決戦前夜(後編)
泣きの一回で、次回で終わるので許してください。
「さてと……」
太陽光を浴びる面のためハレーションを起こしそうなまぶしさの画面を操作して明度を落としコントラストを上げる。
継ぎ接ぎだらけの天宮の外装が見やすくなった。
とはいえ予想以上に凹凸が多い。
大気圏外での劣化を考えれば平滑なほうが有利なのは言うまでもないが、中国ではまだそこまで技術が到達していないようだ。
もしくは納期第1で仕上げは最小限ということかもしれない。
「おいおい」
思わず突っ込みを入れていた。
メンテナンス口とおぼしきパネルにレバーハンドルが付いていたのだ。
パネルそのものはマイナスの螺子でしっかり止められているので、製作途中の簡便性のために取り付けられたとは思うのだが、普通なら軽量化のため外すだろうと思われる雑さである。
ともあれ目標は発見できたのでマイナスドライバーをターキー01に持たせての作業である。
ドライバーそのものは電動ドライバーを指先に組み込んであるので、溝に合わせて回すだけでよい……それが簡単ではないのは1本目で判った。
無重力空間でねじを回すというのがどれだけ大変な作業かは実際にやらないと説明が出来ない。
まず螺子を回すための回転モーメントをガス噴射で相殺しないといけない。その上螺子がせりあがってくる時の押し出しのモーメントに至ってはちょうどで打ち消さないと作用反作用の法則で押し出す力が増えてしまうという羽目に陥り、ベクトル演算を含め、チックが4コアで対処する羽目になった。
そんなこんなで初日の作業は螺子一本外すだけで終了してしまった。
残り7本……+レバーハンドル
初日、作業で疲れ果てたままカプセルで浮かんでいると、チックが今日の作業を解析して螺子作業用の修正パッチを充ててくれていた。
眠る前にテストと思ってやってみたら一本1分も掛からずに抜くことが出来た。
今日の苦労は一体なに? と思わせる結果だった。
いきおいのまま、レバーハンドルに手をかけたら、気温のせいのせいか工作精度の問題かは分からなかったが、しっかり固着して廻らなかった。
一晩カプセルの中で浮きながら寝たが、翌日一番に行ったのはレバーハンドルを力任せに回す
ことだった。
4馬力の全力で強引に回すことでゆっくりとハンドルは歪みながら回り、何とかパネルを開けることが出来た。
パネルの中は予想通り点検用の回線が配置されていたのでその設計をチックに読み取らせながら無線LANを溶接接続しようと思ったら、どう見てもUSBのポートらしいものがあるとか、予想外のことが起きはしたものの順調に二日目の段階で回線接続を完了。チックとアリスに侵入を任せるとカプセルの外に出た。
カプセルが設置されたのは何の装飾も施されていない鉄板むき出しの船室の一つである。
床の上に酸素カプセルに良く似た操作カプセルが二つ並んで設置されていた。
すぐ横のカプセルではうららが水面に浮かんだまま作業を監視している。
カプセルの外に出た俺に向かいスピーカーから真田さんの報告書作成の指示が飛んできた。
人使いが荒いとは思うが、向こうも2徹らしいし、納得してコンソールから作業状況の報告書を送信する。
そんな作業で2・3時間かかったが、交代のため再びカプセルに戻って回線を接続した瞬間に入ってきたのは、楽しそうなうららの笑い声だった。
「何が起きたんだ?うらら」
「ああ、高橋、この子達かわいいのよ」
この子達?かわいい?
いろいろ疑問な点はあるが進捗レポートをディスプレイに映し出す。
「へ?」
間抜けな声がでたのも仕方がない。
何しろ作戦目標ABCがスクリーンの向こうで芸をしていたのである。
どう手なずけるか悩んでいた作戦目標が、向こうから尻尾ふって寄ってくるとは思ってなかった。
データで構成されたイルカがディスプレイの中で芸をしている。
3頭のイルカは半ば予想されていたことだが脳だけの存在になっていた。
消費酸素やエネルギーを考えれば合理的ともいえる措置ではあるが、実情を見ると心が痛む。
ましてや彼らの気持ちはディスプレイ上にキャラクターを使って表示される分だけ心が重くなる。
とにかく感傷は押さえこんで作戦を遂行していくことにする。
彼ら? 3頭の識別コードはハッターM、A、Dで割り振る。
後はRPG風に人間のアバターを作り、それぞれに割り当てて会話することにした。
世界や環境についてはRPGの世界を流用して間に合わせる。
魔法や生産も含んだ超ロングセラーのネトゲを流用する。
当初はチックとアリスそれにMADの3体以外はNPCなのだが、そのうちにネット接続して他の思考体との交流を訓練してもいいだろう。
そんなことを考えながら5体の情報交換を見ている。
5体+1名はパーティーをくむなりダンジョンに潜り始めた。
楽しそうにチャットが続いている。
傍で見ている人間には理解不能な文字や記号の飛び交うチャットウインドウなのだが……どうやってうららは理解してるんだろう?たまに日本語のチャットが戻っている。
「高橋! 緊急連絡です。」
カプセル内のスピーカーからチックの声が飛び込んできた。
「どうしたチック?」
「Mから聞き出したんですが小惑星が衝突コースで地球に向かっているためアメリカが核弾頭で迎撃するということです」
「まあ、対処中ならいいんじゃないか?」
現状ではそうとしかいえない。
「それがM,A,Dの計算では成功確率が10%未満で失敗すると、直径150kmの小惑星が地球に直撃するそうです。」
「なにー?」
思わず大声を上げてしまった。
「時間はどれぐらい残ってるんだ。」
「おそらく2ヶ月程度で最初の迎撃の結果が出るとして、第2派攻撃はその直後。その結果は2週間程度で分かると思います。」
宇宙は広大だし惑星の公転速度は考えがたいほど速い。オマケに重力変化の要素が絡みすぎる。
平均時速10万キロ(マッハ87)で移動する砲台(速度一定しない)から平均時速5万キロ(速度可変)の標的を狙うのがどれだけ難しいか考えてみれば分かる。
オマケに発射後のミサイルの軌道は惑星間の重力で微妙に捻じ曲がりながら進めないといけない。
当てるのにどれだけ精密な誘導が必要か予想も付かない。
燃料は有限だが、小惑星を追いかけるとなるととんでもない速度、マッハ90程度は必要だろうし……これは地球の公転速度がマッハ87であるところから、地球の公転からミサイルが受けるエネルギーを相殺するために必要なエネルギーである。
ここまで考えただけでもMADが10%未満と言った理由が分かった気がする。
「最悪なのはその小惑星が岩石の塊で、表面に雪がないであろうことが密度計測から判明したことです。」
あ、詰んだ。
表面に熱で揮発する物質がない場合、核弾頭が至近で爆発しても小惑星の軌道には欠片ほどの影響も与えない。
宇宙空間では熱衝撃を与える物質(空気の膨張)が起きないため、核兵器といえど限定的な破壊力しか持たない。(ベータ線の熱量のみと推定されている)
それこそアルマゲドンのように小惑星内部に穴を掘って爆発させでもしない限り、熱エネルギーは無駄に宇宙に散っていく。
「わかったチック、彼らから観測データをもらって真田さんに転送してくれ。」
俺はカプセルを開けると、隣のカプセルで楽しそうにイルカ達とRPGゲームしているうららを引きずり出して会議室に向かった。




