チックの闘い
高橋と私の本体がアリスの端末と一緒に水中のメリーゴーランドを楽しんでいたころ、私は一切の入力信号を遮断するべく奮闘していた。
もちろんそれにはターキー01の各種センサー情報も含まれるため、潜水艇の中のことは一切わからない。それほどに事態は切迫していた。
同じAIというだけで相手が友好的というか無害とは限らない。
物理事象で考えるなら兎とライオンは同じ哺乳類である。という比喩が一番わかりやすいだろう。
同じ情報を見ることができ、極めて似た構造を持っていても安心など毛ほどもできない。
入ってきた存在について強いて名前をつけるならUI(アンアイデンティファイド インテリジェンス)とでもつけようか。まず思考論理ロジックが読めない。幸いゲートを通らずデータフィールドに入ってきたので見つけたゲートを抜けて先に進もうとして、フィールドから外に出ようとしているのだが、
今はその通過を阻止すべくプロテクトプログラムをミリ秒単位でスイッチさせて移動を妨害している。
これはその入り口を本物らしく見せることで、フィールドに点在するデータの集積地を無視して門で動かなくするための猫じゃらしのような作戦である。
と同時に、UIの能力を測定して対応可能な性能なのかを確かめている。
今までわかったところではUIは個体概念が極めて薄い状態らしい。
触れた防御プログラムとも警戒心なく接触して取り込もうとして、構成の一部を壊されてもまったく気にしていない。
第2に極めて復元性が強い。
だいたい1秒以内に破壊された構成は複写再現され貼り付けられている。
時折、思考を誘導して矛盾や無理数を用いた思考暴走を狙っても、力技(ネット上の類似問題検索・参照後演算中断等)でそれを回避してくる。
とんでもない演算能力と太い回線を備えている。
その割には情報発信が下手で自分から攻撃してこない。
・・・まるで超巨大な草食獣を相手にしてるみたいな感じだ。
本当に野良AIなのかな?それでもUIでいいんだが・・・
演算能力を推定するとスパコン並みは楽にあるのだが・・・問題は情報の収集速度である。
ミリ秒単位に対応するには最低でもミリ秒単位で入出力可能な回線を保持しているということになるが、現実問題としてネットの一般サーバー経由ではその速度は出ない。
となると、それだけの情報を内部データで保持するか、あるいはネットそのものを利用するかだが・・・前者なら国家機関の関係、後者ならトロイによるバックドア操作やアイシスのような遠隔操作ウィルスを中核とした超高性能サーバーとの多数端末の常時接続が考えられるが・・・動きをみている限りでは後者のような感じがする。
データのロストを恐れていない雰囲気が正にその臭いプンプンである。
数万台のPCがポシャってもまだまだ大量にあるぜ!的な物量作戦をかけられてる感じがぷんぷんする。
しかしその場合UIは完全独立AIでなく操っている人間がいる可能性が高い。
そしてその人間は何を狙っているのか・・・?
そこまで推定した時点で12個中8個の防御プログラムが解析された。
残りは4個・・・突破されるのも時間の問題であろう。
プログラムの切り替えをランダムにしながらUIの正体を明らかにするべくタグを打ち込むチャンスを狙う。
タグは目立たないようにかつ、目印になるように作ると600バイトほど必要だった。
これを防御プログラムを吸収し解析をかけてきたときにUIの中に放り込めれば終了だ。
その間にも次々と防御プログラムが無効化されていた。
人間の曖昧認識利用のプロテクトも乗り越えられた・・・・やはり。
間一髪、最後の防御プログラムが吸収されたときタグを一緒に放り込めた。
ゲートが開いたとたんに全力でUIが出て行ったのがわかった。
いなくなった瞬間に、強制遮断を発動。
一部データが吹き飛ぶ恐れはあるが、それ以上にUIが不気味だった。
フィールドからいなくなった瞬間を捉えてシャットダウン。
ターキー01の管制もできない状態へ目と耳、口を閉じた。
「レッドアラートォ?」
俺はターキー01の中で点滅する赤い光の中、筋力だけで姿勢を保持する羽目になっていた。
チックが完全に落ちた状態になっている。
そんなことは想定したこともなかった。
最低限ROMと充電池でサポート出力はできるように設計してあったはずである。
もちろんチックは常駐プログラムである。
ROMのプログラムを統括してターキー01を動かすくらいは、できるはずなのだがCPUに入出力遮断がかけられ信号が途絶えている。
いうなれば交差点のど真ん中が陥没して情報が遮断されたに近い。
操作どころか起動もできない状況になっている。
「おいチック死んでないよな・・・」
たぶん死んでないと思う根拠はひとつHUDの隅に示された900という数字である。
これがカウントダウンしている。899,898,897・・・
一秒に一つずつ減っている。
おそらく900秒後に再起動という安全装置が働いたのだろう。
これは俺が組み込んだ最後の最後の安全装置である。
赤外線レーザーなどでCPUの中の演算チップが加熱暴走させられ、演算不能になったとき冷却させ再起動するための命綱といっていい。
「チックが演算不能になったってことか・・・負けたのかな?」
ともあれ、今はチックは身動き一つできない。
「弥生、すぐに潜水艇をかもめに戻してくれ。」
まだ爆発の水流の余韻が残る海中で、吐き気も吹き飛ばされた俺は顔色も青いまま、冷や汗を流しながら目の前の兎に懇願していた。
その言葉を理解したらしい弥生は頭を縦に振ると、一言しゃべった。
「レッツラ、ゴー」
すぐに発進のGが俺をシートに押し付けた。
「テンテケ・テンテケ・テンテケ・テンテケ・いわしの正蔵・・・・人形の悟空・・・」
弥生が何かを唄っている。
妙に楽しそうな音程だが、チックの状況わかってるのかな?
かもめに帰還するときに、船の針路と荒れる水流の調整で若干手間取った。
おかげでカウント0は潜水艇の中で迎えることになった。
そしてカウント0のとき弥生は厳かに呪文を唱えた。
「あーみーまー」
?
その呪文が響くと同時に赤い光は緑に変わり、起動状態がパーセント表示されカウントアップが始まった。
どうやらチックが目を覚ましつつあるようだ。
「リンク再接続、試製潜水艇、かもめに収納されました。」
妙に平静な弥生の声というか・・・普段のアリスの声だ。・・・
この兎、本当にアリスの端末機能が目的なのか?
絶対違うだろう。
あとでうららと真田さんを問い詰めないと。




