01:// THE WITCH WHO'S CALLED THE WORLD
> Welcome back, S.V.M.C. Observer. The passcode you have entered has been detected. Did you intend to observe ringmoire RiNGS-RD-02? (Y/N)
> Y
> Now loading ringmoire RiNGS-RD-02...
> Loading complete. Please scroll to observe.
世界に忘れられた記憶が最後に流れ着くこの場所で、天球に掲げられた星々がありもしない星座を描く。
たとえば、百年前に漂着したアルゴ号座は今ではすっかり白く、七色に輝くように。
少し左を向いて、天の川のそのまた向こう岸を見れば、観覧車座がゆっくりと時を刻む。全身をピンク色に染めて、六十もの周転円を揺らしながら。
星海をもう少し歩いて光のトンネルを抜けると、赤レンガ作りのお屋敷が二つ。どちらの扉も開いていて、夢と奇跡が売られている。遠くには数字のないトランプたちのお城が三つ見えるけれど、この星空には敵わない。桔梗と朝顔の花畑は、あのお城には咲いていないから。
尖塔の上でくるりとターンをすれば、樅木座の森が目に飛び込んでくる。白、赤、青――色とりどりの星屑で着飾ったプロムナードからは、流れ星の足音が響く。
森の外に耳を澄ますと、降り注ぐのはみらい色の光だけ。どれも灰色の額縁の中に収まって、今日という特別な日を照らしている。
こんなにも世界が明るいのは、きっと、この空の中で眠ってしまわないため。それはまるで、温かい紅茶のようなキャンドルナイト。
そんな夜の真ん中で、生命の樹は空に浮かぶ星たちにオーロラの枝を伸ばす。手招くように、導くように。
大きな木陰には大きなテーブルを。大きなテーブルにはたくさんのお茶菓子を。七つの椅子にはまだ誰もいないけれど、寂しいなんて思わない。新月のロッキングチェアに揺られれば、星座たちの歌声が聞こえるから。
星と十字架の声を子守唄に、砂時計の欠片がさらさらと降り積もる世界。砂の一粒一粒が青くきらめくのは、きっと誰かの想いが輝いているから。それは流れゆく時間のように、永遠の庭を形づくって――
迷い込んだオリオン座は、もうここから出られない。
*
バーミリオンオレンジの光に導かれて、謡われる星の記憶がスノードームの真ん中にひらひらと舞い降りる。今日ここに招かれるのは、いつか魔女と呼ばれた少女たち。
はざま色の空を見上げると、揺らめく四線譜を駆け抜ける軌跡が二つ。その下には、凪いだ海のように青い砂漠が広がっている。
砂の上に立ってまっすぐ前を見つめれば、星海じゅうの光を集めた枝葉がすべてを包み込んでくれる。流れてくる柔らかさの正体は、紅茶とケーキと音符の香り。メロディは泡のように、ぱっと浮かんでは消えていく。
そうして星海の鼓動に耳を傾けていると、銀色の椅子が音もなく滑って、不思議な仮面の少女が二人、そっと席についた。
「久しぶり、レティ。大丈夫だった?」
「ふん。そっちこそ――」
「私はもう平気。ちゃんと見つけたから」
「そう。ならいいんだけど」
「聞きたい?」
「別に。あとでいい」
*
まだ星たちには傷一つなくて、みんなが空の上で暮らしていたころ。
琥珀の川のほとりに浮かぶ、ダイヤモンドダストに囲われた街。バラ十字星の咲く屋敷に、氷のように白い人形が住んでいた。
ある日、一人の少女が虹色の鳥かごを持ってきた。人形はその棺に丁寧に納められ、屋敷の庭に投げ捨てられた。傷ついた体はいつしかみんなに忘れられて、鳥かごの前に残ったのは、心優しいお姫様が一人だけ。けれど、そのぶん、たくさんの絵本を読み聞かせてくれた。
それから長い時間が経って、荒れ果てた庭に一人の友だちがやってきた。友だちは人形の目をじっと見つめると、鳥かごから人形を取り出して――
光り輝く鳥かごだけを、持っていった。
*
星海から星が一つ抜け落ちて、鍵盤の音が一つ鳴らなくなったころ。
冬と春のちょうど真ん中、冥界のとびらの隣の部屋。黒い羽根が敷かれた床に、蒼い炎をまとった幽霊が座っていた。
ある日のこと。どこからか光の使いがやってきて、幽霊は窓辺へと連れ出された。鍵の壊れたとびらは開かれたまま。いつしか幽霊のまわりには、読み終えた本の切れ端が積み上げられた。
それからいくつもの季節が巡って、幽霊は透明な木漏れ日を着るようになった。そして冬のある日、蒼い炎はついに燃え尽きた。部屋に残されたのは、灰色の果実の欠片だけ。
*
虹色の橋を越えて古びた門をくぐれば、七色の景色が静かに目を覚ます。
レコードを一枚選んだら、まずは向かいの桟橋へ。小さな天の川のせせらぎに、まだ幼い灯りがふわりと揺れる。
クレヨンと色鉛筆が描く星図を歩くと、ハート型の夜が一つ、コップいっぱいのメープルシロップに溶けていく。金色の水面をゆっくりと照らすのは、星の光を閉じ込めたシャンデリアたち。
六等星の回廊を抜け出して天の川を飛び越えれば、焼きたてのパンの息づかいが聞こえてくる。背伸びをしてのぞき込んだ窓は、まだ誰も知らない星々を映す。それはきっと、たくさんの思い出を詰め込んだアステリズム。
運命線をなぞるほうき星の真下には、生命の樹が広げるオーロラの枝。まん丸い宝石を散りばめた小径を通り過ぎると、すぐに猫耳の生えた広場にたどり着く。
みつまた色の星屑たちは、もう砂時計の海の底。
*
ひび割れた二つの星の光が薄くなって、星図にも描かれなくなったころ。
音楽と林檎の島の向こうに建つ、とても、とても温かい家。そこに住む二羽の鳥に包まれて、錆びついた群青のホムンクルスがゆっくりと目を開けた。
ある日、ホムンクルスは人形師に翼を見せた。人形師は折れた翼が奏でるメロディを聞いて、それっきり、星を映さなかった。
長い時間が過ぎて、ホムンクルスが目を開けたときと同じ形の月が昇った。月は人形師の影を薄く照らして、人形師はベッドに横たわった。
ホムンクルスは人形師のもとに駆け寄って、そっと人形師の手を握りしめた。けれどホムンクルスは、人形師と同じ色の目で、同じ温かさの目で、その寝顔を見下ろしていた。
*
天球に貼りつけられた星の三つが剥がれ落ちて、昨日と同じ空が遠くに行ってしまったころ。
海の見える山の上、深くて暗い森の中。一面の緑色に覆われた小さな家に、水彩画に閉じ込められた令嬢がひそやかに暮らしていた。
ある日、一通の招待状が届けられた。小さな家にはまだたくさんの思い出が残っていたけれど、断るなんてできなかった。絵画、音楽、物語。家の隅々に溜まった思い出は、開け放たれた窓とドアから一枚ずつ、誰にも知られないように森の奥へと帰っていった。
それから長い時間が経って、春の陽ざしが庭を照らしはじめたある日。最後の一枚が森の奥に帰っていって、令嬢は霧のように姿を消した。
*
バーミリオンオレンジの光に導かれて、夜に瞬く星々の記憶がヴォールトの箱庭にきらきらと舞い込んだ。降りそそぐ砂時計の欠片を両手で抱きしめるようにすくうと、二人の少女が座るテーブルに、新しくもう二人、仮面の少女が席についた。
「懐かしいね。こういうの」
「確かに、そうですね」
「それで、今日は何する?」
*
傷をつけられた四つの星が星海から消えて、新しい星の光が生まれようとしていたころ。
月の鐘に手が届きそうな海沿いの街。星海のどこよりも明るくて温かい生まれ故郷に、人間にそっくりの悪魔が住みついていた。
ある日のこと。二人の貴族が悪魔の部屋にやってきた。どんなに上手な演技でも、歪んだ十字架の前ではただの子供だまし。悪魔は正体を見破られ、一滴残らず血を抜かれたあと、そのまま家の外に投げ捨てられた。
それからさらに月が一つ巡って、悪魔は一人の知り合いに呼び出された。知り合いは四人の貴族から悪魔を奪い取って連れ戻し――
悪魔は今度こそ、家の外に閉じ込められた。
*
五つの星があるべき光を失って、天球のほの暗さが目立ちはじめたころ。
光り輝く冬のすぐ隣、川と舟に挟まれた小さな町。どしゃ降りの雨に濡れて縮こまった子猫が帰ってきた。
ある日、三羽の伝書鳩が子猫の手を引いて、一人の絵描きのもとへ連れていった。子猫は柔らかい膝に乗せられて、温かい夢を思い出した。けれど、子猫が喉を鳴らすたび、ほんの少しずつ、子猫の体は冷たくなっていった。
それから何度も月が巡って、いつしか子猫は、冷たい床の上で眠るようになっていた。子猫は震える手で手紙を書くと、たった一羽だけ残っていた伝書鳩に手紙を渡して――
伝書鳩は行ったきり。もう二度と、子猫のもとには帰ってこなかった。
*
バーミリオンオレンジの光に導かれて、夜に瞬く星々の記憶がヴォールトの箱庭にゆらゆらと舞い戻る。四人の少女が座っているテーブルに、さらに二人、仮面の少女が席についた。
「おはよ、ザラ。えっと――」
「とりあえず座って」
「うん」
「セレン。どうだったの?」
「……まだ。あと一人いるから」
*
六つの星が暗闇の中に飲み込まれて、どの鍵盤からも音が出なくなったころ。
空をすべる星と運命のリボンの間。星海から落ちた星座たちの牢獄で、月からやってきた双子の眠り姫が目を覚ました。
ある日、一柱の神様が眠り姫の前から姿を消した。眠り姫のひとりは石のように冷たくなって、もうひとりは羽のように軽くなった。神様はすぐに帰ってきたけれど、眠り姫のひとりはもう帰ってこなかった。
それから長い時間が経って、牢獄には二人だけが残された。眠り姫の歌声は、ただ真っ暗な壁に消えていった。
*
エメラルドグリーンとアクアマリンブルーの螺旋が青い砂の海に降りて、謡われた星の記憶がスノードームの真ん中にきらきらと降りそそぐ。今夜ここに招かれたのは、いつか魔女と呼ばれた少女たち。
アカシックレコードの最終楽章を口ずさむと、生命の樹の木陰から、お茶とお菓子のささやき声が聞こえてくる。
仮面の少女の最後の一人が、そっと席についた。
「この中に、魔女に相応しくないものがいる――」




