残された者たち
「ルダージュ殿、落ち込んでいるところ申し訳ないが城外での事の顛末を報告してくれないか」
「あ、ああ。わかり……ました」
扉を見つめたまま途方に暮れるルダージュ。そのまま放置していては埒が明かないと判断した大臣は、急かすことが自分の仕事だろうと我先に促す。
気の毒には思うがアリアデュランの姫の命が危ぶまれている事態。精霊の恋路に感けている余裕などなかった。
「……しっ、それじゃあ、まずは――」
気持ちを切り替えたルダージュは城を逃げ出した王子たちを追ったこと。絵本の読み聞かせをしたこと。その時に接近してきたシスターが幻魔教であり、使役された幻魔と戦闘を行ったことを説明した。
カイムとラクスも報告に参加し、敵がいかに危険性の高い連中であるか訴えると室内は重苦しい空気に支配された。
「まさか幻魔教が……」
「――国の怠慢だ。幻魔を崇める狂信者などさっさと抑圧するべきだったのだ」
驚愕した大臣の隣で王がため息とともに自らの国を責める。
「幻魔期に終止符が打たれ、湧き出た幻魔教という集団。過ぎた力に魅せられた哀れな信徒だと見縊っていたが……まさか幻魔そのものを味方に付けるとは……これは我々王家の失態だ」
もちろんそれは他国にも言えることだ。だがアリアデュランは幻魔を滅ぼした勇者アルスと昔から懇意にしていた国だ。デュカリオン大森林との同盟国でもある。幻魔と名の付く組織は排除するべきだと率先して働きかけるべきだったのだ。
「至急、元勇者である学園都市の長アルフォスに伝令を。これは平和ボケの代償だ。我々にはツケが回ってきたと反省しなければならない」
「はい」
「すぐに手配を。それと問題はそれだけではありません。やつらが今回投入した戦力のほとんどが魔物だったそうです。やつらの中には優秀な魔物使いが紛れている可能性があります」
カイムが頷き、大臣は補足するように言葉を付け足す。
兵から城下に潜んでいた魔物を討伐した、という報告だけは聞かされていた大臣。魔物たちを放った犯人が幻魔教であったことを知る。
「なるほど、だから殲滅だったのですね。幻魔教のシスターは他に仲間がいる口ぶりだったので、つい――」
「カイムよ。敵の言葉を信じるのは愚か者のすることだ。耳を貸すな」
「申し訳ありません」
素直に頭を下げるカイム。
街の中で見た無邪気な少年と同一人物とは思えないほど態度の変化が著しい。
息子であっても王の前では場を弁えているということだろう。
「父上」
「なんだ?」
「しかし敵のシスターは口が軽く、間抜けな印象も受けました」
「……」
「余がクララを連れて街を出なかった場合、いつ今回の犯行に及ぶつもりだったのでしょうか。魔物だけで仲間がいなかったのは準備不足だったと捉えることもできます」
「本命がやってくると?」
「彼女は『また会いましょう』と」
「……」
面々が押し黙る中、1人の少女がぽつり「……舞踏会」と呟く。
その小さな声は静寂が支配していた室内では十分すぎるほど響いた。
「舞踏会? 五日後に控えた仮面舞踏会のことか?」
「……し、失礼しました。出過ぎた真似を――」
「良い、なぜ口に出したか申してみよ」
メイドの少女――アルメラは王に向かって慌てて頭を下げるが、時はすでに遅い。
「なにか気になることがあったのだろう? 今は1人でも多くの意見が聞きたい」
「アルメラ、余もお前の考えを聞いてみたい。発言を許可する」
「……王子。では、あのぅ、ルダージュ様のお話によると、その幻魔教って人たちは幻魔を模した仮面を着けているんですよね? もしかしたら仮面舞踏会当日に襲撃に来るんじゃないかなぁ~もしくはそういう予定だったんじゃないかぁなんて……愚考しまして」
喋りつづけると口調が戻るのか段々と語尾が伸びてきたが言い得て妙な意見だ。透かさず大臣が目力を込めて睨み付けたためアルメラの背筋も伸びっぱなしだ。
「ふむ、木を隠すなら森の中ということか。元々は舞踏会の時に我が娘を攫うつもりだったが街で遭遇したことを機に予定を変更したと」
「姫様と外から接触するにはその機会しかないので」
「……大臣、どう思う」
「至極全うな意見かと。現段階で敵が幻魔教であり仮面を着けている、という情報を知り得ていなければ、突如として祭に幻魔が出現、現場は大混乱。その隙に乗じて姫を攫う……と、そんなところでしょうな。不愉快極まりない」
温厚そうだった大臣が目に見えて嫌悪した表情を見せる。
仕えている姫の一大事であり、それが自分が代表を務める仮面舞踏会に利用されていることに腹を立てているのだ。
しかし彼は公私混同をするほど愚かではない。
「王よ。今からでも舞踏会の中止を。クララ様の御身体が最優先であり、お招きした方々には謝状とお詫びの品をしたため――」
「ならん」
「……なんと?」
「ならん、と言ったのだ。舞踏会は例年通り開催する。時期も変更しない」
「な、なぜですか王よ! それでは姫が――」
「国がたかだか一組織に屈するわけにはいかないからだ。ここで舞踏会を中止してはやつらをつけあがらせることになる。幻魔教がノイシスの加護持ちにどれほど固執しているのかわからない今、真っ向から立ち向かう意思を示す」
仮面舞踏会当日に襲いに来るとは決まったわけではない。だが、クララが攫われそうになったタイミングで舞踏会を中止にすれば幻魔教はこう思うだろう。
王家は我々を恐れた、と。
襲撃の頻度が増すことを危惧した王は幻魔教の増長を今のうちに断ちたいという思惑がある。それが舞踏会の平常通りの開催に繋がっている。
「喜ばしいことにこちらには灰騎士のルダージュと聖刀剣が手中にある。これほど心強い味方は……まず、いないだろう」
先程までエルフ姉妹が立っていた場所を眺め、マクゼクトは少しだけ物思いに耽る。
幼少の頃より姉のように慕ってしたエルフの新たな一面を目撃し驚いたというのもあるが、それを引き出したのが目の前にいる人型精霊だというのが始末に負えない。
「ルダージュよ」
「はい」
好青年だ。
好青年にしか見えない。
精霊と呼ばれている存在なのに王の前で動揺を見せまいと取り繕っている。
(オリヴィエ様とシルヴィエ様のことを気に掛けているのだろう。態度を我に隠すのは……召喚士の顔を立てるためか? ふむ、人型だと精霊も人も変わらないものだな)
なんとなくプレセヤとローゼから板挟みにあう自分と重なり、親近感を抱く。
だが、今のマクゼクトは妻の尻に敷かれる夫でもなく、聖刀剣の巫女を姉のように慕う男でもなく、一国の主でもない。
「巫女様だけではなく、我が娘クララのことも頼むぞ、精霊ルダージュよ。彼女は控えめで大人しいが、時に思いがけない大胆なことをしでかす。色々と思うことはあるだろうが娘の告白にしっかりと向き合ってくれ。これは王の命令ではなく1人の父としての願いだ」
「……! わかり、ました」
ルダージュは護衛に関する任務の話をされるのかと思っていたため完全な不意打ちだった。
そもそも――
「驚きました。父上はてっきりクララの恋には反対していたのだと……」
「お前たちにルダージュの存在を秘密にしていたからか? 当然、容認できるものでは無いが、人型精霊の実物を目にしてしまった今、止められるものでもあるまい。ルダージュも人型精霊というだけで懐かれて大変だろうが娘の我が儘だと思って付き合ってほしい。クララはまだ幼く、恋に恋をしているだけなのだ」
「ん?」
カイムは頭を捻る。
どこか会話が噛み合っていない。
「父上」
「なんだ?」
「お言葉ですがクララはまだ人型精霊が好きだとは自分で告白しておりません。そうだなルダージュ?」
「それは初耳――ではあるな。なんとなく話の流れで察しはついたけど」
「まことか。クララの絵本に対する執着を日ごろ眺めていると、この千載一遇の好機を見逃すとは思えなかったのだが……なるほど、これは我の見当違いだったのかもしれん」
「……」
はぁーっはっはっは、と哄笑するマクゼクト王にカイムは呆れたように半眼にした目を向ける。クララの人型精霊への憧れはその程度ではない。やはり甘く見過ぎていると。
そして――
「ええ、まさに見当違いも甚だしいですよ、父上。……クララはもうルダージュに結婚を申し込んでしまったのですから」
「はっ――……は?」
親バカに現実を叩きつけた。
驚愕の表情を浮かべ白く薄れていくマクゼクト王。
彼の意識が復活し、会議が再開されたのは日が暮れた後のことだった。
±
彼女はずっと黙っていた。
自分の精霊を盗んだ正体を知ってから、ずっと黙っていた。
どうすればやつらから精霊を取り戻すことができるのか。どうすればやつらに会うことができるのか。
ずっと考えていた。
会議の中。
最愛の一柱目の精霊と共に姫の護衛任務を任され、二つ返事で了承する。
消えてしまった紋章を撫で、そこにあるはずだった紋様に想いを馳せ。
――絶対に取り戻す、と彼女は決意を握りしめた。




