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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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愛読者

 そもそもルダージュは少年たちの人探しに律儀に付き合う必要などない。彼らはお勉強を抜け出した悪戯っ子だ。本来であれば速やかに保護して連れ帰るべきなのだが……ルダージュは少年たちに連行される道を選んだ。


 理由は多々ある。

 無理やり連れ帰り騒がれでもしたら、本当の誘拐犯にされてしまうという懸念。ただ単純に子どもたちの用事を見届けよう手伝おうという甘え。帰っても暇だから……などなど。


 要は利害の一致だ。

 2人に挟まれ、まるで彼らの保護者のように手を繋ぎながら街を歩くのも慣れたものだ。しかし、大人1人と子ども2人とはいえ横並びになれば必然的に幅をとるような歩き方だ。


 邪魔じゃないのか?

 と、最初は心配したが仮面の男にフードの子どもという異様な組み合わせが仲良くお手てを繋いで闊歩するのだ。彼らが進めば勝手に周囲が薄気味悪がって道を開けるという構図が出来上がっていた。


「か、仮面の君……」


 やってきたのは城下街中央の噴水。

 その奇天烈な呼び名が獣人の少女から飛び出したのは、ルダージュが「ちょっと休もうか」と声を掛けた時のことだった。


「……かめんのきみ? それも俺のことか?」


 変質者とは呼ばれたが仮面の君とはまた大仰な呼び名だ。少女のルダージュに対するこだわりが表れている。


「は、はい……! お名前、聞いてない、ので」

「そういえば……そうだな」


 お互いに名前も知らない相手と手を繋いで歩く。この状況が何なのかはさて置いて、そもそも正体を隠すために仮面をしているのだ。ルダージュは名乗らないように意識していたのだが……どうしたものかと頭を捻る。


「む、待つのだ。余たちは隠密行動中の身だ。彼に正体は明かせぬ」

「そう、なの?」

「うむ、だからそうだな……余はイム、貴様はララと名乗れ」

「ララ? うん、わかった」

「よし、いい子だ。貴公も偽名を教えるがいい」


 偽名を答えてくれなんて初めて言われたぞ……。

 だがこれは棚ぼたというやつだ。互いに隠し事をしている身。偽名とはいえ名前が無いと呼びづらい。


(偽名か。ぱっと思いつくのは昔の名前だけど……)


「……簡単には思い浮かばないな。愛称でもいいか?」

「かまわないとも」

「あまり使われてないけど……俺のことはルルと呼んでくれ」

「ルル? ララに寄せてきたのか? 恋慕か?」

「……!」

「へ? いや、そういう意味じゃ――」

「いいじゃないか、ルルとララ。まるで童話のような愛らしさだ」


 嘘を吐いたツケだろうか。子どもにからかわれた。

 ルダージュはとくに動揺はしていないが、ララの尻尾は忙しなく動き動揺が見られる。


「だがしかーし! ララには余が婚約者を見繕う予定なのだ。貴公――ルルといえど邪魔はさせん!」

「え!? き、聞いてない……!」


 本人が一番驚いてますけど?

 言い草からララはイムの彼女ではないとわかり、ますます正体が謎に包まれる。


「よし! やる気も湧いてきた! これから人探しの続きを行うつもりだが……ララは歩き疲れただろう? 彼と――ルルと一緒に座って待っていてくれ。余は情報収集に走る」

「ララを置いていくのか?」

「問題か? 貴公のことは信頼しているしララも懐いている。任せても構わないだろう?」


 ルダージュの心配を先取りして答えるイム。

 懐かれているとは知らなかった。ルダージュがララを見つめると恥ずかしがって目線を合わせてくれない。その代り小さい手がぎゅっとルダージュの手を握り締める。


「……わかった。ここで待ってるよ。イムも気を付けてな。人通りが多いところを歩いて裏路地とかそういう人目の付かない場所は避けるんだぞ」

「心配はいらぬ! ここは余の庭みたいなものだからな……!」


 そりゃあ広い意味で捉えればそうでしょうよ。

 ツッコまずにはいられないが頑として口には出さない。今の彼はあくまでイムという少年なのだから。


「……」


 遠ざかっていく小さな後ろ姿を眺めながら隣の少女に声を掛ける。


「喉は渇いてないか? 何か買って――」

「い、いえ! だいじょぶです、はい……!」


 遠慮しているのかララはルダージュの提案を断るとてててと小走りになり、噴水の近くにあったベンチにちょこんと座った。

 ルダージュが追いかけ、隣に腰掛ける。その間、ララは緊張したようにピンと背筋を伸ばし絵本を抱きかかえたまま固まってしまった。


「……ぁぅ」

「……」


(まいったな……2人っきりじゃ間が持たない。目があった途端に赤くなっちゃうし……照れ屋なのか? なにか話題があれば……)


 緊張をほぐそうと手ごろな話題を考え――手元の絵本が目に留まる。


「その本」

「……!」

「もしかして絵本の『精霊王の冒険』……かな?」

「そ、そうです! ル、ルルル……!」


 狐でも呼べそうな鳴き声だ。噛んだだけのようだが。


「ル……、ルル様も、お好きなんですか?」


 様!?


「最初に読んだ絵本だからね。あと、ルルでいいよ。あだ名みたいなものなんだから。俺も今はララと呼ぶから」

「はい……!」


 よほど好きなのかララから緊張の色がなくなった。

 どうやら絵本の話題は正解だったようだ。実は絵本と同時に彼女がはめている手袋にも目が入ったが、それに関して質問をぶつけるのは無神経であろう。


「それにしても……随分と読み込んでるな」


 だからルダージュは絵本に関して話題を広げることにした。

 絵本はだいぶ年季が入っておりところどころ(かす)れていて全体的に色が薄かった。

 一言で表せば、ぼろい。

 同じものを持っているルダージュですら初見では『精霊王の冒険』だと見破れないほどだ。


「これは私の宝物です。お母様に頂いてから、ずっと、読んでる……」


 補強した部分を優しく撫で、ゆらゆらと尻尾を揺らす。

 好きな物を語るときのララはご機嫌だ。ずっと眺めていたら鼻歌でも歌いだしそうなぐらい。


「好きなシーンとかあるの――」

「ノイシス様が精霊王と再会するところ、です!!」

「もしかして好きな登場人物は――」

「ノイシス様!」

「……」


 一瞬、セルティアの相手をしているのではないかと錯覚しそうになったが、目の前にいるのは尻尾を無邪気に振る獣人の少女だった。


(俺よりセルティアと話が合いそうだ)


「ルルは、『精霊王の冒険』のどこが好きですか?」

「俺?」


 ルダージュは文字の勉強の一種として絵本を読んでいた。そのためか内容を楽しんでいたのは最初の頃だけだった。

 改めて好きなシーンを聞かれると即答できない。


「あー……自分から振っといてなんだけど、ちょっと思い浮かばないな」

「……そう、ですか」


 しゅん、と目に見えて落ち込んでしまったララを見て後頭部を殴られたような衝撃を受ける。


「ちょっ! ちょっと度忘れしただけだから……! 今、読んだら思い出すかも……!!」

「本当ですか!? ではこれを――」


 と、ララは自分が持っていた絵本をルダージュに渡そうとするが、何事かを考えるように直前で動きを止めてしまう。

 宝物を他人の手に渡したくないとかそういうわけではないようだ。


 彼女は思い立ったようにベンチから腰を上げるとルダージュと対面するように向き直る。

 身長差があるため座っているルダージュと丁度目線が合う形となった。


「わがままを、言ってもいいですか?」


 絵本を抱きしめ、はにかむようにうつむく。

 飲み物を遠慮していた子どものわがままとは何ぞ? と好奇心が湧いたルダージュは「なにかな?」と言葉を促す。


「……ご本、を読んで、ほしいです」

「……? 読むだけ? それならちょうど読もうとしてたところだけど――」

 

 絵本を借りようとルダージュが手を伸ばすが、それをララはぷるぷると首を振って拒否した。第三者から見れば「触らないで!」と拒絶されているようにしか見えない光景だがララは「本を読んでほしい」とお願いしているのだ。それでは言動が一致しない。

 ララの言葉は続く。


「ルルが読む、『精霊王の冒険』を、聞きたい……です」

「……それはつまり、俺に読み聞かせをしてほしいと?」

「……!」


 こくこく、とフード頭が激しく上下する。

 ララの「本を読んでほしい」というお願いは「本を読んで“私に聞かせて”ほしい」という意味だったというわけだ。


「ダメ……ですか?」


 躊躇いがちに伺うララにルダージュはふと我に返る。

 仮面の男がフードを被った少女に絵本を読み聞かせる絵面――を想像し「どうなのこれ?」と自問自答していたがそれどころではなくなった。


 目の前にはしょんぼりと絵本を抱え、力なく尻尾を下ろした少女が立っている。

 もはや周囲など関係ないと無理矢理納得し、腹を括るしか選択肢は残されていない。


「――よし、わかった! イムが帰ってくるまで本を読んで待ってよう。貸してごらん」


 絵本を受け取ると目に見えてララの表情が明るくなった。

 この時ほどフードの存在が邪魔だと思ったことがない。


「さ、また隣に座りな」

「――ぇ?」


 ポンポンとベンチを叩くとなぜかララから感嘆符が鳴り、思わずルダージュも「え?」と返してしまう。


「お母様は、よく、お膝の上で……」

「……」


 難易度が跳ね上がった。

 どうやらララはルダージュの膝の上をご所望のようだ。

 仮面の男が膝の上に少女を乗せて絵本の読み聞かせ――とそこまで考えて頭が痛くなってきた。隣同士であればセルティアが読んでくれたときのこと参考にすればよかったが、膝となると……。


(いや、セルティアも膝の近くに座ったことがあったな……俺を椅子にして)


 そう考えると召喚士との距離の近さの方が問題があるような気がして、もうどうにでもなれ精神に頭が汚染されていく。


 そうして根負けしたルダージュは「おいで」とララを招き、絵本の読み聞かせを始めるのだった。


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