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ドライベルモット  作者: 升田陽路
5/8

ストリート

 十八歳の布施陽介は、少し伸びた坊主頭にキャップを被り、蒸し暑い夕暮れの街をふらついていた。予定も約束もない夏休みの一日、前日の夜更かしを取り戻す睡眠も昼には済んだ。残り物のそうめんをすすりパジャマがわりのTシャツから買ったばかりのTシャツに着替え街に出る。時間を潰すために思いつくのはゲームセンターくらいしかなかった。しかしこんな日に限って一人の知り合いとも会わないものだ。レコードショップ、本屋と回ったが興味をひくものもなく店を出る。あきらめて家路をたどり、駅前を通りかかったときに歌声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、座りこんだ数人の女子高生や仕事帰りに足を止めたサラリーマンに買い物帰りの主婦までもが、ギターを抱えた一人の男の歌に聞き入っている。陽介も引き寄せられるように見物の輪の中に加わった。一曲歌い終わるごとに拍手がおこる。流行りの歌なら詳しい陽介だったがどの歌も聞いたことのない歌だった。昔の曲なのかオリジナルなのか分からなかったが、さほど自分と歳も変らないストリートミュージシャンが行き交う人の足を止め拍手を浴びている。


 「ストリートミュージシャンか、おもしろそうだな。」 


 退屈さに手を焼いていた陽介の心を好奇心が支配していく。


 翌日にまず彼が起こした行動はギターの出来る友人を誘いこむこと。一人目に電話をかける。


 「俺さ進学希望で受験なんだ、そんなことしてる暇ないんだよ、悪いな。」


 二人目に電話をする。


 「人前でやるなんて俺には無理だよ、しかもストリートだろ? 絶対無理、あ、あいつどうかな? C組の黒川、陽介あいつと中学一緒だろ、誘ってみろよ。」


 「黒川晃か・・・。」


 陽介は黒川晃とは中学も一緒だったがあまり言葉を交わしたことは無かった。明るく社交的で目立つことが大好きな陽介とは対照的に、晃はどちらかというと群れるのを嫌い、どこかクールで人を寄せ付けない雰囲気を持った青年だった。


 陽介は中学校の卒業アルバムを引っ張り出すと晃の自宅の連絡先を調べさっそく電話を掛ける。この辺りの決断力の速さと行動力も陽介の特徴である。何か行動を起こすときには気持ちよいほどブレが無く真っすぐに進んでゆく。


 「もしもし、布施だけど、」


 「ああ、陽介か、珍しいな、どうしたんだ?」


 「あのさ、黒川って大学受験組?」


 「いや、違うけど?」


 「じゃあ受験勉強で忙しいってわけじゃないんだね。 あのさ、黒川ってギター弾けるんだって?」


 「ああ、それなりには弾けるけど?」


 「俺と組んでストリートやらないか?」


 「・・・いいけど?」


 唐突に誘う陽介も陽介だが、すぐさま了承してしまう晃もまた掴みどころの無い男である。


 翌日、二人は夏休みの空いている教室を使い練習を始めた。 流行りの邦楽しか聴かない陽介、洋楽マニアの晃、更に音楽の知識など何もない陽介、二人はすぐに行き詰った。


 「陽介、流行歌のコピーをやったって、ただののど自慢だ、これじゃ誰も聞いちゃくれないよ」


 「じゃあどうすればいい?」


 「いっそのことオリジナルやるか。」


 「黒川、お前オリジナル曲なんて作れるの?」


 「もう何曲かは作ってあるよ、やってみるか。」


 晃は陽介に弾き語りで聞かせて見せた。


 「すごいじゃないかよ晃! お前天才じゃないの? あ、感動してつい下の名前で呼んじゃったよ(笑)」


 「晃でかまわないよ(笑) 気に入ったならオリジナルでいこう。家でデモテープ作っておくからそれ聞いて全曲覚えてくれればいいよ。曲と歌詞を覚えたら連絡くれ、そこから練習を再開しよう。」


 「そっか、わかったよ。」


 「じゃあ後でテープ渡しに行くよ。」


 晃はその日の夜に陽介の家までテープを届け、 陽介もそれに応えたった三日で五曲を完璧に覚えた。 


 開け放った窓から部活動にいそしむ生徒たちの活気ある声が聞こえてくる夏休みの教室、すべてのオリジナル曲の音合わせを一通りこなした二人。


 「すごいじゃないか、たった三日でこれだけ仕上げてくるとはさすがだな陽介。歌もだいぶ上手くなってて驚いたよ。」


 「いや、デモテープ何度も聞いてたら自然に晃の歌い方が身についたみたいだ(笑)」


 「なあ陽介、今から駅前行ってやってみないか」


 「まじかよ? 嫌いじゃないなその勢い(笑) でもやるなら俺達のユニット名決めなきゃな」


 「そうだな、何かいいのないか?」


 「実はもう決めてある。 UP&UPってどうかな? UP&DOWNみたいに人生山あり谷ありじゃなくてさ、下るのは嫌だ、坂道を上り続けてやるって意味で。」


 「アップアンドアップね、始めたばっかりであっぷあっぷしてる俺達にはピッタリだな(笑)よし、決まりだ! 乗り込むぞ。」


 駅前に着くとこの前のストリートミュージシャンが自分の定位置で歌っていた。今日も彼の客つきは上々だ。その近くに陣取る陽介と晃。


 「いいか陽介、俺達は初めてだ、あちらさんと張り合おうとするな。最初は誰も聴いちゃくれない。今日は五曲あるオリジナルを通しで3セット繰り返す。不安でも歌詞はカンニングするな、どうせ俺達の歌は誰も知らない、間違ってもいいから堂々と歌え。」


 「よーし、いつでもいいぜ晃。」


 演奏を始めた二人。晃の言った通りに誰も立ち止まることなく通り過ぎていく。隣の客はおよそ三十人。 めげずに歌い続ける陽介。 すると2セット目の中盤あたりから変化が起きた。 高校生とは思えない安定したギターテクニックを披露する晃、人前での強さを見せつけ度胸のよいパフォーマンスを続ける陽介、なにより楽曲の良さが人を引き寄せたのだろう、一人、二人と客は増え、3セット目の最後には三十人を超える数の客が彼らの演奏に拍手を送った。気がつけば隣の客は三人に減っていた。アンコールにも応え気分よくファーストライブを終えた二人。


 「最高だったな晃。癖になるぜこの高揚感、人前で歌うってこんなに気持ちいいもんなんだな。明日もやろうぜ晃。」


 「もちろんさ。」


 それから二人は毎日歌った。すぐにファンもつきUP&UPのライブを楽しみに時間前から待っている子達もいるほどだ。 


 初めてのライブから数えて今日が十回目、、夏休み最後のこの日のライブ、いつものように取り巻きの女子高生や中学生に混じってスーツ姿の女性が熱い視線を送っていた。


 ライブが終わりサービス精神旺盛な陽介がファンと談笑している間に晃は撤収を済ませる。


 「みんな今日も来てくれてありがとう、明日から学校が始まるので、暫くは週末の夜だけのライブになるんで宜しくね。」


 「よし、撤収完了、帰るぞ陽介。」


 「じゃあまたね、みんな!」


 陽介はアイドルのようにファンに手を振り笑顔を振りまく。晃と歩き出すと変わり身素早く、


 「腹減ったな晃、何か喰ってこうぜ。」


 「またいつものラーメン屋か? しかし陽介、お前よくあんなに愛想ふりまけるな」


 「ファンは大事にしないとな、晃もそういう所を意識しないと俺との人気にますます差がついちまうぞ(笑)」


 「お前の場合は特殊な才能だと思うぞ、どの世界でも成功すると思うよ(笑)」


 「まずは二人で芸能界を席捲しようぜ(笑)」


 「いや、俺には派手な世界は無理だよ」


 「どうしたんだよ晃」


 「陽介がプロ志向になってきた気持ちはわかるよ、こんな短期間でファンもついたし、でも俺にとって音楽はあくまでも趣味なんだ。」


 「そうなのか・・・」


 「でも、陽介がプロになりたいなら喜んでサポートするよ。俺はお前の裏方でいい(笑)」


 「ねえ、君達。」


 先程、路上でのUP&UPのライブを見ていたスーツの女性が二人の後を追いかけてきた。


 「はい?」


 陽介が振り返る。


 「あなたはさっきの、昨日と一昨日も見に来てくれていましたよね。」


 「気付いてくれてたの? 光栄だわ(笑)」


 「僕達に何か?」


 「実は私、レコード会社の者なの。」


 長い髪を後ろで一つに束ねたスレンダーなスーツの女性はいかにも仕事が出来そうな雰囲気をかもし出し、しなやかに名刺を差し出した。 加藤園子と書いてある。


 「ええ?もしかしてスカウト?」


 「驚くことはないわよ、良さそうな子には声を掛けておくのが私達の仕事、だからといって全員が即デビューなんて甘くはないのよ。」


 「はあ。なるほど。」


 「ボーカルの君、かなりいいセンスしてるわ。歌の上手さはレッスンして歌いこんでいくうちにまだまだ上達するわ。それよりも度胸がいいわね。トークも上手い、笑顔もチャーミングだし、女を騙す才能がありそうよ」


 「それ誉めてんすか?」


 「あら、売れるには日本中の女を騙さないとダメなのよ(笑) ギターの彼はもっと表に出ないと存在感ないわね。」


 「僕はそんなタイプじゃないんで・・・スカウトするなら陽介だけでいいですよ。」


 「え? 君たち二人でプロ目指してるんじゃないの?」


 「陽介はプロ志向です、僕は趣味でギターやってるだけなんで、」


 「そうなの、ねえさっきの曲って全部オリジナルでしょ? 誰が作ってるの? 素晴らしい才能よ。タイアップ獲れればどの曲も間違いなく売れるわ。」


 「・・陽介が作ってます。だからスカウトなら陽介だけで。」


 「おい、晃・・」


 「へえ、てっきりギターの彼が曲を作ってるのかと思ったわ。ねえ、ボーカルの君・・」


 「布施陽介です。」


 「じゃあ陽介君、連絡先教えてもらえるかしら、それとオリジナルをテープに吹き込んで私宛てに会社に送って頂戴。バストショットと全身の写真も添えてね。会議にかけて後で必ず連絡するわ。」


 


 陽介の元に加藤園子から電話が来たのはそれからちょうど一週間後のことだった。


 「決まったわ陽介君、あなたをうちで預かることになったわ。」


 「本当ですか!」


 「ええ、あなたの作った曲が満場一致で認められたの。高校生レベルの才能じゃないってね。うちの方針としては陽介君が高校を卒業する春に、全曲あなたのオリジナルのアルバムでデビューさせる計画よ、レコーディングの期間を考えたら残り四カ月で新しいオリジナルがあと五曲どうしても必要なの。できるかしら?」


 「は、はい。なんとかやってみます。」


 「あなたの才能なら絶対できるわ。それじゃ一曲できるごとに連絡を頂戴。」


 「わかりました。」


 一気に駆けあがる夢の坂道。その牽引車である晃に対して申し訳ない気持ちの陽介だったが目の前に転がり込んだ幸運をその手で拾い上げる事にためらいは無かった。


 「晃、そういう事になったんだけど、どうかな? さすがにお前でも短期間で五曲も書き上げるのは無理かな?」


 「そうか、デビューが決まったのか。おめでとう陽介(笑)まかせろ。なんとか頑張って作ってみるよ」


 「ありがとう。なあ晃、お前はこれで本当にいいのか? もし売れても黒川晃の名前が表に出ることはないんだぞ。」


 「言っただろ、俺は裏方向きの人間なんだよ、心配するな、売れた後でお前をゆすったりしないから(笑)」


 「そうか。じゃあ頼むよ、俺の人生をお前の才能に預けた(笑) ゆすりは無いとしても金の問題になると深刻だ。印税が入ったら折半にしよう。成功報酬さ(笑)」


 「なるほど、そのほうが陽介も気を使わず済むな。了解したよ。」


 「それと、これは永遠に俺とお前の秘密の契約だからな。」


 「わかってるよ。」


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