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「とりあえず中へ入ろう」
拓哉の声を合図に、一同は店の中へと入った。
入った途端、甘い香りに包まれる。
「お菓子? 花純さん、お菓子作ってくれてたの?」
「う、うん・・・・・・」
もうすっかりサプライズではなくなってしまっている現実に、花純は少し落ち込む。
でも喜んでくれている様子の直哉に、少しだけ救われた。
「まだ出来てないんだけど・・・ね」
「見ててもいい?」
見られるのか・・・。それもどうかと思うが、いた仕方ない。
「う、うん。いいよ」
そして花純以外の人間は、皆カウンターの席に着く。
拓哉だけでも緊張していたのに、こう集中して見られていると何ともいえない余計な汗が出てきた。
五段に重ねたパンケーキにたっぷりの蜂蜜をかける。そして上には花純手作りバターを乗せた。
もう一皿も五段に重ね、フルーツを盛る。パンケーキにはそれぞれ薄くバターを塗った。
トンとカウンターの上に二皿乗せると、皆の瞳が輝いた。
「凄いっ! 花純さん、ありがとうっ」
「綺麗ね~、食べるのもったいないわ」
「日本のおやつ、ああ~・・・懐かしいよ」
「・・・・・・・・・俺も食べてもいいの?」
最後のカイトの言葉に、花純は頷いた。
まだ夕飯には早いので、皆で食べることにする。
切り分けて、皆に差し出した。
「ど、どうぞ」
「「「「いただきます」」」」
皆が一斉に口に運ぶ。
「「「「・・・・・・・・・っ!」」」」
皆、瞳を見開いて花純を見た。
「お、美味しい?」
不安になって声をかけた。
「美味しいよっ!」
「こんなの食べたことないわ。お父さん、これお店で出さない?」
「ああ~・・・、ホットケーキ美味しい。お袋、思い出すな~」
拓哉が日本いた時にはパンケーキという言葉はなかったのかな? と花純は首を捻る。
「・・・・・・・・・おかわりある?」
おかわりは・・・作ればある。
「作る?」
「うん」
何だかカイトの誕生日みたいになってしまった。
直哉も口に含んだまま頷いているので、同じ量を花純はまた作ることになってしまった。
花純も座って、ようやくパンケーキを頬張る。
「直哉君、お母さんと何買ってきたの?」
「それがね、カスミちゃん。聞いてよ~」
「ちょ・・・っ、何を言うつもりっ?」
パンケーキに夢中だった直哉が、バッと顔を上げる。
「街に出て何が欲しいって聞いたら、カスミちゃんのものばかり欲しがるのよ」
「私の?」
デュボラは席を立って、包み袋を持って帰ってきた。
「お化粧品と~、服でしょう? あと下着は出さないでおくわね」
まさか直哉が花純の下着を欲しいと強請ったのか?
「ああ、下着は私がね・・・。さすがにナオヤは言わなかったわよ。女の子だも、こんなの一杯あって邪魔にはならないでしょう? この服はね、ナオヤが選んだわ。見た瞬間『あっ! 花純さんに似合いそう』って言うんだもの」
くすくすと笑いながら、デュボラが報告する。
「へえ~」
拓哉も面白うな顔をしていた。
「何を見ても『花純さんが好きそう』『花純さんに似合いそう』だもん。お母さん妬いちゃうわ~」
直哉は話を聞いて、カトラリーを持っている手をわなわなと震わせていた。顔はもう可哀想なくらい真っ赤だ。
「か、母さん。もうお願いだから・・・黙って」
「はいはい」
デュボラはそっと花純に差し出した。
「受け取って頂戴ね。私とナオヤからの贈り物よ」
「あ、ありがとうございます」
「お化粧品は今若い子に人気というものよ。肌に合わなかったりしたら、使うのは止めてね」
「は、はい・・・」
駄目だ。嬉し過ぎて泣きそうになる。
高校を卒業して、母と買い物した時を思い出した。
初めてのお化粧品に、花純は少し緊張していた。
こうして同じような優しい言葉を母もかけてくれた。
「便箋と切手も入れてあるから、ナオヤに言い難いことや相談事があれば何でもいいから連絡を頂戴」
「・・・・・・はい」
とうとう泣き出した花純を見て、男性陣は瞳を逸らす。
「あらあら・・・、ごめんなさいね。お母さんを思い出したのね」
花純の顔を隠すように、デュボラは抱き締める。
「タクヤも言ったけど、私たちのことを本当の家族と思っていいからね。て言うか、私本当にこんな女の子欲しかったのよ~。ん~、可愛いっ」
デュボラはそう言って花純の頭や頬、額などにちゅっちゅとキスを繰り返した。




