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花純は直哉に手を掴まれながら、やかんを持ったままのコイルを見上げた。
彼は正規の騎士で、パンダニ学園の騎士見習いたちとは違う。常日頃から鍛えられている為か、もの凄く身体が大きい。
それでなくても、この世界の人の平均身長は高いというのに・・・。多分コイルは二メートル前後あるはずだ。
しんと静まった店の中、コイルが座っていたテーブルから数名の騎士がこちらへとやってきた。
「何だ? 何かあったのか?」
前のめりに花純を見下ろすコイルの肩を、一人の騎士が掴んで抑えてくれた。
「・・・ん? またちっこいのがいるな~」
「あ? うわっ! 本当だ。可愛い~」
「お譲ちゃん、お名前は? 歳はいくつかな~?」
一人の騎士が目の前に膝をつき優しい声を出すが、ちょっと顔が怖い人だったので花純は仰け反ってしまった。
「お前の顔は狂気なんだから、子供には近付くなっていつも言ってるだろう?」
「仕方ないよ、こいつは子供好きなんだから・・・」
顔が怖くていつも泣かれてしまうが、皮肉にも彼はもの凄く子供が好きなのだ。泣かれるのが解かっているけど、どうしても近付くのを止められない。
「うぅ~・・・、お兄ちゃんの顔、怖い?」
泣きそうな声で問われても、はっきり言って顔が・・・怖い。
「でも本当に可愛いね。これは将来優良物件になるんじゃない?」
「お譲ちゃん、歳はいくつ? お兄さんとお休みの日に遊びに行こうか?」
「あっ! お前、何抜け駆けしてるんだっ」
コイルは仲間が口々遠慮もなく言い合う中、少しも目の前の花純から視線を外さなかった。
その視線を受けて、花純はもの凄く不安になる。
繋がれていた直哉の手を、花純は無意識にギュッと握ってしまう。
花純の不安な心を察した直哉が、騎士たちの前に立ち視線から庇ってくれた。
「皆止めろよ。花純さんが怖がってるから」
「カスミちゃんって言うんだ~。名前も可愛い」
そこでコイルがぼそりと呟いた言葉に、皆の視線が一気に変わる。
「カスミちゃんは十八歳だよ」
「「「・・・・・・・・・っ!」」」
一斉に注がれる視線に、花純は直哉の背中に縋り付く。
「こ、こらっ! 皆ちょっと離れろっ」
焦る声を出しながらも、直哉は必死に花純を庇ってくれた。
「カスミさん、俺と付き合って」
「こいつより俺の方がいい男だよ?」
「まあ、待て。一応俺の方が年上だよな? 俺に譲れ」
「何言ってんだよ、お前っ! 俺たちと同期だろうがっ」
「待て待て、ここはカスミさんに決めて貰おう。カスミさん、誰が好み?」
「今決められなくてもいいよ? 何回か別々に何処かに遊びに行ってから決めてもいいし、な?」
『な?』と一人の騎士が皆に確認し、コイル以外の者が大きく頷く。
とんでもないことになってしまった。何で突然こんな状態になったのか、訳が解からない。
花純は必死に直哉の背中にしがみつく。ここしか逃げ場がないのだ。
「カスミちゃん・・・・・・」
コイルが長い腕を伸ばして、直哉の背中に隠れている花純を捕まえようとする。
その腕を直哉が掴んで阻止した。
「花純さんが怖がっているって言ってるだろうっ?」
緊迫した場に、慌てて拓哉が厨房から出てきた。
「コイルさんも、他の方も止めて下さいよ。子供たちが脅えてますからね」
直哉が掴んでいたコイルの手を、拓哉がやんわり外す。
直哉はコイルをまだ睨んでいる。
「コイルさん、隊長がお茶を待っていますよ。戻って」
促すように告げるが、コイルの目は花純から外れない。まさに獲物を狙う鷹のような視線だ。
場が収集しないので、隊長がやってくる。
「タクヤさん、何かあったか?」
「ああ、隊長さん」
隊長と呼ばれた男は何処か優しい顔立ちをしていて、花純はようやくほっと息を吐いた。
話を拓哉から聞いた隊長は、騎士一人一人の肩に手を当てその場から下がらせた。
最後にコイルをも隊長は下がらせて、花純に微笑みかけた。
「悪かったね、お嬢さん。でも本気で彼らに付き合う気はないかい? 何度か会って決めてもいいんだよ?」
「・・・・・・ごめんなさい」
花純が震える声で小さく謝ると、隊長も諦めたように息を吐いた。
「そうか・・・・・・。残念だよ」
隊長が本当に残念だというような声を出す様子を見ると、少しだけ罪悪感が芽生えてくる。
「私も名乗りを上げようと思っていたのにね・・・」
そっちかいっ! と突っ込みを入れたのは内緒だ。
どれだけ騎士の嫁のきてがないというのだろうか?
そんなに切迫しているのか?
騎士は結構モテるのに・・・。
「とにかく隊長でも駄目っ! 花純さんはドゥヴィリエ公爵のお声もかかってるんだからなっ」
騎士団の長であるレウォン・ドゥヴィリエ公爵の名に皆の空気が変わった。
「・・・ドゥヴィリエ公爵って、騎士団長のレウォン様か?」
「・・・・・・そうだよ。だから花純さんには手を出さないで」
皆が参ったな~というように額に手をやったり天井を仰いだりする中、コイルだけは花純から視線を離さない。
それが花純には、もの凄く居心地が悪かった。
「団長のお声がかかるほどとは思わなかった。すまなかったね。・・・行くぞ」
隊長は騎士たちに声をかけて、席に戻って行った。
「コイルさんも・・・・・・行って」
直哉の声音は、まだ堅く冷たい。
「・・・・・・カスミちゃん、俺頑張って王都の正規軍騎士になれるように努力する。だから、もし王都で見かけたら、頼むから無視しないで」
何だか切実に請われて、花純は思わず無言で頷いてしまった。
花純が了承すると、コイルはにっこりと笑って『じゃあ』と手を振りながら席に戻って行った。
「・・・大丈夫? 花純さん」
「・・・・・・う、うん」
心配そうに花純の顔を覗き込む直哉に今日も感謝だ。
「花純ちゃんは何気に小悪魔だね」
可笑しそうな声を出す拓哉を、花純は恨めしそうな瞳で見上げた。




