【学園祭編】 次期メイド長
巫女姉妹と別れた後、ルダージュは1号店を訪れた。どうしてこうなったのか、そんな疑問を改めて抱きながらセルティアの案内に従い席に着く。
メイドに囲まれた空間に居ると発案者としてはなんとも言えない居心地の悪さを感じてしまうルダージュだったが、女子生徒たちは意外にも和気藹々と接客をこなしていた。
メイド姿に慣れたのか、異世界人の順応性の高さの賜物か。
ルダージュの心配をよそにアリアストラの住人は学園祭の新たな催しを純粋に楽しんでいた。
「お冷をお持ちしましたご主人様」
「……様になってるねセルティア」
「ふふ、これもメイド好きのご主人様に喜んで頂くため、この日のためにメイドの所作、歴史、礼儀作法などメイドに関する座学を全て学習しこの身に反映させました。残るは実戦あるのみ。今日という日を糧に私は貴方の最高のメイドとして成長して見せます!」
「セルティアー? 暴走してないで帰っておいでー」
どこか可憐さを感じさせるセルティアの一礼にドギマギしつつ、ルダージュは己の召喚士の目を覚まさせようと声をかけ続ける。
「いつもの君が俺は好きだぞー」
「――!! つまり、制服の代わりにメイド服を着れば“大”好きってことですかっ!?」
「天才――じゃなかった、落ち着こうねセルティア。一旦、メイド服から離れようか。ね?」
毒されてきたのかルダージュの言動も怪しくなっていく。
天才の魔女という肩書きに嘘偽りはなく、勉強にも余念がないセルティア。例えそれがメイドに関することでも手を抜くことはない。ましてや自分の召喚獣が好きな物なら理解したいというのが召喚士の性だとすら考えている。
ちなみにもう1人のテンサイはというと、
「――ぶへし」
メイド喫茶の片隅で給仕中に盛大に転び、食後のデザートらしき商品を自分の身体へとぶちまけていた。
「いたたたた~。あーん、もうドロドロですよー」
いつも通りだ。
いつも通りすぎてルダージュもセルティアもそれ以上の感想がない。
――が、
「ドジっ子メイドというのも需要があるのでしょうか」
周囲の反応から何かを感じ取ったセルティアが真剣な眼差しでそんな呟きを漏らす。確かにドジっ子メイド――ミリアを熱心に見つめている男性客は多いが、あれを参考にされるのはセルティアの召喚獣としては気が気でなくなるので勘弁してほしかった。
「無理してないか? 俺が発案者だから召喚士として責任を感じて――」
「ふふ、違いますよご主人様」
セルティアの人差し指がルダージュの唇を塞ぐ。
「もともと給仕の仕事は好きなんですよ。実家を思い出しますから。それにメイド喫茶はルダージュと私、二人の提案です。忘れては駄目ですよ?」
ウインクをするセルティアにルダージュは降参とばかりに両手を挙げた。彼女の実家は大衆食堂を経営していてルダージュも最近挨拶に出向いたばかり。そこで看板娘をしていたセルティアは確かに楽しそうに給仕をしていた。経験者なのだから様になっているのも当然だ。
俺のために無理をしている。
なんて考えは余計なお世話だったし、思い上がりも甚だしい。
セルティアはちゃんと自分のために選択しメイド喫茶を満喫しているのだ。
「それではご注文はこちらの“人型精霊限定オームライス~召喚士の愛情包みに親愛の証のソース~”でよろしいですね?」
「……なんだって?」
ルダージュがメニュー表に目を通すがそんな料理は記載されていなかった。完全にセルティアのオリジナル料理であり、メイド喫茶を満喫しすぎている結果でもあった。
疑問を挟む余地も、引き留める暇もなく、セルティアは「すぐに作ってきますね!」と厨房スペースへと引っ込んでしまった。
「……ま、いいか」
苦笑し、セルティアが楽しそうならそれでいいと見守ることにした。
半分は諦めの境地、もう半分は単純な好奇心。
いったいどんなオムライスを自分に振舞ってくれるのかとルダージュは期待することにした。
(さて、オムライスができるまでどうやって時間を潰そうか)
セルティアの様子から察するに最初から最後まで自分で調理をするのは確定的に明らかだ。すぐに作るといっても手持ち無沙汰な時間が発生してしまうのは仕方がない。
どうしたものかと頭を捻っていると、唐突に「きゅぅ~っ!?」という焦るような鳴き声と共に「まってー」「精霊さんまってよー」「だかせてー」と舌足らずな子供たちの声が聞こえてきた。
「あれは……狐?」
賑やかな店内の一角に視線を送ると、そこには小さな狐のような生物が複数人の子供たちに追いかけられているところだった。捕まるのが嫌なのか必死に逃げている。
「あんな精霊いたか? 魔物が迷い込んだとは思えないが……」
とりあえず放置するわけにもいかないのでルダージュは席を立つ。1号店のメイドたちは忙しそうに働き回っているので身動きが取れない。手が空いているのは休憩中に遊びにきていた自分しかいなかった。
「店内で走り回っちゃダメだぞー……って、やっぱり精霊ではなかったか」
走り回る狐もどきの前方に回り込み通せんぼする。
見た目は愛らしい銀色の狐だが召喚士との契約の証である紋様がどこにも見当たらない。つまりはこの銀狐は魔物かその類に近い存在だということだ。幸い戦闘力はないのか突然現れたルダージュに対し、一瞬だけ驚いたような様子を見せたものの、敵意を放つことはなかった。
それどころか、
「くぅ!」
と一声鳴くとルダージュに向かってダイブするように飛び上がった。
「おっと、危ない……急にどうしたんだ」
落ちないように慌てて抱き止めると銀狐はルダージュの腕の中にスッポリと収まった。
それが子供たちにとっては横取りに見えたのか「お兄ちゃんずるーい」「ぼくにもだかせてー」と足元で騒ぎ始める。
「えっと……」
銀狐の顔色を窺うように視線を合わせると、いやいやと人間の子供のように頭を振った。どうやらこちらの意図を理解しているらしい。子供たちには触られたくないようだ。
だったらとルダージュは子供たちの目線まで腰を下ろし、できるだけ優しく言葉をかける。
「ごめんな。この子は精霊じゃないから触っちゃダメなんだ。精霊にはお兄さんみたいな紋様があるんだ。でもこの子にはないだろ?」
左頬を見せびらかすように子供たちに向ける。すると「ほんとだー」「ぼく知ってるよ! それけいやくのあかしって言うんでしょ」「じゃあお兄ちゃんは精霊なの?」と矢継ぎ早に声が上がった。
「そうだよ、お兄さんが精霊なんだ。だから――」
ルダージュは優しく笑いかけ、
『僕と握手しようか』
一瞬で鎧殻を纏い、『灰騎士』の姿を披露する。
子供には効果が抜群でまるで変身ヒーローを目の前にしたように目を輝かせ、やれ握手だ抱っこだとルダージュにせがみ始めた。
銀狐を肩に乗せ、手慣れた様子で子供たちの相手をするルダージュ。
それが微笑ましい光景に見えたのか周囲の反応は精霊喫茶開店から最も好感を呼んでいた。
「――さて、待たせたね」
数分後、子供たちの相手が終わったルダージュは魔装を解き銀狐と向き直る。
銀狐の前足に両手をかけ抱き上げる。改めて見るとその銀狐は本当に美しい生き物だった。白銀の毛並みに紅玉のような瞳。太くてふさふさとした尻尾。「くぅ~」という庇護欲を掻き立てられる愛らしい鳴き声。
(どこかで見たような気がするけど……考えすぎか)
なんとなく、ただなんとなく妖狐のお姫様を思い出した。
見た目は似ている。どっちも銀色で赤い瞳。ルダージュをじっと見上げるその姿には既視感すらある。でも彼女は獣人だ。こんな小動物のような身体ではない。
(まさか、な。あの娘は城で保護されているし学園に来れるわけがない。会って話さないといけないって考えてるからこうやって思い出しているだけだ)
他人の空似。
それどころか種族すら違う。
ルダージュはお姫様の騙していた罪悪感から彼女と目の前の銀狐の姿を重ねているのだと思慮する。
「君はどこから来たのかな?」
気を取り直して銀狐に問う。
もちろん返事が返ってくるとは思えないが、契約前の精霊という線もある。精霊であれば言葉が通じる可能性もあるため問題は解決と言ってもいい。
だが、
「くー?」
当然のように返ってきたのは悩まし気な鳴き声のみ。
どうやら言葉は通じていないようなので魔物の線が高くなったとルダージュは推測する。その場合はこの世界では珍しいペットということになる。魔物を家畜として飼育している畜産農家はアリアストラでも存在する。クックトリスがいい代表例だ。だが、愛玩用のペットの魔物となると一般的ではなくなる。貴族の――その中でも特にマニアックな人種に限られる。
「迷子か。せめて名前がわかれば……」
「その子はクゥだ」
疑問に答えたのは凛とした女性の声だった。
ルダージュが振り返る。そこにいたのはいつものメイド服――ではなく冒険者のような軽装に身を包んだ親衛隊長。
「ラクス……さん? どうしてここに……」
ルダージュが今もっとも顔を合わせづらいお姫様――その従者であるラクス・フォン・ファバレーその人が学園に現れたのだ。
なぜこんなところに彼女がいるのか。
再会の喜びや気まずさよりもまず疑問が先行し、つい言葉に漏れる。
「ご挨拶だなルダージュ殿。私が後輩の学園祭を覗きに来てはおかしかったか?」
態度にも出ていたのだろう。ルダージュの表情から色々と彼の心情を察したラクスは、プラチナブロンドの長い髪をわざとらしくかきあげた。
「それとも、後輩ではなく彼女の精霊に用向きがあると気付かれてしまったかな?」
「いや、あの――」
「そういえばここは精霊喫茶だったか。なるほどなるほど、確かに精霊に用があるのであればここに顔を出すのが1番だろう。……本当は5号店にいると聞いて後回しにするつもりだったのになぜここにいるのか」
後半、恨み言のような小言を呟く。
段取りを滅茶苦茶にされ怒っているのか、ラクスの口調には棘があるようにも聞こえた。しかも「精霊」という単語を強調して発声しているのも特定の人物へ向けた当てつけなのだろう。
「……」
これは……だいぶ嫌われてしまったのだとルダージュは身を引き締めた。
だがそれは当然の結果だ。人型精霊だと偽り、ラクスの護衛対象であるお姫様に近づき、あまつさえその身分を利用してお姫様から好意を抱かれている。その全てを彼女はすでに把握しているのだ。
(斬られても文句は言えないな……)
本当に斬られたら抵抗はするが咎められる立場ではない。むしろセルティアを含めた周囲の人間や精霊が寛容すぎたのだ。ラクスの反応こそ自然な態度の変化と言えるだろう。
無論、ラクスは常識人であり国を代表する宮廷魔法使の1人であるため、公の場でルダージュを斬り捨てるなどの蛮行は犯さない。だからこそちょっとした皮肉を込めた会話で止めているのだろう。
「先ほどの子供の相手も様になっていたぞ。さすが人型精霊、子供にも人気なのだな」
「はは、は……それほどでもないですよ」
台詞は普通だが「子供も平気で騙せるのか?」と非難されているような気がしてルダージュは愛想笑いしか返せない。
甘んじて受け入れよう、とルダージュが姿勢を正す。
だが、それを許容できない者がいた。
「この精霊喫茶も貴様が発起人だと耳にしたぞ。精霊の感性は変わっているな。とても私たちにわぷっ!」
突然、白銀の毛玉がラクスの顔面に尻尾ビンタをお見舞いしたのだ。
正体はクゥと呼ばれていた銀狐だ。クゥはルダージュの肩から己の身体をミサイルのように射出。そのままラクスの顔に向けて尻尾をぶつけていた。勢いは鋭かったが擬音的には「バチーン」ではなく「もふっ」という可愛らしい攻撃――というよりは悪戯である。
「ク――ゥ!? どうしたのですか? やめてください!」
なぜか丁寧な言葉遣いで制止し、クゥを抱き上げるラクス。
怒っているというよりかは戸惑っているような反応。逆にクゥは怒っているのか「ふぅ~!!」と鳴き方を変えていた。
「私たちには真似のできない発想だ。こちらの世界にはむっ」
暴れるクゥを宥め会話を続けようと試みるラクスだったが、今度は頬に肉球を押し付けられていた。
「「……」」
思わず押し黙るルダージュとラクス。
そして、
「……貴様の世界では――」
彼女が再度口を開くと、今度はその顎をぺろぺろと舐めだした。
どうあっても妨害したいらしい。
(もしかして俺はこの子に庇われているのか?)
タイミングといい態度といい、そう考えると腑に落ちる。
現に今も必死にラクスの顔を舐めて落ち着かせようとしている様に見える。
自意識過剰か、自分に都合のいい解釈なのか。ルダージュにはクゥの心はわからないが、この子は自分の味方をしてくれているのだと知っておかなければならない気がした。
「――わかりました。私の負けです。ですから舐めるのはやめましょう。やめてください、お願いします」
クゥの主張に心も折れたのか、ラクスは平身低頭な態度はそのままにクゥの顔を遠ざける。すかさず「いいですか? 今後は誰にでも舐めるようなことをしてはダメですよ?」と悪戯っ子に言い聞かすように注意をしている。
ルダージュはそんな彼女たちを眺めながら獣人って獣に変身できるのかなー今度誰かに聞いてみようかなーとか考えていた。
そして、ラクスと改めて目が合う。
「……すまない、少し大人気なかったようだ」
「いえ、俺の方こそすみません。……そして、ありがとうございます」
「なぜ礼を言う」
「……誰かに叱られたいと思っていたのかもしれません。あれを打ち明けたときからみんな俺を受け入れてくれて……優しすぎて」
「贅沢な悩みだ」
「本当ですね」
ラクスが呆れたように笑い、ルダージュも釣られて笑みを零す。最後にクゥが一鳴きしていざこざの終わりを告げた。
「お久しぶりです、ラクスさん。今日はどうしてここに?」
同じ問いかけで改めて挨拶を交わす。
「貴様に会いに来た。本来であれば城まで来てもらうところだったのだが……事情が変わってな。こちらから出向いたというわけだ」
返事の内容は一緒だったが口調は柔らかくなっていた。ただ、変わってしまったという事情が何を差しているのかルダージュにはわからなかった。首を傾げると「じきにわかる」とはぐらかされてしまう。
とりあえずとルダージュは自分の席に案内し、ラクスと向かい合わせで座ることにした。ちなみにクゥは彼女の手を離れ、まるでそこが自分の定位置だと言わんばかりにルダージュの腕の中にまた納まった。
ラクスが何か言いたそうにクゥを見つめるが、諦めたようにため息をつく。
「本題に入ろう。すでに聞いているかもしれないが王城で貴様のことを知っているのは私を含めごく少数の者にしか明かされていない」
言葉をぼかしながらの会話。内容としては人型精霊の正体を知っているのは数名しかいないという意味だろう。わざわざぼかしながら話すのなら人気のない場所に移ればいいものだが、それをしないということはする必要もなく、まだ本題でもないということだ。
「ほんのごく一部にしか情報は共有していないって話だけは聞いていました。ラクスさんも知っているってのはさっき気づきましたけど」
ルダージュの正体については学園長のアルフォスからマクゼクト王に伝聞され、そこから大臣や宮廷魔法使の総隊長、王妃であるプレセヤとローゼ、その息子である王子たち、そして――
「私はクララ様の親衛隊の隊長だからな。特例として情報を得たにすぎない」
アリアデュラン王国のお姫様であるクララ・ラスティム・クランベル・リ・アリアまで伝えられた。そこまでが現段階で人型精霊の秘密を知る者たちだ。
「あの子は……クララはなにか言ってましたか?」
「さあ? それは自分の耳で直接聞けばいい。少なくとも怒ってはいた」
「ですよね……俺はあの娘に嘘を――」
「私みたいに貴様に意地悪を言うような者に対して、な。おかげさまで王と姫は絶賛親子喧嘩中だ」
ルダージュは思わず抱きかかえていたクゥに視線を落とす。するとちょうど銀狐も彼を見上げていたのか見つめ合う形となった。だが、すぐに気まずくなったのか「く」と短く鳴いてそっぽを向いてしまう。
「それで? 貴様はどうするつもりだルダージュ殿」
「どう、とは?」
「クララ様とお会いになるつもりはあるのか?」
心なしか腕の中の銀狐の体が強ばったような気がした。
「できるなら俺は……会って話がしたい。それだけです」
簡潔に、だが決意をもって告げる。
人型精霊だと世界に偽った時からたくさんの人間を騙していた。ルダージュと直接かかわった者ほど嘘は深く、それと同時に裏切ってしまったのだという彼の悔恨も深い。クララ姫もそのうちの1人であり、謝罪し、そして向き合わなければいけない相手でもあった。
ラクスは「そうか」と静かに頷き、
「よかった、これで姫とルダージュ殿の喧嘩も丸く収まりそうだ」
わざとらしい大きな声で喋りだした。思わずルダージュも「喧嘩?」と首を傾げる。
確かに喧嘩と言われればそうかもしれないがこんな大っぴらにしていいのかと不安になる。現に聞き耳を立てていたのかのか喫茶店の客たちが「人型精霊と第一王女様が喧嘩!?」「ほら、姫様にはもともと人型精霊に憧れがあったと噂が」「つまり痴話喧嘩か」とひそひそと好き勝手に話し始めた。
「ラクスさんいいんですか? こんな噂を流すような真似をして」
内緒話をするように声を抑えるとラクスが身を乗り出す。
「クララ様の母君であるローゼ様の入れ知恵だ。少しでも外堀を埋めて来いと命令されている」
「外堀って……」
ルダージュとしてはなんともツッコミにくい内容だ。逆にクゥはテンションが上がっているのか尻尾をふりふりしていた。無自覚なのか毛先でルダージュの顔をくすぐっているのに気付いていない。
「とりあえずここに来た目的は達した。ルダージュ殿の様子も確認できたし、決意も聞いた。時期にまた王宮へと招待されるだろう。それまでは……そうだな、クララ様に再開する前に最初に出会った時のことをよく思い出してから来るといい」
「彼女と出会った時のこと? それはアドバイスですか?」
「王子から、な」
「わかりました。肝に銘じておきます」
王子ということはカイムのことだろう。ルダージュと知り合ったのは第二王子のカイムのみ。つまりは彼からの言伝だということだ。
「さて、用件は済んだ。私たちはこれで失礼させてもらう」
「え? もう帰るんですか?」
「くぅ!?」
ラクスの言葉にルダージュとクゥが驚いたように顔を上げた。彼女はそんな銀狐の姿を半眼で見つめ嘆息する。
「もともと学園には来たのは任務のためだ。学園長であるアルフォス様にお届けしなければならない書状があったのだが、すでにその任は終えている。こちらに顔を出したのはついでに過ぎない」
言い訳のような内容だ。
書状だけを届けるならわざわざクララの親衛隊長であるラクスを使者にする必要はない。彼女が使者として学園に送り込まれている時点で何かしらの意図があり、書状を口実にルダージュと接触できるように取り計らったのだろう。
つまりはマクゼクト王の計画通りに再会を果たしたことになる。
(――ということはそこまで嫌われてはいないってことで安心していい……かな? 王様には『黒騎士』の件を口止めされて以来音沙汰がなかったから不安だった。ラクスさんをこっちに寄こすってことは十中八九クララのことを意識しているだろうし、それにこの子を連れてきたってことは――)
「ちなみにそこのクゥは悪戯が大好きでいつの間にか荷物に紛れていたのだ。帰還したら説教が待っている」
「え!?」
ルダージュでもラクスでもない、可愛らしい女の子の戸惑ったような悲鳴が小さく響いた。
いったいどこからそんな声が……? ルダージュは腕に抱いている銀狐にはあえて視線を向けず、代わりに慰めるように頭を撫でることにした。
どうやらクゥは無理やりついてきたらしい。
なんと冒険心に満ちているのだろうか。どこぞのお姫様を思い出し、つい「お手柔らかにお願いします」と懇願してしまうルダージュだった。
「無理だろうな。なんなら私も説教される側になるだろう。この子が紛れ込んでいると気付いた段階で王宮には使者を送ったが、クゥのことはここまで連れてきてしまったからな」
始末書で済めばいいが、と途方に暮れるラクス。
今度はそんな彼女を慰めるようにクゥが一鳴きした。
「誰のせいで――」
笑顔の裏に静かな怒りを秘め、クゥに手を伸ばす。
そんなラクスを呼び止めたのは「ラクス先輩」と彼女を慕う後輩メイドだった。
「お久しぶりですね、先輩」
「……セルティア・アンヴリューか」
調理を終えたのか、オムライスを盛った皿を片手に営業スマイルを張り付けているセルティア。心なしか笑顔に凄みを感じる。
というか目が笑ってない。
「……私の背後を取るとは成長しましたね」
背中にのしかかるプレッシャーにラクスは冷汗を流しながら振り向く。
「本日は精霊さんはどうされたんですか?」
「リィージスは屋上で霊獣化して待機している。いつでも動けるようにな」
「ふ~ん、そうなんですか。残念」
「……」
一同は思った。
残念とはどういう意味なのかと。
ラクスがすぐに武装できてしまうことか、それともただ単にラクスの精霊に会えなかったことか。普段のセルティアであれば疑う余地もなく後者なのだが、今のセルティアは殺気に近い何かを漂わせている。臨戦態勢に移れるラクスの隙の無さを本気で残念がっている。そう思わせる空気を纏っていた。
「あ、ラクス先輩! これから時間ありますか? 先輩にはぜひメイドたちの先輩として見本になってもらいたいなって思っていたんです。ご教授していただけますか?」
「なぜだか途轍もなく嫌な予感がするから辞退させてもらう。それに私はもう帰ろうと――」
「え? 帰るんですか?」
一瞬で、周囲の気温が下がった。
「さっきまで私の精霊をちくちくちくちく刺す余裕はあったのに……時間がないっておっしゃるのですか?」
「いや、それは、その……だな」
ラクスが助けを求めるようにルダージュに目配せするが彼は早々に説得は諦めていた。
様子が変だと思ったが、何のことはない。セルティアはいつも通りだった。いつも通り自分の精霊が好きすぎるだけだったのだ。心配し、怒り、少しの意地悪さえも許さない召喚士としてのセルティア・アンヴリューを見せていただけなのだ。
「異論はありませんね。では先輩にはこれからメイド服に着替えてもらって本場のメイドとしての立ち居振る舞いを披露していただきましょう。お手本として」
「お、お手本!?」
先輩先輩と連呼していたのはそのためかとルダージュは納得する。客であるラクスをお嬢様呼びしなかったのは最初から彼女をメイドの先輩と扱っていたからだ。
「まずはこれまでの成果をお見せしますね。ご主人様!」
宣言するや否やルダージュへと向き直ったセルティアは今度こそ嘘偽りの無い満面の笑みを浮かべた。
「こちらが人型精霊限定オームライス~召喚士の愛情包みに親愛の証のソース~になります」
長い名前に即したオムライスがルダージュの前に置かれる。ケチャップソースで描かれているのはルダージュとセルティアとお揃いの紋様だ。
たしかにこれは俺専用のオムライスだ、と苦笑してしまう。
「それでは最後に美味しくなるおまじないをかけさせていただきます!」
あ、それもやるのね……。
ルダージュが身構えているとセルティアは少しだけ頬を赤くしながらも胸の辺りでハートを作り、
「萌え萌え~きゅんきゅん~! 世界で一番美味しくな~れ!」
と少しだけアレンジしたおまじないの言葉を口にした。隣ではラクスが「メイドってなんだ?」と自問自答を始めたので無視した。今更正気に戻るのは無粋である。
「どうですか? ルダージュ、美味しいですか?」
「……うん、すごく美味しいよ。セルティアの魔法がかかったオムライスが一番美味しい」
嘘偽りのない本心だった。
口に含んだ瞬間から程よい酸味が広がり、半熟の卵がさらに味をまろやかにしている。途中で飽きさせないためか中身がバターライスとケチャップライスの半々になっており味の変化も楽しめるようになっていた。
「よかった……! あ、そうでしたルダージュ」
「ん?」
「休憩が終わって戻るときに4号店のアリアンジュにもここに来るように伝えてもらえますか?」
「……あーなるほどね。アンジュにも食べてもらわないとな」
これは人型精霊限定オムライス。対象はルダージュ――そしてアリアンジュの二柱。
今度はアリアンジュとの契約の紋様を描いて提供するつもりなのだろう。
そういや、そうだったわ。
「……? ルダージュ? どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。食べ終わったらちょうどいい時間になるし戻ったら忘れずに伝えておく」
目敏いセルティアがルダージュの感情の機微を感じ取ったのか首を傾げる。だが、原因まではわからず本人も否定したので気のせいだと思うことにした。
ルダージュ自身はオムライスを口に運びながら物欲しそうにしているクゥを撫で「ごめんな、これは俺の分だから……クゥはラクスさんに作ってもらおうか」と提案していた。
「お願いしますね。ではラクス先輩、メイド長としてご教授のほどよろしくお願いします!」
「待て、私は一言もやるとは――」
「ほら、さっさと行きますよ。先輩のためにメイド服も用意しますから。クゥちゃんもオームライス食べたいですよね?」
「く!」
「そこで頷かないでください!」
そんな、私は、メイドは非番……と嘆きながら引きずられていくラクスを横目に、ルダージュは「あの人メイド長だったんだー」と素朴な感想を抱き心の中で合掌する。
そして、黙々とオムライスを食べるルダージュを静かに見上げるクゥ。
彼女の視線は彼の口元近くの頬に注がれており、そこにはケチャップが少しだけ付いてしまっていた。
だから、
ぺろっ
「!? おう、びっくりした。駄目だぞ急に舐めたりしちゃ」
「くぅ~」
とんでもないことをまたされてしまったが上機嫌な鳴き声を聞いていたら「ま、いいか」とどうでもよくなってしまった。
銀狐に舐められただけ、そして今は撫でて愛でているだけ。
ルダージュの精霊喫茶体験は本物メイドの悲痛な叫びをBGMに、精霊でも何でもない銀狐との戯れで時間が過ぎていくのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
少しでも面白いと思った方はブックマークと広告下の☆で評価していただけると嬉しいです!
ポイントによる応援があると作者のモチベーションが上がり励みにもなるので、なにとぞ応援のほどよろしくお願いいたします!!




