39話
「まだ死体は見つからないのか」
大和達が海に飛び込んでからすでに半日が過ぎていた。
弾正はその報告を受けてすぐに捜索を命じていたが部下から返ってくる返事は芳しいものではなかった。
「申し訳ありません。この辺りの海流は見た目以上に荒く船を使ってですら捜索するのも難しい状況でして……」
「それぐらいわかっておるわ」
部下の報告に弾正は苛立ち混じりに答える。
この天竺城の北側に面する海はなぜか海流が荒くて決まったルート以外では船ですらろくに近づくことができないほどだ。
だからこそ北側には無闇やたらと船が近づくようなことはなく、それゆえ敵の船も近づくことはできず守りは堅いのだ。そういうこともあって北側には城壁が建てられていない。一説には予算の関係で削られたとも言われているがろくに船が近づけられないのだかどちらにしろ守りとしては堅いことには違いがない。
「よもや敵を防ぐ海流が裏目に出るとはな」
この海流に流された大和達は生きてはいないだろうが、見た目以上に流れが速いため死体も流されてしまい直接確認することができない。
「だがこの寒さだ。海に飛び込んで無事には済まないはずだ」
だというのになぜか胸がざわつく弾正。
ここまでは自身の計画は完璧だった。
今の国のあり方に疑問に思う者を見つけ着実に自分の手の者として数を増やしてきた。そしてやっと完璧に下剋上が出来る下地が出来たと思っていたのに。
愛宕家の当主が戻って来たのは予想外だったがそれ順調に計画は進んでいた。
あとはひよりを始末して自分が新たな当主として名乗りを上げるだけだった。
なのに肝心のひよりの死体がないのではいささか説得力にかける。死体がなければ生きているなどと考える輩もいる。それを利用して何かを企む輩に出てくるかもしれないのだ。それを阻止するために死体は必要だ。
それにもし万が一にひよりが生きていたとしたら自身の計画に大きな支障が出る。いや、ひより自身は大したことではないが、ひよりが愛宕家の人間にひよりが生きたまま渡ったことが危険なのだ。
ひよりを旗頭に反対勢力を味方につけて動かれたら厄介極まりない。
「きっきっき。何もそんなに焦らなくてもいいんじゃないですか」
計画に支障が出たことに苛立つ弾正にどこからともなくやってきた隠岐が声をかけてきた。
「こんな寒空の下で海に入って生きているわけないですよ。死体は今頃海深く沈んでるんじゃないですか」
そんな無責任なことを言う隠岐を弾正が睨み付ける。
「他人事だと思っていい気なものだな。そもそも貴様が遊ばずさっさと斬り伏せていればこんなことなどにならなかったのだぞ」
弾正の文句に隠岐は真面目な声音で返事をする。
「いえいえ、私は遊んでなんかいませんでしたよ」
「本当か? 報告では例の男は愛宕家の当主を背中に背負って脇にひより様を抱えていたらしいではないか。そんな状態の相手を斬り損ねたとでも言うのか?」
弾正の指摘に隠岐は肩をすくめる。
「手厳しいですね。ですが事実は事実です。私は一切手を抜いてなどいませんよ。言えるとしたらあの男がただ者ではなかったということです。どうやらあの男は追い詰められれば追い詰めるほど真価を発揮する類の者のようですね。窮鼠猫を噛むなんて言葉もあるぐらいですしね。侮れませんね」
「何が言いたいのだ」
弾正はギロリと睨み付ける。
「いえ、別に深い意味はありませんよ。きっきっき」
「ふんっ。くだらんことを言わないことだな。お前の代わりなどいくらでもいるのだぞ」
愉快そうに笑う隠岐を鼻で笑う弾正。
「それは失礼しました。しかしあの男は一体何者なんですかね?」
「どういうことだ?」
「いやなに、あの者と対峙した時にほんの少しだけ闘気を纏っていたような気がするんですよ」
「闘気だとそんなわけがなかろう。闘術を使えるのは天虎の国のやつだけだ。だがあの男は牢屋の檻をへし曲げるほどの馬鹿力なのだから猪狩の国ではないのか。それともかなり強力な闘術の使い手だというのか?」
「さあ。それは私にもわかりません。ただそれだけの使い手ならこの手で斬れなかったことが惜しいですね」
そう言って隠岐は自分の手で殺せなかったことを悔やんでいるのか首を横に振る。
「死んだと思うか?」
「ええ。どれほど武術の達人でも自然には勝てませんからね」
「貴様でもか?」
「いくら私でも海は斬れませんからね」
「……そうか」
隠岐の返答を聞いて少しだけ安堵する弾正。さすがにこの荒れる海流に飛び込んだのなら誰であろうとも生きてはいまいと思えてきた。
だがそれでも胸のざわつきはなくならない。
弾正心の安寧のためになるべく早く死体を見つけるよう指示を飛ばす。




