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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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幻魔教

「あらら~? ルル様はわたしたちをご存知なのですか~?」


 シスターは(わら)っていた。

 薄気味悪い魔物の笑顔を模した仮面の下で、代弁者のように嗤い続けていた。


「……少し前に、友人が世話になった」

「ご友人……? あ~そういえばルル様は学園の生徒さんでしたね。エルフの森で怪我でもされましたか? わたしは比較的弱い子(・・・・・・)を送り出したつもりですが、一般学園生には荷が重い相手でしたね~」

「……?」


 ルダージュは一瞬なにを言われたのか理解できなかった。

 彼はセルティアのことをぼかして話を切り出しただけだ。それがなぜ、つい先日巻き込まれた事故(・・)の話をされるのか。


「んー? あらら~? でもでもおかしいですね~。私たちの初任務は幻魔を襲わせるだけで~裏で糸を引いていたなんて知らないはずですが……」

「……!?」


 ルダージュにとって衝撃の事実が脳内を駆け巡る。

 それが黒幕の口からのうのうと語られるのだ。最初は耳を疑い、次に(シスター)の頭を疑った。


「あ~……やっぱり知りませんでした? そうですよね。普通そうですよね」


 だが彼女は悪びれる様子もなく、おっとりとした雰囲気のまま喋りつづける。


「ん~早まりました~これはもしかしたら先輩に怒られてしまうのでは~? 聞かなかったことにしては――くれないですよね」

「どういうことだ……? あの幻魔の襲撃に……お前らが関わっていたのか……?」

「そうですよ」


 聞かなかったことにしてくれと嘆願した割にはあっさりとシスターは同意した。

 バレても問題ないと判断したのか潔く誤魔化すことを諦めたのか、ルダージュたちに酔狂シスターの思惑など理解できるはずもなかった。


「あれは我々『幻魔教(げんまきょう)』が仕組んだイベント。学園生の訓練に刺激を与えるための言わばプレゼントです」

「幻魔教……だと……」


 反応を示したのはイムだった。

 ルダージュはシスターの口から飛び出た“幻魔”という単語に動揺を覚え、何とか平常心を保とうと会話を続ける。


「……イムは知ってるのか? あいつらの正体を」


 驚愕したようにシスターを見つめ返すカイムに言葉を促す。

 ここにきて初めて手に入った情報。セルティアから精霊を奪った敵の正体がわかるのだ。

 逸る気持ちは抑えられない。


「……幻魔教。やつらは文字通り幻魔を崇拝する狂信者の集団だ。歴史は古く、大召喚士ノイシス様が幻魔を一度滅ぼした後に設立されたと聞いている。余も信者を目の前にするのは初めてだ」

「さすが王子様~よくご存知ですね。幹部の方は『知名度が低くて悲しくなるっス』ってぼやいてましたのに~」

「この国の王族として脅威となり得る者を把握しておくことは当然のことだ。……だが、狂信者とはいえ幻魔教は今まで目立った活動をしたという記録はない。お前たちは“幻魔を崇めるだけの無害な集まり”だった。それが今になって王族の誘拐だと? なにを考えている?」

「ん~ふふふ、なんでしょうね~?」


 惚けるようにシスターは小首を傾げる。

 仕草は可愛らしいが喜色悪い仮面のせいで薄気味悪さに拍車がかかる。


「……じゃあ、その仮面は魔物じゃなくて幻魔を模しているのか?」

「え!? わかっていなかったんですか!? 笑いながら戦う戦闘狂なんて幻魔しかいないじゃないですか~」


 ルダージュの質問におどけた様に驚くシスター。

 だがルダージュが気付かないのも仕方のないことだった。

 幻魔の姿は千差万別であり、彼が魔界で幻魔狩りをして食いつないでいたときも統一性のない様々な種類を目撃していた。仮面の造形を見たところで魔物だと勘違いするのも無理はない。


「まぁわたしも最近知ったばかりなんですよ~実際に目にすると笑った顔が可愛らしくて……って無駄話もここまでですね。喋りすぎました~」

「……っ! もう少し暇つぶしに付き合ってくれてもいいじゃないか」

「んーその手には乗りませんよ~そろそろ迎えがこちらに着く予定ですので後はそちらのお姫様を頂いて終わりです~」

「……!」


 シスターの言葉にララが怯え、ルダージュに抱き着く指に力をこめる。

 名指しされたのは初めてだ。イムとララの2人を攫いに来たのかと思えば、そういうことでもないらしい。彼女の口ぶりから本命はお姫様のララだけだとルダージュたちは察することができた。


(本当は今頃、城に戻って2人から王子様とお姫様だとカミングアウトされてたんだろうな……)


 偽名から始まった出会い。

 イムから改めて自己紹介をしようとお願いされたばかりだった。

 それが敵の口からララの正体を暴露されるなんて……と悲嘆に暮れるルダージュだったが、お姫様であるララの――絶対に離したくないときゅっと掴む指――その手袋を眺めて、あることを思い出す。


 ――ノイシスの加護持ちは世界にもう1人いる。


 学園の教師、クレイゼルと会話したときにでた話題だ。

 この国の第一皇女殿下は加護持ちだ。そして直接聞いたわけではないがララはアリアデュランのお姫様であり、なにかを隠すように(・・・・・・・・・)季節外れの手袋を着けている。


 ――確定、と言ってもいいだろう。

 むしろなぜ今まで気づかなかったのか。

 それはたぶんこれから行うことに動機付けなど関係ないからだ。


「シスター」

「どうされました? ルル様? あ、命乞いは不要ですよ~私たちは不殺生で人畜無害な宗教であり、時が来ない限り――」

「お前たちはまた(・・)人の身体を使って精霊を召喚し、奪うのか?」

「……どうしてそれを?」


 間延びしていた声が急激に冷めたものへと打って変わる。

 それはルダージュの質問に肯定しているようなものだった。


「あんた、あのいかれた集団の新人なんだよな? だったらルダージュって名前には聞き覚えがあるだろ?」

「……普通は有名ですよ? 世間一般では認知されていて当然の名前……ですが、私たち幻魔教にとってはさらに特別な方の名前でもありますよ。ルルさ……ま?」


 シスターがルダージュの仮面を注視する。

 そして次の瞬間、


「あぁ……これはきっと神のお導きなのですね。どうしてこの作戦に無関係――しかも仮面をつけた学生が絡んでいるのかと思えば……(かなめ)であるご本人だったとは。これは供物を用意した私へのご褒美でしょうか」


 指を組み、お祈りをするようにぶつぶつと独り言を呟く。

 

「ルダージュ? それがルルの本当の名か?」


 シスターの言う世間一般に分類されないイムとララがルダージュの仮面を覗く。


「ああ――そうだ」


 そしてルダージュは諦めたように頷き、


「黙っていて悪かったな。もう少し落ち着いたところで話したかったが……」


 口元の仮面に手を掛け、一瞬外すのを躊躇う。

 だが、城の大臣たちに注意されたのは『城内では仮面を外さないでくれ』というお願いだった。城外に出ている今、律儀に仮面を付けている必要もない。


「1つは余が持つとしよう」


 かちゃり、と口元の仮面を外すと、イムが手を掲げ仮面を寄越すようにと促してきた。


「ありがとう」


 口元(シルヴィエ)の仮面を手渡しお礼を告げる。その間ララは黙ったままだった。ただひたすら徐々に晒されるルダージュの素顔を見ようと――特に紋様の片鱗をうかがわせた左頬を凝視していた。


「これはララが持っていてくれるか?」


 目元(オリヴィエ)の仮面を外し、素顔と契約の証である紋様が露になる。

 イムは驚きながらも「やはりな」と納得するように頷き、ララは――


「ララ? ララ、聞こえてる?」

「……は、はい!!」


 フードの陰で驚きのあまり目を丸くしていた彼女はピクリと身を震わせる。


「これは大事な借り物なんだ。ちょっと預かっていてくれると助かる」

「わ、わかりました……!」

「?」


 どうしたというのだろうか。

 今までは身を任せるように抱き着いていたのに、今は身を捩るようにして逃げようとしている。

 怖がらせてしまったのだろうかと不安になるが、そんなことを気にしている余裕はなく、今度はルダージュが離したくないという想いでララを抱きしめた。


「……!」

「ごめんな、黙ってて。得体の知れないやつだとは思うが我慢しててくれ」

「いえ、これは、あの……」


 消え入りそうな声でさらにララは何事かを呟くが、それは誰の耳にも届くことはなかった。

 そして――


「――ルルは」

「ん?」

「……人型精霊、なのですか?」

「……」


 そう問われ、思わず黙り込む。

 「違う」と言えればどんなに楽だろう。だが嘘を吐き続けなければ誰も救われないと言い訳を自らに言い聞かせ、言葉を吐く。


「違うのですか?」

「そうだよ。俺は人型精霊のルダージュと呼ばれている」

「ルダージュ……ルルが精霊王と同じ人型の精霊……」


 ララは「ルダージュ」「ルル」と彼の名を呼び比べる。まるで大好きなアメを2つ同時に口に含み、小さな舌で味を比べる子どものように、口の中で転がす。


「あぁ! 素敵です~! こんな間近でルダージュ様のご尊顔を拝することができるなんて~感無量です!!」


 そんな些細な贅沢にぶち壊すように、空気の読めない――いや、ある意味空気を読み過ぎていたシスターの黄色い歓声が割って入る。

 ヒーローの変身シーンを待っていた子どものように彼女は無邪気に(はしゃ)いでいた。


「でも~ただの学生であれば脅威ではなかったのですが、ルダージュ様であれば話は別です~。貴方をわたしたちの家に連れていくわけにはいきません。さあ! 迎えに来てください、アメザラシ!」


 右手を天に掲げ、シスターはその名を叫ぶ。

 ――瞬間、それは落ちてきた。

 周囲の建物の壁に爪を立て、減速しながら着陸する四翼の化物。


 グリフォンのような肢体に牛の頭蓋を兜のように被った頭。カラスのような漆黒の羽毛に覆われ、そこをさらに白い骨が鎧のように纏わりついている。

 まるで骸骨騎士だ。

 鳥が死者の鎧を被り、騎士の真似事をしている。

 そんな化物だ。


「まさかそいつ……幻魔か?」

「ふふ、この子、愉しそうに嗤っているでしょう? ルダージュ様にお会いできて喜んですよ~きっと」


 否定はなかった。

 シスターは子犬とじゃれつくように幻魔と戯れる。

 人間を見れば餌と認識して襲う化物を相手に。


「馬鹿な、幻魔だと!? なぜお前は襲われない! まさか手懐けた、とでも言うつもりか……!」

「そのとおりです~。ちなみに、こうして近くで見るとなかなか可愛いんですよ~」


 イムの問いにさも当然のように首肯するシスター。幻魔の首元を撫で、自分に無害であることをアピールする。鳥骨の幻魔(アメザラシ)はそれを受け入れ、気持ちよさそうに喉を鳴らす。


「ありえない。魔物とは訳が違うのだぞ……? 飼いならされる幻魔など聞いたことがない……!!」


 狼狽し、覚束無(おぼつかな)い足。

 今ままで幻魔を崇めるだけの頭のおかしい集団が、崇めていた対象を――世界の敵を使役し始めていたのだ。冗談のような状況にイムの頭がついていかないのだ。


「……精霊ルダージュよ。この国の王子カイムとして貴公に問う。ララを……妹を護りながらあの幻魔を打ち倒すことは可能か?」


 王子として国の脅威は放置できない。彼の立場を考えれば即刻排除したいと願うのは当然の帰結だ。そこに(ララ)の身を第一に案ずるところがイムの性格をよく表している。


「難しい。ララとイムを護ることはできるが、反撃に移る余裕がない。それに――」

「ふふっもちろん歯向かって来たら人質がどうなるか……わかりますよね?」


 相手も馬鹿ではない。自分の有利を最大限に利用してルダージュの行動を制限してくる。幻魔と戦闘をすれば王子たちは護れても街の人間を護ることはできない。


「俺だけでは全てを守り切れない。だから――これは俺たちが戦っているという“わかりやすい合図”だ」

「なにを言って……っ!?」


 ルダージュがシスターを真似て天を指さす。すると、彼方から飛来する小さな物体がシスターの目に留まった。


「アメザラシ!!」


 警戒するや否や、その灰色の物体(・・・・・)は幻魔を狙うように降下し――あっけなく片翼に叩き落とされ砕け散る。


「……ふふ、なにかと思えば取るに足らない攻撃。わたしのアメザラシの前では無意味ですよ」

「通じないのは当たり前だ。今のは攻撃じゃない」

「?」

「劇の続きをしていただけだからな。今の人形(・・)、どこから飛んできたと思う?」

「人形……?」


 シスターが砕けた灰色の物体を見やる。

 それは確かに人の形をしていた。正確にはルダージュが人形劇で使用していた精霊王の人形だった。


「……だからどうしたというのですか? その灰色、ルダージュ様の魔装……ですね? ――あぁ、あの劇はそういうことですか。魔装の人形劇とは随分と贅沢な――」


 言い終わらないうちに今度は少女と幻魔の人形、舞台セットがシスターに降り注ぐ。アメザラシが鬱陶(うっとう)しそうに翼で払いのけると残骸は灰のように空気に溶け込んでいった。

 シスターは人型精霊(ルダージュ)の情報を得ている。灰色の塵を操り様々な形に変化させ戦うことができる武器――魔装。今回はそれを人形にしていたというだけの話。


(人形劇を見ていたときは気づきませんでしたが、魔装にはそういう使い方もできるのですね。街で眺めていたときはどんな絡繰(からく)りで動いているのかと思わず見入って――んー? 街?)


「思い当たったかな? これは俺たちがいた広場に置いてきた魔装の人形で、ほんのついさっきまで劇の続きをやっていたんだ」

「続き?」

「と言っても見えないところで遠隔操作なんて慣れてないから、ひたすら“誘拐された少女を精霊王が追っている”ようにぐるぐる走らせていたのさ」

「……ふふ、それはもしかしてわたしたちのことですか? 用意周到ですね。でもそれは伝える相手がいなければ成り立ちませんよ」

「そこは賭けだ」


 ルダージュは人形劇に使っていた魔装を広場に置いてきたままだった。そしてそのまま人形たちを自分たちに見立てて劇を続けていた。救援者に現状を報告するように。


「だけどあんな派手な演劇(イベント)に気付かないわけがない。ましてや彼女(・・)はこの娘の親衛隊長だ。もしかしたらこんな面倒なことをしなくても、彼女なら俺たちの知らないところで最初から盗み見て――」

「失礼な――私は貴様の動向を監視していたに過ぎない」


 ――上空。

 凛とした女性の声と共にレースをあしらった純白の幕が落とされた。


「ラクス――!!」


 ララが彼女の名を叫ぶ。

 慣れ親しんだ友のように。または、頼りになる姉を呼ぶように。


「……ラクス――さん?」


 宮廷魔法使であり王女親衛隊長でもあるラクス・フォン・ファバレーが救援に来ること、それはルダージュにとって計算通りだ。そのために手掛かりとなる魔装で作ったメッセージと人形を置いてきた。もしラクスが人形劇をやっていたルダージュたちを見ていなくても、一目で人型精霊(ルダージュ)(まそう)だとわかるように、灰色の人形たちを城下の街の屋根を派手に飛び越えさせた。幻魔にぶつけたのはついでに過ぎない。


 狙い通りだ。

 これでルダージュは1人ではない。

 それに――


「ルダージュ殿、貴様の私宛のメッセージ(しか)と受け取ったぞ。……だが、舞台の演目を『飛べねぇメイドはただただ可愛い』としたのはどういう了見だ? メイド服を着たまま近づくのを躊躇ったぞ? なんとなく……本当になんとなく、私のことだと貴様の意を酌んで近づき、街の人々が脅威に晒されている――という灰かぶりのメッセージも見つけることができたが……今回だけだぞ? わかっているな?」

「……」


 人質がいる――という弱点も克服した。

 ルダージュとしては敵がどこに潜んでいるかわからない状況でラクスに助けを求めたかった。しかし、馬鹿正直に『宮廷魔法使のラクスさんに言伝!』なんて残すわけにもいかず、とりあえず彼女との直前の思い出を人形劇の舞台の題名として文字として残し、その下に『街に敵が紛れ込んでいて人々が人質になっている』といった内容の文章を書き残し、灰で隠した。


「……聞いているのか、ルダージュ殿? アレでは私が自分は可愛いと公言しているように見えなくもない。せめて人形にメイド服を着せていればまだ、私が奇異の目で見られることも――」

「いや――それはラクスさんの今の姿が厳ついせいでは……?」

「……なに?」


 装着……というのだろうか、それとも搭乗と言った方が正しいのだろうか。

 振り返ったラクスは確かにメイド服を着ていた。イムとララを捜していた時と同じ装いだ。そして助けに来るときは初めて出会ったときと同じように戦乙女(ヴァルキリー)のような鎧を着込んでくるものだと思い込んでいた。


 だが、これは何だろう? とルダージュは彼女を見上げる(・・・・)

 そこには純白の竜騎士が佇んでいた。


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