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第1巻:魔王編 〜誰もが平等に死にゆく世界で〜 第1話:五族の理と、最果ての魔族会議

序章:五族の理(ことわり)


 この世界は、「人間」「エルフ」「ドワーフ」「獣人」「巨人」の五族が支配する世界だと言われている。

 だが、それは表舞台の歴史が紡ぐ、都合の良い欺瞞に過ぎない。五族の誰もが口にすることを忌み嫌い、歴史の陰へと追いやられた第六の種族が存在する。人々は彼らを恐れ、蔑み、こう呼んだ。――「魔族」と。

「魔族」とは、生まれながらの怪物ではない。元々は五族のいずれかとして生を受けた者たちだ。エルフとして生まれながら一切の魔力を持たない者。ドワーフでありながら手先が不器用で、代わりに呪わしい魔術の才能を持ってしまった者。人間に生まれながら、その五体に忌むべき獣の鱗を宿した者。五族の「一般的」とされる枠組みから極端に外れ、異形の能力や容姿を持ってしまった者が、コミュニティから弾き出され、差別され、虐げられた果てに行き着く終着駅。それが魔族だった。

 親に捨てられ、故郷を追われ、命からがら逃げ延びた彼らは、五族の支配が及ばない最果ての辺境――不毛の荒野と切り立った岩山に囲まれた「魔王領」へと集まった。互いに身を寄せ合い、傷口を舐め合い、ただ明日を生き延びるためだけに、彼らは細々と血の繋がらない家族としての営みを続けていた。

 我は、その哀れな魔族たちを束ねる王である。

 魔王城と呼ばれる、黒い岩を削り出しただけの無骨な玉座の間。その窓から見下ろす荒れ果てた大地を眺めるたび、我が胸には焼けるような焦燥が募っていた。

(いかにせん。いかにすれば、我が民に平穏が訪れる……)

 五族が定めた理を変えねば、魔族に未来はない。だが、どれほど言葉を尽くそうとも、五族の者たちは我らを「異形種」としてしか見ない。対等な対話など、最初から不可能なのだ。現状を変えるためには、武によって相手を支配し、従わせるしかない。それが、この残酷な世界における唯一の言語だった。

 しかし、我が民はあまりにも脆弱だ。日々の糧を得るだけで精一杯の彼らの中から、五族の軍勢を圧倒するような「強き勇者」を育てる資質も、時間も、精神的な余裕も、今の魔王領には残されていない。

 懊悩の果てに、我はある決断に至った。

 我ら魔族が五族よりも唯一優れているものがある。それは、異端として弾き出される原因となった、歪で強力な「魔法」の力だ。古き禁忌の魔道書に記された、世界の壁を穿つ大魔術。異世界から、我らの軍を率いるに足る圧倒的な力を持った「勇者」を召喚する。それしか、我が民が平等に生きられる世界を作る道は残されていなかった。

「主要な者たちを呼び集めよ。これより、魔族の未来を決める会議を開く」

 我が傍らに控える黒衣の参謀――バルタザールに命じると、彼は感情の読めない瞳で静かに一礼し、影のように下がっていった。


第一章:魔族会議、開かれる


 魔王城の地下、仄暗い魔石の灯りが揺らめく円卓の間。

 我が呼びかけに応じ、各種族出身の魔族を束ねる長たちが集結していた。我を含めて六人。この部屋にいる者たちこそが、魔族の命運を握る中枢である。

 円卓の右手に腰掛けるのは、人間族出身の魔族の長、マリーン。一見すれば妖艶な美女だが、その首元から衣服の隙間にかけて、漆黒の蛇のような鱗がびっしりと肌を覆っている。彼女はその異形ゆえに聖職者の家系から追放されたが、皮肉にもその鱗は星の動きを読み解く占いの触媒となり、今や魔族一の占い師となっていた。

 その隣で退屈そうに腕を組んでいるのは、エルフ族出身のコナン。繊細で優美なエルフの面影はどこにもない。巨人のようにがっちりとした肉体と、丸太のような太い腕。商人の馬車を素手でひっくり返せるほどの怪力を持つが、エルフの誇りである魔力を一滴も持たずに生まれた男だ。森の同胞からは「ただの出来損ないの肉の塊」と罵られ、追われた過去を持つ。

「ふん、暗気臭い部屋だねえ。湿気で自慢の髭が台無しさ」

 愚痴をこぼしながらパイプに火をつけたのは、ドワーフ族出身の魔女、メ・ルモ。ドワーフの歴史に魔法使いは存在しない。すべてのドワーフは土と鍛冶の加護を受けて生まれるからだ。だが、彼女は生まれながらに金属を腐食させる負の魔力を持っていた。最高級の武器を鍛えるはずの手が、触れるものすべてを錆びつかせる。ドワーフの里からはじき出された彼女は、今や魔王領の結界を維持する大魔術師の一人だった。

「メ・ルモ、静かに。魔王様のお前(御前)よ」

 彼女をたしなめたのは、獣人族出身のウルリーケ。銀色の美しい毛並みを持つオオカミ女だが、彼女には獣人の誇りである「尻尾」がない。それだけの理由で不吉な子として部族から間引きされかけたところを、先代の魔王に救われた。その俊敏性と隠密性は、五族のいかなる隠密部隊をも凌駕する。

「……」

 そして最後に、部屋の隅で巨体を縮めるようにして座っているのは、巨人族出身のアン・ウイ。額の中央に、血のように赤い「一つ目」を持つサイクロプスだ。巨人族の多くは二つの目を持ち、一つ目は知性のない怪物の証として忌み嫌われる。彼はその巨体に見合わぬ優しい心を持っていたが、同胞たちからは暴力によって追放された。

「……皆、よく集まってくれた」

 我は五人の顔を見回し、重々しく口を開いた。部屋の空気が一瞬で緊張に包まれる。我は、これまで一人で温めてきた計画のすべてを語った。五族の搾取に抗うため、そして我らが「平等」に生きる権利を勝ち取るためには、武の象徴が必要であること。そのために異世界から「勇者」を召喚する大魔術を執り行いたいということ。

 話し終えると、円卓は重苦しい沈黙に支配された。最初に声を上げたのは、元エルフのコナンだった。

「俺は賛成だ。五族の連中には、俺たちの痛みを教え込んでやる必要がある。魔力のないこの身体でも、異世界の勇者とやらが率いる軍の先鋒としてなら、いくらでも盾になってやるさ」

「私も賛成。尻尾がない私を受け入れてくれたこの国のためなら、何だってするわ。勇者の到来は、私たちの希望になる」

 ウルリーケが銀の耳を震わせながら同意し、巨人のアン・ウイも静かに一つ目を潤ませて頷いた。

「俺も……賛成。みんなと、お日様の下を笑って歩けるなら……なんだって、やる」

 賛成、三人。だが、残る二人の表情は硬かった。占い師のマリーンが、首元の鱗を愛おしそうになぞりながら、冷たい声で言った。

「私は反対です、魔王様。星の巡りが告げています。異界の門を開くことは、大いなる歪みを生むと。それは本当に、私たちに光をもたらすものですか?」

「アタシも反対だね」

 メ・ルモがパイプの煙を吐き出す。「ドワーフの勘が言ってるのさ。タダで手に入る強大な力なんてありゃしない。異世界勇者? 結構なことだけどね、そのための『代償』は一体どれほどのものだい?」

 議論は平行線をたどるかに思われた。だが、魔族の未来を憂う気持ちは全員が同じだった。多数決、そして我が「これしか道はない」という不退転の決意を説いたことで、ついにマリーンとメ・ルモも折れた。

「……わかりました。王の御意志がそこまで固いのであれば、私は私の役割を果たすまで」

 マリーンが諦めたように息を吐く。「ですが、確認させてください。いにしえの書にある『異世界勇者召喚魔法』は、生半成な術式では発動しません。空間を固定するための魔法具『八葉の鍵の杖』の制作は必定。その材料が何か、本当にお分かりですか?」

 メ・ルモもまた、鋭い目で我を睨み据えた。「そうさ。魔法陣を構成するための特別な材料、そして何より、世界を繋ぐための『贄(にえ)』が必要になる。魔王様、あんたはそれを、どうするつもりだい?」

 二人の問いかけに、我が意志が揺らぐことはなかった。どれほどの犠牲を払おうとも、ここで進まねば、魔族はただ緩やかに干からびて死ぬだけなのだ。

「材料の宛てなら、すでにある。……バルタザール、例の件を」

 我が背後に立つバルタザールが、一歩前に出た。彼の衣服のポケットから、古びた羊皮紙が取り出される。そこには、血のように赤い文字で、召喚に必要な「三つの素材」が克明に記されていた。その過酷な代償を前に、会議室の温度が一段と下がったかのように感じられた。だが、我らの運命の歯車は、もう止まりはしなかった。

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