幻魔とは
午後の訓練といっても内容に大きな変化はなく、キーピーラビットやその他の魔物との戦闘で実戦経験を積むことが主だった。
「この先は鬼やグリズベアー等が生息している危険地帯のようですね。午前中の成果を考えればその内の1頭でも狩れれば私たちの班は好成績を収めることができます。挑戦しますか?」
木々に囲まれていない開けた場所。視界を確保でき、突発的に魔物に襲われても対処しやすい広場のようなところで、ルダージュたちは休息を取っていた。
セルティアが眺めているのは学園側が用意した合宿のしおりだ。そこにはデュカリオン大森林の地図や生息する魔物、スケジュール等が記載されている。
「無論、言うまでもなく、ですわ。セルティア班として他の班の方々に劣るわけにはまいりません。それにここで終わってはツペルも不完全燃焼ですわよね?」
『あったりまえよ! まだまだ燃え足りないわ!』
ハンカチを敷いた岩に腰を掛けていたアリージェと、彼女の足元でアグニードと戯れていたツィーペルターが呼応する。スライムは自身の意思を表すようにぷよぷよした身体をまるで炎のように器用に揺らめかせた。
「あらあら、ツペルったらお上手ですわ」
素足をぷらぷらさせ上機嫌なアリージェ。
彼女の横ではオルガが本物の執事のように控えている。体育会系の見た目や普段の様子からは想像もできないほど執事然と佇む彼。アリージェが腰掛けに使用しているハンカチも彼が用意したものであり、小さな気遣いも怠ることはない。
その際、感銘を受けたルダージュがオルガに倣い、セルティアに「椅子に座る?」と提案したのだが、何故か「ルダージュが椅子になるんですか!?」と斜め下の期待が込められた眼差しをされてしまった。当然、魔装の椅子を用意した。残念そうにされたが意味は理解したくない。
「お嬢、リラックスし過ぎですぜ。一応ここは魔物の棲み処なんですよ。油断してると――」
「襲われても自分の身ぐらい守れますわ。それに、執事のあなたがいますわ」
「――ったく」
呆れながらも自分に信頼を寄せてくれる主には逆らえないのか、照れたようにオルガが顔を逸らし、そのままセルティアと向き合う。
「俺もお嬢と同意見だ。対抗心からか俺たち以外にも成績を上げるためにこの先に向かった連中もいるようだし、負けたくはねえな。生徒会長はどうなんだ? 俺たちは足手まといにはならないつもりだ」
「足手まといなんて、そんな――」
「もちろん、わかってるさ。でも周りがそう思っちゃくれねえ。“あの生徒会長がいる班の成績がこの程度”ってね。栄えある生徒会長セルティア班である以上、一番でないと他の生徒に示しがつかないってもんよ」
「……」
「それに、トップでなかったら俺たちが原因ってことになる。悔しいじゃないか、せっかくこの班に選ばれたってのに」
単純な強さと成績で選ばれた生徒会長。その生徒会長であるセルティアと同じ班ということは彼女と同じ“期待”が班員にも振りかかるということだ。だからその期待に応えられる生徒を教師が選んだのだろう。テンサイのミリアや副会長のロイが班員でないのは他の班との均衡はもちろん、配慮の表れなのかもしれない。
オルガの「選ばれた」という言葉はそのままの意味だ。
生徒会長の班でも恥無い活躍ができる生徒たち、それが彼らということだ。
「すみません、皆さん――」
「謝る必要はどこにもありませんわ。セルティア。それに最初にお伝えしたでしょう? あなたと同じ班になれて光栄だ、と。それは皆、同じ気持ちですわ」
アリージェが自己紹介のときに言っていた言葉だ。彼女は最初から教師によって構成された班の意味を理解していた、ということだ。
「うむ……」
「僕はそこまで深く考えてはいなかったが、この班でよかったと思っているよ」
ティーユとヘルエルも同意する。
精霊という立ち位置の所為かルダージュは蚊帳の外ではあったが「なんていいメンバーなんだ」と人知れず感動する。若い子の青春を見守っているような形だ。
「……ふふ。そう、でしたね」
まるで身体が軽くなったかのようにセルティアが柔らかい笑みを浮かべる。
肩の荷が少しだけ下りたのかもしれない。
「ありがとう。アリージェ、みんな」
「……! 今更ですわね! わたくしたちは仲間! お礼など不要ですわ!」
「お? 顔が赤いですよ、おじょ――」
「うるさいですわ」
「てれてーる……」
「ティーユも黙りなさい」
森の草木が揺れる音と共に笑い声が風に乗る。
いい雰囲気ではあったが、ルダージュとしては手持無沙汰でもある。
話に区切りがついたタイミングを見計らい、質問を口にする。
「気になってたんだけどさ、そのオーガとかグリズベアー? ってのは強いのか?」
名前的には鬼と熊みたいな魔物なのだろう。
実はこの合宿中、ルダージュはまだ一度も魔物と戦えていない。キーピーラビットの戦闘はアリージェたちが済ませてしまい、セルティアですらサポートに回るだけで出番がない。その精霊であるルダージュともなれば、もはや戦闘は皆無に等しかった。
そろそろ戦闘に参加し『活躍したい』という使命感が彼を急かしていた。
「強さ……ですか? そうですね、もしこの訓練をクエストと置き換えるなら、キーピーラビットの討伐はDランク、オーガやグリズベアーはCランク、ぐらいですね」
「……」
まったくわからなかった。
でもそれも仕方のないことだ。ルダージュはずっと魔界の化物たちを相手に戦い続けてきた。つまり、彼の強さの基準は『魔界の化物』より強いか弱いかという極端なものになっているため、参考にならない。この世界での戦闘経験があまりにも少ないのだ。
セルティアの課題を手伝った時はゴブリンの巣を丸ごと壊滅させた。それが同じCランクである。ルダージュの私見ではアリージェたちにとってもCランクは楽勝な敵だ。手伝う余地がない。
「ちなみに、これがその魔物の絵です」
「どれどれ」
反応がいまいちだったせいかセルティアが魔物が描かれたページを開き、しおりを渡してきた。
ページには文字も書かれており、魔物の生態や特徴が詳細に記されているのだが、残念ながらルダージュはまだほとんど読めない。
とりあえず、妖精の森で遭遇した魔物と比較することにした。
「このオーガってのは、骨だけで動いたりしないのか?」
「?」
セルティア以外全員が首を傾げた。この人型は何を言っているんだ、という表情だ。
ルダージュにしてみれば異世界に来なければ一生言わなかった台詞なのだが、実際に骨だけで動く鬼みたいな魔物に遭遇したことがあるので大真面目だった。
「ボーデッドオーガのことですか? 死んだオーガたちの骨と魂が集まり一体の骨の魔物になるという」
「たぶんそれ」
「目を合わせた相手を魔法で呪い殺す危険種ですね。討伐となればAランク指定です」
「あれがAランクか」
セルティアを救いに行くときは無我夢中で気にする暇もなかったが、どうやらルダージュは高ランクの魔物を知らぬ間に倒していたらしい。
一先ず、自分が足手纏いになることはなさそうだと安心する。
「ん~じゃあこのグリズベアーには羽とか生えてないのか?」
「!?」
(また驚いている。なんだってんだいったい)
「イビルズベアー。猛毒の爪で獲物を狩る魔物で、こちらもAランクです」
ルダージュが妖精の森で出会った魔物は軒並みAランクだったようだ。
難易度を確認してもルダージュは魔物に対して恐怖心は抱くことはなかった。むしろそのような危険な生物が学園の隣の森に潜んでいること自体に驚愕する。森を管理している妖精様様だ。
……ちょっかい掛けられなくてよかった。
「あの、先程からルダージュの言動が気になって仕方がないのですが……」
アリージェが恐る恐るといった感じで挙手する。
「まるでその2頭を見てきたかのようにおっしゃいますのね」
「ん? ああ、学園の森に入った時に出くわしたからな。見た目はこんな感じだったぞ」
魔装でモデルを作りだすと、いよいよ班員たちのルダージュを見る目が変わる。まるで死人に出会ったかのように驚き、普段眠そうな顔のティーユですら目をまん丸と見開いている。
「セルティアとルダージュが二柱目の精霊を追うため妖精の森に入った、とは聞いていましたわ」
という設定である。事実も混ざっているため信憑性はある。
「こう言っちゃあなんだが……どうして生きてんだ、お前ら」
「ふふ、それはルダージュのおかげですよ」
視線がルダージュに集中し、ティーユが口を開く。
「どうやって魔物を潜り抜けたの……?」
「どうって言われてもな。こうやって握りつぶして……蹴り飛ばした」
魔装で作ったモデルの鬼と熊で簡単に実演する。
『……』
皆、思考が追い付かないのかセルティアを除く4名が各々複雑な面持ちとなり、いち早く回復したアリージェがズビシッという効果音でも付きそうな勢いでルダージュを指さした。
その第一声が、
「脳筋ですわ――!」
これである。
「脳筋だな」
「のう・きん……!」
「脳筋か」
「待て待て待て待て――!」
他の3人まで同意するように頷きながら脳筋と連呼する。
心外だった。確かにルダージュは魔法が使えず魔装で戦うしかない。だが、
「魔法使いのお前たちに言われたくないぞ! あのウサギと正面から殴り合ってる方がよっぽど脳筋じゃないか!」
「どっちもどっちですよ、ルダージュ」
「うぐっ」
隣で正論を吐かないでくれ、セルティア!
さっきまでアリージェたちに抱いていた感想がそのままブーメランのように突き刺さったルダージュは口ごもることしかできない。
「魔法だけで戦っていては召喚士の名折れですわ。召喚獣と共に戦ってこその召喚士ですの。……セルティア? あなた、ルダージュに召喚士というものがどういう存在か、説明していませんの?」
「え? 精霊とイチャイチャしたり一緒にご飯を食べたり抱き枕にしたり――」
「違いますわ! わざとおっしゃってますのね!? というかあなた人型でもお構いなしですのね!」
暴露話を受けアリージェが赤面しティーユが「ひゅーひゅー」と囃し立てる。
「いいでしょう、わたくしが教授いたしますわ」
『ぴぎゃ!』
ツペルを踏むようにアリージェが降り立つと、スライム精霊は瞬時に彼女のつま先から太ももまでを被覆し、黒いブーツへと成り代わる。ぞんざいに扱われているようにも見えるが呼吸はあっている。
「わたくしとツィーペルターをご覧になって。言葉を交わさずとも息の合った連携だと思いませんか?」
『いい! いいわよ! アリージェ! もっと! もっとあたしを踏んで! ついでに罵ってもいいのよ!?』
「あぁ、うん……はい」
「……歯切れが悪いですわね。どうかしまして?」
「気にしないでくれ。阿吽の呼吸だね、ってそう思っただけだから」
「そうですの? では、気を取り直しまして――召喚士・召喚魔法とはそもそも“幻魔”に対抗するためにノイシス様が研究し、編み出した魔法ですわ。幻魔の登場により魔法使いは役立たずの烙印を押され、それまでに得た栄誉は地に落ちました。それを覆すために立ち上がったのが当時、年端もいかぬ少女でありながら大魔法使い、もしくは賢者と謳われたノイシス様だったのですわ。ここまでは大丈夫ですか?」
ルダージュは大筋はつかんでいたので「問題はない」と頷く。「幻魔に対抗するため」とは初めて聞いた気がしたが、他はノイシスファンのセルティアやアルスファンのヘルエルから聞いていた内容と同じだ。
他に気になることと言えば、
「どうして魔法使いが役立たずになったんだ? そこにみんなが魔法をあまり使わない理由があるのか?」
その質問を待ってました! と言わんばかりにアリージェが破顔する。
「端的に言えば幻魔は魔法使いにとって天敵でしたの。幻魔という化物は……そうですわね、例えるならルダージュの――」
「お嬢様!」
急に、静聴していたはずのオルガが焦る様に主の口を押え噤ませた。幼馴染だとしても、主従関係の相手に対しそれは不敬だ。だが、青ざめているのはアリージェの方であり、オルガの行動を咎めようとはしない。
ルダージュは自分の名前が出た途端にオルガが動いたことから、アリージェが自分に対しまずい言葉でも言いそうになったのかと予測する。
それが何かはわからない。
隣にいるセルティアは特に気にした様子を見せない。ただ少しアリージェを見つめる横顔がミリアがドジった時の呆れ顔に似ている。それは慈愛のあるお姉ちゃんの顔であり、“続く言葉”に気付いた上での反応だ。
「わたくしは、なんてことを……!」
だが、本人はそれどころではないらしい。自分が発言するはずだった言葉を反芻しているのか、事の重大さを思い知ったかのようにますます顔が青白くなる。
「オルガ、礼をいいますわ」
「従者として主の愚行を未然に防ぐ、または諫めるのは当然のことです」
「……っ、そう、ですわね。わたくしが軽率でしたわ」
執事がいた。アリージェの隣にカッコイイ執事がいた。
とても昨日「男のロマン」について語っていた男とは同一人物には思えない。
従者に「愚行」とまで言われ、しょんぼりしているアリージェは可哀想だったが、当事者であるルダージュは下手なことが言えずフォローできない。その意を酌むようにセルティアが静かに口を開く。
「アリージェが何を言おうとしたのか、私にはわかりませんが……」
わかりやすい嘘だ。暗に「何も聞いていないから気にするな」ということだろう。実際、未遂に終わったことであり、禁句だろうと口にしていなければセーフということだ。
「召喚士とは幻魔との戦闘を想定した戦い方をしなければなりません。だから精霊の霊核または霊獣と共に訓練をするんですよ。ですよね、アリージェ」
「は、はい! そうですわ!」
脱線した会話がセルティアによって修正される。生徒会長に話を振られ嬉しそうにぶんぶん頷いているアリージェがちょっと微笑ましい。
「じゃあ、みんなはその幻魔ってやつと戦うために訓練してんのか?」
ルダージュも話に乗っかることにした。
「はい――とは言い切れませんの。そもそも幻魔とは幻魔期に一度、精霊王率いるノイシス様一行の活躍により滅ぼされました。召喚士の訓練は当時の名残、簡単に言ってしまえば“せっかく精霊を召喚したんだから一緒に戦おう”ってことですわ。中級魔法以上は燃費もよくありませんし」
「強くなるにはお手軽ってことか」
魔法使いが魔法だけで戦っていたら精霊がいる意味はない。そして精霊だけに戦わせていたら召喚士がいる意味もない。単純だが明解だ。霊核状態の精霊のほとんどは近接武器に変身するため必然的に肉体派になってしまうのも頷ける。
そう考えるとルダージュを召喚してしまったセルティアはあまり普段と変わらない戦闘を強いられていることになる。召喚獣として召喚獣らしいことをしたいとルダージュが願ってしまうのはエゴなのだろうか。
「警戒を怠ってはいない、とも言ってほしいな。ここ数十年で全滅したはずの幻魔の目撃例が報告されている。もしかしたら僕たち召喚士は今後、幻魔との戦いに身を投じなければならないかもしれない」
「は、考えたくもねえな」
一度は滅んだとされる幻魔。それがまた出現したということは、過去の英雄たちが倒し損ねた残党なのだろうか。それとも災害のように突然発生して襲ってくるのか。ルダージュにはよくわからない存在だ。
「そもそも幻魔ってなんなのさ」
「……幻魔とは世界の敵、魔物ではない化物、災厄の象徴――ですわ」
「ずいぶんと抽象的なんだな」
「ほとんどの方が見たことがありませんもの。文献にも外見的特徴は魔物と変わらず種類も豊富と書かれていますわ」
「見分けられないじゃないか」
「そう、ですわね……」
とアリージェが続きを言いづらそうに苦笑する。
なんとなく察しが付く。魔物と幻魔を見分けることができるポイント。そこにルダージュと幻魔との類似点があるのだと。「じゃあ――」とルダージュは質問タイムを終わらせるために軽口をたたく。
「とりあえず、その幻魔ってやつが出てきたら俺が倒す」
「……はい?」
アリージェたちがポカーンと口を開けている。いい顔だ。
「どうしてそうなりますの?」
「簡単な話だ。俺もそろそろ活躍の場が欲しい。予約だ」
「む、むちゃくちゃですわ! セルティア! あなたの精霊さんが世迷言をおっしゃっていますわ!」
「ルダージュに任せれば百人力ですね」
「この召喚士にしてこの精霊あり、ですわ――! あれは学生が相手にしていいものでは――」
「お嬢、お嬢! 揶揄われてるだけですって。落ち着いてください」
「え? そうなんですの?」
半分本気だったのだが、収拾がつかなくなりそうなので黙る。
「そもそも幻魔なんて出やしませんよ」
「――ぁ、それも、そうですわね……」
「アリージェってノリが良くて面白いですね」
「むきー! 次また揶揄ったら許しませんわよ!」
どうやら今回は許してくれるらしい。
アリージェの反応が面白くてセルティアとオルガは口元を綻ばせ、ティーユはなぜか彼女の前に回り込み頬を摘まんで遊びだす。ヘルエルは俯きながら体を震わせていた。……笑っているのだろう。
さて、とセルティアがすくっと立ち上がる。そろそろ訓練の続きをしなければならない時間だ。
ルダージュが役目を終えた魔装の椅子を片付け、彼女の指示に耳を傾けようとした、その時――
耳を劈くような悲鳴が、森を駆け抜けた。




