聖刀剣の鞘
「申し訳ありません。……ばれました」
ルダージュ率いる護衛&護衛対象ご一行が城に戻り、最初に通された来賓室に帰った瞬間。ラクスはある一点に向けて深々と頭を下げた。
部屋にはセルティアと見慣れぬ仮面で顔全体を隠したエルフの女が2人、メイド長補佐のドロシーに新人メイドのアルメラ、ふくよか大臣……そして――
「なん……だと……?」
まるで冷や水でも浴びせられたかのように目を丸くする壮齢の金髪男と、
「ほ~れ、言わんこっちゃない。土台無理な話だったのよ。自らが招いた客の正体を隠し通すなど……のう? プレセヤ」
「そうですね。これは問題の先延ばしでしかありませんから。いい機会です。娘の恋路を父として応援するのか、わたくしたちはじっくりと見届けねばなりませんね」
パイプのようなものを咥えた姿がどこか既視感を覚える銀髪狐耳の美女と、彼女を膝枕しているプレセヤと呼ばれた妙齢の美女がそこにいた。
「あんなに引っ付いて……どうやら妾の娘は人型精霊さまにぞっこんのようじゃな。くふ、もしやこれは普通に紹介するより効果的な出会いだったのではないか?」
謝罪の矛先――部屋の中央に陣取る3人の男女。
ルダージュにとって見知らぬ面々だ。
お姫様にルダージュが人型精霊だとばれたという事実にダメージを受けた男と受け流す女が2人。
種族という見た目。ラクスの言葉に対する各々の反応。周囲の緊張した面持ち。
(やっぱり、そういうことだよな。3人ともそれぞれイムとララに似ているところがある。膝枕してもらっている銀髪の女性なんてララの将来が透けて見えそうなぐらいそっくりだ)
城に戻る道中、事前にラクスから王とその妃たち――つまりカイムとクララの両親の情報をルダージュは聞かされていた。彼らは異母兄妹であり、第一王妃プレセヤ・ヴィレッド・クランベル・リ・アリアがカイム、第二王妃ローゼ・ラスティム・クランベル・リ・アリアがクララの母親である。
「クララちゅわぁ~ん? どうしたのかなぁ~? ほら、いつものようにパパの胸に飛び込んでおいで~?」
そして猫なで声を発しながらルダージュたちに近づくこの男こそ現国王マクゼクト・クランベル・リ・アリア。
マクゼクトの目的はルダージュの足に引っ付いているクララのようだ。しかし、クララは「くぅぅぅ!」と威嚇するように王様である自分の父親に可愛らしい唸り声を上げる。
「クララちゃん? ほら、おいで、いつものように可憐な笑みをパパに向けて……」
――その理由は単純明快だ。
「王よ、ご自重くださいませ。周囲の目が大変痛々しく……我々でもフォローしきれません」
「し、しかしだな、ラクスよ。我が娘がこのような反抗的な態度など今まで一度も――」
「姫は、その……ルダージュ殿のことを内密にしていた我々に大変ご立腹のようで……カイム様以外とはお話ししたくないと……」
「ぬばぁ!!」
声にならない悲鳴が王から漏れ出る。
胸を抑え苦悶の表情を浮かべるアリアデュランの王はどこからどう見てもただの親バカだった。
カイムが歳を重ねたらこうなってしまうのか……とルダージュが視線を下に移すと、「……余を見るでない」とカイムが煙たそうに腕を振っていた。
「息子以外……? それではわたくしたちとも口を利いてくれないのかしら? そんなことをされてしまったら寂しいわ。ねえ? ローゼ」
「妾たちはすぐにでも人型精霊――ルダージュのことを伝えたかったのじゃが……そこの堅物に命令され教えることができなかったのだ。許せ」
「……ほんとう?」
クララがルダージュの足の影からひょっこりと顔を出す。
「本当だとも。そもそも精霊の魅力をお主に語ったのは妾ではないか。だが相手は旦那と言えど一国の主……妻と言えど逆らうことができず……よよよ」
「お母様……! 泣かないで、ください」
とてて、と小動物のように母の元へと駆け出す妖狐。
さめざめとしたウソ泣きに騙されたのは娘一人だけだったが、それで十分だった。
「……」
真実も混じっているせいか反論のしようもない王は形容しがたい表情で娘と妻たちを遠目で眺める。カイムはその姿に哀愁を覚えたのか同情するように父の身体に手を置いた。
「あぁなんと優しい子だ。流石は妾の娘。母のことを許してくれるのだな」
「もちろんです! だから、泣かないで、ください!」
「うむうむ。もう大丈夫じゃ。おかげで涙も引っ込んでしまった。どれ……では折角だ。クララには愛しの人型精霊さまとどんな出会いをしてきたのか聞かせてもらおうかの」
ローゼはそう言うとすくっと立ち上がり自分の娘を抱き上げた。愛情表現なのか娘と頬を擦り合わせることも忘れない。
「プレセヤも聞きたいだろう? ここではなんじゃ、クララの寝室に向かおうではないか」
「お供しますわ」
一同が王妃の行動を見守る中、いつの間にか出入り口に控えていたドロシーが従者として扉を開ける。
「くふ」
「……!」
退出していく中、ローゼがルダージュに向かってウインクをして去っていく。
どうやらずっとクララの様子を窺っていたことがばれていたらしい。
「失礼いたします」
ドロシーの一礼が扉が閉められたことで見えなくなると、来賓室では何とも言えない沈黙が訪れた。王妃たちが部屋を去る瞬間、実は追い縋るようなか細い声で「ま、まってくれ……」と彼女たちに手を伸ばしていた王様がいたのだが、それが耳に届くことはなかった。
「……っ」
セルティアはこの状況におろおろと二の足を踏んでいた。本当はルダージュたちが襲撃を受けたという報告を聞いて居ても立っても居られないという状況にさっきまで身を置いていたのだ。
今すぐにでも自分の精霊に抱き着いて無事を確かめたい。だが王の目の前で粗相をするわけにもいかない。欲求に対し理性が邪魔をして身動きが取れずにいた。
そのうずうずとした葛藤は彼女の腰に添えられた2本の鞘がコツコツ音を立て揺れ動いたことで表れる。
沈黙を破ったのはそれを隣で見かねていた仮面のエルフの1人だった。
「……ごほん! 王よ。そろそろ職務を全うされてはどうか? 折角、奥方が姫の耳を遠ざけてくれたのだ。情報を共有し今後の方針について語ろう」
「う……む、そうでしたな。オリヴィエ様のおっしゃる通りです」
すくっと気を取り直したように立ち上がったマクゼクト王がルダージュを見据える。
「人型の精霊ルダージュか。聖刀剣に幻魔、そして今回の護衛と、君には三度助けられてばかりだな。王として礼を言う」
「ありがとうございます」
「……本当に人間のように接してくるのだな。精霊を相手にしてるとは思えないな」
ルダージュが頭を下げると戸惑ったようにマクゼクト王はたじろいだ。所在無い手で金色の髭を弄び、興味深そうに視線でルダージュを撫で回す。
「……セルティア・アンヴリュー。お前の精霊が帰ってきたのだぞ? 労いの言葉や抱擁はないのか?」
「え……? あ、いえ、それはその……」
話を振られると思っていなかったのだろう。セルティアはしどろもどろと返事をして、言いよどむ。
「よい、遠慮するな。言いたいことがあるなら申してみよ」
「……私が精霊と戯れてしまうと、とてもお見苦しい痴態を晒してしまいます……ので、御身の前では――」
(自覚あったのか……)
呆気にとられるルダージュだったが、それを聞いた目の前の王は豪快に笑いセルティアに向き直った。
「ここは玉座ではない。ましてや先程の聖鞘叙勲式とは違う。お前のことは昔から知っているのだ。このような時くらい気を楽にするがいい」
「ありがとうございます。……で、では」
思わず身構えるルダージュだったがコツコツと音を鳴らしながら近づいてくるセルティアは勢いに任せて抱き着いてくるわけでもなく、押し倒すようなタックルをするわけでもなく、感情がブレーキをかけるように失速しルダージュの手前で立ち止まる。
「無事で、なにより……です」
「あ、ああ。ありがとう」
「……」
いつものように精霊と戯れるだけ。抱き付いて怪我をしていないか確認する。それだけのはずなのになぜか尻込みしてしまった。
王様の前だから遠慮しているのだろうか? とセルティアは俯きながら自分を分析する。だがそれは自分らしくない。精霊好きの生徒会長セルティア・アンヴリューらしからぬ行動だ。
精霊好きならば抱き着いてもいいはずだ。王様も許してくれる。
ならなぜいつものように動けないのか。
普段通りにするため馬車では寝たふりすらしていた。どこか落ち着かなくて寝ることはできなかったが、いつも通りにできたと自負している。
「それで――」
「?」
妙な沈黙に耐えられず、言葉とは裏腹な行動を取るセルティアを気にしつつルダージュは彼女の腰にある鞘を指さす。
「その腰のものはどうしたんだ? 剣の鞘……だよな? しかも2本も」
なんとなく想像はついていた。元々、ここにきた理由は聖刀剣とその持ち主の待遇をどうするか決めるためだ。それに関連した道具であることには違いない。
「それは我が直接説明しよう。聖剣と聖刀という強大な力は今の世には有り余る力だ。それを一個人が保有しているというは問題がある――という結論に達した」
「……」
マクゼクト王の言葉にルダージュは黙って耳を傾けた。ここまでは大方予想通りともいえる内容だ。
「よって聖刀剣はこれまでと同様に巫女であるルフォル姉妹が管理することとなった」
ルフォルと聞いて一瞬だけ誰のことかと悩みそうになったルダージュだが、すぐにオリヴィエとシルヴィエの家名であったことを思い出す。
何気なくエルフ姉妹を眺めると、そこではボードを胸の手前に掲げたエルフと夢中で絵を描いているエルフの姿があった。
共同作業が微笑ましいが自由奔放であることには間違いない。
「非常時に際しては聖刀剣の巫女による権限で使用が認められる――が、それ以外は所持することすら許可できない」
と言って、マクゼクト王は唐突にルダージュの肩を抱き、内緒話をするように耳打ちをする。
「――すまんな。ここにいる者で聖刀剣の正体を知る者は我とそこにいる大臣だけだ。使用人にはもちろん、まだカイムには伝えるつもりはない。話を合わせてくれ人型よ」
ルダージュは黙って頷き了承する。
「――でだ、だからといって聖剣を抜くことができた功労者をデュカリオン大森林と同盟を結んでいる我が国アリアデュランが無下にすることができようか、いやできない。マクゼクト・クランベル・リ・アリアの名に誓ってそれはありえない」
役者臭い熱弁をしながらルダージュから離れていくマクゼクト王。
彼はまたソファーにどっしりと腰をかけセルティアを見据える。
「その答えがアンヴリューに持たせた聖刀剣の鞘だ。正確には聖剣の鞘と聖刀の鞘を叙勲したのだ。勲章の代わりとしてな」
聖刀剣を抜ける者はいないのではないか、と半ば諦めていたクランベル王家。
いつ現れるかもわからない所有者候補のための式の用意など準備できているはずもなく、急造で拵えたのがセルティアが持つ聖刀剣専用(という名目)の鞘だ。
そのためか聖剣が刀室に収まるかは怪しいサイズで作られており、聖刀用もルダージュの目測では長さが足りないように思えた。
「案ずるな。これに鞘としての用途は求めていない。あくまで聖刀剣を得た者の証として国が送ったものだ。世界を救った国宝を鞘にしまうなど礼を欠く真似などできようもない」
ルダージュの訝しむ視線に王が答えた。
聖刀剣の正体を知らぬ者が聞けば頭を捻りそうな言葉ではあったが、指摘する者はいない。
「――と、まあ、二振りの聖刀剣はこうして正式に君たちのものとなった。使い手は精霊ルダージュ、所有者は召喚士セルティア・アンヴリューというわけだ。……一応、我の口から応えておくが、聖刀剣の鞘をセルティアに贈った理由は彼女が将来、宮廷魔法使として国に仕えるからだ」
「……あくまで聖刀剣は国のものだ、と?」
「そうだ。世界の良き隣人である精霊は国の法で縛ることはできない。だからパートナーである召喚士を使い間接的に縛らせてもらった。セルティア・アンヴリューはまさに精霊ルダージュの鞘となったわけだ」
「……」
強大過ぎる力を一柱の精霊が所持している。しかも精霊には法による拘束ができない。
そこでルダージュの召喚士であるセルティアを聖刀剣の所有者とすることで問題の解決を図った。将来的に宮廷魔法使となることを義務付けられているセルティアであれば国が管理でき、精霊の勝手はできないと、そういうことだ。
「そう押し黙る必要はないぞ。人型よ」
また迷惑をかけてしまっているのではないか? と、不安が脳裏を掠めたルダージュに対し、王は友好的な笑みを向ける。
「これは外聞的なもので、君の召喚士を縛り付けるものでは無い。他国に対し所有権を誇示するため、しかたなく式を執り行ったのだ。堅苦しいものでは無い……とは言い難いが通過儀礼として受け入れてくれ。もちろん巫女様方も納得してくださった」
仮面エルフの1人がボードを持ってルダージュに駆け寄ってくる。
突き出されたボードには王から鞘を授かるセルティアの絵が描かれていた。
なかなかうまいが相変わらずコミカルな画風であるため緊張感はない。ただ、登場人物の顔は笑顔で統一されているため、実際も和やかな雰囲気で終わったのだろうと想像できた。
「ありがとう、シルヴィエ。わかりやすくて助かるよ」
「……っ」
目の前にいる仮面エルフにルダージュが感謝を口にすると、ピクリと肩を挙げ驚いたようにルダージュを見上げる。
その仮面の奥には閉じられた瞼があり、そして聞けるはずのない声が仮面越しに響く。
「……ルダージュ、私は――オリヴィエだ」
「……」
一瞬、何を言われたのかルダージュには理解できなかった。
いつも筆談用のボードを持っているのはシルヴィエだ。だからボードを持ってきたエルフをシルヴィエだと判断した。それだけだ。
――そう。
それだけでしか判断していなかったのだ。
上下に分かれた個性的な仮面はルダージュが預かっている。姉妹は素顔を見られるのを恥ずかしがったため2人で全く同じ仮面を代用して着けていた。
その所為で傍目には瓜二つのエルフが並んで立っているようにしか見えない。
オリヴィエが喋らなければどっちがどっちだか誰もわからないレベルだ。
「あっ――!」
間違ったと気付き、慌てて口を塞いだ時にはもう遅い。
ルダージュはこの時ほど借りた上下の仮面を外してしまっている自分が恨めしいと思ったことはない。
やっちまった――! という自責の念に駆られた顔を奥にいる仮面のエルフにばっちり見られてしまったからだ。
「……」
驚いたように目をぱちくりとしているシルヴィエと目が合う。
周囲もこの状況でどう動けば最善となるのか思考を張り巡らせていた。しかし、茶化すこともフォローすることも難しい。それは聖刀剣の鞘となったセルティアやアリアデュランの王でさえも無理だった。
みんな口には出さず思っていたのだ。
――同じ格好をされたら見分けがつかないな、と。
「すまない」
沈黙を破ったのはオリヴィエだ。
彼女は平常心を装い淡々と言葉を続ける。
「シルヴィエが書いた絵をルダージュに見せたかったんだ。それだけなんだ」
だがどことなく口調は早く、トーンは暗い。
謝罪は何に対して謝ったのかオリヴィエ自身でもわからない。
気を使わせた周囲に対してか、目の前にいるルダージュに自分勝手な願望を押し付けたことか。
「その……なんだ……」
気にしないでくれ、と言いたくないのはもやはエゴなのだろう。
「城に来た目的は果たした――が、街の方で事件に巻き込まれたのだろう? これからその報告やら対策の話をするのであれば私たちは少し席を外されてもらうぞ。よいなマクゼクト王」
「え? も、もちろん! 構いませんとも。彼らから話を聞くのは私と大臣、それと召喚士であるセルティアがいれば問題はない」
「では私は妹と少し休ませてもらう。失礼する」
怒っているわけでも純粋に悲しんでいるわけでもない。
このやり場のない複雑な感情を収めるには姉妹で2人っきりになる時間と場所が必要だった。
「あ……」
思わず引き留めようとルダージュが手を伸ばしそうになるが、かける言葉が見つからず尻込む。
そそくさと部屋を出ていく姉妹。
残された面々が口を閉ざし続ける中、固く閉じられた扉を呆然と眺めるルダージュを見上げ、カイムは「やれやれ」と嘆息する。
(同じような光景をさっきも見たな……)
父と将来の弟が重なって見え、兄としては気が気ではなくなってしまう。
(余は伴侶を1人に絞るべきかもしれぬなぁ……)
人知れずそんな決意を心の中でぼやくカイム。彼の視線が新人メイドに向けられていることを知る者はいない。




