狂科学者(マッドサイエンティスト)
「クックック……」
船底から響くような含み笑いが轟き渡る。
いわずと知れた真田六郎開発部長の声だ。
毎回聞くたびに思うのだが、船中に含み笑いを轟かせるのはどうやってるのだろう?
俺は乗員の精神安定のため日に一回は開発室のパトロールを欠かさないようにしていた。
「真田さん……ご機嫌ですね。高橋です、開けてください。」
開発室の隔離のために作られた自動ドアが、音も無く開かれる。
この扉も最初は秘密保持のため作ったのだが、今では不気味がって一部を除き、誰も入ろうとはしない。
今日はその一部が珍しく先客で来ていた。
「あれ、佐藤顧問珍しいですね?」
「ああ、絞込みもほぼ終わったし暴走してないか見に来た」
そこには40台とは思えないほど見事に仕上がったマッチョがお茶を飲んでいた。
甲板で日光浴をして焼き上げた見事な黒ボディーはうらやましい。
体脂肪率は5%台だろう。一本一本の太い筋肉が陰影をつけながら全身を飾っている。
動くたびに筋肉が躍動するのがわかる。
これなら自衛隊ベストボディでも決勝確実だろう。
と、気をとられてしまったが肝心の真田さんは……?
彼は開発室の隅に置かれたドラフターの中に組まれたフラスコやコンデンサーが繋がれた化学反応装置の前で一心不乱に化学反応を見ていた。
反応の進行事態はモニターとレーザー測定である程度はわかるのだが彼に言わせると反応中の素材の挙動を見極めないとベストができないとかで、目視をはじめとする全ての五感を動員して反応に集中しているようだ。
「佐藤顧問、真田さんの調子は?」
「肉体的には非常に不健康な状態だが、精神的には絶好調というところだな」
「今何をやってるんですか?」
「例の衛星向けのエアバック用の樹脂合成だ」
「ああ」
思わず納得してしまったが、彼が今作っているのはMU用のインナースーツに使う樹脂を宇宙向けに改良したものだ。
天宮に弥生とやまねを突入させるにあたって、衝突時の衝撃で天宮を破壊しないように宇宙空間にシャボン玉のような巨大な樹脂の風船を作って、エアーバックにする計画があるのだが、真田さんはそのエアーバックについて衝突後の再利用を思い描いていた。
再度膨らませた球体内部に3Dプリンターで内部全面に回路を金でプリントすることにより、超巨大な低密度集積回路を作ろうというものだ。
回路の密度は1ミクロン間隔、最外部の樹脂にフラーレン+ナノカーボンチューブを組み合わせたナノセンサーによる電磁波を赤外線に変化させるMUで採用された技術を流用、超巨大なアンテナ兼基盤とすることで地球半面の電波傍受と宇宙線防護を並立させる。
つまり2つ作れば地球全面の電波傍受が可能。
駆動電力は潜水艦のスターリング機関を流用。加熱冷却は球体を自転させ太陽光の当たる面での加熱と影の部分の冷却を使うことで、ほぼ永続的に発電が可能になった。
完全に稼動すればアメリカのエシュロンを上回る性能の盗聴装置になると推定される。
ここで重要なのは1000mに及ぶ風船の樹脂をどう作るかであり、真田部長はそれに成功しかけていた。
「高橋副社長、いつのまに来てたんですか」
げっそり憔悴し無精ひげの生えたゾンビのような肌色ながらも、目だけは爛爛と輝くというまさにマッドサイエンティスと鑑とでも言うべき状態で真田さんは振り向いた。
(いや、自動ドア開けただろう……)
「気がつかなくてすみませんでした、この部屋の出入りはアリスに任せて自律判断の教育をしてますので」
俺の顔に浮かんだ不審を読み取ったのか説明を続けてくる。
「その様子だとうまく言ってるようだな」
「ええ、新型のシリコンーホウ素樹脂は予想以上の強度を確保できそうです。これなら1gもあれば1000mの風船を維持できるでしょう。」
「1g?」
「樹脂にはセンサー素材を0.6g加えるので全部で1.6gですか。これなら予定通り8つの球体をLEO(低高度人工衛星軌道)に浮かべるのも可能そうです。あとは3Dプリンター他の核心部分を8つ作って膨らませるときに中に入れておけば終了です。」
「核心部分を(センターコア)中に入れるって?可能なのか」
防弾性を持つ樹脂の風船の強度を考えると宇宙空間でそれを切断するのはかなり困難な作業だろう。
「ああ、言葉が誤解を生みましたね。核心部分自体が球体でその全面を最初から、この樹脂でコーティングする予定です。あとは核心部分からガスをだして樹脂を風船状に膨らませてやる予定です」
最初から中に入っているなら問題はないか。
それにしても計画が暴走しているような気がするが……
「予想以上に電波解析と供給電力を上げられそうなので、通信用の指向性電磁レーザーを可動式にしてECMも可能にできそうです」
「ECM?なんの意味があるんだ?」
「地上で動くドローンを見つけ次第、動作不良にするとかぐらいですかね。ECM対抗装置が乗っている軍用機とか建物の中の電子機器に干渉させるにはβ線レーザーが要るので電力が足りません」
「ドローンは可能なのか?」
「ECCMを搭載するとドローンの最大の武器であるコストが大きく失われますからね」
「ちょっと待て、ということは大陸からくるドローン兵器は?」
「日本海の藻屑にできますし、対抗策をとろうにもその計画を全て盗聴して解析可能です。」
「じゃあ、日中紛争は」
「暫時、停戦に持っていけるでしょう。」
なにごとも無いように真田さんは言葉を続けた。
「唯一の難点はこの軌道兵器のメンテナンスですが弥生とやまねに任せようかと思ってます。天宮のいるか達も説得できたら協力させる予定です。」
「協力って……」
「地上のドローンを照準発射したら餌を与えるとか言う具合に調教します。」
さすがに軌道上で「いるかの調教」をやろうなんてやつは想像してないだろう。
「アリスとチックについてはどうするんだ?」
「それについては腹案があるんですが、社長も一緒に話し合いませんか?」
真田さんの声に俺は無意識に頷いていたし、佐藤顧問もよくやったとばかりにオリバーポーズを決めていた。




