幻魔討伐作戦 ②
「こう言っては失礼かもしれませんが……」
「なに……?」
「意外でした」
「囮のこと……?」
「はい」
「私も、そう思う……」
セルティアは風の魔法とルナールの身体強化、ティーユはそれに加えて自慢の脚力で追いかけられる側を担っていた。2人を追いかける幻魔、追従するようにアーネ、アリージェ、オルガ、ヘルエルが必死についていく形となっている。
「逃げるの得意……」
セルティアがその言葉に同意する。もし撤退中に幻魔と遭遇した場合は自分が囮になりルダージュを待とうと彼女は考えていた。それは魔力量、扱える魔法の種類、そして召喚士として自分の精霊が作戦の要となっている責任を踏まえての独断だった。
もし自分以外に囮役が務まる人間がいるとしたら、バニー系獣人で足が速いティーユだろう。
だがその彼女が真っ先に行動するとは思ってもみなかった。
幻魔との邂逅で、誰もが動きを止めた昨日とは見違える働きだ。
「巫女様も逃げろって言ってた……」
「おそらくそれは意味合いが違うような……?」
「それに……」
逃げながら精霊グレンラタンの杖を地面に突き刺し引き抜く。
そしてティーユが掘った穴の上を透かさず幻魔が通過しようとした時――
「私たちもやられてばかりじゃいられない」
爆音を鳴らし火柱が立つ。
残念ながら幻魔には視界を一時的に遮るほどの効果しかなかったが、戦闘が目的ではない彼女たちにとって疲弊する魔力と体力を少しでも回復させるためには十分な結果だ。
逆にアーネたちは2人が逃げ回っている間に補佐できることは少ない。下手な行動をして幻魔の注意が2人から逸れたら作戦の意味がなくなるからだ。
だからアーネは後衛の三人に、幻魔に対して攻撃を許可しなかった。
代わりに、
「アリー。結界に魔法!」
「はい!」
水の塊がアリージェから発射され森の結界に遮られ破裂する。
それは幻魔を追いかけてから定期的に行っている作業だった。
「巫女様は気づいてくださるのでしょうか」
「生徒が帰ったはずなのに結界に反応がある。それが塔に近づくように森の周囲を移動する。あの方々なら気づかないはずがない」
アーネは確信はしている。
そして現にオリヴィエたちは最初の結界の異変から生徒たちが幻魔に襲われているのだと気づいていた。今頃は儀式に赴くルダージュにはあえて伝えることはせず、小粋な冗句で御茶を濁しているところだろう。
「行けますか?」
「もち……」
幻魔が動き出したことでセルティアたちの追いかけっこが再開される。
「付き合いがいい……」
「あれのことですか? 魔物でも幻魔でも考えが読めない敵ほど怖いものはありませんけどね」
意外にも単純な策に引っかかってくれる幻魔に疑問を抱きながらも、セルティアとティーユは逃げることに集中した。
そして、その懸念が的中して変化が訪れたのは、見覚えのある森の出入り口を素通りした数百メートル後のことだった。
「なぜ……?」
「止まった?」
幻魔に追われていたときはずっと大地を踏み荒す足音が聞こえていた。それが急に途絶えたのだ。
思わず振り返った彼女たちが見たものは、足を止めてじっと2人を見つめ続ける幻魔の姿。さらに後方には班の仲間とアーネが控えている。
「疲れちゃった……?」
「そう単純であればいいのですが……」
2人は幻魔と見つめ合う形になった。
目的地まではまだ距離がある。アーネが指示した逃走経路は聖剣の塔に近づくためのもの。それに気づいていたセルティアは『もう少し先に進みたい』と考えていた。
ルダージュと幻魔の距離を縮める作戦。
これでは最短距離ではない。
魔法で挑発するか、と思案するが興味が自分たちから逸それているわけではない。後方にいる仲間たちにターゲットが変わったわけでもない。幻魔戦に関する知識が不足している彼女たちは手を拱くことしかできなかった。
「さっきの続き……」
「?」
「お兄ちゃんも――ルダージュも逃げていいって言ってくれた。だから私は頑張って逃げる」
幻魔を眺めたままセルティアはティーユの言葉に耳を傾け続けた。
「セルティア。あなただけじゃない。私も彼を信じている……」
だから――と言葉を続けようとしてティーユは慌てて口を噤んだ。勢いに身を任せてこの場に相応しくない告白をしようとしたからだ。
だが、それが逆に仇となった。
「ティーユ――」
いつもは口数が少ない彼女が饒舌――とまでは言わなくとも、自分が大好きな精霊ルダージュについて何かを語ろうとしていたのだ。召喚士が気にならないわけがなかった。
だから幻魔から視線を外し、ティーユに移そうとした。
その刹那――何の予備動作もなく幻魔の肩から生えていた一本の銛がセルティアを狙い一直線に射出された。
「!?」
「連なれ! ロック・ウォール!」
セルティアも愚かではない。常に最善の対処ができるように警戒は怠ってはいなかった。それを証明するように2人の眼前には十数枚の分厚い土の板が地面から生え、一列に並び、幻魔と彼女たちを隔てる壁となり幻魔の一撃を受け止めていた。
そして幻魔自身もセルティアの隙を見つけたわけではなかった。最初に自分から目を逸らした獲物を的にしようと決めていた。ただそれだけだった。
だから両肩の銛を撃ちだしたのだ。
「……!! ダメ!!」
ふぅ、と一息を入れていたセルティアを、ティーユが両手に力を込め突き飛ばす。
彼女だけはその聡い耳で気づくことができた。曲射されたもう一本の銛が壁を飛び越え友人を狙うその音を。
「え……?」
飛来する漆黒の銛、紅い瞳、灰色の土煙、すべてが一瞬で永遠のように、断片的にセルティアの記憶に刻まれていく。
砲弾が着弾したような爆発音とセルティアが地面に投げ出され転がったのは同時だった。
「ぅ……くっ」
受け身をとったセルティアに目立った怪我はない。
だいぶ焦って突き飛ばしたのだろう。うつ伏せに倒れたセルティアは顔や服は土で薄汚れ、さっきまで立っていた場所から十メートル近くも距離を離されていた。
「ティーユ……?」
起き上がり、顔を恐る恐る上げていく。
「……っ」
太陽の光が地面を反射し視界を狭める。
セルティアの目に最初に映ったのは影だ。
それは人の形をした“なにか”が銛に串刺しにされている――そんな影だった。




