第二部 すぐ目の前に③
今、何て?
私のこと、好きだって?
いやいや、そんなわけない。空耳に決まってる。
…それ、本当?
これは、現実なの?
「由佳」
泰樹が私の目から視線を逸らさない。私、ドキドキしてる…。
「俺、由佳のことが好きだ」
ああ、夢じゃない。現実だ。
「…だから、早智子とは復縁しない」
そうなんだ。そう、なんだ…。
由佳は飛び出そうな気持ちを一生懸命押さえつける。
「…それだけ。んじゃまた」
我に返ったのか、顔を真っ赤にした泰樹は、『んじゃまた』と言ったはいいものの帰り道が全く同じだということに気づき、どうしようかと焦っていた。かわいいなぁ。
最終的に泰樹はどうしようもなくなり、走りだそうとする。
「ちょっと待って!」
由佳は泰樹の腕を掴んだ。今度は、私がつかむ番。
「私も言いたいことあるんだけど、その前にやらなくちゃいけないことがある」
そう伝えると、由佳は携帯電話を取り出した。
人通りが少ない夜の住宅街。
先ほどまではタダでさえ寒い秋の夜風を一層冷たく感じていたが、今は携帯を操作する指の先まで温かくなっていた。
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「分かってたけどよお…」
戸田は自室の机に突っ伏した。
由佳から送られてきた4文字のメッセージ。シンプルだが、とても重みのあるもの。
「ああああ…」
戸田はベッドに携帯を放り投げた。その画面には、『ごめんね』の文字が表示されている。
分かってはいたけどさ、分かってはいたけど…実際、こう来るとかなり精神的にくるものがある。てか、早くないか?早くても明日に来るもんだと思っていたし…こんなもんなのかなぁ。
沈む気持ちを引きずりながら、放り投げた携帯を再び手に取る。由佳とのメッセージ画面を閉じ、亜里沙とのメッセージ画面を開く。
『ダメだった』
そう亜里沙に送ると、携帯の画面を閉じ、再び布団に投げようとした。が…
ブーッ、ブーッ。
右手に握っていた携帯電話が急に震えだした。電話だ。画面を見ると、『亜里沙』という文字。
「もしもし?」
『もしもし…』
電話に出ると、鼻声の亜里沙の声が聞こえてきた。時折鼻をすする音がする。泣いているのだろうか。
「ど、どうした?」
亜里沙も振られたのか?それにしては泣き方が深刻である。
『あ、あのね…』
亜里沙が嗚咽を間に挟みながら、ゆっくりと、ゆっくりと話し始めた。だんだんと、事の深刻さが分かってくる。
亜里沙が話し終えると、二人の間に沈黙が流れた。これは、何とかしないと。
「亜里沙」
戸田から沈黙を破った。正直、この状況で何と言っていいか分からないが、これだけは言える。
「大丈夫。何かあったら、俺が守ってやるから」
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「よし!おっけ!」
由佳は携帯をしまうと、泰樹の方に視線を向けた。泰樹は依然、顔を真っ赤にしている。かわいいなぁ。
「私が言う前に聞きたいこと、あります!」
「お、おう…」
泰樹が狼狽えている。完全に私のペースだ。
「薫のことはどう思うの!?」
「か、薫!?」
「あの子、ひいき目に見ても泰樹のこと好きだと思うよ」
果たして泰樹は勘づいていたのだろうか。夏の廊下の件と言い、戸田と亜里沙が止めてくれたからまだよかったものの、あれはわざと以外他ならない。あれがなければこんなに長引くこと無かったのに…。
「えっと…薫か…」
「なに、気になるの!?」
「ち、違う!だって俺は由佳のことが好きだから…」
泰樹がさらに顔を赤くする。全く、かわいいやつだなぁ。
「薫は後輩としていい子だと思う」
「よろしい。じゃあ次!」
「え、まだあるの…」
泰樹は観念したと言わんばかりに両手を挙げた。手を挙げても無駄だぞー!
「亜里沙のことは?」
「ん、どういうこと?」
「亜里沙のことは好きなの?」
「あー、それはね、」
泰樹が先ほどのオドオドした感じとは全く異なり、すぐに返事をしてきた。
ちょ、ちょっと待った心の準備が…。
「亜里沙は幼馴染だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「な、なるほどね…」
泰樹は『幼馴染』と言い切った。ああ、じゃあ好きではないってことね…安心した。
「おーけ!以上で終わりである!」
「えっ、結局由佳の言いたいことってこれ?」
泰樹が困惑した顔で聞いてくる。全く…。
「もう、気づけよこのにぶちんが!」
由佳はつかんでいた腕をグイっと引っ張り、無理やり泰樹を自分の体に近づけた。泰樹はバランスを崩し、由佳に寄りかかってくる。寄りかかってきた泰樹の体を由佳はがっしりと受け止めた。
今度は、ハプニングではなく、わざと、泰樹を抱きしめた。
泰樹の耳元に口を近づける。まるで時が止まったようだ。
そして、由佳は…
「好きだバカヤロー」
そう、泰樹の耳元で囁いた。




