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誕生会も終わり、カイトを交えて花純は直哉の部屋で少し話すことになった。
「しかしお前、普段は貴族って言われるだけで嫌がるくせに・・・。また何で馬車何かできたんだ?」
貴族と言うだけで尊重する制度に納得していないカイトは、普段から身分を明らかにしてはいなかった。
だがパンダニ学園に通う生徒たちは皆、カイトが貴族であるということは熟知している。
「貴族の身分が嫌なの?」
もしそうであれば、花純は贅沢なことだと思う。
でも貴族にも、庶民には解からない苦労などがあるのかもしれない。
庶民は貴族に憧れる。その反対があってもいい。貴族たちにとっては、庶民は自由気ままに生きているように見えるのかもしれない。
「そうじゃない。皆、人間は生まれてくる家は選べないだろう? それなのに貴族の家にただ生まれたというだけで、特権階級だと言い切る貴族たちが嫌いなんだ」
そういうことかと、花純は納得して頷いた
「だったら、敬われるように生きればいいんだよ。例えば、ん~・・・困っている人を助けるとか、領地の人を守るとか」
花純の言葉に、カイトは瞳を見開いた。
「カイト君はせっかく貴族の家に生まれたんだから、それを利用すればいいんだよ。お金もあるし、それを出来る身分も権力もある。勝手に家のお金を使うのは駄目だけど、一度お父さんとも相談してみれば? 今のカイト君に出来ることが必ずあるから」
「・・・・・・・・・」
直哉はカイトが驚愕している顔を見て微笑んだ。
「確かにそうだ。出来ることをしないのは馬鹿だな。いつもお前が言っている言葉だよ」
カイトは一度目を瞑って、花純の前に膝をついた。
「カスミ・ノノミヤ嬢。感謝します」
「ええっ?」
花純は動揺して、思わず立ち上がる。
「ちょ、ちょっと止めてよっ! お貴族様が簡単に庶民に膝をついたら駄目なんだからねっ」
「ははは、花純さん。面白いっ」
笑う直哉を、花純は恨めしそうな顔で見詰めた。
「何とかしてよぉ・・・、直哉君」
真剣な顔でまだ跪くカイトに、花純は困り果てた。
カイトは花純の手を取りくちづける。
「ひゃっ!」
その驚き方はないだろうと、直哉も白い目で花純を見た。
「ヴェルビエ伯爵家次男カイトは、貴女に生涯の忠誠を誓う」
「・・・、・・・・・・っ?」
「あ~あ、誓っちゃった・・・」
忠誠? それって普通は王族などに捧げるものではないのか?
花純は首をこてりと捻った。
「花純さん。この国では忠誠を捧げるのは生涯にただ一人なんだよ。忠誠を捧げた相手を一生守り抜くという意味もあるんだ。夫婦になるより厄介なものだよ」
「・・・・・・・・・何じゃそりゃ」
思わず女の子っぽくなく呟いてしまった。
「これからカイトがもし結婚しても、何より優先されるのは花純さん。もし二人が同時に危険な目にあっていれば、守るべき相手は花純さんになる」
「・・・・・・・・・はぁ?」
嫁より重視する女って・・・。何じゃそりゃ?
「そ、そんなのいらない。カイト君、取り消して」
「無理だよ、花純さん。言っただろう? これは生涯人生において、ただ一度だけ声に出すことを許される神聖な誓い。二度と反故には出来ないんだよ」
本気でいらない。何か押し付けられたみたいだ。はっきり言って迷惑だ。そんな重い気持ちは・・・。
花純は動揺しまくって、茫然としながら自分の部屋に戻った。
翌日迎えにきたヴェルビエ家の馬車。今日も昨日と同じ御者さんで、お手本にしたいほどの完璧な微笑みを浮かべている。
カイトは甲斐甲斐しく花純の鞄を受け取り、馬車まで運んでいる。
店の外まで見送りに来てくれた拓哉とデュボラに、花純は別れの挨拶をする。
「お父さん、お母さん。お世話になりました」
「またいつでもおいで」
「もうカスミちゃんは私の娘だと思っているからね」
デュボラはそう告げてから、花純のことをぎゅっと抱き締めた。
「ナオヤ、カスミちゃんをちゃんと守るのよ」
「うん」
カイトが先に馬車の乗り、手を差し出してくれる。
その手を借りて、花純は馬車に乗った。
直哉も花純の後に続く。
花純の後ろから手を伸ばし、カイトは窓を開いてくれた。
窓から覗き込むと、御者が二人に頭を下げているところだった。
「さよなら」
花純の視線に気付いた二人が、窓から伸ばしていた花純の手に触れてくれた。
「何かあったら連絡頂戴ね」
「直哉とまたおいで」
「はい。ありがとうございました」
拓哉が御者に合図を送る。
静かに馬車は動き出した。
花純は二人が見えなくなるまで手を振り続けた。
何故だか離れるのが、もの凄く寂しい。
「花純さん・・・・・・」
直哉が慰めるような声を出す。
カイトは馬車の窓を閉めた。
「乗合馬車よりは早く着くと思うけど・・・。カスミさん、クッション」
カイトが出してきたクッションの数を見て、花純は目が点になってしまった。
お尻の下には二つ。それに加え、背中には三つ。窓側に二つ。足の下にも、靴をカイト自らが脱がせて四つ。
「・・・・・・・・・」
何をどう言って突っ込めばいいのか、花純には解からなかった。
前に座る直哉も、カイトの甲斐甲斐しさに呆れている。
「カスミさん、何処か痛くない?」
満面の笑顔でそう言葉を紡いだカイトは、花純に寄り添うように身体をくっつけた。
小石か何かに馬車が跳ねると、ぽよんと浮いた花純の身体を支える始末。
これがあと数時間は続くかと思うと、花純の背中に嫌な汗が浮かんだ。




