でないと貴女・・・・・・監禁されてしまいますわよ」
「か、監禁っ?」
何て恐ろしいことを考えるのだ、このお譲様はっ!
「ふふふ、さもありなん・・・・・・だね」
こ、この兄弟は~っ!
ここは秘儀、上目遣いでごめんなさいをするか。
花純はカイトに近付いて袖を引っ張る。
「カイト君、黙ってて・・・・・・ごめんね」
「・・・・・・・・・、・・・・・・・・・ん」
やった~、返事した。これで安心である。
ゴードンがカイトの後ろで口元を押さえて肩を震わせているので、後で足でも踏んでおこうと思う花純だった。




