妖狐は急いてこんと鳴く
それはまるで機械仕掛けの竜としか形容できない精霊だった。
「そういえば、ルダージュ殿にこの子の霊獣化を見せるのは初めてか」
宮廷魔法使とはアリアデュラン王国内で召喚士が得られる職の内、最も栄誉のある役職である。学園からの推薦、もしくは軍からの引き抜き。いずれにしてもエリートのみが選ばれる全召喚士の憧れだ。
「霊核は鎧として私を護っているのだが、霊獣化は戦闘形態と言うべきか……」
そして宮廷魔法使は基本的に召喚士しか採用されないため必然的に精霊も採用基準に含まれる。
「この姿は人目を引くが気に入っている。カッコイイしな。それに――」
ラクス・フォン・ファバレーは王女親衛隊の隊長を勤めるほどの女性だ。
彼女の精霊はその肩書が伊達ではないことを証明するかのように、背後から跳びかかろうとしていた幻魔を巨大なランスで薙ぎ払う。
「私以外を護るのに適している」
「アメザラシ――!!」
弾き飛ばされた幻魔が派手な音を立てて建物の壁にぶち当たると、シスターが悲痛な叫び声を上げ幻魔に駆け寄っていった。
「王国第三騎親衛隊長であるこのラクス・フォン・ファバレーと騎甲竜リィージスから不意を突こうなど無駄な足掻き」
騎甲竜リィージス――二足歩行で竜の形をした機兵の精霊。
鱗ではなく機械仕掛けの巨体を純白のマントが覆い、両手には全長とほぼ同じ長さのランスを握っている。
まさに紛うこと無き竜の騎士。
「……」
ただ一つ、特徴的な部分を挙げるとすれば……。
「ルダージュ殿? そんなにリィージスの霊獣化が珍しいか?」
精霊の胸部にすっぽりと収まっているラクスが首を傾げる。
その時、どちらかと言えばルダージュは精霊の方ではなく自分に注目していることに彼女は気付いた。
「これは精霊と魔力を共有しているだけだが……そうか、貴様は過去の記憶がないんだったな」
「……」
記憶喪失(という設定)であることを忘れそうになっていた……とは口が裂けても言えなかった。
だが、ルダージュのその沈黙は都合よくラクスに解釈され、彼女は口早に自分の精霊について語りだした。
「この子は機甲型精霊リィージス。その中でも召喚士が乗ることで性能がアップする搭乗タイプの精霊だ」
竜騎士といっても竜に跨っているわけではない。ラクスはまるでロボットに乗り込むように精霊と合体していた。腹部の出っ張りに足を収納し、肩から手の先までをすっぽりと覆う機械の籠手を装着している。さらには本体と精霊、合計四本の腕にはそれぞれ大きさの違う武器を持ち、ラクスは人間サイズの槍、精霊は先程幻魔を吹き飛ばした巨大で長細い円錐型のランスが握られている。
(まるでメイドがリザードマン型のロボットを着ているみたいだ)
「我々の総隊長であるマクセル様。彼の御子息は学園に通われていて私と同じ機甲型精霊だったはずだ。貴様にとっても馴染みのある姿ではないのか?」
「マクセル……? 副会長のロイのことか」
ロイの親が宮廷魔法使の総隊長をしているとは初耳だった。いずれ会う機会もあるだろう。
だが、ガルバトスを引き合いに出されても困る。
あの精霊は小型で目の前にいるリィージスとは似ても似つかない。
「まったく違うんですけど?」
「そうだったか? まあいい。世間話もここまでだ。――そこで伸びている幻魔とシスターよ! 大人しく投降することだ。お前たちの仲間は今頃私たちの部隊により拘束、または排除されている。人質作戦は水泡に帰した!」
ラクスは叫ぶと、すぐさましゃがみ込み「ルダージュ殿、もし戦闘に移行した場合は王子と姫を頼む。あの幻魔を横殴りにしたとき、手応えを感じなかった。おそらくあれはやられたフリだ」と耳打つように囁いた。
「……了解」
ルダージュも警戒を解いていたわけではない。
雑談をしながらも魔装を近づけシスターを拘束しようと試みたが、幻魔の翼が彼女を護るように動いていたため行動に移れなかった。イムとララを護るための魔装の量を考えると無茶もできない。
「アメザラシ……怪我はないようですね。戦えますか? え、無理なんですか? 2体も相手にできない? そんな~……どうしましょう……」
シスターは幻魔の懐に隠れ、傷がないか確かめながら幻魔に言葉をかけていた。すると幻魔は彼女の言葉に首を振ったりラクスとルダージュをくちばしで指し示すように首を揺り動かす。
「あのシスター……幻魔と会話しているように見えるが……余の見間違いか?」
「突っ込んだら負けですよ、王子。もはやアレは我々の常識では測れない危険人物です。――排除します」
リィージスからランスが放たれる。
狙いは幻魔ではなくシスターの方だ。
カイムとラクスは世界の敵である幻魔よりもそれと意思疎通ができる彼女の方が危険だと判断した。
だが、アメザラシはランスによる一撃を物ともせず翼でガードし、はじき返した。
弧を描きあらぬ方向へと飛ばされたランスは古臭い家屋の壁に突き刺さる。
「……ちっ」
ラクスは思わず舌打つ。
住民がいたら二次災害は避けられない状況だった。
幸い、人の気配はなく負傷者は出ていないが、投擲による遠距離戦は封じられた形だ。
それを相手も理解しているのだろう。
「仕方ありませんね……飛んで!」
シスターが跨ると四翼を広げた幻魔が建物の屋根へと飛び移る。
リィージスが反射的にもう片方のランスを構えるが……投げることはできない。
「不自由な方。制約があるとまともに戦えもしない。強くてもそれでは意味がありませんね」
「うるさい」
シスターの煽りにラクスは素直に噛み付いた。
国の騎士として、姫のメイドとして、大切な者たちへ牙をむいた敵が許せないのだ。
「お前こそ逃げるつもりか? 不敬にも王族の誘拐がお前の役割なのだろう? 今を逃せばこんなチャンスは一生訪れないぞ。無論――我が槍と精霊リィージスが全力をもって阻止するが」
ランスと槍を構えなおし臨戦態勢を整えるラクス。
だが、
「遠慮しておきます~」
涼しげな声で煽りを躱し、やれやれと肩を竦めた。
「この子がいれば上手くいくと思ってたんですけどね~。今回はイレギュラーが大きすぎました~」
そう言って無機質な仮面をルダージュに向ける。
まるでルダージュがいなければ作戦は全て順調に進んでいたと言いたげに。
「ん~残念ですが私はこれでお暇させてもらいます~。私も死にたくないので~これは戦略的撤退というやつです。正直に報告すれば口うるさい先輩も許してくれるはずです……あ、でもそうなるとルダージュ様とお会いできた話もしないと……んー妬かれてしまうかもしれませんね~」
とほほ、と面倒臭そうに項垂れるシスターに思わずルダージュとラクスは顔を見合わせる。大掛かりな作戦を決行してきた割にはあまりにも執着のない態度だったからだ。
幻魔教の真意はわからない。だがそのまま返すわけにもいかないためラクスの煽り口上は続く。
「このままただで逃がすと思っているのか? 幻魔教」
「追い付けるのですか? 飛べないメイドさん」
言葉と共に宙へと飛び上がったアメザラシをラクスは口惜し気に見上げる。
騎甲竜リィージスは翼のない歩行型の精霊だった。脚力を武器に跳ぶことはできるが空中戦をするには不向きだった。
ルダージュも同様だ。
魔装を階段のようにして空に登ることも足場を創ることもできるがそれは実戦的ではない。
なにより彼の周りには護らなければいけないものが多すぎた。目の前の敵を追いかける余力は残されていない。
「あぁ、あとこれは聖職者としてのアドバイスですが~……チャンスは自分で作るものですよ~? 魔法使ラクス」
「黙れ!」
突き上げた槍の先端から魔法の雷撃が迸る。
アメザラシは避けようとはしない。その攻撃が無力だと本能的に理解している。
「そんな魔法は効かないのに……愚かな方」
直撃し、霧散した魔法を横目にシスターは呟いた。
「またお会いしましょう。お姫様。そしてルダージュ様。次は邪魔者のいない場所で、ゆっくりと」
そう言い残したシスターはアメザラシと共に空へと上昇した。
瞬く間に雲の中へと消えてしまい追撃を試みる暇さえなかった。
「……まさか、本当に逃げたのか?」
リィージスに搭乗したラクスがあまりにも呆気ない幕引きに立ち尽くす。それはイムとララも変わらない。
ただ、二回目の邂逅となったルダージュはなんとなくこうなることを予想していた。
セルティアが誘拐された時も用が済めば逃げるだけの相手だった。予定調和ともいえる結果であり、今回は未遂で終わらせることができたと考えれば成果は御の字だ。
さらに、
「幻魔教……」
ルダージュは敵の名を口にし、噛み締めるように空を仰いだ。
敵の正体。
幻魔教という名の狂信者の集団。
彼らが本格的にノイシスの加護持ちを狙い始めていることを窺い知ることができたのは大きな進展だった。
「貴様の召喚士セルティア・アンヴリューの召喚権が盗まれたという話は聞いていた。我々宮廷魔法使は同じ紋章持ちの姫様の警護を強化し、注意はしていたのだが……」
騎甲竜リィージスが霊核化し、鎧へと変化していく。
飛び降りるように着地したラクスはイムの前まで進むと、そのまま片膝をつき跪いた。
「カイム様、この度は――」
「謝罪は不要だ。これは余の不始末が招いた結果でもある。敵は逃がしたが被害は最小限に抑えられた。此度の働き、大儀であったぞ」
「はっ!」
「あのシスターは民を人質に取ったと宣っていたが……」
「すでに街の警備兵に連絡済みです。他の魔法使にも連絡は届いているはずですので、おそらく――」
と、ラクスが言い終わる前にルダージュたちがさっきまでいたであろう広場の辺りから魔法の花火が上がる。彼女はそれを見つめ――少し苦虫を噛み潰したように口を歪ませる。
「報告が入りました。無事に敵を殲滅し、こちらに死傷者は今のところ出ていません」
「殲滅? 捕らえることができなかったということか……きな臭いな。詳細が知りたいところだが……まずは城に戻り次第、街の警備を最優先に強化するぞ」
「承知しました」
「ルダージュよ」
蚊帳の外だと高を括っていた会話に引き込まれ、ルダージュは驚いたように「なんだ?」と素で返事をしてしまう。
王族相手に無礼な態度。だがイムとルダージュの仲を考えれば今更な話題でもある。
――隣に控えている宮廷魔法使の御付きがルダージュを咎めない……という状況を横目にイムは言葉を続ける。
「ルダージュにはこのまま妹の警護を頼みたい。余はこの事件はまだ終わっていないと考えている。やつも『また会おう』とご丁寧に予告していったしな」
「乗り掛かった船だ。俺でよければ力になるよ。それにあいつらは俺にとっても因縁のある相手だ」
「利害は一致したな。では――」
「ま、待ってください……!」
話を止めたのは意外にも渦中の姫――ララだった。
ルダージュの腕の中で丸くなっていた彼女は「お、降ろして、もらっても……いいですか?」と恥ずかしそうに尻窄む。
「おっと、すっかり馴染んでて忘れてた」
ゆっくりと地面へと降ろされたララは兄とラクスに向き直り駆け寄る。
「私が、自分でルルに……ルダージュにお願いします。言いたいことも、いっぱいあって……それにまだ私は素顔すら見せていないのに……このままでは失礼です、お兄様」
「……これは驚いた。余程伝えたいことがあるのだな」
たどたどしくも饒舌になった妹に目を丸くする兄の姿がそこにあった。
「――であれば、妹よ。最初の印象が肝心だ。思いの丈の全てをぶつけてこい」
「はい……!」
くるりとララは振り返りフードに手を掛ける。
「ラクス――妹の邪魔はするなよ」
イムがちくりと隣の従者に釘を刺す。
「はっ! ……え?」
条件反射で返事をしてしまったラクスだが、邪魔とはなんのことだろうと首を傾げ――城で出会った時と同じように今度は仮面を付けていない人型精霊の様相を確認して一瞬にして怖気立つ。
「しまっ――!?」
「その様子だとやはり知っていたのだな」
イムがラクスの手を掴み、背中に抱き着かせるように彼女の懐に潜り込む。
「口うるさいラクスがルルの態度を改めなかったのも頷ける。良き隣人に礼儀を説く者などいないからな。城――いいや、国ぐるみで彼の存在を秘匿していたな? しかも余と妹にだけ」
「……!? そ、それは……!」
「余は理解してやろう。だが、父上たちは妹の想いを甘く見過ぎだ。……しばらくは口もきいてもらえないかもな」
「そ、そんな……! カイム様……」
ララの背後でそんなフランクなやり取りが繰り広げられている中。
ルダージュは彼らに目を向けている余裕などなくなっていた。
「……」
目の前に美しい少女が立っていたからだ。
腰まで伸びたロングストレート、丸みを帯びた三角形の獣耳、太くてふわりとした尻尾。そのすべてが白銀に輝いている。
紅玉の瞳はルダージュを捕らえて離さず、たどたどしく彼の袖を掴む手は不思議なほど力強い。
「アリアデュラン王国第一王女クララ・ラスティム・クランベル・リ・アリア」
まさに姫に傅く騎士のようなルダージュに、ララが告げた最初の一言は彼女の本当の名前だった。
「……クララか。いや、クララ姫って呼んだ方がいいのかな?」
「敬称はいらない、です。そ、それよりも……」
第一王女。この国のお姫様であり長女でもあるクララが顔を真っ赤にして俯いた。
「?」
ただ護衛を頼むことにどうしてそこまで緊張しなければならないのか。
ルダージュは疑問に思いながらも急かすことはしなかった。
「ルルに、頼みたいことがあります」
「俺にできることがあれば何でも言ってくれ」
護衛でも遊び相手でもなんでもござれ、と即答する。
王都での滞在期間は決まってはいないが事が事だ。関わってしまった以上見過ごすことはできず、ララを護りたいという想いがある。
それに幻魔教はルダージュが捜し求めていた敵だ。
お姫様から直々に協力を要請されれば部外者にならずに済む。
これはセルティアが奪われた本物の精霊を取り返すための情報を得る絶好の機会でもあった。
「……こん」
絵本と仮面を抱えたまま、獣人のお姫様は精一杯の勇気を振り絞るように願いを口にする。
「こん?」
だがそれはルダージュの耳に届かない。
「……こ、こん! ――っこん!」
「??」
眼前にいる彼でさえその声はあまりに上擦っており聞き取れるものではなかった。クララの見た目も相まってか「こん、こん」と狐が鳴いているようにしか見えない。
「~~~~!」
痺れを切らしたのか、はたまた肝が据わったのか。
クララはきりっと真剣な表情でルダージュを見据えると、首を傾げた彼の頬――契約の紋章に狙いを定め、顔を近づけ――
「……っ!?」
ちゅっ、とそんな幻聴がルダージュの耳に届く。
だが、頬から伝わるやわらかい唇の感触は幻でもなんでもなく、鼻先をくすぐる銀の髪の匂いがこれは現実だとルダージュに告げる。
「これは……?」
完全な不意打ちだった。
スキンシップにしては過剰であり、そもそも一国の姫がおいそれとしていい行為とはかけ離れている。お国柄の挨拶だと推測するにはあまりにも彼女は照れ過ぎていた。
「……くぅ」
そっと離れたクララは口元を絵本で隠し、興奮したように尻尾を振る。
気恥ずかしさとふやけた笑みが同居した顔は、今にも倒れそうなほど上気し茹蛸のようになっている。
そして、
「けっこん、してください。ルル」
それは、ルダージュにとっては思いも掛けない願いでしかなく、「うむ!」と力強く頷くカイムにとっては狙い通りの結果であり、天を仰ぎ頭を抱えるラクスには長年の課題の決着だった。
こうして王女クララ・ラスティム・クランベル・リ・アリアの一世一代の求婚は人知れない街の隅でひっそりと果たされたのだった。




