37話
天竺城の城内にて原田弾正は部下からの報告を受けていた。その表情はこころなしか苛立ちが混じっていた。
「……つまりまだひより様は見つからないのか?」
怒りを滲ませた弾正の一言に部下は恐る恐る答える。
「……はっ! 申し訳ありません。どうやらいつものようにどこからか城を抜け出していたようで城内にはいないようです。まさか今日に限ってこんなことになろうとは」
苛立つ弾正に報告する部下は申し訳なさそうに頭を下げる
「あれほどひより様から目を話すなと言っておったろう」
「申し訳ございません」
「……ふんっ。まあよい。万が一に備えて二の丸から三の丸へと続く門は全て閉じてある。ひより様が城の外に出ることはないはずだ。すぐに探し出せ」
「はっ!」
弾正に睨まれて飛び出すように部屋から出ていく部下。そんな部下を見て弾正の護衛である隠岐厄助は愉快そうに笑う。
「きっきっき」
死神のような面構えの隠岐が笑うとただでさえ恐い面だというのに余計に恐さが際立つ。
「おたくのところのお姫様は随分と悪運が強いんですな。それともこっちの思惑に気が付いていたのか……」
「そんなことあるまい。あの小娘にそこまでの知恵は回らんよ」
愉快そうにする隠岐に対して弾正はつまらなさそうに答える。
「あの小娘はしょせん生まれによって今の地位にいるぼんくら。そこまで聡ければ今頃私の思惑にも気付いておるだろうよ」
「いやいや、逆に聡いからこそ暗愚の振りをしているとは考えられないですかい? あのお姫様が何をしたところで弾正の旦那には敵わないから大人しく暗愚の振る舞いをしてるとか」
隠岐の憶測に弾正は一笑に付す。
「それこそあるまい。この私に刃向う愛宕家を自ら切り捨てたのだから。聡ければ唯一の味方である愛宕家の人間を切り捨てはしないだろう」
弾正はそう言い捕らえられている亜希の顔を思い出す。自分の狙いに気が付いているのなら先日の評定の時に愛宕家の処理を自分に任せるはずがない。
「なるほど。一理ある。この国で唯一味方になってくれるだろう存在を切り捨てるなど愚直としか言えないですからな。とはいってもそう言う風に仕向けたのは弾正の旦那ですけどね。きっきっき」
弾正は幼い頃からひよりに対して甘やかしろくに教育もしてこなかった。その結果が愚鈍な主というわけだ。
「それの何が悪い? 愚かな者は利用されるのは世の理ではないか。努力などせずに血だけで今の地位にいるなどあってはならぬことだ」
「きっきっき。然り。だからこそ弾正の旦那はこの国を変えるということですかい」
「そうだ。血筋によって国を統治する者が決まるなど愚かなことだ。海の向こう国では優れた者が統治するというのにこの国はいつまで経っても変わらない。だから私が変えるのだ。そのためにはひより様の存在は邪魔でしかない」
「それでお姫様を海の向こうの連中に奴隷として売り渡すというわけですかい」
「ああ。異国の者にとってはひより様ぐらいの年頃の娘が好きな人間が多いらしいからさぞかし高値がつくだろう」
「あのような幼子に高値がつくなど私には理解できませんね」
肩をすくめる隠岐。
「まあ異国の姫君となればそれだけで価値がつり上がるからな。安くても船が一隻買えるだけの値段はつくそうだ」
「あのお姫様にそれだけの価値がねぇ。私には理解が超えている。それよりも私は人を斬っている方がよっぽどいいですけどね」
隠岐はそう言いながら刀を見ながらうっとりする。
「さすがは人斬りの厄助。頼もしいな」
弾正はそんな隠岐の姿を見ても非難することはなかった。
「きっきっき。弾正の旦那のそういうところ好きですよ。人を斬る瞬間ってのは最高いい。綺麗に飛び散る血しぶきがどんな自慰よりも興奮する。弾正の旦那のところにいたら人斬りに事欠かないから感謝してますよ」」
隠岐も弾正の利用できるのなら何でも利用する性根は嫌いではなかった。利害は一致している以上は隠岐も弾正を斬ろうとは思わない。
「ところで……」
「何だ?」
急に話を変えてきた隠岐に弾正は眉を顰めながら問う。
「先日捕らえたあの男はどうしてますか?」
隠岐の言う人物は大和のことらしく弾正もすぐに察しがついた。
「お前を投げ飛ばした男か。それなら今頃牢屋に捕らえておる。それがどうかしたか?」
「いやなに、あの男をどうするのかなと思いましてね。出来るならこの手で斬ってみたかったかですね」
「ほお、それほどの男か」
人を斬れれば誰でもいいという男がそれほどまでに執着することに興味を示す弾正。
「ええ、あの男には死相がないんですよ。斬り合った相手で死相が見えなかったのはあの男がで二人目だったのでね。どうしても斬ってみくなりました」
「それほどの手練れなのか」
「どうなんでしょうね? あの男には強者としての覇気は感じなかった。それゆえ力量を見誤ったのですが。これは私の直感なんですがあの男の危険です。すぐにでも殺してしまった方がいい」
「それは単にお前が斬りたいだけではないのか?」
「きっきっき。それもありますけど。直感が告げてるんですよ」
「死神の直感か。面白い。だが今頃あの男は牢屋に閉じ込められて何も出来まい。そんな男を恐れる必要があるのか?」
「まあどうするかは弾正の旦那に任せますよ」
「ふんっ。今はその男よりもひより様を捕らえるのが先だ。不穏分子どもの注意は愛宕家の当主で引き付けたのだ。その隙に取引をしなければ次はどこから嗅ぎつけて妨害が入るやもしれぬ。明後日の取引は必ず成功させてみせる。そして海の向こうの国の後ろ盾を得て私がこの国支配し他国をも支配するのだ」
それこそが弾正の狙いだった。ひよりを取引材料にして海の向こうの国の協力を得てその力を借りて他国へと攻め入る。ひいては他国を支配し自身が帝になろうという野心があった。
「きっきっき」
それだけの歳を経てまだ野心に溢れる弾正に隠岐は強欲な男だと思い笑う。
ちょうどそこへ弾正の部下が慌てた様子で部屋に入って来た。
「弾正様!」
「なんだ? ひより様が見つかったか?」
「いえ! 二の丸にある地下牢に捕らえていた者達が脱走しました!」
「なにっ?」
部下の報告を聞いて弾正の眉間に皺が寄る。二の丸の地下に捕らえていたのは愛宕家の当主の亜希と白露が捕らえてきた男だけだ。者達ということは二人とも逃げたということだ。
二の丸にある地下牢は鉄格子によって守られている。それを地力で脱出するなどありえない。
「誰かが手引きしたのか」
そう言って弾正が真っ先に思い浮かべたのは白露だ。白露が元主君である亜希を助けるために牢屋を解放したのではなかとすぐに勘繰る。
しかし部下の答えはその予想を裏切る。
「いえ、それがどうやら自力で脱出したようでして……」
「どういうことだ」
自力での脱出は不可能なはずだ。
「実は鉄格子を無理やりこじ開けたような痕跡がありました」
「あの鉄格子をこじ開けただと……? もしやあの捕らえていた男は猪狩の国の者だったのか。あの国の連中の中には稀に馬鹿力を持った連中が生まれると聞くからな」
鉄格子をこじ開けたと聞いて怪訝そうな顔をする弾正だがそういうことが出来る人間に心当たりがあるので納得する。
「なので自力で抜け出したのかと思います。手引きがあったのならそんなことせず鍵を遣えばいいだけですから」
「だがそうなるとあの捕らえていた男はなぜ愛宕家の元当主を一緒に連れて逃げたのだ? あれはまともに動ける状態ではないはずだ」
捕られた男だけが勝手に逃げ出したのならわかるが愛宕家の当主を一緒に助けたのは何故なのか? 明らかに足手まといの人間を連れて脱走など無謀な話だ。そこまでして助けるということは愛宕家の当主と顔見知りだったのか……はたまた単にお人好しだったのか。捕らえられた経緯を考えればお人好しという線が濃厚だ。
そうとわかれば弾正は部下に指示を出す。
「まあよい。すぐに探し出して地下牢に連れ戻せ。二の丸から三の丸へ続く門は全て封鎖してある。どのみち逃げられまい」
「はっ!」
部下はそう言って引き下がると、それと同時に別の部下が慌てた様子で部屋にやってくる。
「大変です!」
「なんだ慌ただしい。何が大変だというのだ」
「はっ! 先ほど報告があったのですがひより様が脱走した連中に捕らえられたそうです!」
「なんじゃと……?」
さすがの弾正も我が耳を疑う。
「それは真か?」
「はい。捕らえていた男が愛宕家の元当主を背負いひより様を担いで逃げていくのを見た者が多数います。現在ひより様を捕らえる者を向かわせています」
「よろしい。ではそのまま……いや、待て」
部下の判断に任せようかと思うが弾正は妙案を思いついたようで眼光が鋭く光る。
「もし逃げた連中がひより様を人質にするようならひより様ごと討て」
「しかしそれでは取引が……」
ひよりが死んでしまえば明後日の取引はご破算になる。それを懸念する部下。
「よい。そうなれば別の取引を持ちかければよい話だ。それよりも逃げた連中ともども始末して愛宕家に罪を着せればひより様が亡き後の統治はぐっと楽になる」
弾正はひよりを亡き者にした愛宕家に復讐するという名目で周囲をまとめ自分の意のままに操ろうとする腹だ。大義名分がある以上自分に反発する人間や血筋にこだわる人間も従うしかないのだからひより亡き後の統治も楽になるという算段だ。弾正にとってそっちの方が異国の後ろ盾を得るよりもよっぽど得なのだ。
「せいぜい最後の最後まで役に立ってもらうとしましょう、ひより様」
予定よりだいぶ遅くなりました。
次の更新なんですが、ここ一週間ほど慌ただしくなるので14日までには次を更新できるようにします。




