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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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幕間 少女と忘却のエトランジェ

 少女は祭で賑わう城下街を無言で見下ろしていた。

 今日はアリアデュラン王国で仮面舞踏会が開催される日であり、日が暮れ始めるといよいよ本番。外灯が街中を照らし、仮装をした住民たちが街を練り歩き踊りに興じる。

 演奏家に旅行者、酒場の看板娘や警備兵でさえも仮面を着け祭りの一部となる。


「……兄さんとも来たかったな」


 小さな口から愚痴のようなものをこぼす少女は仮面を着けてはいなかった。

 もちろん祭りに仮面の着用義務などない。街中には仮面を着けていない人間は3割ほどいるし、勤務中の者は頭に添えるようにして素顔を晒している事の方が多い。


「それにしても遅い……まさかまた?」


 言いながら民家の屋根の手すりに体重を乗せ、眼下を覗くように身を乗り出す。

 身なりの良い服装は貴族の娘を連想させ、ふわりと舞うフリルのスカートが可憐さとやんちゃな一面をミックスさせる。


「見えないわ。どこまで買いに行ったの、もう!」


 連れがお使いに行ってから十数分。

 そろそろ帰ってきてもいいだろうとそわそわするが、なかなか姿を見せないため心配になる。


「迷子の前科があるのに……早まったかしら」

「なにが早まったの?」

「きゃあ!」


 背後から急に声がしたため少女は驚いて体勢を崩してしまう。

 そのまま前のめりに倒れ落ちそうになるが「危ないよ」という何とも緊迫感の欠片もない一言と共に背中を掴まれ強引に引き戻される。

 

「伸びる! 服が伸びちゃう!」

「心配するところはそこなんだ」

「お気に入りなの!」


 助けてもらった者の言う台詞ではないが、そもそも気配もなく近づく方が悪いのだと少女は転嫁する。

 振り返るとそこにはフードを目深に被り仮面をつけた女性が立っていた。

 

「それで、どうして遅かったの? もしかして――」

「うん。実は面白いダンス集団を見つけたから、見てた」


 がくり、と少女は連れの言葉に肩を落とす。


「見てた……って、そんなことで心配させないでほしいわ……!」

「すごかった。目元だけを隠した仮面と口元だけを隠した仮面の集団。それが上と下の仮面組で分かれて『巫女様ー!』『巫女様さいこーう!』『それでも愛してるうううう!』って泣き喚きながら踊ってた。おかしい」

「その絶妙な物真似をするのやめてくださる? あとあなた微妙に馬鹿にしてますわよね、それ」

「……ぷふ」

「もういいわ。昨日、勝手にいなくなったことに比べれば幾分増しだから」

「昨日はちょっと呼ばれたから」

「言い訳は聞きたくありません。それよりお使いはちゃんとできたの?」

「これ」


 そう言って少女の連れは手元の袋を広げる。

 そこには何日か前に見た串付き肉が詰められていた。


「……小腹が空いたとは言ったけど、多すぎません?」

「おじさんがおまけしてくれた」

「……ま、折角のご厚意なので頂きましょう」

「ん」


 仮面の女は頷くと、串を摘まみそのまま口元へと持っていき――


「あ――」


 べちゃりと肉と仮面をキスさせる。


「……なにをしてるの」

「慣れてなくて、忘れてたみたい」


 てへっとおどけて見せるが少女の目には仮面フードの不審者しか映っていないため可愛くとも何ともない。


「はぁ……」と少女は呆れるようにため息をつき「仮面はもちろん、フードも脱いで問題ないわ」と許可を出す。年下の彼女が身長的に見ても年上の連れに対して命令のようなものができるのは、主従関係があるから――と言うわけではない。そもそも2人は姉妹ということで通しているのだ。

 仮面の有無はある理由から、少女が連れに対して着けたほうがいいとアドバイスしていただけにすぎない。


「いいの?」

「ここなら誰かにあなたの素顔を見られる心配はないもの。それに今日は熱いでしょ? 街には活気もあるし」

「たしかに見ていて暑苦しかった」

「どうしてあなたはいつも毒を吐くのかしら……」


 少女の連れが仮面を外す。

 美しいというよりは可愛らしいと形容するに相応しい端正な顔立ちの女性。彼女は少女よりも十歳近く年上のように見え、さらには姉妹と言うにはあまりにも似ていなかった。


「脱ぐよ?」

「だから問題ないって」


 少女がアリアデュラン王国に来たのは理由がある。

 それは……


「それでなにか思い出した(・・・・・)?」

「なにも。私はここに来たことがなかったのかも」


 目の前にいる女性――記憶喪失の彼女を連れ出して記憶を取り戻す手伝いをするため。そのために家を飛び出して来たのだ。

 さらに仮面舞踏会の時期を選んだのは身元を隠そうとしても怪しまれないだろうと計算していたからだ。

 なぜなら記憶のない彼女には周りとは圧倒的に異なる部分が合ったから。


「ふぅ」


 フードを脱ぐと彼女の長い髪が風になびく。

 それは夜の帳に溶けこむ、まるでこの世(アリアストラ)のものとは思えない黒い髪。


「……」


 少女は思い出す。

 目の前にいる女性と同じ色の髪をした仮面男がいたことを。

 あの男はもしかしたら彼女について何か知っているのかもしれないと。

 だが、


「どうかした?」

「え!? な、なんでもないわ!」

「そう?」


 もし本当に知っていて、それが切っ掛けで彼女の記憶が全て戻ったら……いつの間にか自分の前から消えてしまうのではないかという不安が(よぎ)り動けなかった。

 記憶を探すために連れ出したのに、手掛かりをわざと見過ごすというその矛盾は――


(あなたがいなくなるとあなたを連れてきた兄に叱られてしまうの)


 という、もっともらしい言い訳で押しつぶされたのだった。


第三章 仮面と絵本の御姫様 ―完―

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