絵本ガチ勢
語呂の良さとは言葉を口にしたり耳にしたりした時、その連なりが心地の良いものとなっているかが問われる。例えば“恋愛”に続く言葉に漫画、小説、ドラマという単語を繋げても何ら不自然ではない。
では、絵本はどうか。
恋愛絵本。
何とも言い難い微妙な違和感に襲われたのはルダージュだけだろうか。
少なくとも彼は語呂がいいとは感じなかった。幼少の頃、人並みに絵本を読んでいても恋愛をテーマにした絵本に出会っていなかったからかもしれない。
もしかしたら元の世界には恋愛絵本なるものがちゃんと存在するのかもしれないが、今はもう知るすべはない。
「……こうして、旅から帰ってきた精霊王と彼を待ちつづけたノイシスの物語は終わりをむかえます。世界を平和にした2人は末永く幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし」
『精霊王の冒険』はまさに恋愛絵本だった。
女の子――ノイシスが精霊王と出会い、幻魔を倒すまでに描かれる純愛ストーリー。絵本テイストでマイルドに表現されているとはいえ、子どものララに読み聞かせをするという状況はルダージュにとってなかなか気恥ずかしいものだった。
読み聞かせとは淡々と口演し、感情を込めない方がいいと言われている。
セルティアと家族に感謝しなければならない。事前にその情報を知っていなければルダージュは無駄に肩ひじを張って余計な演出を加えただろう。
「はふぅ~」
満足気なため息とともにルダージュの身体に体重がかけられる。前のめりになっていたララがリラックスしたようにもたれ掛かったきたからだ。
「お気に召して貰えたかな?」
「はい! 思わずやみつきになってしまいそうです!」
「……それはよかった」
今までにないくらいテンションが高い。「く~ん」と甘えるように腕に頬を擦りつけてくるし、完全に我を忘れているのではないだろうか。
「ルル! 質問があります! どうして『精霊王の冒険』にはこの真っ白なページと真っ黒なページがあるのですか?」
「難しい質問だ」
絵本『精霊王の冒険』には見開きで白と黒が対比になっているページがある。
それは精霊王がノイシスを残し幻魔の残党を倒す旅に出た後のこと。ページをめくると黒く塗りつぶされたページと何も書かれていない白いページが唐突に訪れ、さらにページをめくると何の脈絡もなしに精霊王が旅から帰って来るシーンに繋がる。
意味がわからなかったルダージュはセルティアに質問を投げたことがある。彼女によると世間の解釈は諸説あるらしい。
ただの印刷ミス。白がノイシス、黒が精霊王の比喩。またはその逆。作者の遊び心などなど。意図的に作った演出……と解釈する意見が大多数だ。
だがルダージュはオリヴィエから結末が違うことを聞いている。作者が展開に困り、誤魔化すために挿入した演出っぽいもの、という線もありえる。
「……黒いページは幻魔と戦っている精霊王かな。ノイシスは彼がどんな戦いをしていたかわからないから絵は塗りつぶされてる。そして文字に起こすこともできないから隣のページは白いまま。それを表現しているんじゃないかな?」
オリヴィエから聞いたこの絵本のフィクション。それを見知らぬ女の子に教えることはできないためセルティアの意見を参考にした。
(言っといてなんだが演出の話をして子どもにわかるのだろうか? 俺も聞きかじっただけだから偉そうなことは言えないが……)
そんなルダージュの心配を余所に、ララは予想の上をいく反応を示した。
「私の考えと、逆……」
「逆?」
「ルルは白がノイシス様で黒が精霊王。私は白が精霊王で黒がノイシス様だと、思ってます」
指でさし示し、どことなく拗ねたような口調になるララ嬢。
(まさか、俺と意見が合わなくて落ち込んでる……とか?)
「どうして逆なんだ?」
「……ノイシス様は悲しんでいたはずだから。好きな人と離れ離れになったら、悲しくて不安になります。私だったら耐えられないから、だから――」
「黒はノイシスの暗い感情を表している……と?」
こくり、とララが頷く。
「じゃあこの白いページは?」
「精霊王が眩しくて見れない、です」
「ほう、その心は?」
「ノイシス様にとって精霊王は光でした。前向きで明るく、強くてカッコイイ、眩しくて見れない憧れの存在。だけど本当はずっと自分の隣にいてほしかったから見開きにして……」
ララがパタンと絵本を閉じる。
「物語の終わりには出会えるようにしているじゃないかなって」
「……」
「どうですか? ルル?」
ルダージュは正直感心していた。
自分が子どもの時にこんなことを考えながら絵本を読んではいなかった。楽しい、面白い、つまらない、悲しいという感想を喜怒哀楽の情にまかせて吐露していただけだったからだ。
だから、
「すごいなララは! 俺もこの絵本は文字を覚えるためにいっぱい読んだけどそんなこと考えもしなかったよ!」
「え、え!? で、でも最初は――」
「ああ、ごめん。あの意見は実は知り合いの言葉を借りたんだ。俺は2人みたいな解釈はできなかったよ」
「そうなん、ですか?」
「うん。彼女も大召喚士ノイシスに憧れているからララとは気が合うと思うよ。やっぱり2人を会わせてみたいな。いい友達になれると思うよ」
「……ルルは?」
「俺?」
「私の、友達……ですか?」
「もちろん」
当然だとばかりにルダージュが頷くとララの尻尾がぶんぶんと自己主張を強めた。
「ルルのお友達、ともお話ししてみたいです……! お父様は『昼と夜』、お兄様は『印刷ミスだ』っておっしゃるんですよ!」
抗議するように口をとがらせる。それは絵本について周りに語れる相手がいないことへの不満だ。
「ん~俺も最初に印刷ミスだと思ってた口だからな……ちなみによく絵本を読んでくれるお母さんはなんて?」
「……お母様は――」
ごそごそとララはルダージュの膝の上で器用に横になり煙管を吸うような真似をして――
「『妾に作者の気持ちがわかるわけなかろう。黒は書き間違えた絵を誤魔化すために塗りつぶしただけ、白は……まぁ書き飽きただけじゃろうて』……って!」
「……それはお母さんの物真似?」
「似ているって評判です」
――似てるのか。
口調とか雰囲気が全くララと結びつかない。いずれララが成長したらそうなるのだろか? ルダージュには想像もつかなかった。
「絵本好きの小人さんならわかってくれたのに……」
小人?
そんな種族がいただろうか。連想できるのはドワーフという種族だが、鉱山の近くに住んでいるという情報しか耳にしたことがない。いかんせんルダージュが住んでいるのは魔法の才能を開花させるための学園だ。ドワーフといった魔法を主体として生業にしない種族とは無縁の環境だった。
「ララの友達にも『精霊王の冒険』が好きな子がいるんだな」
「お城にたまたま迷い込んだ子で……その日以来、会ってません」
寂しそうにララが呟く。
ばら撒かれた地雷にぶつかった気分だ。
とりあえずなんて言葉をかけたらいいのかわからなかったルダージュは誤魔化すようにポンポンとフード頭を撫でた。
「彼女は私の考えを『面白い』って言ってくれました。『そうかもしれないね』って」
ララは会えなくなった友人を懐かしみ物思いにふける。
どうやらその小人さんとやらは女の子らしい。
だけど何だろう。ルダージュはララの言葉に違和感を覚えていた。
「お~い!」
頭を悩ましていたルダージュの耳に少年の声が届く。
イムだ。
彼はとても目立っていた。
遠方から大きく手を振り、飛び跳ねて、自分の存在をこれでもかとアピールする。
街のど真ん中でそんな目立つことをすれば注目の的となるのはもはや必然だった。
そして――
「あっ――」
油断したのだろう。一瞬だけフードがめくれ素顔が露になった。
ルダージュからは金髪の少年が見えただけだったが、周囲の人間からはどよめきが巻き起こる。
皆、少年がこの国の王子だとわかり動揺したのだ。
しかし、王子が脱走することは日常茶飯事なのかそれ以上の騒ぎにはならず、何事もなかったように街の人々は見て見ぬふりをしている。
「……ルル、ルル」
くいくい、とララに服が引っ張られる。
「どうした?」
「さっきの小人さんのお話、黙っていてもらえますか」
別に誰彼構わず言いふらすような話題でもない気がしたが、わざわざ頼む必要があるのだろうか。
「小人さんがお城に来たことは、みんなに内緒でした……」
「内緒……ね、わかった」
ルダージュは違和感の正体に気付く。
“お城に来た小人さん”と聞いて勘違いしそうになったが、実際は“城に侵入した何者か”が正解だ。たまたま迷い込んだということは客ではない可能性が高く、下手をしたら賊の類だ。
目の前のように王子が城の外へと出ることとはわけが違う。
招かれざる客が城の中に入れば大騒ぎだ。
ララが出会った小人は何者なのか。それはもう本人にしかわからない。
「なんだなんだ? 何の話をしている」
「秘密、です」
「なに!? ララが余に隠し事だと……!」
顔を隠しながらやってきたイムは愕然とした表情でララを見つめる。そしてうわ言のように「余は、余は……ララのために」と呟き始めた。
「大丈夫かーイム。しっかりしろー。聞き込みの収穫はあったのか?」
「――はっ! あまりの衝撃に眩暈が……」
頭を振り、息を整える。
「収穫があったと言えばあった。ないと言えばない」
「「……?」」
「“彼”については国が箝口令を敷いているらしく誰に話を聞いても口を割らん。だがそれは事実の裏付けでもあり“彼”が本当に実在することに他ならない。噂は本当だったのだ」
「「???」」
ルダージュとララの2人はイムの言いたいことがほとんど理解できなかった。そもそも――
「実在って――そんな不確かな人間を探してたのか?」
「うむ。ちょい違うがそんなところだ」
おいおい、とルダージュは呆れるが、イムは悪びれもせず鷹揚に頷き胸を張った。
城を抜け出しララを連れ回した理由が人探し。しかもいるかいないかもわからない人物。
どうやって探すというのか。
「そろそろ誰を探しているか教えてくれてもいいんじゃないか?」
「それはできぬ」
妥協案は即答で拒否された。
「喜ばせたいが期待はさせたくない。期待した分だけ失望が強くなってしまうからな」
「……」
ルダージュへの返答だがそれはララに向けた言葉だった。
人探しだけならイムだけでも可能だ。ララを連れていくということは、お目当ての相手は彼女が喜ぶ人物ということに他ならない。
それはいったい誰なのか。
(行方不明のノイシス、『精霊王の冒険』の著者、精霊王……は人間じゃないか)
頭の中で指折りに数える。
ララと出会ったばかりのルダージュではそのぐらいしか想像できない。そもそもイムは探し人を“彼”と言っている時点でノイシスも候補からはずれてしまう。
「正直な話、ルルが余たちを追ってきてくれて助かった。“彼”が街にいれば多少の騒ぎになっていてすぐ見つかると余は踏んでいたのだ。ララを任せられる相手がいたおかげで情報収集も捗ったしな。ラクスより余たちを見つけるのが早い貴公は鬼の才能があるぞ」
「鬼って……」
褒められているのだろうか。
出会ったばかりのせいか、全面的に信頼されるこそばゆさにより不安感が大きくなる。ルダージュはララと仲良くなっているつもりではあるが、そこまで任せないでほしいというのが本音だった。
「ルルは、鬼ではありません! 仮面の君、です!」
そんな心根を知ってか知らずかララがイムの言葉に反論するが、「悪い意味じゃないさ」とルダージュの隣に座ったイムが宥めるように彼女の頭を撫でる。
「さて、人探しは終わりだ。足を動かし聞いてまわるより、余たちに隠し事をしている父上に聞いたほうが早い」
「戻るの、ですか?」
「うむ、探し人の“彼”は余の予想だと目立つ容姿をしているはずなのだが手掛かりがない。露店で出会った姉妹のように姉が仮面でも付けていれば怪しいのだが……余が、探しているのは……男、で……」
ぽつりぽつりと自分の言葉を1つ1つ確かめるように零していくイムは目を見開いて隣の仮面男を見上げた。
「――仮面の君」
「どうしたイムまで。その呼び名が気に入ったのなら別に呼んでも構わないけど、少し照れるぞ」
「いや、どうやら余は勘違いをしていたようだ」
「?」
ルダージュが首を傾げるがイムは得心が行ったように頷くだけだった。
「ララ」
「なに? イム」
「ルルにご本を読んでもらっていたのか?」
「うん、楽しかったです」
「そうか、それはよかった。……ルル、妹は気に入った相手にしかその絵本は触らせないし、読んでもらおうとしないんだ」
「あ! 言っちゃダメ、です! おに――イム!!」
……なにか今、聞き捨てならないことを言わなかったか? 妹? それに鬼? おに? お兄……様?
なんとなく、なんとなく今まであまり考えないようにしていたララの正体が見え始める。薄々は気づいていたが確信は得られなかった。
(2人が兄妹だとしたらララはお姫様ということになる。だけど全く似ていない。種族すら違う。……まさか腹違いの異母兄妹……ってことか?)
「ルル、余もララが気に入った男の語りを聞いてみたい。戻る前に今一度読んではくれないか?」
「え!」
ぴくん、と反応を示したのはララの方だった。彼女はさっき聞いたばかりなのにどこか期待するような目でルダージュを見上げる。
断れる状況ではない。
しかも――
「あの~ここで絵本の読み聞かせをしていると聞いたのですが……この子たちも参加してよろしいでしょうか」
どこで耳にしたのかシスターが十数人の子どもを連れてやってきていた。孤児院の子どもだろうか。年齢はまちまちだが期待する眼差しは一緒だった。
仮面をしているせいで寄席の人間だと勘違いされたのだろう。
「……マジか」
「ふむ、余としては個人で楽しみたかったが……それも乙なものだ」
「マジですか」
どうしてこんなことに……と嘆くように独り言を漏らすルダージュの肩をイムが叩く。
「これが終わり、城に帰った時。ララと余は本当の名を名乗ろう。仮面の君よ。是非、貴公の名を妹に教えてあげてほしい」
立ち上がったイムはそう言い残して子どもたちの輪に入り、絵本が見えやすいように並ばせ始めた。さすがのリーダシップといったところだろう。
ルダージュはもはや流されるままだ。
今更「できません」なんて言える状況でもなければ、通行人が物珍しそうに立ち止まったりして悪化する一方だ。
止めることなどできない。
それに――
「ララは並ばなくていいのか?」
「……! わ、私はここが、いいです……」
膝から降りることなく、尻尾を揺らしながら待つ絵本愛読者のことを思えば、断ることなどできるはずもなかった。




