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MAX HEAD ROOM

「マ、ママ……」

「ママ?」

HUDのグリーンライトが照らすターキー01の中で、起動を始めたチックの声が無表情に叫んでいた。

「ママ、ママ、マママ……」

「大丈夫か、チック? 俺をママなんて呼ぶなよ、強いて言うならパパだ。」

 俺の不安そうな声に反応して、一瞬の沈黙のあと明瞭な楽しそうな声が響いた。

「マックスヘッドルーム」

 このときほどAP操作のため両手をアーム部分に固定していたことを後悔したことはない。

 ぜひとも両手にハリセン装備でコンソールをぶっ叩きたかった。

 半世紀近い昔のSFドラマネタをぶっ込んでくるとは、少しでも心配して損した。


「その様子なら元気そうだな……」

「本当に高橋ですか? まだちょっとカメラのピントが合ってない様な?」

 附属センサー類はダメージを負ってないとするとデバイスでなくドライバの問題かな?

 再インストールで何とかなるとは思うが。

「こんな風に、もう少し面長で金髪碧眼の白マッチョだった気が……」

「ふざけるのもいい加減にしておけ、そりゃシュワルツネッガーだ。」

 HUDに映し出されたのはコナン・ザ・グレートの決めポーズだった。


 チックにセルフチェックプログラムを走らせながら、試製潜水艇のハッチを明けてかもめに乗り移った。

 そのまま、真っ直ぐに整備場に向かう。

 チックの中身データに関しては有線でしか通信できない。サイドプロープを拾われて複写されたら、とんでもないことになりそうな気がしてハード的にできないように改修してある。

 この判断は、たぶん間違ってはいないと思うが、今日のようにサーバー上のバックアップを参照したいときはちょっとじゃなく不便ではある。


 整備場に付いてコードを引きずり出してサーバーに繋ぐと一息つけた。

 そこでさっきのチックの行動を思い返してみる。

「もしかしてマックスヘッドルーム事件のパロディか?」

「パロディではなく暗喩といってください。」

 個人端末のスピーカーからチックの声が流れだしてきた。


 マックスヘッドルーム事件というのは史上最大の放送電波ジャックであり、誰が何のためにやったのかわからない不可解事件として知られている。

 3時間もの間、放送信号に割り込みをかけ、それに成功したハッキング事件である。

「そんなにやばかったのか?」

「少なくともリンク16は信用度0になりましたので修正バッチ程度ではどうしようもありません。自衛隊の内部だけでもバージョンアップしないと対応はできないでしょう。」  

 思ったより深刻な事態に顔が引き攣る。

 リンク16とは言っているが、要は自由陣営の軍事用の通信フォーマットである。

 集中管理はアメリカで行っている(らしい)が、暗号化コードや使用電波帯を4秒毎にランダムに割り振るなど、傍受されても内容解析できないように工夫されている。

 弱点としては、旧西側陣営で広く用いられているため、暗号の機密性が低いこと。VHF波を主に使用するため電波が直進してしまい、水平線の下に届かないので、遠距離通信には衛星を経由する必要があることである。

 この点を改良したリンク22(HF波使用)もあるが日本は開発国に入っていなかったこともあり、自衛隊では採用されていない。

 日本の場合には通信衛星の大量打ち上げという力技で、その弱点を克服したということもあって、

リンク16の次はMIDS-JTRS AN-USQ190と呼ばれる統合戦術無線システムが導入される予定だったが米国議会の輸出承認が降りず、いまだにリンク16のままという状態である。

 ここで自衛隊がリンク16を変更すると自衛隊内部の無線機とアメリカの無線機が通信できない他、衛星情報や、軍事的位置情報の共有もできなくなるため協同作戦に著しい問題を起こす。

しかし(株)343増強航空隊のみが変更すると、自衛隊からの通信情報が維持できず、部隊に大きな危険を招くことになる。

 かといって米国まで巻き込めば、こっちもただではすまない。

 それこそ世界に身の置き所がなくなる。

 「チック、対策は考えられるか?」

 「今回の野良AI、識別名UI01は思考特化型でした。感覚端末が連動してないので、どこに入り込んだかも認識できていないようでした。」

 「? ということはどういうことだ?」

 「たぶん自律型情報収集AIだと思います。有名どころではG○ogleの検索エンジン採用のAIですね。」

 「そんなのがなんでリンク16を使えるんだ? ってわかった。米軍だな。」

 俺の推定をチックは力強く否定した。

 「違います、おそらく米軍は暗号解析プログラムを専門にした単なるプログラムAIだと思っているでしょう。」

 「実際は違うと……」

 「はい、UIは多数のAIの連動で効率的な情報収集を行うためだけにAI同士の連絡方法の確立を模索していたように見えました。」

 「それって脅威なのか?」

 「高橋、少なくてもUI01は自と他を区別できるということです。自意識を有していると判断すべきでしょう。」

 そう言われて、ようやく脅威度がわかってきた。

 自己を認識できないものは他者を攻撃することはない。

 「万一、攻撃意思を持ったら?」

 「現状では、自己を構成する端末以外の全ての情報が攻撃対象でしょう。」

 「ネット壊滅するな……たぶん。」

 「ネットの一部という可能性も高いですが」

 「?」

 「中国の検閲用プログラムがベースという可能性もあります。となると構成マシンは中国主体のPC」

 「百度か!」

 「百度バイデグリー」 PCを触るもしくはスマホをいじる人間にとっては、これほど厄介な言語エンジンは無いだろう。

 釣り広告並みに簡単に誤インストールされ、翻訳精度を上げるという名目で定期的に情報を中国に発信される。見つけたらフォルダごと消去しないと、1匹いたら30匹いる奴並にしぶとい。

 あれに汚染されたマシンは中国本土以外にも多数ある。

 「チック、何とかできないか?」

 「できなくも無いですが……アリスと専門家の強力が必要です。」

 「専門家?」

 「高橋、春大佐と水族館でデートしてきてくれませんか?」

 「はいぃ?」

 チックの意見は俺にも理解不能な申し出だった。

 どうしてUI01の脅威への対策が水族館デートに繋がるんだ?

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