脱兎のごとく
水面近くを疾走する足長蜂は王冠のように水霧をたてながら前進していく。
間もなく新成川、合流予定ポイントだ。
後方カメラが二つの噴水が近づいてくることを映していた。
噴水の中の光の点滅が味方であることを伝えてきた。
新たな潜水艦襲撃は杞憂で済んだようだ。
「高橋、アリス01からリンク16で緊急入電。」
「?、襲撃はとっくに終わってるはずだな。何かあったのか?」
「入電内容、交戦中止命令です。」
「馬鹿な、何があった!」
「日本国内閣の依頼だそうです。これ以上、中国を刺激するのはまずいとの政治判断だとかで」
(・・・頼むからここまできて日和らんでくれよ。・・・新成川を襲撃して敵を誘引しないと俺たちの脱出路すらなくなるんだが・・・)
「今、日本から正式に交戦禁止命令が出たそうです。どうします?」
「交戦禁止って・・・どうやって脱出しろってんだよ」
「春隊長が命令を止めて無線封鎖してるので、こちらは表向き、知らなかったで済みますが・・・あとで隊長がいろいろと面倒に巻き込まれるでしょう。」
まいったな。うららが自分を壁にしてるって時点で詰んでる気がする。
とはいえ、自分だけでなく、部下を無駄に殺すわけにもいかない。
しょうがない、交戦しないで脱出する方法を考えるしかない。
「チック、無線封鎖解除、暗号化通信許可。現状をつたえてやれ」
「ハークとノーブより受領確認来ました。」
「新命令案送付、新成川のドローン基地に可能な限りの煙幕ぶち込んで逃げる。」
「はい?」
「通常煙幕も微粒子煙幕も全部ぶち込め。残弾0で構わない。」
「それはどういう意味があるのでしょうか?」
通常煙幕は燃焼による煙だが、微粒子煙幕は非常に細かい金属粒子と思って構わない。
燃焼による臭気を感じた兵員が連絡を取れる方法は有線の電話回線だけになるはずだ。
無線は超微粒子煙幕で遮断できる、つまりドローンを徹底的に洗浄しないと使用できない状態に持ち込める。
おそらく、敵もすぐには何が起きたか、わからないはずだ。
ここまで危険を冒して発煙弾を撃ち込んだだけということは考えにくい。
何かの下準備、もしくは隠れたBC兵器の存在を疑うはずだ。
そちらに注意を向けてもらっている間に俺たちは全力で逃げさせてもらう。
日本海に戻る予定だったが、US-3に迎えに来てもらう前提で黄海側に脱出だ。
「黄海に出る最短ルートを指示してくれ。」
「平壌を避けるなら順州近郊から平原に向かうのが最短ですね。」
「敵の集結はどうなっている?」
「アリランの搭載カメラの精度ですと、明確には言えませんが・・・平壌とソウル、釜山に集結中と思われます。」
「平壌集結部隊が索敵に回る前に逃げ出せ、ということだな。」
「索敵部隊程度なら撃破可能と思われますが・・・ああ、交戦禁止でしたね。」
「そうだ、面倒をうららに押し付けるわけにもいかない。とっとと逃げ出すぞ。」
「ハークとノーブに進路連絡。ハーク01より連絡入りました。残燃料400kg、海上脱出が限界とのことです。ノーブからも同様の連絡入りました。」
「迎えにさくらとぼたんを呼ぶ。そこまで持てばいい。」
「緊急連絡でかもめに依頼入れました。合流予定は平原沖60kmです。」
新成川が見えてきた。
「作戦開始、一撃離脱を心掛けろ。」
足長蜂が先頭きってECMをかけながら工場らしい建物に発煙弾と・・・内緒で燃焼弾を撃ち込んでいく。
後ろのホバーも停止することなく、発煙弾を次々に打ち込んでいく。
本来の作戦ならPAが降車して制圧、武器、燃料量補充して離脱だったんだが・・・
横目に通りすぎるガソリンスタンドの給油ノズルが魅力的に誘う。
(人民元は持ってきてるんだよなー)
現地工作用の資金を流用して軽油、満タンとか言いたくなる気分だ。
足長蜂は予定外の給油で余裕はあるが・・・ホバーはカツカツのままだ。
索敵も最小限のまま一直線に平原を目指す。
周囲を流れる景色は徐々に暗くなってきた。
(作戦開始から12時間か・・・)
生理現象を考えるとそろそろノーブとハークの乗員は限界が近いだろう。
まあ、APよりは遥かに快適なのが救いなのだが・・・
「高橋9時方向に敵影1、索敵用ドローンと思われます。」
こういう時、使い捨てにできる、カメラのみ搭載のドローンは展開が早い。
「乗っ取れ!」
「了解、敵暗号解析。デコードtypeCH0515。アクセス、支配完了、武装無し。」
「カメラの映像に細工しろ。何もないところを予定通り飛行している風に装え」
「無茶言いますね」
そういいながらもチックは友軍が映らないように気を付けた自機のカメラ映像をドローンの映像として送信していた。
「敵操縦電波、東に転進です。」
まずい、進路に合わせてカメラ映像を送り続けるには、足長蜂が東、つまりもと来た方向に戻らないといけない。
「仕方ないホバー隊のみ先行。足長蜂は15分だけ偽装を続ける。」
ホバーの燃料を考えると、あっちは一直線に向かわせないと燃料不足になる。
俺が引き受けるしかないのだが・・・正直ありがたい状況ではない。
10分も飛んでいると先行するドローンの撮影した本当の映像には歩兵部隊が見えてきた。
(ここまでで、あと放置かな?)
そう思いチックにドローンを開放させた直後、何の偶然か、ドローンが180度回頭して、カメラがこっちを向いた。
「まずい、ばれた。」
再度ドローンを支配させ、今度は地面に突っ込ませる。
(余計な色気を出したのが失敗か!)
ともあれ、そのまま北方に最大全速で進む。
あたり一面をライフルの発砲音が埋め尽くした・・・ように感じる。
遭遇点から北に15分ほど進んでから西に進み始める。
ECMはフルパワーである。おかげで、どんどん燃料が減っていく。
平原の北方20kmの地点で黄海に脱出する。
そこで上昇を始め、高高度からルックダウンでレーダー走査を行う。
60km範囲内に中国海軍の艦艇は見当たらない。沿岸警備隊の海警は何隻かいるが避けられるだろう。
「さーて、追加料金と違約金をどうするか・・・?」
相手が国とはいえ殺されかかるような契約違反には、それなりのペナルティを払わせるべきだろう。
(そうはいっても素直に払うとも思えないし・・・こっちもカードが必要だな。)
内調か別調の資料に使えるものはないか確認しないと・・・
ホバーの海上移動が順調に進んだこともあり、US-3が全機回収したのはその1時間後であった。




