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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
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幻魔討伐作戦 ③

「邪魔です――!」


 最悪の結果が(よぎ)り、その憶測を振り払うように目の前の土埃を風魔法で吹き飛ばす。

 するとそこにはウサギ耳を握って頭を伏せているティーユと――


「ルダージュ……?」


 彼女を護る様に銛に撃ち抜かれた“灰騎士”の姿がそこにあった。


「これはいったい――」


 セルティアは困惑した。

 友人が自分を庇い殺されるという最悪の結果は(まぬか)れていた。だが、その代償として自分の精霊が大地に串刺しにされている。まるで無機質な人形のようにピクリとも動かない


「うそ、ですよね……?」


 力なくペタンと腰が抜けたようにへたりこんでしまう。

 さっき見た影はティーユではなく、召喚獣(ルダージュ)の影だったのだ。

 どうしてここにいるのか、儀式は成功したのか、巫女様と聖剣はどこなのか。問うべき言葉は感情に押しつぶされ喉を締め上げる。

 召喚士はただその現実を受け入れられず、否定を探すことしかできなかった。


「ルダージュ? 返事をしてください。ルダージュ!」


 いくら言葉をかけても“灰騎士”が答えてくれることはない。

 

「……? 生き、てる?」


 悲痛な叫びに反応を示したのはティーユが先だった。死ぬ気で仲間を助けたはずなのに、五体満足で生きている。それどころか痛いところもない。原因を探ろうと周囲を見回そうとすると、すぐにそれは目に入った。


「おにいちゃん……?」


 自分を護るように仁王立ちしている“灰騎士”の後ろ姿。

 銛が背中まで貫通し、左腕はもげ落ち、右手は盾らしき物を持ったまま硬直している悲惨な光景。

 それが生物であれば例え精霊であっても生きてはいないだろう。


「あ、れ……?」


 なにが起こったのか把握できない。自分はセルティアを助けるために飛び出したはずだ。恐怖がなかったと言えば嘘になる。衝動で動いたため今更身体が震えてくる始末だ。

 だけどティーユにはわからなかった。その震えは死への恐怖なのか、それとも大事な人を亡くした悲しみなのか。


「また……私は……」


 声がかすれ、目の奥が熱くなる。

 泣いている場合ではない。逃げなければいけないのだとティーユは今の自分に言い聞かせる。

 だが目に焼き付く“灰騎士”の後ろ姿がそれを妨げる。

 鎧の一部が欠けて地面に落ちるさまは、まるで彼の命を比喩しているかのようにさえ思え――


「……?」


 ふと、そこでティーユは強烈な違和感に襲われた。

 なにかがおかしい。

 そもそもなぜ彼は霊獣化しているのだろう? 彼は魔装をセルティアに渡していたはずだ。灰騎士になれないと言っていたではないかと自問自答する。

 では、目の前にいる“灰騎士”は何者なのか。

 その答えを探るべく魔装がはがれた部分を注視し、そして違和感の正体を見つけた。

 血だ。

 大怪我をしているはずなのに魔装は落ちても出血がまったくないのだ。

 そして――


「からっぽ……?」


 真っ暗な中身を見てティーユはぽつりと呟き、唯一の答えに辿り着く。

 肌が露出しない、血も出ない、そして作戦決行前の彼とセルティアのやり取り、


 ――『盾』は『みんなを護る』。


「――! セルティア! 思い出して! “これ”は彼じゃない!」


 つまりこれはそういうことだ。普段のセルティアならば気づいてもおかしくない召喚獣の能力だ。だが幻魔の攻撃を受けたら死ぬ、という先入観が彼女を動揺させ判断を鈍らせた。

 それは本当の隙を生み、幻魔が攻勢に転じる絶好の機会でもあった。


「――っ!」


 獰猛な顔つきの幻魔がセルティアを見下ろしていた。気配すら感じさせない、いつ近づかれたのさえわからない。ただ一つわかっていることは振り上げられた剛腕が今まさに自分に降り掛かろうとしていることだけだ。

 土魔法は意味がない。近すぎる。回避も不可能。

 だけど、諦めたくない。

 そう心に決めるよりも早く、セルティアの周囲を灰色の土煙が取り巻いた。


(この煙……ティーユが私を助けてくれた時にも――)


「“あの塊”はそういう意味だったんですね……」


 ティーユの言葉で目を覚ます。

 今ならわかる。

 あの時も今も(ルダージュ)(魔装)が私たちを助けてくれているのだと。

 ただ、


「紛らわしい……!」


 今回は感謝よりも恨み言が先に出た。

 ルダージュは“盾”が守ってくれると説明していた。それなのに“これ”はいったいどういう料簡(りょうけん)なのか。


「どうしました? 攻撃してこないのですか?」


 敵を見上げ挑発する。

 我ながら強がりだな、とセルティアは思う。さっきまで泣きそうになっていたのに随分と大きく出たものだと。それは照れ隠しのやけくそであり、持ち主(ルダージュ)への信頼でもあった。


「馬鹿! なにしてるんだ! 早く逃げろ!」

 

 アーネの叫び声が響き渡る。幻魔が移動したことで2人が心配になり班員たちを引き連れ近くに来ていたのだ。

 一見、無防備にしか見えないセルティア。教師としては生徒が幻魔にやられそうになっていれば叫びたくもなるだろう。だが本人はそんな担任の想いを知ってか知らずか自衛の防御を捨て、追い付いてきた幻魔とどう渡り合い時間を稼ぐか考えていた。


「セルティア!」


 アリージェの悲鳴を合図に拳が振り落とされる。

 血が飛び散り、骨が砕ける音が響く――そんな刹那の幻に一同は見紛われた。

 だが、現実は異なる。

 彼を模した魔装が幻魔の攻撃を防いでいた。ティーユを護り串刺しになっていた“モノ”は風に煽られるように灰燼と化し――セルティアの手前にある“灰騎士”へと還元されていく。


「やっぱり紛らわしいです。これがあの“魔装の塊”なんて」


 ゆっくりと立ち上がり呆れ混じりに微笑む。

 不満を漏らしている割にはあべこべにも思えるような態度だった。

 セルティアは自分に呆れているのだ。

 魔装の存在を忘れていたこともあるが、“灰騎士”が傷ついただけでこんなにも心を乱されてしまう。しかもそれが魔装が模したものと理解した今でも、目の前の盾になった騎士を見ただけで胸が苦しくなるのだ。

 笑うしかなかった。

 自分がこんなにも召喚獣(ルダージュ)のことが好きなのかと再確認させられたことに。


「――そろそろ、ですね。タイミングはばっちりです」


 右手の甲の紋様に触れ、熱を感じる。

 ――彼が来る。

 時機は完璧だ。だけどそのまま伝えるのは面白くない。

 勘違いをして泣きそうになっていたことを踏まえれば、素直に完璧と言うにはどこか悔しい。

 そういえば、とセルティアは思い出す。かの精霊王は遅刻をするたびにある定型文で言い訳をしていた。お調子者の精霊王の代名詞とも言われている描写だ。それは絵本でも描かれている。

 だからセルティアはルダージュに一言、なんの変哲も飾りもない言葉を贈った。いつか彼が絵本を読破した時に気付くことを願いつつ、


「遅いですよ。ルダージュ」と。


 性懲りもなく二撃目を入れようとした幻魔の片腕が風を纏った来訪者の斬撃によって切り飛ばされる。

 激痛により咆哮する幻魔を前に、聖なる刀と剣を両手に携えた騎士――いや、勇者がセルティアを護る様に立ちふさがった。

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