表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第一章 精霊と紋章の召喚士
14/155

副会長

「まだだ! 僕が、カスティー家のこの僕が負けるわけがない! この試合は無効だ!」


 視界の端でアーデルデが立ち上がり悲鳴にも似た叫び声を上げている。救護班の魔法使いたちがこの短時間で治療を済ませたのだろう。顔や手の傷は無くなり、鼻血の跡などがみっともなく残っているだけで見事に完治していた。


「ありえない! 貴族の僕が庶民に負けるなどイカサマに決まっている!」


 会場全体が何言ってんだこいつ、と顔をしかめるような状況だった。セルティアはキュッとルダージュの服を掴む手を強め、クレイゼルは嘆息しやれやれと首を振る。取り巻きの貴族たちですら試合前には見せなかった不安を滲ませた困惑の表情だ。

 アーデルデ1人だけが、暴走している。


「グロウくん。この試合は誰がどう見ても君の負けだ。それにこれは所詮模擬戦だ。今回の結果が納得できず悔しいというならば、数ヶ月後に控えている大会に備え――」

「うるさい! うるさい! お前も人型のイカサマに加担していた癖に偉そうな口を叩くな! 僕はわかっているんだぞ!? お前達は最初から僕を陥れるために画策していたってな!」


 支離滅裂である。頭に血が上って勝手にストーリーを創り上げている。

 そもそも勝負を挑んできたのはお前の方だろ。という正論さえ通用しそうにない。


「そ、そうか、なんで気がつかなかったんだ……僕は奴らの罠にまんまと引っ掛かってしまったんだ。そもそも霊力がゼロなんておかしいじゃないか!」


 えぇ……? お前がそこを否定するのか?

 高笑いしながら嬉しそうにルダージュのこと貶していた者の台詞ではない。


「くそっ、なんて卑劣な! 僕を誘い込み恥をかかせるために最初から騙して……ということはブライト先生やフラン先生も共犯か……!」


 おめでたい頭だった。名前が出た瞬間「私もか!」とすかさずツッコミを入れていたアーネが気の毒でならない。クレイゼルの場合は……アーネの方を向いて「僕たち仲間ですね!」と親指を立てて頼んでもいないゼロ円スマイルの押し売りをしているぐらいなので放置しても問題ない。


「くそっくそっくそ! どれもこれも全てお前のせいだ! セルティア・アンヴリュー!」


 名指しされビクリと腕の中のセルティアが震える。

 彼女が怯えてしまうのも無理はない。

 あの悪意に満ちた醜い男の顔は、気丈で優しい心根を持った少女に向けていいものではなかったからだ。


「ただでさえあの目障りなあいつが邪魔でしょうがないのに! お前のような女が! しかも平民がいるのが悪いんだ! 風よ! 我が敵を穿て!」


 それはあまりに唐突で脈絡のない、完全な不意打ちだった。


「ウィンド・ランス!」

「なに!?」


 こいつ! セルティアに向かって魔法を撃ちやがった!

 迫りくる槍の形をした魔法。

 すぐさまセルティアを守るために魔装を掻き集め盾を展開。だが、試合開始直後の爆発から身を守った時とは違い、今はルダージュの手元に十分な魔装がなく、装甲が薄かった。

 ――そう理解した瞬間、彼の身体が勝手に動いていた。


「ルダージュ!?」


 セルティアが非難するような驚きの声を上げる。

 ルダージュはそれを無視し、彼女を強く抱きしめ己の背中を盾にして衝撃に備えた。

 だが、


(ぜろ)龍槍(りゅうそう)ガルバトス。己が息吹で敵を蹴散らせ」


 背中に痛みや衝撃が襲ってくることはなかった。

 聞こえてきたのは若い男の声、そして巨大な何かが地面を抉る音と、冷気の風が肌を撫でる感覚だ。


「これはいったい……?」


 いつの間にかルダージュの背後には柱が立っていた。

 それは氷だ。

 円周は五人の大人が両手を広げて輪になっても及ばないほど長く分厚い氷の柱。

 壁のようにも見えるその氷の塊はアーデルデが放った魔法とルダージュたちの間に突き刺さり、魔法を妨いだ。

 まるでルダージュたちのことを守るように。


「またか!? またお前は僕の邪魔をするのか! ロイ・マクセル・ガーディ!」


 アーデルデが吠える。


「ふん、お前が勝手に俺を目の敵にしているだけだろ」


 それに答えるように氷の奥、向かい側からあの声が聞こえてきた。


「まったく、お前たちのせいで学園の演習場の地面に無駄な穴をあけてしまった」


 次の瞬間、氷の柱に罅罅(ひび)が走り、一気に砕け散り霧散する。ダイヤモンドダストのように煌めきながら消えていくその奥には1人の学生が立っていた。


「マクセル……」

「知り合いなのか? セルティア」

「彼の名前はロイ・マクセル・ガーディ。私の補佐を務めてくれているこの学園の副会長です」


 副会長……優秀でいつも不機嫌そうな顔だと、セルティアがちょっと前にルダージュに説明した男。

 確かに釣り目がちな目で仏頂面を晒しているせいで苛ついているように見える。女性受けしそうな顔立ちではあるが、少し近寄りがたい印象をルダージュは受けた。


「騒ぎを聞きつけて駆けつけてみれば……アーデルデ・グロウ。君を校則違反で処罰する」


 ロイはセルティアたちに振り返ることなくアーデルデと対峙した。


「な、なにぃ!?」

「私欲のために攻撃魔法を発動させた時点で君は学園校則第6条に違反している。驚いているようだがこれは常識だ。知らなかったわからなかったでは通らないぞ」

「まて! 違う! あ、あの魔法は――」

「つまらない言い訳を聞く気はない。あの魔法は確実に会長を狙っていた。それはここにいる生徒全員が証明してくれるだろう」

「な!?」


 アーデルデが慌てたように周囲を見回す。皆反応は様々だが冷ややかな視線を浴びてやっと自分がしでかした過ちを認識したらしい。

 だが、やつはめげなかった


「ぼ、ぼくは貴族だぞ! この僕を処罰するということは僕の家名に喧嘩を売るのと同義――」

「カスティー卿」


 アリアストラで貴族名と呼称されているものだ。彼ら貴族は名・苗字・貴族名で名前が構成されている。

 アーデルデの動きが止まったのは、同じ貴族として会話することをロイが示したからだ。


「今はもうそういう時代ではない。それにカスティー家に泥を塗っているのは君自身だ。これ以上の上塗をするようであれば同じ貴族である俺が――俺たちも見過ごすことはできないぞ」

「ガ、ガーディ卿……」


 貴族としてこれ以上恥を晒すな、ということなのだろう。アーデルデの取り巻きだった貴族たちも手の平を返すようにやつを睨んだり不安そうな目で始終見守っていたりしている。

 完全にアーデルデは孤立していた。


「ブライト先生、アーデルデ・グロウ・カスティーの処罰としては一週間の謹慎が妥当かと思いますが、あいにく明日から長期休暇です」


 進級試験が済んだ学園は休み――いわゆる日本でいう春休みに相当する。


「ん~そうだね。じゃあ学園で奉仕活動でもしてもらおうか。庭園やトイレの掃除とかかな。こちらで内容は相談しておくよ」

「ありがとうございます。――そういうことだ。明日から一週間学園を綺麗にして、ついでに自分の身も心も清廉潔白にしてこい」

「あ、あ……」


 地面に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせている。

 今にも死にそうだが、奴はしぶとかった。


「ふ、ふざけ――!」


 顔を真っ赤にして逆上しようと声をあげる。

 だがそれはロイの一喝で掻き消された。


「黙れ! アンヴリューが怪我をしていれば長期停学、もしくは退学になっていたぞ!」


 淡々と告げていたロイが初めて感情を露にした。


「今回は未遂に終わり誰も怪我をしなかったからまだいいが……次はないぞ」

「ひぃ――っ」


 こちらではロイの後ろ姿しか見えないのでどういう顔をしているのかわからないが、かなり怒気を含んだ声色だ。現にアーデルデは鬼にでも遭遇してしまったかのように怯え始めた。


「く、くそ! 覚えてろよ!」


 テンプレの様な捨て台詞を吐き、アーデルデが脱兎のごとく演習場から逃げ――杖を回収して出ていく。

 それを機に会場は騒がしくなった。副会長に黄色い歓声を送る者や模擬戦の熱が残り興奮冷めやらぬといった感じの生徒が多数だ。


 クレイゼルやアーネを始め、学園の先生たちが生徒たちに退場を促している中、副会長のロイがルダージュとセルティアの元へ歩く。


「こんな騒ぎを起こして。お前は生徒会長としての自覚はないのか」


 それがロイ・マクセルがセルティアたちに向けた第一声だった。見た目通りツンツンしている性格である。


「はは、またそれですか……私には優秀な副会長がついているので問題ありません。助けてくれてありがとうございました」

「……ふん」


 セルティアがそう返すと副会長は面白くなさそうに鼻を鳴らしそっぽを向いた。


「わかっているなら精進しろ。不出来な生徒会長を持ってしまった故に俺の苦労が絶えないんだ」


 ぶっきら棒で言葉自体は冷たい。でもその不愛想な顔はどこか嬉しそうで、


(――あ、これはあれか。デレだ、ツンデレってやつだ)


「……すみません」

「っ……どうした張り合いのない。いつもみたいに絡んでこないなんてお前らしくないぞ」


 セルティアが落ち込んでいるのを見て心配している。器用に仏頂面で問いかけてはいるが、内心ハラハラしているのがルダージュはわかった。彼らより明らかにルダージュのほうが年上なため、老婆心――のようなものを感じてしまい、初々しい関係を見てるとこそばゆくなってしまう。


「……」


 ――と、ルダージュがそんなことを考えていたら仏頂面と目があった。彼はルダージュを一瞥した後、セルティアに向き直り、またルダージュを――今度は睨みつけるように凝視し始めた。

 な、なんだろう? 何か俺は悪いことをしてしまったのだろうか? 

 首を傾げるルダージュの疑問に答えるようにロイが呆れたように口を開き、


「ところで……お前たちはいつまでそうしているつもりだ?」

「え?」


 セルティアが何のことだろう? と同じように首を傾げるが、誰もロイが何を言いたいのかわからなかった。


「っ、だから、お前たちはいつまで公衆の面前で抱き合っているんだ、と言ってるんだ」


 ばっ! と脊髄反射並みの反応速度でルダージュたちは距離をとった。

 模擬戦の高揚感に釣られ、お互いが抱きしめあっていることを忘れていた。それが自然すぎて離れるなんて発想が微塵も沸いていなかったのだ。


「精霊とはいえ彼は人型だ。学園生の前では生徒会長として、学外では一生徒として弁えろ。傍から見たら仲睦まじいこ――ちっ、なんでもない」


 最後まで言葉にするのを嫌ったのか途中でやめてしまう。わかりやすい少年だった。


「……そうですね、以後気を付けます」

「珍しく殊勝じゃないか。普段もこれくらい――」

「ルダージュとは人目のつかないところでいちゃいちゃしたいと思います!」

「ぶっ!?」

「おい」


 セルティアのトンデモ発言にルダージュは吹き出し、ロイは青筋を立てる。


「マクセル副会長聞いてください。私、気づいてしまったんです」

「嫌な予感しかしないがいいだろう。言ってみろ」

「ルダージュに抱きしめられるとすごく安心するんです。おそらく精霊さんを抱き枕にすると安眠効果があります。これは世紀の大発見です」


 真面目な顔で語るセルティアを止められるものはいない。


「……ほう」


(睨まないでください。俺は無実です)


「マクセルも精霊さんを抱いて寝れば――」


 セルティアが言葉を途切らせロイが握っている氷と金属のようなものでできた槍に視線を移し、少し間を置いた後に、


「夏は快適に過ごせそうですね!」


 と言い切った。


「さて、そういえばルダージュに自己紹介がまだだったな」


 何事もなかったかのようにロイがルダージュに向き直る。その後ろで「無視しないでください!」とセルティアが騒いでいるが全く動じない。


「俺はこの学園で副会長を務めているロイ・マクセル・ガーディだ。ガーディは貴族名というやつなんだが、普段は使うことがない。だからロイかマクセルと呼んでくれ」

「わかった。ロイと呼ばせてもらうよ」

「ああ、それでいい。そしてこいつは俺の精霊ガルバトスだ。精霊同士仲良くしてやってくれ」


 ロイが槍を掲げる。

 武器に挨拶するというのも変な感覚だが精霊だと受け入れればなんてことはない。


「ルダージュだ。よろしくガルバトス」


 声に反応して槍が蒸気を上げる。

 槍身が金属と氷の重層構造になっていたロイの槍。氷の部分が溶け出し、残った金属部分はロイの手から離れていく。すると日曜朝の戦隊ヒーローの玩具の如く、効果音を発しながら合体していった。


「よろしくな! 兄弟!!」


 現れたのはちっちゃい機械のドラゴン。それが妙に人間臭い挨拶をしてきた。

 無論、彼とは兄弟ではない。ルダージュの兄弟は大学生の兄、1人だけである。


「お前たち、兄弟だったのか?」


 何気にガルバトスの声はヴァルトロやペインペルトとは違い、精霊以外にも届くタイプのようだ。


「違うから」

「違うよ?」


 なぜロイまでボケるのか。見た目からしてツッコミ担当だろ、という偏見の目線をルダージュが送る。

 

「そうか……残念だ」

「残念? どういう意味ですか?」


 セルティアが疑問を口にする。ルダージュも意味がよくわからなかったので彼女と同じようにロイに向き直る。


「お前たち……揃いも揃って俺に阿保面を向けるな」

「なっ――!」


 薄々気が付いていたが、ロイは口が悪い。

 自分の精霊(ルダージュ)も巻き込む言い草にセルティアが少し怒って口を挟もうとしたが、彼は気にせず言葉を続ける。


「ルダージュが記憶喪失だと聞いてな。家族だったら話が早かったと思っただけだ」

「――え?」


 意外な言葉に、2人してパチクリと目をしばたたかせた。


「学園で話題になっていた。人型は精霊界で傷を負い記憶喪失だとな。だからガルバトスがルダージュの兄弟だったら解決の糸口になると思ったが……そう都合よくは世の中できていないようだ。すまない、俺の精霊が紛らわしいことを言った」

「マクセル……!」


 セルティアが感動していた。

 ルダージュも自分の話題だということを忘れ感心してしまった。

 ぶっきら棒で口の悪い副会長ではあるが生徒会長の――いや、セルティアのことを考え助けになろうとしている。ボケじゃなくてツッコミ担当だろ、とか考えていた自分が恥ずかしくなるぐらいだ。


「勘違いするなよ」

「「?」」

「俺はお前たちのために手助けしようとしたかったわけじゃない。この学園の生徒会長は強さの象徴であり生徒の代表だ。その精霊が記憶がないまま弱くては俺たちが迷惑を被るんだ」

「……あ、はい」


 セルティアが感謝の言葉を言いにくくなってしまった。

 勿体無い、そう思ったルダージュは代わりの言葉をロイへと贈る。


「なあ、ロイ」

「なんだ? ルダージュ」

「今度からロイのことツンデレって呼んでいいか?」

「は? ツン? なんだって?」


 どうやらツンデレという言葉は訳せないようだ。中途半端な翻訳魔法である。


「うん、ツンデレロイ。名前につなげても語呂がいい」

「待て、待つんだ! よくわからないが何となく不名誉だ! やめろ」

「ツンデレ! ツンデレロイ!」

「ガルバトス! お前も真似するな」

「ツンデレ? マクセル、ツンデレって何ですか?」

「知るか! 俺に聞かずお前の召喚獣に聞け!」


 セルティアが無言で首を傾げツンデレが何かを問うてくる。だからルダージュは彼女が食いつくような言い回しを考えた。


「俺がつけたロイのあだ名だよ」

「あだ名! ルダージュが命名したあだ名ですか!?」


 効果は抜群だ。


「マクセル! 私もあなたのことをツンデレって呼んでいいですか!?」

「なぜそうなる!!」

「精霊さんにあだ名をつけてもらえるなんて羨ましいです! しかもルダージュが命名したのなら私も使いたいたいです!」

「この精霊マニアが! 駄目だ! 絶対に駄目だ! 俺の勘がこれは危険だと告げている!! 特にアンヴリュー! お前は絶対にその名で呼ぶな!」

「ええ~!?」


 呼ぶ、呼ばないの言葉の応酬が繰り広げられ、それはミリアたちがここに下りてくるまでやむことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ