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36話

 亜希の指示通りに北に向かっているとだんだんと人との遭遇率が急に高くなってきた。なんとか隠れてやり過ごしているがこのままだとまずいな。


 だけど何でここら辺は人が多いんだ? 亜希に聞いてもわからないと言っていたしこの先に何かあるのだろうか?


 回り道をしていくにしても今さらそんなことをしている余裕もないだろう。今頃見回りが戻ってこないことに疑問を思って誰かが見張りと見回りのやつらを見つけられているかもしれないからな。


 と、そんなことを考えながら曲がり角を曲がるとバッタリ誰かと遭遇する。


 曲がり角を曲がった先にいたのは一人の子供。


 背は一三〇そこらの幼い少女。仕立てのいい着物を着ているからそれなりの身分のある人間の子供なのだろう。親の身分はいいけど子供のこの少女はパッと見アホっぽい顔つきをしている。だがそんな子供がどうしてこんなところを一人で出歩いているのだろうか?


「ぬっ! しまったのじゃ!」


 少女は俺の姿を確認するとイタズラが見つかった子供のような気まずそうな顔をする。


 いったい何がしまったのだろうか?


 少女が何を思ってそんな発言したのかはわからないが、向こうの反応から俺達が脱獄してきた人間だとはわかっていないようだ。


 それならこのまま何もせずやり過ごした方がいいだろうか。


「……?」


 背中で亜希が俺の背中に顔を押し付ける感触があった。いったいどうしたのだろうか? もしかしてこの子供に顔を知られているのだろうか?


 それならなおさらこのまま向こうが大人しく立ち去ってくれるのを待った方がいいだろうか。


 そう思っていると遠くの方から怒声のような大声をあげながら誰かがこっちにやってくる。


「どこだ! どこにいる!」


「……っ!」


 まずい! もしかして俺達を探しにやってきた。


 そう思って俺は声のする方とは真逆の方角へと逃げ出す。


「まずいのじゃ」


 俺が逃げ出すと同時にさっきの少女も俺達と同じ方向に向かって走り出していた。


 もしかして今の声は俺達じゃなくてこの少女を探している声だったのか。


「むっ! お主らもなぜ逃げておるのじゃ?」


 同じように逃げ出した俺達を見て少女は不可解そうな顔をする。見た目はアホっぽそうな顔をしているのに意外に賢いな。


「はっ! お主が背中に背負っておるのは愛宕家の!」


 少女は俺が背負っている亜希の顔を見て亜希が愛宕家の当主だとすぐに理解すると表情を一変させる。


「どうして罪人がここにおるのじゃ!」


 俺としては何でこんな少女が亜希のことを知っていてさらに罪人だと言うことを知っているのだろうか?


 このアホっぽい少女は一体何者だ? 大人ならともかく普通の子供が亜希を罪人だと知っているとは思えない。


 そんな俺に亜希が耳元で教えてくれる。


「……あかん。あの方は……ひより様や」


「ひより?」


 どこかでそんな名前を聞いた記憶があるな。いったいどこでだ?


 ひよりひよりひより……そうだ。確かこの国の当主がそんな名前だった気がする。ということはこの子供はこの国の当主火鼠ひよりなのか。こんなアホっぽい子が当主なのか。だけどここに来る道中に聞いた話だとこの国の実権を握っているのは摂政の原田弾正で当主のひよりはただのお飾りだという話も聞いている。だからこんなアホっぽい顔をしていても仕方がないのか。


 いや、別にアホっぽい顔のことはどうでもいい。どうしてこんなところに当主が護衛もつけずに一人で出歩いているんだ。


「みなのものー! であえ! であえ! 罪人が脱走しておるのじゃー!」


 ひよりは亜希が脱走していることに気が付くと周囲に聞こえる様に叫びながら俺達と並走する。どうして脱走しているやつらと同じように走っているのか意味がわからないし、相手を刺激するようなことを脱走犯の前で言うべきことじゃないだろう。やっぱりアホなんだろうか。ともあれこれ以上騒がれて人が集まってくるのはまずい。


「……むぐっ!」


 俺はすぐさまひよりの口を手で塞いで黙らせる。そして黙らせたひよりを俺は脇に担いで逃げ出す。こいつを連れている分逃げ足は遅くなるが人質として使えるかもしれない。


次の更新は「うちの嫁は世界一可愛い亭の借金返済物語」の連載が終わってからにします。

5月中には続きを投稿する予定です。

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