34話
「大和が捕まって一体どういうことなんだい?」
宿場の一室でまだらは慌てて報告にやって来た信三から事の詳細を訊ねる。
「それが詳細については私も……」
信三は詳しい事情は知らないようで申し訳なさそうに首を横に振る。
「ただ、先ほど街を散策していましたら大和殿とおもしき方が隠岐厄助に担がれているのを見たので後をつけてみたところ城へと入って行くのを見ました」
「ふーん。隠岐厄助と言えばかなりの武芸者だったはずだね。確か強い相手を求めすぎたあまり自国の人間を斬り過ぎて国を追い出されたんだっけ。まさかそんな男がこんなところにいるなんてね」
まだらは信三の報告を聞いて大和のことではなく大和を担いでいたという人物について興味を持つ。
強者を求め、自国の武芸者を次々と斬り殺したことから死神とも恐れられた隠岐厄助。それがどうしてこんなところにいるのだろうか。
一方大和については心配している様子を見せないことに疑問を持った信三はまだらに問う。
「いかがなさいます? このままでは大和殿も殺されてしまいますぞ」
「それはどうだろうかね?」
「……と、いいますと?」
「考えてもみなよ。どうして人斬りの厄助が殺さずに生かして城に連れて帰っているのかを? それとも大和はすでに死んでいたのかい?」
「いえ、死んでいたようには思えませんでした。……しかし言われてみれば確かに奇妙ですな」
「そうだろう。捕らえて拷問というのも考えられるが大和が愛宕家側の人間だということはあまり知られてはいないし、仮に知られていても大和の顔はこの国でも知られていないだろうからその可能性は低い。となると何か理由があるのだろう。もしかしたらそれこそ大和の策なのかもしれないし。事実彼はあの城の中に見事に潜り込んでみせたわけだし」
「まさか」
信三はそんなことはありえないといった表情を浮かべる。
「仮にそうだとしても捕らえれてどうするつもりなのですか? 牢屋にでも閉じ込められたら一人では何もできませんぞ。城に設置されている牢は脱出経路もないうえに檻は木ではなく鋼鉄で作られた頑丈なものなのですから普通に考えれば脱出など不可能なはずです」
「普通ならね。けど彼は普通じゃない。彼が普通の人間だったなら今頃鳥綱の国は滅んでいるのだから」
当時のことを思い出しているのか苦笑を浮かべながら自虐的に言うまだら。
「彼ならば僕らの予想だにしないことをやってのけるのかもしれないよ」
「予想だにしないことですか……」
他国まで異名が届くほどの天才軍師の予想を上回ることなどにわかに信じられなさそうな信三だった。
この状況でわざと捕まるなんて危険な真似は普通出来ない。まだ大和が偶然捕まっただけの方が納得できる。
「捕まったのが偶然だろうが必然だろうが関係ない。彼は神に愛されているのだからね」
この時信三は神妙に言うまだらのこの言葉の意味が理解できてはいなかった。
☆
「……と! ……や……と! 大和」
誰かに名前を呼ばれている。
俺の名前を呼ぶのは一体誰だろうか……。
重く閉じた瞼を開けるとそこは俺の知らない場所。光もあまり入ってこないジメジメとした薄暗い空間。頬からはひんやりとした土の感触がある。
俺は一体なんでこんなところで寝ているんだ?
確か街で亜希を救出するための下見をしていた時に女の子が変なやつらに誘拐されそうなっていてその子を逃がした後に……。
ダメだな思い出せない。
あの死神のような男から逃げようとしていたら時雨のお姉さんと対峙してから先の記憶がない。
「大和」
ああそういえばさっきから誰かが俺を呼んでいたな。声がか細いうえに、少し頭がボーっとしていてそこまでその声のことに気が回らなかった。薬か何かで眠らされていたのだろうか。
「……なっ!」
俺は声がする方を見て唖然とする。
そこには俺達が助けようとしていた亜希の姿があったからだ。亜希は鳥綱の国で最後に会った時と比べると頬が痩せこけ、この牢屋に何日も閉じ込められていたようで大分やつれていた。不幸中の幸いだとしたら亜希に目立った外傷はなく拷問等がされていなかったということだ。
「亜希!」
「ははっ。その声。やっぱ大和なんやな」
地面に倒れ伏した亜希は俺の声を聞いて渇いた笑みを浮かべる。
俺はすぐに亜希の元に駆け寄ろうとする。だがそんな俺の前に立ちはだかるのは鉄格子。
「くそっ!」
鉄格子を引っ張ってみるがピクリともしない。
亜希が今にも野垂死にそうだって言うのに俺はここで何も出来ないっていうのか。そんなクソッたれみたいなことがあっていいわけがない。俺はまた馬頭の時のように死ぬのをただ見ていることしかできないなんて嫌だ。
力だ。俺にもっと力があれば……。
「俺に力を寄越せええええ!」
俺は俺の中にある何かに訴えかける。あの時――宗麟のやつと対峙した時に力をくれたあのよくわからない力を求める。
すると俺の中で何かが溢れるのを感じる。
そうだ。この感じだ。
今なら何でもできるという全能感。
それが俺の中で溢れてくる。
「うおおおお!」
俺はその溢れんばかりの力で鉄格子を横に引っ張り一人分が通れるだけの空間を作りだすと牢屋から出て亜希が閉じ込められている牢屋の鉄格子もひん曲げる。
「大丈夫か亜希」
亜希の牢屋に入ると亜希を抱きかかえる。亜希の身体は俺が思っていたよりも軽く、疲弊していた。口元はカサカサで碌に食事や水も与えられていなかったみたいだ。
「……どう……なってのや。ほんま……大和は……常識外れ……や……な」
亜希は俺が鉄格子をひん曲げてやってきたことに驚いて力なく笑う。
「そんなことはどうだっていいだろ。すぐにここから脱出するぞ」
俺はそう言うなり亜希を背中に背負い牢屋から出ていく。そして階段を駆け上がり暗くジメジメした地下牢から光が差す外へと飛び出す。
「……っ、眩しい」
外に出ると太陽の眩しさに目を焼かれそうになる。地下が暗いせいで太陽の光が目にくる。亜希も太陽の光が辛いようでうっと呻いていた。
「何者だ!」
階段を上がり地下牢から出ると見張りの人間に見つかってしまった。
しまった。亜希を早くここから連れ出すことに頭がいっぱいで見張りがいることを忘れていた。考えてみれば地下には人がいなくても入り口には一人ぐらい見張りがいてもおかしくはない。おまけに外は陽が昇るほど明るい。逃げるのなら夜が一番いいはずだってのに。冷静になれ俺。
ってこんなことを考えてる場合じゃない。
俺はすぐに気持ちを切り替えて見張りの男を蹴飛ばして気を失わせる。
だがそれが失敗だった。まださっきの不思議な力が残っていたようで蹴飛ばした見張りが派手に吹っ飛びその衝撃で壺やら何やらが割れて大きな音を立てる。
嫌なことは連鎖するっていうが今日はとことんついていない。いやついていないんじゃなくて不注意なのがいけないのだけど。
「あっちで物音がしたぞ!」
大きな音を聞きつけて見回りの連中が急ぎ足で駆けつけてくる。
落ち着け。
俺は今いるのはおそらく二の丸。前にこの城の作りを聞いた時に牢屋があるのは二の丸と三の丸だけど今使われているのは二の丸だけのはずだから二の丸で間違いがないはずだ。
こっから外に逃げるとなれば門を二つ突破しなくちゃならない。
そのためにはここで目立つのはよくない。……よくないのだがすでに手遅れだ。あの見張りが倒れていることが見つかれば牢屋で何かがあったと勘繰るやつだって現れる。そうなれば牢屋に亜希と俺がいないことがすぐにバレて包囲網が敷かれてしまう。
そうなる前になんとかしなければならなかったわけだが……どうするか……。
次の更新は来週の日曜日です。
明日から今月末の賞に応募する作品を投稿する予定です。
お店経営モノの予定ですので興味がある方はどうぞごらんください。




