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少し時間を遡り、直哉は乗合馬車に揺られていた。
花純がこの世界へ来て学園へ通うようになってから、こんなに長く離れたことはないかもしれない。
そして無性に会いたくなる。心にぽっかり穴が開いたように感じでしまう自分に、直哉は苦笑した。
(もう間違いなく・・・恋してしまったな)
そう実感させられた。
カイトも花純のことが好きだ。彼には何もかも敵わないように思ってしまう自分がいる。
無口だけど、何故か花純にだけは饒舌で・・・。
女の子に興味もなかったのに、あの構いようは異常に思う。
好きな子を守りたい。その一心で忠誠の誓いを立てたのだろうけど、自分にはその勇気はまだない。
花純を守りたいと思う気持ちは、カイトにも負けない自信がある。ただほんの少しの勇気が、自分にはない。
お昼を大きく過ぎて、直哉はクラスターに着いた。
直哉は乗り換えの乗合馬車には乗らずに歩き出した。
少し頭の整理をしたい。何を話し、どういった順序で想いを告げればいい効果を得るのか。
そこで直哉はふっと自嘲気味に笑んだ。
こういった打算的に考える思考が、自分の一番嫌いなところだ。もっとカイトのように素直になれればいいのに、自分はそんな風にはなれない。
父の想いは解かっている。どんなに父があの店を愛しているのかも。
それに母も反対しそうだ。先の戦の犠牲者に知り合いがいた。あんなに近くに、騎士たちの駐屯所があるのだ。騎士の知り合いの一人や二人はいただろう。現に店にくる騎士は多い。
戦になれば、戦場に立つのが騎士だ。その騎士に自分の息子がなろうとしている。
反対しない親はいないだろう。
騎士にならなくても、充分に暮らせるだけの財力はあるのだ。何も死地に赴く騎士になどにならなくてもいいだろうときっと思うはず・・・。
それをどうやって説得すればいいのか。
(駄目だ。何も思い浮かばない・・・)
勢いでクラスターにやって来たが、話す順番など思い付くはずもない。
「素直に話すしか手はないな・・・」
そう呟く頃には、店の前に着いていた。
「ただいま」
店の方から入ってくる直哉に、両親は驚いたような顔を向けた。
「どうしたの? ナオヤ」
すぐに側に来た母に、直哉は曖昧に微笑む。少し頬が引き攣ってしまったが、それは仕方がない。
「・・・・・・・・・」
拓哉は直哉の顔を無言で見詰めていた。何かあったのだろうと解かってくれたようだ。
自分の部屋へ行き荷物を置いて、息を一つ吐いた。
どう言い繕っても自我を通そうとしていることには変わりはない。ならば、この想いを思いの丈のままに話すしか方法はない。
自分の背中を押してくれた友人たちの顔を、直哉は瞳を閉じながら思い浮かべる。
「皆、勇気をくれ」
直哉は店の手伝いをする為に、下へと降りた。
客と話す以外、いつもより言葉少なめな直哉に拓哉も注意深く視線を飛ばしていた。
花純をここに連れてきた時に男前が上がったと思ったが、間違いではなかったようだ。
「直哉がとうとう恋しちゃったか・・・」
一人ポツリと呟く。それは少しだけ寂しそうな声音だった。
「タクヤ・・・・・・、ナオヤ何かあったのかしら?」
妻であるデュボラも、愛息子の異変には気付いているようだ。
「さあな~・・・。まあ何か決めたみたいな顔をしているから、店が終わったら話してくれるだろう」
焦るなというように声を出す夫に、デュボラは眉を顰めるがそれ以上何も言わなかった。
最後の客を三人で見送り、拓哉はカウンター奥に入って茶の用意を始めた。
直哉は花純が座っていた隣の席に座り、その椅子をじっと見つめる。
「何か話があってきたんだろう?」
茶を目の前に置きながら、拓哉が問うてきた。
「・・・うん」
「上へ行くか?」
拓哉がデュボラに聞くと、彼女は拓哉を窺うように見る。
「落ち着いて話した方がいいわね」
店の明かりを落とし、三人は茶を持って上に上がりリビングの椅子に座る。
リビングの花純が座った席を見詰める直哉に、拓哉は話す前なのに内容が解かってしまった。
「ナオヤ・・・・・・?」
しばらく無言な直哉に、やはりデュボラは心配そうだ。こんな様子の息子を見るのは初めてだから、余計心配なのだろう。
「カイトがね・・・・・・、花純に忠誠の誓いを立ててしまったんだ」
「「・・・・・・・・・っ!」」
直哉ははぁ~と大きな息を吐き、姿勢を正した。
「僕は忠誠の誓いを立てたいとまでは思わないけど、・・・花純のことが好きなんだ」
「・・・ナオヤ」
急に子供が巣立って行ったような感覚を受けて、デュボラは寂しくなる。
「父さんがこの店を愛しているのは知っている。母さんがその夢の手助けを、好きでしているのも知っている。でも、僕・・・・・・花純を守る為に騎士になりたい」
拓哉は必死に話す直哉の瞳をじっと見つめた。
だが、直哉の話を聞いてデュボラは激しく動揺した。
「き、騎士っ? 駄目よ。騎士がどんな職業か、ナオヤだって知っているでしょう?」
そう言われると思っていたが、目の前で本当に反対されると思っていたより衝撃が訪れた。
「母さんの知り合いが亡くなったのも知っている。でも、僕・・・・・・っ」
「駄目よっ! カスミちゃんが好きなのは、お母さんも解かっていたわ。でも守るだけなら、何も騎士にならなくてもいいじゃないっ」
自分が花純を好きなのを知っていた? そんなに解かりやすい顔をしていたのかと、こんな時なのに別の意味で動揺しまう。
「花純と城下町に遊びに行った時、偶然騎士団長にお逢いしたんだ。何故か騎士団長が花純を気に入ってしまって、騎士団に入って欲しいって懇願されていた」
騎士団長が自らそんなことを言うなど俄かに信じられないが、それが本当なら直哉が悩むのも頷ける。
「カイトも忠誠の誓いをして、その上今度の試験に合格したら高等課を出て騎士課に通うって言い出すし・・・。父さんには本当に悪いと思っているよ。店を継がないって言っているようなものだから・・・」
直哉が店の話を切り出したことで、デュボラは光明を見出したのかのように瞳を輝かせる。
「そうよ、店よ。駄目よ、ナオヤ。こんなに大きくなってしまった店を、一人息子の貴方が継がなくてどうするの? ねぇ、貴方も何か言ってよっ!」
何とか息子を引き止めようとするデュボラと違い、拓哉はまだ無言でじっと直哉を見詰めている。
「・・・・・・父さん、ごめん。それでも、僕・・・っ」
拓哉は真剣に思い悩む直哉に、ふっと笑ってやった。
「馬鹿だな、お前。勉強は出来るのに、そんなくだらないことで悩んでいたのか?」
「・・・・・・・・・え?」
あまりにも想像と違う台詞に、直哉は呆気に取られる。
「これは俺が始めた俺の夢だ。俺の夢をお前が引き継ぐことはない」
「・・・・・・・・・」
デュボラは拓哉の言いたいことが理解出来たのか、焦ったように夫の腕に縋りついた。
「何を言っているの? 貴方っ」
「店のことは心配いらない。元々は俺の我儘で始めた店だからな。一代限りで潰す覚悟はある。お前はお前の夢を追えばいい」
「貴方っ!」
金切り声を出すデュボラの肩に、拓哉は宥めるように手を当てる。
「まあ、息子がこんなに早く成長するとは思っていなかったが。焦っただろ? デュボラ」
デュボラは瞳に涙さえ浮かべていた。
「先の戦争で勝利したとはいえ、この国も大打撃を受けた。だが相手国の方がもっと甚大な被害が出ている。だからこそ平和協定が結ばれたんだ。今は明君もいるし、作戦的には問題ないだろう。直哉は頭がいいから、前線ではなく俺は間違いなく参謀補佐とかになると思うけどな」
それは明の下につくということか? それはそれで、少々厄介に感じる。
あの明の奇想天外な思考を理解するのは、自分には無理そうだからだ。
それに明も絶対花純のことが好きだ。先日街中で会った時、狙っている感が半端なかった。こちらも警戒しなくてはならないのかと、少々うんざりする。
そう思いながら直哉が眉を歪めていると、拓哉にでこピンをされた。
「いてっ!」
直哉が恨めしそうな顔を向けると、拓哉がにやりと笑む。
「男前が上がったな、直哉」
「心配事が・・・多いからね」
「何だ~? もう弱音を吐くのか?」
拓哉のからかうような声音に、ますます直哉の眉間の皺が増える。
そんな何でもないように交わされる二人の会話に、デュボラは身体をわなわなと震えさせる。
デュボラは耐えられなくなって寝室へと駆け込んだ。
「母さんっ!」
直哉が思わず立ち上がり後を追おうとすると、拓哉が腕を取り引き止めた。
「母さんには俺から上手く話しておく。心配するな。だがな、これだけは肝に銘じろ。騎士になったからと正義感にかられて自分の命を粗末に扱うな。自分の守りたい者を、何か決断しなければならない時に思い浮かべるんだ。命は一つしかない。それだけは頭の片隅に、常に置いておくんだぞ」
「・・・うん、ありがとう。・・・・・・・・・、ごめん」
思わず謝る直哉に、拓哉は幼い子供にするみたいに頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「・・・っ、・・・・・・っ!」
久しぶりにやられると、何故だか泣きたくなってきた。
その後抱き締められて、小さな声で耳元に囁かれた。
「ライバルが多いみたいだから、気を抜くなよ」
「・・・・・・解かっているよ」
その日は二人で遅くまで話し込んだ。
翌早朝、直哉は裏口に立っていた。
母は視線さえ合わせてくれない。それを少し寂しく思いながらも、直哉は一歩前へと踏み出した。
「ナオヤッ! やるからには一番を勝ち取るくらいの勢いでやりなさいっ」
角を曲がる時母の声が背中から聞こえて、慌てて直哉は振り向くがそこにはすでにデュボラはいなかった。
苦笑した拓哉が、扉の奥に指を向けている。
騎士になることには賛成はしないが、でも応援はしているということなのだろう。
扉の影に隠れているだろう母に、直哉は声を張り上げて言った。
「いってきますっ!」
これで心の澱は消えた。
後は花純に相応しい男になるだけだ。
そして何があっても花純を守る。
そう決心して、直哉は花純が待つパンダニ学園へと向かった。
王都に乗合馬車が着くや否や、直哉は飛び出していた。駆けて流れる街中が、止まったようにさえ見える。早く花純に会いたい。その一心で必死に駆けた。
寮へ着くと花純は丁度カイトたちと食堂へ向かうところなのか、それとも帰って来たところなのか・・・。出くわしてしまった。
「あ・・・、直哉君。お帰り」
笑顔でそう告げる花純の顔が、とても眩しく見える。
そう何日も経っていないのに、酷く懐かしく感じる。
そして胸に熱いものが込み上げてきた。
まるで心が『愛おしい』と、叫んでいるようだ。
「・・・・・・ただいま、花純」
この笑顔を守れる男になろう。
たとえ自分の想いが叶うことがなく、この恋が終ろうとも・・・。
そう直哉は、心の奥底で決心した。




