閑話 愚かなアーデルデ ①
「ふざけるなあああああ! どいつもこいつも、僕を馬鹿にしやがって!!」
そこは普段誰も寄り付かない学園の校舎裏。
アーデルデは人目に付かないことをいいことに、叫び声を上げストレスを発散させていた。
貴族として有るまじき行為であり、野蛮で見っともないが、これは彼の癖であった。
「むかつく! むかつく! むかつく!! ロイ・マクセルもセルティア・アンヴリューもあの人型も!」
地団太を踏み、口を開けるたびに唾が飛ぶ。
「どうして僕が一番じゃないんだ!」
こんなアーデルデでも幼少の頃は神童と謳われるほど魔法使いとして優秀だった。言葉を喋れるようになった段階で初級魔法が発動でき、5歳の誕生日には上級魔法を披露し倒れそうにはなったが周囲の貴族を驚かせた。将来有望な召喚士になるだろうともて囃され、「なぜノイシスの加護を持っていないのだろう」「ノイシス様は見る目がない」とはアーデルデの話題をするときの会話の種だった。
気を良くした両親からは甘やかされ、アーデルデも自分が天才で優れているという自負があり、自分には甘く努力という言葉を知らずに育った。
だがそれも全て学園に入学する前の話だ。
アーデルデの成績は新入生の中で一位どころか二位でもない。それどころか三位にもなれず学園恒例の最優秀生徒上位三名による新入生代表挨拶に参加できなかったのだ。
なぜ三人も挨拶するのか。それは過去、学園を創立して間もない、代表挨拶が一名だったころの話だ。平民が挨拶することが気に食わないと貴族側が騒ぎ立てたことがあり、学園が波風が立たぬようとった苦肉の策が上位三名による代表者挨拶だ。上から三人も代表を選出すればそのうち一人ぐらいは貴族がいるだろうという安直な考えでもある。むしろ、いなかった場合は貴族の家柄が悪く魔力が弱すぎる貴族側が悪い、という圧力でもあった。
時代は移ろい、平民側も貴族側も『挨拶するのどっちでもいいから早く終わってくれ』という現代っ子的思考に変化し、アーデルデすらその大多数のうちの一人だった。もちろんそれは『どちらにしろ代表はこの僕であることに変わりはない』という自信の表れだったのだが、現実は一位が平民のセルティア・アンヴリュー、二位も平民のミリア・クランケット、そして三位が貴族のロイ・マクセル・ガーディという憤慨のあまり卒倒しそうな選出だった。
この学園は頭がおかしいんじゃないかとアーデルデは疑った。平民のアンヴリューが加護持ちだと知って本当にノイシスは見る目がないとも確信した。
だが他の生徒にとってこれは至極当然の結果だった。
セルティアはノイシスの加護を授かった生まれながらにして召喚士になることを決定づけられたと断言していい天才。
ミリアは魔力量だけならば彼の英雄に並ぶとも噂されている異端児。
ロイは貴族の中でも特に銘家と名高いガーディ家の出で、最強の宮廷魔法使の御子息だ。
アーデルデも周囲から神童と勘違いされずに彼らのように努力をしていれば代表に選ばれたかもしれない。実は天才でもなんでもなくただ早熟で周りより早く魔法を覚えることができただけだと気づければ矯正の余地はあったかもしれない。
アーデルデの両親がそれに気づいたときにはもう手遅れだった。
甘やかしすぎて出来上がったのは非凡の凡才。同年代よりは優秀だが平凡の領域を超えることのできないバカ息子だった。今からでも遅くないと両親は英才教育を施そうとした。だがアーデルデは「天才であるこの僕にそんなもの必要ない」と拒否。学園入学前に加護持ちの娘やガーディ家の子息の話題を振ると「与太話だ」と一蹴される。
その他、あの手この手でカスティー家の跡取りとして再教育を施そうとするがすべて失敗に終わった。アーデルデを跡取りと考えることを諦め、せめて弟と妹はまともに育てようと厳格な気持ちに切り替えたぐらいだ。だがそんな考えとは露とも知らず「弟たちは僕と違い不出来だからな」とアーデルデは勘違いをする始末である。もはや誰の手にも負えなかった。
「お前だ! お前があの時考えなしに突進していなければ負けることはなかった!」
怒りの矛先は地面ではなく杖に――精霊ペインペルトに向く。
『……』
ペインペルトは何の反応も示さなかった。その気になれば黒杖に巻き付いている蛇の像で身じろぎをしてもよかったのだがアーデルデの相手をする気になれなかった。
確かに主の元を離れなければ別の展開が待っていただろう。だがあの魔法が効かない精霊に魔法使いの主と魔法主体で戦う自分に何ができたというのか。極端な話、勝負を挑んだことそのものが間違いだったと指摘したいところだとペインペルトは心の中でため息を吐く。
「なにか言ったらどうなんだ! おい!!」
魔力5霊力6のペインペルトを召喚した時は正直期待していた。こいつならばあいつらの鼻をへし折ることができると。だが結果は(アーデルデにとっては)おしいところで敗退。あと一歩及ばなかった。
「くそ! これだから話の通じない出来損ないは嫌だったんだ!」
沈黙を破らない召喚獣に不満を漏らす。
そして我慢の限界に達したのだろう。
アーデルデは杖が地面と平行になるように両手で持ち替え、天高く掲げた。
『?』
ペインペルトは主であるアーデルデの奇行に首を傾げ動向を見守っていた。
すると――
「これは罰だ!」
『きゅ!?』
ゴンっという木と骨がぶつかる鈍い音。そして「――い、ってええええええ!?!?」という情けなくも愚かな悲鳴が校舎裏に響き渡った。
「くそっ! なんだこの硬さは!? 馬鹿じゃないのか!?」
ひゅん、と棒のようなものが風を切る音が聞こえ、からんからんと何かが地面に捨てられた。
それをペインペルトはどこか遠い出来事のように聞いていた。
「魔法で強化した足だぞ……! くっ……まだ痛む……癒しの力をここに、ヒール」
ペインペルトは疑問に思う。さっきまで耳障りなぐらい近くで聞こえていた主の――アーデルデの声が遠いことに。
「召喚士に怪我を負わせるとは……! お前は本当に使えない道具だな! ペインペルト!」
授かった名を呼ばれ、ペインペルトは蛇の身体を動かす。最初に感じたのは地面のざらりとした砂の感触だ。そして鎌首をもたげるとそこにはこちらを見下ろし睨みつけているアーデルデの姿があった。
『……』
ペインペルトはやっと、自分に何が起こったのか理解した。
パートナーだと思っていたあの男は杖を折ろうと足蹴にし、そして、捨てたのだと。
愕然とした。認めたくなかった。召喚者が、パートナーである人間が、自分を傷つけぞんざいに扱うなどありえないと。これは何かの間違いであり、ただ手が滑っただけなのだと、自ら苦しい言い訳を考える。
「これはお仕置きだ。馬鹿が」
アーデルデがこちらに手の平を向ける。ペインペルトはただ茫然とその挙動を見守った。
「ファイヤーボール!」
火球がペインペルトを襲い、蛇の像を炎で包む。精霊の中でも上位に位置する彼女にとって、下級魔法は耐性によって無力化できる。だから、身体に痛みはない。
「ん? お? さすが僕の精霊だ。この程度なら抵抗するまでもないのか」
それを知ってか知らずかアーデルデは能天気にもそんな感想を漏らしていた。こんなときでも自分の精霊と言い張るあたりに“ペインペルト”は――いや、“蛇の精霊”は可笑しくて笑い転げてしまいそうだった。
だが、彼女は一歩もその場を動こうとはせず逃げもしなかった。アーデルデが火球を増やし攻撃の手を止めようとしなくてもただひたすら彼があることに気が付くのを待った。
「……ちっ、苦しまなければ罰にならないじゃないか。中級以上は魔力が勿体ないし……」
魔力が底を突きどうしたものかと思案していると、不意に精霊と目があった。
罰を下した自分を睨んでいたのかと最初は思ったが、どうやら様子がおかしい。蛇の顔ではあるが感情の起伏というものはある程度感じることができた。契約魔法を結んだ時とかは喜んでいたようにも見えた。
だが、今は違う。
その顔に何も感じない。何も読み取れない。
「な、なんだ、その眼は」
まるで本物の像になってしまったのではないかと不安に駆られ、ついさっきの蛮行など忘れ確かめてしまうほどだった。
「なにか文句があるのか! 僕が負けたのはお前の所為なんだぞ!」
精霊は語らない。
ただ見つめ、その時を待った。
「なんだ! なんだって言うんだ! そんな眼で僕を見るな! くそ、まだお仕置きが足りないようなら――」
と、懐から態々魔力回復用のポーションを出そうとした時だった。アーデルデは違和感を得た。
精霊の顔、こちらを見つめていた瞳の上、そしてその頭部にあるべきものがないことに。
「ぺ、ペインペルト……お、お前、契約の証は……どうした……?」
上擦ったような震える声を、無理矢理喉から掻き出す。
『……』
だが、精霊は答えない。
それもそうだ。
蛇の精霊にとってペインペルトとはもう彼女の名前ではない。アーデルデ・グロウ・カスティーはパートナーでもなんでもないただの赤の他人で自分にとって無関係の人間になってしまったのだから。
「……っ! ――なっ!?」
慌ててアーデルデが右手の甲を確認する。もちろんそこには幾何学的なあの紋様がある――わけなどなかった。
「うそ、だろ!? どうしてだ……どうして契約が消えているんだ!」
アーデルデが急にカリカリと爪で甲を掻きはじめた。
「ない! ない! ない!! どうしてだ!? どうして消えたんだ!」
虫に刺されたのかと思ったら、そうではないらしい。惨めにも今の現状を理解できずに悪足掻きをしていたらしい。
『……』
それがあまりにも滑稽で見苦しかった。蛇の精霊は自分の現状に嘆きたいところではあったが、それ以上に元主の有様があまりにも哀れで一刻も早くこの場から立ち去りたいと思った。
「え? え? どうしてないの? 嘘だろ? 馬鹿じゃないのか! 証がなかったら僕は召喚士じゃなくなってしまうじゃないか!」
元主から目を背けずるずると蛇の像が地面を這う。向かった先はゴミのように捨てられた自分の黒杖の元だ。
「ありえない。進級試験に合格したばかりなんだぞ……ある意味合格の証とも言われている契約がなければ、僕は……退学?」
独りで盛り上がり愕然としているアーデルデを横に、精霊は杖を咥え彼から離れるようにずりずりと移動していた。
「カスティー家の僕が退学? 貴族であるこの僕が……退学? ――っどこへ行く! ペインペルト!」
目敏いアーデルデが叫ぶ。だが精霊はそれを無視するように進むのをやめなかった。
「待て! ペインペルト! どこへ行く気だ! 話はまだ終わってないぞ!」
話が通じないと言ったのはどこのどいつだ……とも反応する気力もなかった。
「止まれ! 止まれと言っているのが聞こえないのか! このままではお前ははぐれ精霊だぞ!」
はぐれ精霊――召喚士を失った野良の精霊、上等ではないか。
「無視をするな! 戻ってこい! ファイヤーボール!」
会話をするつもりがないのはどっちなのだろう、と精霊は嘆き振り返る。そして迫りくる火球を視認し、黒杖に魔力を流し込んでフルスイングして打ち返した。
「ひっ」
ごう、と威力が増した業火球がアーデルデの頬を掠める。
「あつっ! あ、ああ、あ、危ないじゃないか!」
腰を抜かしたアーデルデが抗議の声を背中に浴びつつ、精霊は歩みをやめない。
「……な、なんなんだいったい……あ、あつ! 服に火がっ! 僕の特注の服が!」
燃え移った制服を脱ぎながら小躍りをするアーデルデ。
彼が落ち着いたころには蛇の精霊の姿はどこにもなく、ただ黒焦げになって穴の開いた魔法科の学制服が見るも無残な姿で手元に残っていただけだった。
その日、召喚士進級試験合格祝いパーティーの会場でアーデルデ・グロウ・カスティーの姿を見掛けた者は誰もいなかった。




