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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
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幻魔防衛戦

 戦闘は血生臭い殴り合いそのものだった。

 鎧殻状態のルダージュは魔装のほとんどを鎧に()てているため、まともに武器も創れない。鎧の装甲を薄くすれば、剣の1本程度ならできないこともないが――


『ッ! 痛いじゃないか……』


 幻魔による闘牛のような突進を受け、ルダージュは木に磔にされる。頭部の双角がルダージュの胴体を挟み込み宙吊りにする。


『相変わらずいやらしい化物だ』


 幻魔と目が合う。

 その化物は口角を上げ笑っているように見えた。戦闘を楽しみ、ルダージュと戦っても『負けることはない』と高を括っている――強者の目だ。

 攻撃を受けた脇腹を確認すると絶対防御だったはずの鎧殻が傷を受け、一部の魔装が粒子状に戻っていた。


(……魔装が足りない)


 量が多ければ多いほど強さも汎用性(はんようせい)も上がる魔装。その絶対量が圧倒的に不足している。

 いなくなってしまった後輩の少女。彼女の棺桶として魔装を置いてきたことを、ルダージュは後悔していない。だが、確実に自分は弱くなったと実感する。魔物を相手に苦戦したことはまだなかったが、幻魔とまた戦ったことでまざまざと思い知らされる。


『……無いものねだりをしても、意味ないよな』


 鎧殻を修復し、双角を鷲掴みにする。

 後方で磔刑(たっけい)の役割を果たしていた大樹がビキビキと音を上げている。よく倒れたり折れたりしないな、と異世界の樹木に感心しながら幻魔を押し戻し、


『離れろ……!』


 顎を全力で蹴り抜く。爪先を鋭利な刃先のように変化させるおまけ付だ。

 怯んでいる幻魔に隙は与えない。

 腹の下に潜り込み、真上を蹴り上げ肉を抉る。ティーユが魔物に食らわせた蹴り技の物真似みたいなものだが、ルダージュの脚力があれば幻魔すら空中に浮かせるが可能だ。

 しかし、


『くっ……!』


 ルダージュは巨人のような手に鷲掴みにされ、視界が反転し、いつの間にか地面に叩きつけられた。


(無茶苦茶だ……!)


 出鱈目(でたらめ)だった。巨体を空中で回転させながら反撃してきたのだ。

 幻魔と戦う度にわけのわからない理不尽を押し付けられる。ルダージュはそれが嫌いだった。


『俺じゃなかったら死んでたぞ! 化物め!』


 幻魔から距離をとる。

 鎧殻のおかげでダメージはない。だがそれは相手も同じだ。

 ルダージュが蹴り飛ばした腹や顎をまるで虫に刺されたかのように掻く。決定打として威力に欠けている証拠だ。

 もう少し小さいタイプの幻魔だったら灰色の鎧殻でも勝てたかもしれない。

 そもそも幻魔との戦いに必要なのは魔装の量だ。幻魔が強ければ強いほどそれに見合った物量で押しつぶすことが肝要だ。

 このままでは防戦一方だということはわかっている。鎧殻を全て武器に転じ反撃に打って出ることもできるが、それはルダージュにとって諸刃の剣だ。

 肉を切らせて骨を断つ。なんて無茶なことは本来であればできない。


『……』


(欲しい、やはり欲しい)


 強さを取り戻すための力が欲しい。


「ッ――ガァ!」


 飛びかかってきた幻魔に殴られ、殴り返す。終わらない死闘を演じ、突破口を探し求める。

 今はまだ時間稼ぎでいい。

 セルティアたちが逃げ切ることができる猶予があれば、それでいい。

 ただ1つ問題があるとすれば、ルダージュの元に現れるであろう救援の存在だった。

 魔法使いにとって魔法が効かない幻魔は天敵ともいえる。だから召喚士となり精霊の力を借りて対抗しようとした。つまり、彼の元に来るのは必然的に強い精霊を相棒に持った人間だ。


 ルダージュの見立てでは、ミリアやロイといったトップクラスの生徒でも幻魔にはまだ太刀打ちできない。あのセルティアやアリージェですら動けなくなったんだ。束になっても足止めが限度だろう、と推測する。


 そもそも教師陣が生徒たちと幻魔を戦わせるはずがないのでロイたちが来ることはない、とも考えられる。だがそうなると教師陣が幻魔の討伐に打って出ることになるが……彼らの中に幻魔との戦闘経験がある者はいるのだろうか? という疑問が湧く。幻魔の出現が稀な今、生徒と同じ反応というのもありえた。

 

『……まずいな』


 尻尾を掴み背負い投げの要領で投げ飛ばした後、思わず苦い声が漏れる。

 教師陣が自分たちも幻魔に勝てないと判断した時、生徒たちの安全を優先し、森からの撤退を指示するかもしれない。それは同時にルダージュを見捨てることに他ならないが、些末なことだ。

 彼にとっての一番の問題は『撤退の指示を無視してセルティアがこの場に戻ってくる』こと、その可能性が高まることだ。


(あぁ……容易に想像がつく)


 召喚士であることを口実に、周りの反対を押し切って突貫してきそうな猛進娘(召喚士)の姿が脳裏に浮かぶ。ただでさえ怪我人を送り届けたら戻ってきそうな雰囲気を漂わせていたのに、これでは逃がした意味がない。オルガたちがある程度は押し止めてくれるだろうが、それも時間の問題だ。

 ルダージュの理想はセルティアが納得するような人物が救援にくることだ。


(……だが、そうなると誰だ? 誰が幻魔と戦える?)


 学園生たちは駄目。アーネを含める引率の教師陣もあまり当てにはできない。


『……』


 幻魔とのにらみ合いが続く。

 このまま長期戦に持ち込むぐらいなら、いっそのこと鎧殻を解除して本気で骨を断つことも視野に入れる。


(どちらにしろこいつを倒した後、俺は1人になりたい。あの姿(・・・)は誰にも見られるわけにはいかない……)


 だったら――


「――ッ!」


 お互いが口を開き(・・・・)まさに相手に襲い掛かろうとしたその時、


 白銀の弾丸が幻魔を斬りつけた。


「何百年ぶりだろうか、私たちの森を土足で踏み荒らす不届きモノは」


 白いローブを身に纏う仮面の巫女が降り立つ。

 救援に来てくれた彼女を見つめ、ルダージュは最も頼りになる人物がこの森にいたことを思い出した。


(そうだ……! いるじゃないか。未知数の戦闘力を秘め、幻魔との戦闘も経験していそうな先生が……!)


お前たち(・・・・)が例え結界を越えようと、魔力がない存在を今の私は視ることができる。もう、この森で同じ過ちを繰り返す気はさらさらないぞ」


 剣――ではなく直刀を構え、剣先を幻魔に向ける。

 ルダージュはその直刀に見覚えがあった。それは、


(あれ? もしかしてあの刀って……いや、でも、巫女だからって扱えるわけがないよな? どうなってるんだ? 俺の見間違いか?)


 どうみても聖刀にしか見えない。抜けるはずのない聖刀剣の一振りを、巫女であるオリヴィエ自身が握っているのだ。


「グルゥゥ――!」


 現に斬りつけられた幻魔は肩から二の腕にかけて血を流していた。ルダージュの鎧殻では通用しなかった頑丈な幻魔の肉体に、彼女はその直刀で傷を負わせていたのだ。

 ルダージュが立ち尽くし、困惑していると、戦況に一つの動きがあった。

 幻魔が踵を返すように森へ逃げていったのだ。


 あまりにもあっけない幕引きだ。

 去り際にルダージュを一瞥していったが、彼に化物の気持ちなどわかるはずもない。横槍を嫌ったのか、状況が不利だと悟ったのか、それは誰にもわからない。

 幻魔の退路は拠点とは真逆の方向であり、無理に追う必要がなかったのは幸いだった。このまま殿として幻魔の動向を警戒しつつセルティアたちと合流することができる。


『ふぅ……』


 一難は去ったと考えてもいいだろう。

 逃すのは惜しいが深追いは禁物だ。もしかしたら追跡することで罠が待ち受けていないとも限らない。

 そのためかオリヴィエも幻魔を追う素振りは見せなかった。


(……? それにしてもまったく動かないな)


 彼女はなぜか、ピクリとも動かなかった。直刀を構えたまま警戒を解かず、静止したままだ。

 腰を抜かして動けない、というわけではないだろう。そうでなければ登場時に啖呵は切れないはずだ。

 もしかしたら二匹目の幻魔がいるのか? それに警戒している?

 とりあえず、一旦、話をしなければわからないことだらけだ。特にオリヴィエが振るった直刀――幻魔を傷つけた刀については今後のためにも知りたい。可能であれば借りたい。むしろ欲しいとさえルダージュは思う。攻め手に欠ける今の彼にとって、それは必要不可欠な武器になりえるのだから。


『オリ――』


 それは唐突だった。

 ルダージュが歩み寄ろうと踏み出した瞬間、オリヴィエの姿が掻き消えた。


『!?』


 ――否、それは超越した彼女の速度に目が追いきれず、消えたように見えただけであった。 

 疾風が吹き荒れる。

 その発生源はルダージュの眼前にまで迫ったオリヴィエによるもの。その姿はまるで居合を抜く武士そのもの。

 表情は仮面で読み取れない。彼女の瞳は何も映さない。

 ただ、見ることができたのは、


 ルダージュの喉を掻き切ろうと風を薙ぐ、白刃の一閃だけだった。

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