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ヴェルビエ伯爵家の馬車が去って行くのを、クリースとオレグは見送っていた。
「カイト・・・凄ぇ、怒ってたな」
「うん、まあカスミに秘め事をされたらね」
見えなくなった馬車からクリースに視線を向けて、オレグは嫌そうに顔を歪めた。
「カイトって陰険な怒り方するよな? カスミ、大丈夫かな?」
「陰険って・・・。静かには怒るよね。まあ、だからゴードンもついて行ったんだろうけど。ゴードンも自分の役割くらい解かっているよ」
忠誠の誓いをした相手に、秘密を持たれるのは嫌だろう。だけど、花純も年頃の女の子なのだ。男に言いたくないことの、一つや二つはあるはずだ。
忠誠の誓いを立てるには、相手の承諾は必要ない。もちろん、その場合相手に盛大に嫌がられることや拒否されることもある。しかし忠誠の誓いは神聖なもので、一度誓いを立てられたら最後、どんなに相手が拒否しても受け入れられないことが多い。
「これから本当に実家に寄るんだろう?」
「うん、今から行ってくる」
「じゃあ、俺も帰ろう。またな」
そう告げてから、オレグは駆けて行った。その後ろ姿が、どことなく嬉しそうだ。
この間小遣いが少なくなってきたと言ってたから、催促にでも行くのだろう。オレグは計画性がないから、貰った金はすぐに使い果たす悪い癖がある。
家を継ぐ為にも、その辺りは改善した方がいいのだろうが、親が甘いので全然駄目だ。
「オレグの代になったらすぐに潰れるんじゃないかな・・・」
そう呟きながら、クリースは実家へと赴いた。
オレグのすぐ下の兄弟が結構しっかりしているから、まあ大丈夫かと考え直した。
クリースは店の方から中へと入った。店内には結構な客がいた。繁盛しているようだ。でも休みの日に客も入っていないのであれば、それも問題なのだが。
「坊ちゃん、お帰りなさいませ」
「うん、ただいま」
返事を返しながら、商品棚の奥にある対面式型の中へと入る。
王家御用達の認可を受けた店なので、客も貴族が多い。
それに合わせ、いい品物を入れていた。
女性を伴う客が多い中、クリースは珍しい男性一人の客に焦点を合わせる。
「・・・・・・・・・っ!」
珍しい客の正体は、自分も見知ったものだった。
(珍しいな・・・・・・。恋人が出来たという噂もなかったのに)
店員がクリースの視線の先に気付き、耳打ちしてくる。
「あのお客様・・・・・・もう長くいるんですよ。大層、悩まれているようですね」
そう思うなら声をかけるなどすればいいものをと、非難のこもった視線を送った。
仕方がないと、クリースはため息を吐きながらその客の元へと向かった。
「どういったものをお探しですか?」
声をかけたことで、相手はビクリと身体を弾ませる。
振り向きクリースの顔を見止めると、驚愕したような顔に変化した。
「・・・・・・そうか。ここは君の家の店だったか」
「いらっしゃいませ、ヴィート様」
パンダニ学園に通う同じ第三寮の先輩だった。騎士課に所属するヴィート・ドゥヴィリエ。えらい色男が店にきたものだと、クリースは内心笑んだ。
商人にとって、情報は何よりの宝だ。個人情報が大いければ多いほど、商売も繁盛し儲けられる。
「よろしければ、ご希望のものをいくつかお出ししますが」
「そうか、君の方が彼女の好みを熟知しているだろう」
どうやら、自分も知っている人物に贈るもののようだ。
「・・・・・・何方に贈るものですか?」
クリースは慎重に声を発した。女性に興味もないという顔を、ずっとしてきたヴィートの貴重な情報だ。少しでも多くの情報を聞き出す最大の機会だ。こんな機会は、この先もそうないはず。
「カスミにだよ。フレットが落ち人には国から金は支給されるが、その額は多くはないと聞いた。俺が保護する彼女が他の女生徒たちに見劣りし、疎外されるのも哀れだと思ってな」
「・・・・・・・・・」
要するに恋愛対象でもない女性に、こんな高価なものを与えようというのか?
さすが公爵家のご子息。金の価値が一般民とは大きく分け隔てられている。
こんな高価なもの花純が喜ぶはずがないと、彼は本気で気付いてない。
ここは忠言するべきか、否か・・・悩むところだ。
だが金蔓は離したくないと思うのが、商人の本音だ。ここはその話に乗っかろう。
「カスミは案外可愛いものが好きですよ。あまり派手ではないものがいいでしょう」
一見して、素人目では解からないものがいい。高価に見えない、でもいいものを用意する。
(アルジネット嬢などが見れば、すぐに解かるだろうけど・・・)
ま、いいやとクリースは軽い気持ちでヴィートに花純に似合いそうなものを勧めた。
後に、この安易な考えを大いに後悔する羽目に陥るのだが・・・。
それはまたのお話。




