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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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シスターシスターシスター

 絵本の読み聞かせは魔装による人形劇へと変化した。

 理由は単純だ。

 絵本の絵が小さくて後ろに並んでいた子どもが「見えなーい」と言い出したからだ。


 『精霊王の冒険』はただの絵本だ。紙芝居の真似事がやれるような配慮など当然のようになく、絵柄がシンプルなページも多い。遠目では登場人物の見分けることすらできないだろう。

 そしてルダージュが導き出した代替(だいたい)案が魔装を操る人形劇だった。


 灰色の少女に灰色の精霊王、灰色の背景に灰色の幻魔。

 何とも味気無い殺風景な劇だとルダージュは思った。灰色の魔装しか今は操れないため、苦肉の策だったともいえる。


 だが、周囲の――街の人々の反応は意外にも上々で、孤児院の子どもたちだけではなく通りすがりの道行く人が立ち止まり人垣を形成していた。


(セルティアに捨てられたらこれで食ってこうかな……なんて)


 もはや読み聞かせではなく公演になってしまった『精霊王の冒険』の終幕。

 飛び交う祝儀(チップ)を眺めながらくだらないことを考える。


「すごいな巫女好きのあんちゃん! どんな魔法を使ったんだ!?」

「仮面さーん! 今度はいつやるのー?」

「いいぞ! 欲張り男!」

「今度の舞踏会、私と踊りましょ~う!」


 言いたい放題だった。

 がやがやと騒がしく、誰が言ったかわからない状況だが、それらすべてはルダージュに向けた言葉だった。呼び名に安定感はなく、巫女の仮面をつけた男という印象だけが統一されている状況だ。

 膝に座っている子どもが獣人の少女だと知られればロリコンとも揶揄されたかもしれない。


「……終わって、しまいました」


 当人である少女の右往左往としていた頭の行き先が定まる。ルダージュの人形劇と絵本。どっちを見ていいかわからず終始、手元と舞台を見比べるように観賞しようと頑張っていたのだ。

 結局はどちらも中途半端に眺めてしまい落ち込んでいるという有様である。


「また披露してあげるから落ち込まなくていい」


 ルダージュとしてはララにも人形劇を見てもらおうと披露した渾身の劇が、いつも読んでる絵本に負けて悔しいという思いもある。リベンジ公演だ。


「……! ホントですか!?」

「ああ、約束する」


 絵本を抱きしめたララが「くふぅ」と鼻を鳴らす。ローブ越しの尻尾も上機嫌だ。

 これから一緒に城に戻ることを考えれば機会もそのうち訪れるだろうという算段だった。王都にきた本来の目的を忘れそうになるが――というよりもこの時のルダージュはすっかり忘れていたのだが、厄介者扱いされているという大義名分がある。誰も彼を責めはしないだろう。


「素晴らしい演劇でした~! わたしも子どもたちと一緒に見入ってしまいました~」


 ララの頭を撫で、魔装の小型人形たちにチップを拾わせていると、1人の女がルダージュたちに近づいてきた。

 彼女は絵本を読み聞かせて欲しいと頼んできたシスターだった。


「喜んでもらえてなによりです。お姉さんは孤児院の……?」

「いえいえ~わたしは巡礼の旅をしている修道女(シスター)にすぎません。あの子たちはたまたま街で見かけて……ふふふ」


 孤児院の子どもたちが手を振り、彼女がそれに振り返し応えている。どうやら子どもたちは孤児院に戻らないといけない時間が来たようだ。

 お礼を言いながら立ち去っていく子どもたちの後ろ姿を眺め、シスターはぽつりと話し始めた。


「男の子が怪我をしていて……たまたま通りがかったわたしが治療をして、懐かれてしまいました」

「優しいんですね」

「性分、ですから。怪我をしているのを見ると、どうしても治さないと気が済まない性格なだけで……子どもは可愛いですね。それだけで無邪気に私を慕ってくれます」

「素直なだけですよ。あとは本能的にお姉さんがいい人だって気付いたんじゃないですか? 子どもはそういうところが――」


 敏感だ、と言おうとしてつい先ほど出くわした少女に変質者呼ばわりされたことを思い出しルダージュは口をつぐむ。


「どうされました? なにか落ち込んでいるようにお見受けしますが……?」

「いえ、なんでもないのでお気になさらず……てか、仮面してるのにわかるんですかそういうの」

「聖職者の勘です。最近は顔色を窺わなくてもいいように鍛えられているので。どうです? 折角ですので教会で懺悔されますか? ご相談にも乗りますよ」

「そんなお茶の誘いみたいに……告白したい罪なんて――」


 山ほどあるが愚痴のようにこぼすわけにもいかない。例え顔の見えない懺悔室に案内されたとしても、人型精霊だと嘘を吐く人間が世界に1人しかいなければ、顔を隠していても意味のない話だった。


「……もしや!」


 そんなルダージュの発作のような気落ちに、シスターは何を勘違いしたのか驚いたように声をあげ、すすすと彼の隣に座り耳元でつぶやく。


「誘拐……ですか?」

「……は?」

「ですから、仮面の芸人さんの罪の話です。誘拐してしまったんですか? そちらの幼気(いたいけ)な少女を欲望に負けて攫ってしまい悩んでいる、と」

「いや、まあ――」


 ララといると誘拐犯だと誤解されるのはもはや運命なのかとルダージュは半ば受け入れ始めそうになっていた。自分が怪しい人間に見間違えられるのは真実だ。


「もしよろしければわたしが街で迷子を保護したと言って騎士団の方々に――」

「それには及ばぬ。ルルは余たちのお目付け役のようなもの。人攫いなどと一緒にされるのは不愉快だ」


 話の一部始終を聞いていたのか、イムが少し怒ったように割って入ってきた。相手が大人だからか姉を捜していた少女を相手にしたときより口調は強めだ。

 彼が怒るのも無理はない。

 知人(ルル)が見知らぬ相手に犯罪者扱いされているのだ。大人の冗談にしては面白くもない。


「……これは失礼しました。こちらの妹さんが攫いたくなるほど可愛らしくて、ついわたしの本音を彼に押し付けてしまいました。ルルさん? はこの子たちのお兄さん? なんですか?」

「俺は……お勉強から抜け出した2人を追いかけるように家政婦さんに頼まれただけのただの学生ですよ。この子たちの家に客として招待されたけど暇だったから成り行きで」


 下手な説明だ。

 だからといって補足するわけにもいかない。ぼかしながらだとこんなモノだろうとルダージュは割り切る。


「へぇ~そうだったんですか~。まさか本当に学生さんだったとは~わたしはてっきり変装かと~」


 しかし、意外にもシスターには話が通じていた。

 こんな説明でいいのだろうかと困惑するルダージュの横でイムはさらに険しくなった目つきをフードの奥から覗かせる。


(どうしたんだイム。機嫌が悪いというより警戒……してる?)


「ルルさん。実はわたし可愛いものに目が無くて~お嬢さんを抱きしめたいな~と、もしよろしければ抱っこしてもよろしいでしょうか」

「……!?」


 不躾で唐突なお願いだった。

 イムも驚いている。

 ルダージュとしては今し方会ったばかりの人間にララを抱っこさせるわけないだろ――とツッコミを入れるが自分も人のことは言えないので口には出さない。


「余の妹を抱っこしたいとはお主、なかなかの慧眼だ。しかし諦めるがいい。妹は人見知りだ」


 口をはさんだのイムだ。

 人見知りか……? 聞き捨てならない言葉に思わず仮面の奥で(いぶか)しむが小さく揺れる尻尾を眺めても答えは出ない。

 それどころか兄の評価に逆らうようにルダージュの服を握りしめてきた。


「あらあら~残念です。フラれてしまいましたか~。ではお友達から始めて――」

「……いい加減にしないか。貴様の……いいや、お前の猿芝居にこれ以上付き合う気はない」


 どすの利いた少年の声が上がる。


「イム?」

「……なんのことですか?」


 ルダージュが心配そうに声を掛け、シスターが不思議そうに首を傾げる。


「三つだ」


 彼女に突き付けられたのは三本の指だ。


「お前は三つのミスを犯している」

「ミス……? ですか? わたし、なにか変でしたか?」

「一つ目、ローブで全身を隠している余たちの性別を完璧に言い当てたこと」

「それは可愛らしい男の子と女の子の声が聞こえていましたから」

「ララはお前が来てからは喋っていないぞ。言ったはずだ、妹は人見知りだと。余程のことがない限り話そうとはしない」

「んー」


 シスターは困ったように苦笑する。


(いったいこれはなんだ? なにが始まっているんだ?)


 ルダージュと彼に抱き着くララは事態を飲み込めていない

 ただわかっているのはイムがシスターを疑い審問しているということだけだ。


「二つ目、これが致命的だった。余とララを一目で兄妹だと判断したこと」

「それは……」

「見た目はほとんど隠れている。微かに見える種族の違いにより普通ならばルルのように気づくことはない。それにもかかわらずララのことを余の妹前提で話を進めた。お前、余とララの正体を知っているな?」

「……国民であれば当然ですわ~」

「三つ目、余の妹の正体を知っていながら抱きしめたいとのたまう酔狂な国民はおらぬ」


 抱きしめているララと思わず目を合わせてしまうルダージュだが、そんなことをしている場合ではない。要するにシスターの言動がちぐはぐで怪しいとイムは訴えているのだ。呑気に隣に座っている場合でもないとルダージュはララを抱き上げシスターと距離をとる。


「わたしが蛮勇を率先して振るう肝の据わった酔狂シスターだという可能性はないんですか?」

「それにしてはルルのことを探ろうとする用心深さが鼻に付く。……これでは四つではないか」

「……」


 シスターの慈愛に満ちた笑顔は崩れない。だがこぼれた言葉は想像をはるかに逸脱するものだった。


「――ああ、接触を謀ったときから失敗ばかりだったのですね。これも神の試練なのでしょうか……やはりわたしには荷が重い作戦だと薄々感じてはいたのです。上に後で文句を言いましょう。そうしましょう。わたしは悪くない、すべてはわたしをここに配置した采配が悪いのだと」


 指を組み、額を乗せ、神に祈るのかと思ったら愚痴を言い始めた。しかも独白だ。自分が黒ですと延々と呟いている。

 しかも、


「ああ――ララ様、イム様。それとついでにルル様。わたしはあなたを攫いに来たのです」

「なっ!?」

「抵抗は無意味です。人質はこの広場の人間全員。わたしの負傷、もしくは合図により仲間と魔物たちがこの広場を襲う手筈が整っています。どうか――」


 立ち上がり先程と何ら変わりのない、それこそお茶でも飲みに行くかのようにシスターは懺悔する。


「お許しください。皆さまに神のご加護があらぬことを」


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