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花純と直哉家族で和やかに話していると、団体客が店の中へと入ってきた。
「いらっしゃい」
直哉の母デュボラがメニューとお茶を持って案内に向かう。
それにしても十人はいるだろうか? デュボラ一人では大変そうだ。
「直哉君、手伝った方がよくない?」
「あれは向かいの騎士駐屯所の人たちだよ。仕事が交代制で、ちょうどこの時間に終わるからここへ寄って家へ帰るんだ。騎士は独身が多いからね。毎日のことだから母さんも慣れてるし大丈夫だよ」
そうは言うが、ちょっと大変そうだ。
高校生の時にファミリーレストランでアルバイトをしていたので、身体がうずうずしてくる。
彼らは三つのテーブルに別れて座るようだ。
デュボラは器用にテーブルの隙間をくるくると回り、オーダーを取って戻ってきた。お金はオーダーと同時に受け取っているように見えた。エプロンのポケットには重そうな硬貨が入っている証拠に、少しだけ膨らんでいる。
「カスミちゃん、気にせずに食べなさい」
急に若い男の人たちが増えたことを気にしたと思ったのか、デュボラが気を遣い声をかけてきた。
「そうだよ、花純さん。毎日のことだから明日も来るよ。気にしてたらご飯食べられないからね」
「う、うん・・・・・・」
食べ終える頃に、その騎士たちの中から一人こちらに向かって歩み寄ってきた。
「デュボラさん、お茶のおかわり下さい」
「ああ、はいはい」
騎士がここへ来るのを見越してなのか、大きなやかんをカウンターに置く。持って行こうとして、その騎士は直哉に焦点を合わせた。
「おっ? ナオヤ、帰って来てたのか? ・・・・・・もしかして、お前。もう学園を卒業したんじゃねぇだろうな?」
最後の方は焦ったような声だった。
「コイルさん。さすがの僕だって高等課に入ったばかりで、すぐ卒業って訳にはいきませんよ」
「そ、そうだよな~。何か俺お前に追い越されそうで、・・・怖いよ」
直哉が優秀というのは、この街でも有名なことみたいだ。
安堵したような表情で自分の席に戻ろうとした騎士が、花純を見て驚愕したように瞳を見開いた。
「・・・・・・・・・デュボラさん、いつの間にもう一人子供作ったの?」
「ええ? 何を言ってるの」
コイルという騎士は、花純をまだじっと見詰めている。
「だ、だってこの子・・・・・・」
花純を行儀悪く指差す。
その指を直哉が叩き落していた。
「はっ! もしかしてタクヤさんの隠し子っ?」
ぱこんとお玉で騎士の頭を殴る拓哉に、花純は仰け反る。
「馬鹿か、お前はっ! 俺はデュボラ一筋だよっ」
「まあ・・・・・・、タクヤったら」
何だこの熱々はと、胡乱な瞳で両親を見る直哉。
「で、でも。凄くこの子、タクヤさんに雰囲気似てるって言うか・・・」
「ああ、同じ日本人だからな」
拓哉の言葉に、コイルはまじまじと花純を再度見詰めた。
「・・・・・・・・・ちっちゃい」
(小さくて悪かったな。私だってこの世界の人たちみたいに背が高くて、ボンキュボンでいたかったよっ!)
と心の中で叫んだことは、内緒にしておこう。
コイルは急に笑顔を浮かべて、花純の背凭れの椅子とカウンターに両手をついてその場に屈んだ。
「お名前は? いくつかな?」
「・・・・・・・・・」
どれだけ子供だと思われているのか定かではないが、ちょっと引いてしまう。
「ははは、花純ちゃんはもうこの世界でいうところの成人は過ぎているよ」
「・・・・・・え?」
拓哉の言葉に、場の空気が変わった。
優しいお兄ちゃん風だったコイルが、男の目に変わる。
「カスミちゃんって言うんだ? いくつ?」
花純は急に変わった雰囲気に、さらに仰け反る。
「コイルさん。花純さんが怖がってるから、止めような」
「え・・・? 怖がっている?」
何で? というように、コイルが花純の顔を見る。
「でかい図体で囲われたら、普通の女の子は怖がるんじゃないかな」
「ああ・・・、ごめん」
コイルは花純に謝って立ち上がる。
「隊長さんが、お茶のおかわり待ってるんじゃないの? 早く行かないと」
「ああ・・・、うん。でも・・・」
未練がありそうなコイルだったが、やかんを持って席に戻って行った。
「花純さん、ご飯済んだのなら部屋に戻ろうか? 危ないのもいるし」
「え・・・? でも片付けとか」
「いいから、いいから」
直哉は立ち上がって花純の腕を引いた。
暖簾を潜ろうとしたところで、やかんを持ったままのコイルが急いで駆け戻ってくる。
「ナオヤ、お前っ!」
もの凄い勢いで駆けてくるので、思わず立ち止った花純の目の前にコイルが跪く。
「お願いっ! 年齢教えてっ」
「・・・・・・じゅ、十八歳です」
よっしゃ~っ! と言いながら、コイルが立ち上がる。
そしてとんでもない言葉を告げた。
「俺と結婚して下さいっ!」
「・・・・・・・・・っ!」
「はあっ? 何を言ってんのっ?」
直哉の声がやけに大きく店内に響いた。




