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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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残してきた者たち

 王城の中を行く当てもなくさまよう2人のエルフがいた。

 仲良く手を繋ぎ連れ歩くその姿は仲睦まじく見えるが、それは2人から発せられる重苦しい空気に遮られる。擦れ違うメイドや執事たちが客人の異変に何事かと勘付くが、相手は聖刀剣の巫女である伝説の姉妹だ。おいそれと気軽にご機嫌伺いできるはずもない。


「すまないな、シルヴィエ。巻き込んでしまった」

「……」


 姉の言葉に妹は首を振る。

 歩みを止めると、そこは人気のない庭園の近くだった。昼間であれば太陽の日を浴びた咲き誇る花の(その)が姉妹を迎えただろう。だが日が暮れた今、美しい花たちを照らす光はない。

 シルヴィエはそんな名前がわからない花たちを眺めながら、ボードに想いを書き綴る。


『私も同じ気持ち』


 巻き込まれたわけではない。自分も当事者だと強く主張するようにオリヴィエに告げる。


「……そうだな。巻き込んだ――はさすがに思い上がりも甚だしい言い草だった。これは私たちの問題だった。許してくれ」


 こくりと頷き、シルヴィエは文字を消し、新たに言葉を書き込む。


『明日からどうしよう……?』

「ふふ、本当にどうしようかな」


 笑ったのは当然シルヴィエの疑問が面白かったからではない。自分に呆れているオリヴィエの空笑いだ。


「素顔を見られたくないと照れておきながら、見分けがつかないと拗ねる。我が儘だな、私たちは」

『昔は……』

「ん?」

『村の人たちにもよく間違えられた』


 幻魔に滅ぼされた今は亡きリオン族の同胞。

 彼らもまた瓜二つの姉妹を見紛うものが多かった。


「懐かしいな。アルフォスが勇者になる前の話だ。あの頃は仮面を付けていなかったからよく間違えられた」

『姉さんのことを私だと勘違いして求婚する人もいた』

「そんな不届き者もいたな。巫女様巫女様と連呼するからおかしいと――」

『怒った姉さんが蹴り飛ばしてた』

「――はて、昔のことだ。忘れてしまったよ」


 くすくすと姉妹は笑い合う。


「だが、あまりにも間違えられる私たちを見かね、アルフォスが自分に贈られた仮面を私たちにプレゼントしてくれたことは覚えている」

『違う。精霊王が顔を隠すとミステリアスになって素敵だ――って言ったから……』

「よせよせ、せっかく過去を美化していたのに」


 実際は勇者アルスのために用意した舞踏会用の仮面があまりにも貴重な素材で作られていたため、用済みになった後も捨てるに捨てられず、それなら「仮面を割って2人で使えば?」と精霊王が提案のが切っ掛けだ。

 当時のオリヴィエとシルヴィエは弟のおさがりということもあり、満更でもなかったと覚えている。


「アルフォスの姉ということで私たちも有名になり、仮面の巫女とも呼ばれ、時が流れていくうちにいつの間にか間違う人間はいなくなっていた。改めて考えるとあの時の精霊王の提案は正しかった。上と下に分かれた仮面は一目瞭然だろうからな」


 精霊王たちと行動を共にした勇者アルス。

 彼の姉ということもありオリヴィエとシルヴィエは有名になった。そんな彼女たちを説明する際、人々は口を揃えてこう言うのだ。「目元を仮面で隠したエルフが(オリヴィエ)様で口元を隠したエルフが(シルヴィエ)様だ。姉が上で妹が下、わかりやすいだろう?」と。


「同族すら間違う我々の容姿。まだ出会っても間もないルダージュが見紛うのも頷ける」

『うん』 

「しかもその顔を仮面で隠しておきながら、見分けろだなんて。我ながら無茶な話だ」

『難易度Sクラス』

「にもかかわらず部屋を飛び出て、置き去りにして……。一番の年長者が何をやっているのだろうな……」

『……』


 唐突に始まった手遅れなフォロー合戦。

 オリヴィエとシルヴィエは自分たちで理解しているのだ。ルダージュに対し滅茶苦茶な要求を強いているということを。

 だが、それでも――


『でも、なにか――』

「ああ、なんだかこう――」


「『もやもやする』」


 悲しいわけでも怒っているわけでもない。

 瓜二つの姉妹だ。間違えられることなど過去にはよくあった。出会ったばかりのルダージュに怒る理由もない。だけど彼には間違ってほしくないという願望が彼女たちを我が儘にする。


「……私ははっきりしないものが好きではない。シルヴィエ、このもやもやした感情はなんだと思う?」

『……』


 話を振られた妹が『愛じょ――』と書こうとしたところで姉に腕を掴まれ制止される。


「直球は止めないか?」

『……へたれ』

「うぐっ」


 姉としては周囲に対し自分たちの現状を表す体裁のいい言葉が欲しかっただけなのだが、こういった場面では妹の方が肝が据わっているらしい。


『それなら、さっき姉さんが口にしてた』

「なに?」

『拗ねてるって』


 オリヴィエは虚を衝かれたように目を丸く――はしないが、眉を上げ驚く。

 自然と口にしていた自分の言葉に呆気に取られているのだ。


「――そうか、私は拗ねているのか」


 改めて自覚すると何とも言えない気持ちになる。

 背中はむずむずするし、胸の動悸がおかしい。

 シルヴィエも同じ気持ちなのだろうか? と首を傾げると――


「……」


 妹からの返事は無い。

 しかし、熱を冷ますようにボードで顔を扇ぎ始めた。


「……ふふ、まったく本当に、私たちは困った姉妹だ」


 オリヴィエが仮面を外すと、シルヴィエがそれに倣い自分の仮面を外した。

 寝室以外で脱ぐのは久しぶりだ。心地の良い外気の風が肌を撫で、熱くなった2人の頬を優しく冷ます。


「明日から、どんな顔をして会えばいいのだろうな……」


 素顔を想像したら一日口を利かない、などとルダージュに言っていた自分が恨めしい。今日どころか明日からどう会話をすればいいのかもわからない。


 彼女たちの悩みに答えられる者はいない。

 ただそこには夜の陰に彩られた花たちが鏡面のように姉妹を見守っていた。


 ±


 時を同じくしてエルフ姉妹とは打って変わり、和気あいあいとしていて少女の無邪気でどこか浮ついた声が漏れ出る一室があった。

 部屋の外ではメイドのドロシーが無表情で待機しているが、嬉しそうな少女の言葉に釣られてしまうのかよくよく見ると時折口角が上がりにやついているのがわかる。


「――それでね、お母様! ルルが仮面をとったら、精霊契約の紋様が描かれてて――」

「仮面の君の正体が精霊だとわかったのじゃな」

「はいっ――!!」

「あらあら、それは運命を感じてしまうのも無理はないですね」


 室内ではクララは2人の母にルダージュとの出会いの物語を披露している最中だった。

 物語は終盤へと差し掛かり、主人公のクララが仮面の君の正体を初めて知る場面まで進んでいた。


「嬉しくてしかたがない、といったところか。尻尾が忙しなくてこそばゆいぞ」


 ベッドに胡坐を掻き、その上に娘を乗せているローゼ。

 自分と同じ輝きを放つ白銀の尻尾に喉元をくすぐられ身を捩る。


「あ、ごめんなさい」


 感情を隠しきれないのかクララの尻尾は無意識に左右に揺れ動いていた。

 クララは恥ずかしがるように自分の尻尾を抱きしめ、上目遣いで母の顔色を窺う。


「はしたなかった……でしょうか?」

「よいよい、子どもは無邪気な方が愛らしい。もちろんクララは妾の娘だから何をしても可愛いがのう」

「く、くすっぐったいです! お母様!」


 頬を擦り合わせ獣人特有のスキンシップでいちゃつく親子。

 そんな2人を眺め羨ましそうにため息をつくもう1人の母がいた。


「クララはそういうことを嫌がらないからいいわね」

「む? なにがじゃ?」

「スキンシップよ。上の子はもう成人だからいいのだけれど、下の子が早くも親離れを始めてしまったの」

「カイムが? 歳を考えれば当然だろう? 妾が抱き着こうとしても『ローゼ様、人目がありますので』と最近は軽く躱されてしまうぞ」

「そうなの?」

「うむ」


 その後、陰で抱き上げたり撫で回したりしているのは秘密だ。呆れたような顔をしながら受け入れてくれるところが可愛いとローゼは思っている。


「でも、カイムは(さか)しくて王族としての自覚はあってもまだまだ子供でしょう? 母としてはもう少し――」

「親離れではなく、お主が子離れできていないだけではないか」

「うっ」

「それに最近のカイムはどこか色気付いておるようにも見える。誰か好きな人ができたのやも――」


「――は?」


「なんでもないのじゃ」


 同性と異性の親子関係の違いか、はたまた人種と獣人の価値観の相違か。

 一瞬、恐ろしい鬼人を垣間見たローゼ。

 腕の中で震えるクララが幻覚ではなかったことを教えてくれる。


「と、とりあえずはあれじゃ、クララ」

「は、はい!」

「人型精霊のルルとはこれから長い付き合いになるだろう。彼の前ではいくらでも尻尾を振っても構わないが、所構わず無意識に晒すのははしたないことに変わりない」

「……」

「そう落ち込むな。これはよい機会だ。尻尾やついでに妖狐としての力の制御。花嫁修業としてこれらすべてを叩きこむ。それなら我慢(・・)できるな?」


 クララは戸惑った。

 どこに我慢する要素があるのだろうか、と。

 誰かに反対されるかもしれないという不安はあった。だが、咎められることもなく母には花嫁修業をしろと応援された。


 願ったり叶ったりの状況だ。

 それにもかかわらず、ローゼの顔は明るくはない。

 真剣な眼差しで娘の――クララの言葉を待っている。

 だから――


「できます」


 と、力強く頷いた。

 

「よい、返事じゃ」


 ローゼは優しく頷く。

 これは国王の妃として、予感めいたものからきた戯言だ。

 娘がどこぞの組織に狙われたという断片的な情報から導き出した可能性への譲歩であり、王の決定に背かずに娘を納得させるための母からの説得だ。


(杞憂であればそれでいい。じゃが、あの親バカ(マクゼクト)のことじゃ……クララはたぶん、もう――)


 娘の頭と耳を撫で、自分の考えすぎであればそれでいいと願う。

 目の前にいるプレセヤと目が合うと、彼女もローゼの真意に気が付いたのか何とも言えない複雑な顔をしていた。

 

「……くふ」


 親同士の暗い雰囲気を振り払うようにローゼは一笑する。


「では、そうじゃなぁ~最初の修業は何がよいか」

「……予定にはなかったけど、あれはどうかしら」


 ローゼの悩みにプレセヤはある物を指差して答える。

 3人が見つめる先。そこには絵本とクララが返し忘れた仮面がぽつりと置かれていた。


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