喜色の悪いやつら
劇に使用した人形たちを置き去りに、ルダージュたちは薄暗い街の路地裏に連れてこられた。
先頭のシスターに追従する形でララを抱っこしたルダージュとイムが重い足取りで奥へと進む。
傍目はためにはシスターの跡をつける顔を隠した怪しげな三人組という構図だが、シスターが彼らを脅して従えさせているとは誰も思わないだろう。
現に人通りの少ない路地裏に入るまではルダージュの行動が不審者のそれであった。
「すまない、ルル。余たちのいざこざに巻き込んでしまった。まさか王族を誘拐しようなどと考える賊に出くわすとは露にも思わなかった」
「……ごめんなさい」
現在進行形で誘拐されている2人から謝罪の言葉が零れる。
度胸があるのか、希望を捨てていないのか、ただの諦めか。まるで他人事のような口ぶりにルダージュは仮面の奥で目を丸くする。
「ルルだけでも助かるように交渉する予定だが、いざというときは1人で逃げてくれ」
「なにを馬鹿なことを……2人を置いて俺だけが逃げるなんてできるわけないだろ? 城を出て追いかけて、せっかく捕まえたんだ。この手を離す気はない」
「ルル……!」
「……勇猛というべきか、巫女様型の仮面ではなく鬼の面の方がよっぽどしっくりくるぞ」
イムは呆れるように、だけどどこか嬉しそうにルダージュを見上げる。
「しかし余にはやつの真偽を確かめるすべを持ち合わせてはいない。民が人質に取られては動くこともままならぬ」
シスターの発言を全て信じているわけではない。だが単独犯にしては強引な誘拐。彼女に仲間がいるなら今もまだ広場の一般人は人質であり、逃げることができないイムたちと行動を共にするルダージュは巻き添えだ。
共倒れになるぞ、とイムは言っているのだ。
それにしても、
「もう自分が王族だって隠そうとしないんだな」
「……嘘は苦手なのだ」
「知ってる」
「そ、そうか?」
ルダージュが即座に頷くとイムが少し照れたように驚く。
「では、改めて名乗ろう」
そして気を取り直し咳払いをするように口に手を当て名乗り始めた。
「アリアデュラン王国第二王子カイム・ヴィレッド・クランベル・リ・アリアだ」
「カイム……なるほど。だからイムなのか」
即興で作った偽名。その安直さにルダージュは苦笑を覚えるが彼も人のことは言えない。
「折角だ。顔を……拝見しても?」
「いまさら畏まるな。余と仮面の君の仲ではないか。もう家族みたいなものだ」
「……大げさじゃないか?」
「そうか?」
フードを外すと歳相応の金髪の少年が悪戯好きの笑みを覗かせ、ルダージュへと向き直る。
「余は本気だぞ」
はっきりとイムの顔を眺めたのは初めてだ。
将来はきっと美青年になるに違いないとルダージュは感嘆するが、意味深な言葉を並べ立てられそれどころではない。
「? イム――」
それはどういう意味か、ルダージュが疑問を口にしようとした瞬間。「あの~」という間延びした緩い声が前方から割って入ってきた。
「わたしもシスターの端くれですから人を傷つけたくはありませんし拘束もしませんが……でも~なんと言いますか~そこまでリラックスして世間話をされると誘拐犯としてのわたしの立場が……」
緊張感のなさの一因であるシスターが困り顔で咎めてきた。
「逃げなければいいんだろ? こっちは人質をとられて身動きできないし、どうせならシスターのお姉さんも暇つぶしに付き合ってくれ」
「んー」
えー……という困惑した感情を隠そうともしない。
「とりあえずお姉さんと呼ばれ慣れていないのでやめてください。こそばゆいです。それにわたし、ルル様より年下だと思います」
どうでもいいことを指摘してきた。
だが、満更まんざらでもない態度からシスターも黙々と移動することに飽きていることが伺える。
ルダージュとしては敵の情報を引き出したい。
責めた質問をする好機だ。
「じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「そうですね~名前は教えられませんから――」
「……」
さすがに本名を名乗るほど間抜けではなかったが出端を挫かれたとは思わない。
探りはまだ始まったばかりだ。
「そのまま『シスター』でいいですよ。先輩たちはわたしをそう呼びますから」
それを聞くと黙っていたララがルダージュの首元でぼそりと「酔狂シスター」と呟き、抱き着く手の力を強めた。
(気に入ったのかな? それとも些細な意趣返しか)
兄イムと仮面の君ルルとの一時を邪魔され、しかも誘拐されている途中なのだ。幼いララの不安を考えればよく気丈に振る舞っていると、ルダージュは感心する。
(引き離されなくてよかった)
抱き上げているララの背中をポンポン叩き、ルダージュは現状を不幸中の幸いだと改めて安堵する。散り散りにされていたら、それこそ本当に身動きなど取れなかったからだ。
(魔装がもっとあれば人質なんて関係ないのに……)
何度目の無い物強請だろうか。
不甲斐ない自分に嫌気がさす。非現実的で建設的なことを考えればどこにいるかもわからない幻魔をひたすら探し食べ歩くしかない。
バカバカしい。
「シスターたちの目的はなんだ?」
「誘拐ですよ~?」
「その目的は?」
「んーさ~わかりませんね~。わたしたちも下っ端の新人なので聞かされていないのです~。幹部の方々から聞いてください~」
身代金、と適当に答えておけばいいものをあえて隠す必要はどこにあるのだろうか。
「……」
「悪いようにはしませんよ~。わたしたちは見てのとおりただの宗教団体。神を崇める礼拝者です」
「宗教……団体……?」
この世界に来て胡散臭い連中にしか出会っていないためか、ルダージュの顔に拒否反応が出る。
仮面で隠しているためオモテにでることはない。
(まるで“あいつら”みたいだ)
セルティアを誘拐した仮面集団を思い出し、ルダージュは心の中に吐き捨てる。
「はい~と言ってもわたしは元々別の会派だったので元異教徒でしたが~」
この服装はその名残なんですよ~とシスターはそう言ってくるくる回る。
「教団の神具はとても目立つので残念ではありますが日常生活ではとてもつけられそうにないのです~。それにカモフラージュとしてはこの服はとても便利。あぁ、お許しください神よ。異教徒の修道服を身に纏う罪深きわたしを……これも上の指示なのです。天罰は『甘声』先輩にでも――」
「まさか……」
「?」
「その神具ってのは喜色悪い魔物の面のことじゃないだろうな?」
これはただの当てずっぽうだ。
推測に似た八つ当たりに過ぎない。
だがそれは、敵の正体を暴くのに十分な言葉だった。
「ん~?」
神に祈りを捧げるように責任転嫁していたシスターがピクリと頭を上げ、ゆっくりと振り返る。そこにはシスターの美しい顔が無く、そして――
「気色悪い? どこがですか?」
くぐもった声で彼女は“それ”を模倣するように口にする。
「この“仮面”はこんなにも――」
――世界を嘲笑っているのに。




