12
翌朝、パンダニ学園に激震が走った。
主に騎士課の生徒の間でだが・・・。
「あれ・・・・・・見てみろよ」
「・・・ん? もしかして下着か?」
「何であんなところに干してあるんだ?」
早朝の練習に向かう騎士課の生徒たちが、三階の窓を指差して何やら大声で話していた。
その声で、生徒たちの多くが目を覚ました。
「花純さんっ! 花純さん、起きて下さいっ」
花純は昨日の疲れからか、ぐっすり寝ていた。
だが、扉が激しく叩かれる声に起こされる。
「・・・ん、何時? まだ七時じゃないよね?」
カーテンを手を伸ばして少しだけ開けるが、まだ太陽も昇り切っていない様子だった。
「花純さんっ!」
外の声はどうやら直哉のようだ。
花純は上掛けだけを羽織り、内鍵を開けた。
「・・・・・・直哉君?」
「ちょっと失礼いたしますよ」
直哉もまだ部屋着のようだ。花純と同じように、寝巻に上掛けを羽織っている。
有無も言わせず中へと入る直哉の後を花純は追う。
「・・・・・・はあぁぁ~」
窓を覗き込んだ直哉が、大仰なため息を吐き出した。
「花純さん、下着を至急回収して下さい。これのおかげで外は大騒ぎですよ」
「・・・・・・・・・え?」
とりあえず直哉の言う通り、慌てて干していた下着を中へと入れた。
窓を開いた途端、騎士の卵たちが歓声を上げる。
「おっ! あの子の下着か?」
「可愛いじゃないか」
「こっち向いて~、彼女」
下着を片手に囃したてる騎士課の生徒たちを、花純は唖然と見降ろした。
直哉が慌てて窓を閉める。ついでにカーテンも閉めた。
「花純さん、ここは日本ではないのですよ。洗濯ものを外に干す習慣はないんです。ましてや下着を・・・」
花純が持っていた下着をちらりと見て、直哉は頬を赤く染める。
「父もやったことがあるって、母に聞いたことがあったのに・・・・・・。すっかり忘れてた」
教えなかった自分が悪いと、直哉は大いに反省する。
「ご、ごめんなさい・・・」
「いえ、僕が悪いんですよ。下着もそんなに枚数持っていないことは解かっていたのに・・・。すみません」
また急に敬語に戻った直哉に、少しだけ距離を感じて寂しくなった。
「こういうことをきちんとお教えするのが僕の役目なんです。今日から頑張りましょうね」
「は、はい」
花純も初日からの失敗に、ちょっと落ち込む。
「知らなかったんですから、仕方がないですよ。朝食まではまだ時間があるので、また迎えに来ますね。もう少し休んでいて下さい」
「う、うん・・・・・・」
結構な人数の男の子たちに見られてしまった。
これは寮内の話題になるに違いない。
今から覚悟しなければ。
そう思っていたのだけど、それ以上の衝撃が花純の身に降り注いだ。
「カスミ、お前結構破廉恥女だったんだなっ!」
開口一番にベイツがそう告げる。
「・・・み、見ました?」
「バッチリ見た。俺の未来の嫁さんの下着を、その他大勢に男に見られたのは癪だけどな」
「・・・・・・・・・っ」
花純はベイツの言葉の、何処から突っ込んでいいのか解からないほどショックを受けていた。
可愛そうなくらい顔を赤らめる花純を、直哉と友人たちが守るように立つ。
「カスミさんは落ち人であれが破廉恥なことだって知らなかったんだから、仕方がないですよ。もうそれ以上突っ込まないで下さい」
カイトの花純を庇う言葉が、ちょっと・・・いやかなり痛い。
「花純さん、今日は何を食べる?」
何もなかったように話を振ってくれる直哉に感謝だ。
「軽いもの、あっ! 量の少ないもの」
「何だよ。ちゃんと食べないと大きくなれないぞ、カスミ」
余計なお世話だというように、胡乱な瞳をベイツに向ける。
何故かそのまま彼も一緒に食事を摂ることになって、同じテーブルの席に着いた。
「どんな女があれやったんだって、騎士課の生徒たちが騒いでな。訓練にならなかった」
笑いながらまだ無神経にもその話を続けるのかと、花純はもう半分諦めの境地だ。
彼に気遣いを求めるのは無理だ。
悪気がない分、始末に負えない。
「あ・・・、この子だよ。皆~」
一人の背の高い男性が、花純を覗き込んでそう声を上げた。
騎士課の生徒たちのようだ。
女の子たちが昨夜と同じように、きゃわきゃわ騒いでる。
ぞろぞろと列を作り、彼らは花純たちが座るテーブルまで歩み寄ってきた。
皆がお盆を持ってテーブルを囲むように立つと、体格がいい為かもの凄く圧迫感があった。
「おっ! 可愛いじゃないか」
「小さい子だな。いくつだ?」
花純は覗き込んできた男性を避けるように仰け反る。
「おいおい、皆。あんまり驚かさないでくれよ。俺の未来の嫁さんなんだから」
「お前の~? ははは、まさかな~」
その中でも一際女の子たちが喜びそうな美貌を持つ男性と、花純は目が合った。
「・・・・・・君は落ち人か?」
「・・・はい」
その言葉を聞いて、皆が『ああ、それでか』と納得する声を上げた。
「そういえば最近来たって噂があったけど、それが君だったんだね」
最初に話しかけてきた男性がそう言葉を重ねる。
「悪かったね。からかうようなこと言って」
「・・・い、いえ」
騎士課の人たちは花純たちが座る後ろの席について、食事を始めた。
多くの視線がなくなって、花純はようやく一息つけることが出来た。




