41:// オトナノアソビ
「私が魔女なのは誰が見ても明らかなこと。わざわざ丁寧に話して聞かせる必要もないでしょう。」
「だったら少しは面白い話聞かせてよね。魔法使ってみる?」
「結構です。」
二階の部屋は北側が四畳、南側が八畳となっていて、唯が占領したのは南側の部屋の真ん中だった。ついこの間まで二階は〈母親〉がメルカリに出品している商品の倉庫兼作業場でもあったので、床の間や縁側にはたくさんの遺品、特に布と人形が山積みにされている。周囲の景色が元からごちゃついているせいか、唯が蚊帳の中に色々なものを持ち運んで出入口の周りを改造していっても特に違和感はなかった。
「掃除くらいちゃんとやれ。」
「気が向いた時にやってるよ。」
唯は雑なことこの上ない返事をして蚊帳の中に戻り、すぐにルナリアの底に潜っていく。ルナリアを知ってそう時間は経っていないが、唯は渚のアドバイスもあってすっかり月の深淵に順応し、最近はASMRを聞いたりキャラゲーを読むのにハマっていた。アニメしか知らなかった頃とは世界の広さがまるで違う。アストラル界の文化的には、唯はようやく本物の日本人になったと言えるかもしれない。
*
去年のゴールデンウィークは〈母親〉が突如倒れるという予想だにしない事件があったので、それ以外に何があったのかは覚えていない。だが、おそらく何も起きなかっただろう。〈父親〉が毎日のように見舞いに行っていたことは微かに記憶に残っているし、そもそもどこかに出かけるような時間的、精神的余裕はあの時にはなかった。
「え? 帰る?」
「帰るっていうかママの骨お墓に入れてあげないとでしょ。」
ゴールデンウィークが迫ったある休日。〈父親〉からそんな話を告げられた。詳しいことは分からないが、今この家にある〈母親〉の骨壺を墓に入れるための儀式をそろそろしなければならないらしい。
「ふ~ん。まあいいんじゃない?」
唯は興味なさげな返事をキッチンのシンクに向けて飛ばした。〈父親〉が行くと決めたのであれば、人形である唯はそれについていくだけ。最初から拒否権はないし、およそ三年ぶりに東日本の土を踏めるというのに不満があるはずがない。たった一日だけでも唯にとっては十分に価値があるし、親戚が集まるなら〈祖父母〉との交渉も進められるかもしれない。
「じゃあ新幹線予約しとくから。」
「うぃーう……ふえ? なんで? 車は?」
〈父親〉が何の疑問もなく新幹線という選択を取ったことに、唯は逆に違和感を感じていた。忌避感と言ってもいいかもしれない。
「車? 高速使えってのか?」
「いやだって新幹線ってお金かかるし、それに――」
「車の寿命縮むだろうが。」
「むぅ……」
新幹線といえば唯をこの辺境まで運んできた忌まわしい乗り物であり、二度と帰れない場所へと連れていくためのものという印象が強い。だからこそ、本当に月の彼方に帰る時以外は使いたくなかったのだ。
*
ゴールデンウィークのど真ん中は案の定混雑していて、最寄りから四駅隣に向かうまではがら空きだったものの、新幹線に乗り込んだ後は座席のほぼ全てが人間で満たされていた。そのほとんどがレジャー用の荷物を棚の上に乗せていて、人骨を大事に抱えて乗っているのは唯達くらいのものだろう。
「ちゃんと持っとけよ。」
「うみゅ。ママにとってはこれが最後になるんだよね……」
骨壺が入った箱が入った袋を両手でしっかりと支えながら、隣の席からの雑談に適当に応対しつつ、小さな窓の外に広がる景色をぼんやりと眺める。唯がこの二国間を移動したのは記憶にあるだけでも何度かあるが、ただ一回を除けばその全てが夜行バスによるもので、夜の高速の輝きになら覚えがあるものの、昼間の線路から眺める景色は実質初めてだった。
そして来年の三月、高校を卒業すれば唯は再び同じ道を通って祖国に帰る。そのときは、今度は〈母親〉ではなく唯が「最後」になるのだ。
「唯。そろそろ降りる準備して。」
「らじゃ。」
何度目かのアナウンスが流れて馴染みのある地名が聞こえてくると、しっかりと荷物を抱えて停車と同時にドアの前に向かい、ドアが開くや否や大都市のホームにたんと降り立つ。西日本では人混みなど決して許さない唯だったが、都会の人間に肩をぶつけられるのは文明の証として受け入れていた。
「次乗り換えだからこっち。」
「んい。」
詳しい場所は聞かされていないので、唯にできるのは〈父親〉についていくことだけ。背中にリュック、両手に大きな荷物を抱え、カッコ悪いブレザーを真っ黒いマントで隠しているさまは、きっと山奥の辺境から来た田舎者、非文明国の人間に見えているのだろう。その滑稽な姿を想像すると、どうにもいたたまれなくなった。
*
乗り換えの電車はほんの僅かな待ち時間で到着し、月の彼方がいかに優れた文明国であるかを見せつけてきた。列車内の座席はどれもロングシートで、乗客がぎゅうぎゅうに押し込められている。
「ちゃんと持っててよ?」
「分かってるって。落としたりしないって。」
車内に入って窓の外を見ながら立っていると、その格好のせいか席に座っている人間の奇異の視線が次々と突き刺さってくる。
――何あの子。ちょっと可愛くない?
――見ろよあの変な服。
「ふん。愚民どもめ。この私の崇高さに気付かないのか?」
「ここ西日本じゃないんだからちょっと黙っててよ……」
何駅か経ってドアが開いたとき、一人の男が乗ってきて、不審な人物がいないかと目を光らせていた唯とうっかり目があった。唯の服装が珍しいのか、男はその頭の上から靴の下までを舐め回すように見つめてくる。こんな下卑た目をしているのは精神異常者か西日本人に違いない。
「チッ。何だこいつ。ジロジロ見てんじゃねえ殺されてえか。」
渚がぎろりと睨みつけながら呪詛を吐くと、唯はマントの袖をつまんでぴったりと隙間のなく覆って身なりを整えた。この国の人間には顔も服装も見せたくない。
「早く駅着かないかな……」
ひそひそ、じろじろと三十分ほど揺られていると、ようやく〈父方の祖父母〉と待ち合わせていた駅に辿り着いた。このあたりの基準だとそこまで大きな駅ではないが、未開の地の駅と比べれば十分に大きく入り組んでいて、すっかり田舎に慣れてしまっていた唯はすっかり感心してしまっていた。本来の文明国ならこれで普通だというのに。
「おお来たか。」
「おう親父。足はあるのか?」
「タクシー拾えばいいだろうが。」
唯が灰色に見とれてぼうっとしていると、すぐ隣でそんな会話が聞こえてきた。どうやら唯は本当に自分の国に帰ってきたらしい。
*
父方の三人はあまり仲がいいわけではなく、唯にとっても祖父母といえば母方の方を指し、〈父方の祖父母〉とはほとんど交流がなかったので、タクシー内ではほとんど会話はなかった。これから向かう場所が霊園、墓地という決して明るい場所ではなかったのもその一因かもしれない。
駅でタクシーを捕まえて四人で乗り込み、大通りを抜けて少しずつ街の外れに向かう。新幹線の時は時間が経つにつれて文明が近づいていたというのに、今度は灰色のビル群が少しずつその高さと密度を落とし、車線の数も角を曲がるたびに減っている。せっかく祖国に帰ってきたのになぜこんなパッとしない場所に連れていかれなければならないのか。
川を越えて千玉に入り、小さな丘、あるいは山といった地形の細い道路に差し掛かると、霊園の名を記した看板が見えた。大して豪華なデザインでもなかったので、きっと小さな墓地なのだろう。もっとも、どれだけ小さな墓地だったとしても、あの山奥の村のみすぼらしい寺の周りに埋められるよりは遥かにマシだろう。
「ほいご苦労さん。」
「唯は先行ってていいよ。」
「うに。てはお言葉に甘えて。」
命令を受け、唯は一足先に駐車場の隅にある休憩所へと駆けこんだ。五月にしてはやけに晴れ渡る空の陽ざしが妙に暑く、エアコンの効いた室内が天国のように思えた。
「あ~唯ぃ。四ヶ月ぶりだねぇ。大丈夫だった?」
「少年、あれから元気にしてたか?」
「もう二人とも心配症なんだから。私は大丈夫だって。私が嘘ついたことある?」
律儀にもいち早く到着していた〈母方の祖父母〉と雑談をしながら父方の三人組が部屋に入るのを待ち、六人揃って待合室で涼む。息苦しいので外に出てもいいが、陽射しを見るとその気もすっかり失せてしまった。
「あいつらはあと少しで着くとよ。」
「そう? 忙しいんじゃないの?」
「んー? 誰が来るってー?」
話を聞いたところ、〈叔母〉たちも来るとのこと。そんな人間がいた覚えはないし、ましてや〈母親〉と接点があったようには到底思えないが、一応親戚にあたる人間の骨を墓に納める儀式だから来いと命じられたのだろう。
「可哀想に。せっかくの連休なのにこんな面白味もない場所に連れ出されるなんてな。」
「珍しいね。その人達のことなんて何も知らないのに。」
「別に親はどうでもいいがね。子供たちがだよ。」
*
しばらく待ち続けていると、上の方からこの場の雰囲気にそぐわない賑やかな声が聞こえてきた。エレベーターの駆動音に続いて小さめの足音、そしてドアが無遠慮に開かれる音。唯の年齢の半分、三分の一くらいに見える子供たちが待合室に駆け込んできて、数秒遅れてその親も部屋に入ってきた。
「おはよう父さん母さん。兄さんも久しぶり。」
「ああ。」
「おうおう、お前たちよく来たな。よしよし。」
〈父方の祖父母〉は自らの孫に集られて嬉しそうにそれを受け入れている。唯は自分にも同じようなことをされた記憶がないかを探してみたが、なにぶん十年以上も前ということもあって、検索には一件もヒットしなかった。
おそらく初めて会ったであろう〈いとこ〉の二人はどこまでも純粋で、その目にはまだ何の穢れも映していないかのようだった。もしも唯が一度も外国に移住することなく東日本で暮らしていれば、こうして純粋無垢なままの幼年時代を送ることができたのだろうか。
*
墓の関係者が全員揃ったところで僧侶と業者がやってきて、儀式を執行するからとして全員が休憩所の外に出され、ぞろぞろと列になって〈母親〉の骨を納める墓の前に集まった。一歩出たときに陽ざしの暑さを嫌と言うほど味わったので、唯は次の数歩で護身用の日傘をぱっと開き、上品そうな素振りで墓を取り囲む戦列から最も遠い位置を陣取った。
「え~それでは日差しも強いことですしさっそくですが――」
黒服の僧侶はすぐに儀式を始めるかと思いきや手帳のようなものを片手に講釈を垂れはじめ、いつまで経っても儀式は始まらなかった。仏教用語では「さっそく」とはすぐにという意味ではないのだろうか。
「いつまで話してんだこいつ。」
「学校の先生と一緒だね。長話するのが頭いいとでも思ってるんでしょ。」
真上にあった太陽が少しだけ傾いた頃、話のネタが尽きたのかそれとも暑さに耐えかねたのか、僧侶はようやく墓に向き合うとようやく経文を読み始めた。相変わらず間延びした声で眠くなると言いたいところだが、この暑さな上に棒立ちとなれば眠くもなれない。ただ疲労感が溜まっていくだけだ。
意識が朦朧としかけながらも墓を取り囲んでいると、いつの間にか墓が開かれ、石造りの狭い部屋に〈母親〉が閉じ込められるところだった。今後のカモがいる手前、下手に動きはしないものの、心の中で適当な別れの言葉を述べておく。第二誕生日と命日が被っているせいで、二度とここに訪れることはないだろうから。
「では皆さんこの線香を順番に――」
煙草に火を点けるような感覚で線香の束にライターで火を点け、参列者全員に配っていく。墓石の近くにいた人間から順番に線香が刺されていき、唯も一旦日傘を畳んで〈父親〉に持たせると、衣装を汚さないように気を付けながら儀式に参加した。
僧侶は全員分の線香が刺し終えられたのを確認すると再び読経を始め、それが終わると先ほど終わったはずの死生観や道徳の話が繰り返された。ディベートのできない道徳の授業の何とつまらないことか。
「――はい。これにて納骨式は以上となります。皆様お疲れさまでした。」
全ての儀式が終わった時には日は既に傾いていて、一番暑い時間帯となっていた。
*
「この後はどうする? 帰るか?」
「皆でご飯食べ行くからまだ帰んないよ。」
待合室では実に十人近い人間が暑さを凌いでおり、元気にはしゃいでいるのは子供たち二人くらいのもの。今日の昼食は〈父方の祖父母〉が既に店を押さえているとのことで、一同は次の目的地としてその予約した店へと向かうことがすでに決まっていた。
「配置はどうする?」
「お前の車は確か結構乗れただろう。」
「ええ、あと四人くらいなら。」
「なら決まりだな。そろそろ行くぞ。」
父方の一族が大人達だけで何やらひそひそと話しているうちに、どうやら会議は終わったらしい。大小の人影がぞろぞろと待合室を出てエレベーターに乗り込み、上階に上がって会計を済ませて外に出る。
「じゃあ兄さんは後ろに――」
「……やっぱ私あっち乗るわ。そっちはそっち乗っていいけど。」
〈叔母一家〉の車に乗ろうとしたところで、唯は急にそんなことを言い出した。このタイミングを逃せば〈母方の祖父母〉と話せる機会はおそらく二度とないだろう。それなら、一年後の予定についてもう少しだけ直接話しておきたかった。
「本当にいいの? パパと一緒の方がいいんじゃない?」
「まあちょっと話したいこともあるし。二人だけだと寂しいでしょ。」
「少年は本当にいい子だなあ……」
唯は元から来年のターゲットとして父方ではなく母方に目をつけていたが今日半日を見てその方針は固まった。唯よりも年下の孫が二人もいるなら〈父方の祖父母〉は勝ち目が薄いが、ライバルのいない〈母方の祖父母〉なら確実に勝てるのだから。
*
〈叔母一家〉の車にぴったりついて再び木々の間を抜けて坂道を下り、何車線もある大通りに出る。やはり文明国はこういう景色であってこそだ。都会にいけばいくほど自然の価値は上がっていくが、それは単に希少性が上がっているだけで自然の重要度そのものが上がっているわけではない。
「それで少年、話ってなんだ? 俺にできることなら何でもいいぞ。」
「うん。ありがと。そう言ってくれるだけで嬉しいよ。」
「なに遠慮すんな。俺たちは家族だろうが。」
「そうそう。私たちにはもう唯しかいないんだからねぇ。」
「……そっか。ママも一人だったもんね……」
一瞬、空気がずしりと重くなる。
「でも私がいれば大丈夫! 来年からは寂しくなんてならないからあとちょっとだけ待ってて!」
それは卒業後はあなたの家に寄生しますという宣言にも等しかったが、これから死ぬまで二人だけという〈祖父母〉にとっては救済にも聞こえたことだろう。唯の正体が何者であるかにも気付かずに迎え入れるとはなんて哀れなのだろうか。しかし、唯にはこれから先、少なくとも二人が死ぬ瞬間までこの演技を続けられる確信があった。
*
予約してあるという店は大型ショッピングモールの区画内、しかしモールとは完全に別の領土という中途半端な位置にあるごく普通の料理屋だった。店内に入ると既に予約されていた席、人数分の釜飯がトレーに置かれているブロックに案内された。
誰がどの席に座るかについてはほんの少しだけ議論を要したが、窓際から順番に〈叔母一家〉、〈父方の祖父母〉、〈母方の祖父母〉といった並びで落ち着き、唯と〈父親〉は通り道に最も近い席を占有した。
「なんか追加で頼みたいもんあったら好きにしていいからな。」
「大丈夫だ。問題ない。」
ホストの気遣いであろう一言を唯はありがたく断った。既にメニューを用意されて手間が省けているというのに、他に何を注文するというのだろうか。しばらくすると店員がやってきて、予約されていたものの残りをテーブルに置きながら追加の注文を取り、釜の燃料に火を点けていく。燃料が尽きてから開けるようにと言いつけて店員が去っていくと、皆は一斉に箸を取って前菜をつつき始めた。
「どうだ? 美味いか?」
「うむ。悪くない。」
素直にお世辞を言えばいいものを、少し離れたところに赤の他人同然の一家がいるせいか、唯は変に強がった返事をした。あまりボロを出さないように口数を減らし、黙々と目の前の皿を片付ける。あとから運ばれてきた皿を平らげた頃には燃料も綺麗に燃え尽きていて、ちょうどいいタイミングで釜の蓋が開かれた。
「さていただきますか。」
だし汁をかけてから蓮華でひとすくい。家でなら箸かスプーンかの二択が暗黙のルールだったので、両方同時に使えるのは流石外食といったところか。最近では珍しく豪華な食事だったこともあってあっという間に食べ終わった。
*
「そんじゃうがいしてくるから。勝手に帰るなよ~。」
「当たり前だろ。何しでかすか分かったもんじゃない。」
〈父親〉にくぎを刺してからトイレに向かい、リュックから歯ブラシセットを取り出してさっとうがいを済ませ、軽く歯を磨いていることにした。この手の集まりでは食後に親族会議が開かれるのがルナリアのお約束だが、唯が参加したところで政争のダシにされるだけ。ほとぼりが冷めるまで身を隠しておいた方が身のためだろう。
「えっと……唯お兄ちゃん?」
唯が鏡の前でぼうっとしていると、〈いとこ〉の一人がトイレに入ってきてばったり鉢合わせた。
「ん? どうかしたかな?」
いつもなら継承権を争う間柄の人間に優しくするなどあり得えないはずだが、今回はどんな作戦を考えたのか、唯はなるべく優しいトーンで話しかけた。
「えっとね。そろそろ帰るんだって。」
「そうか。では私も戻るとしよう。伝えてくれて感謝する。」
「おにいちゃーん?」
しばらく話していると、なかなか戻ってこない兄を心配してか、それとも単に興味本位でか、妹の方までドアの前にやってきた。
「ふっ、慕われているのだな。妹というのは貴重だ。大事にしてやれ。」
「どういうこと?」
「大人になれば……そうだな、あと十年もすればきっと分かるよ。」
*
店を出たあとは〈いとこ〉達の希望によってかすぐ隣のショッピングモールで少し遊んでいくことになった。唯はそんなくだらないことに付き合う気は毛頭なかったが、駅までは〈叔母〉の車で送ってもらう算段になっていたのと、まだ新幹線の時間には余裕があったので仕方なく付き合うことにした。
「……ふっ、仕方ないか。」
「甘いねえ。」
「私だってこの国にいればああして暮らすことができたのだろうからな。その代わりだ。」
ショッピングモールといっても唯たちには何かを買うつもりはなかったので、送迎を担当する〈叔母一家〉について回ることにした。〈父親〉からすればおよそ十年ぶりに再会する兄妹ということになるのだから、多少は時間を取ってあげてもいいだろう。
「ね~、唯おにいちゃんもこっちこっち~!」
「やれやれ。」
唯は〈いとこ〉二人に手を引かれるようにゲーセンの中へと入っていき、二人が遊んでいる様子を後ろからそっと見守ってみる。兄弟姉妹のような概念はゲームの中でしか見たことはないが、現実のものはこういう感じなのだろうか。
「おにいちゃんって本当のおにいちゃんみたい!」
「そうかな。従兄と兄では似ているようでも全く違うものだよ。でもそう言ってもらえるのは嬉しいよ。ありがとう。」
しばらく一緒になって遊んでいると時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば唯たちは帰りの時間になった。
「あ、私そろそろ兄さんたち送ってかなきゃだからさ、しばらくあの子たち見てて。」
「分かった。」
「悪いね。」
「いいよ別に。電車あと何分?」
大人たちの間で話がつけられると、唯たちの帰る準備が進み、祖国ともしばしの別れの時が来た。
「おにいちゃんばいばーい! またね~!」
「ばいば~い!」
「ああ。またいつか会おう。今度はどこで会えるか――楽しみだ。」
*
夕方に乗った新幹線は太陽を追い越すように疾走し、懐かしい灰色を置き去りにして緑色の世界に唯を連れ戻していく。最寄りの新幹線駅に着いたときにはあたりは真っ暗で、文明の色はどこにも見えやしない。
昼とは違って何十分も肌寒いホームで待たされ、ようやくやってきた四両編成の電車にさらに揺られる。クロスシートなのは既に全身が疲れ果てている唯にはありがたいことのはずだったが、どうしても祖国の中心部を走るロングシートが忘れられなかった。
「今日はどうだった?」
「みゆ?」
「楽しかったかってこと。」
「……うん、もちろん。いいものも見れたしね。」
「イシュってそんな子供好きだったっけ? ちょっと意外かも。」
「素直で聞き分けのいい人間が好きなだけですよ。」
「さしゅタリヤ~」
「やっぱイメージ通りだったわ。」




