模擬戦 4 騎士ルダージュ
アーデルデ・グロウ・カスティーという貴族は本当にふざけた男だ。
「セルティア、ここは危ないから観客席側で見守っていてくれないか」
「……わかりました」
ルダージュとアーデルデを交互に見た後、セルティアは躊躇いがちに頷き二階へと続く階段に向かい走って行った。
彼女も理解している。自分が意図的に仕組まれた流れ弾に狙われたことを。
「……」
アーデルデを睨み牽制する。
戦闘中にも関わらず隙を見せているこの状況は攻撃してくださいと言っているようなものだ。
「……ん? ああ、なるほど」
するとアーデルデは得心が行ったように態とらしく大仰に首を振ると、わかりやすい作り笑顔を振りまいた。
「安心してください、人型精霊。僕は紳士です。戦闘に参加しない生徒会長が退場するまで待ちますよ。僕の魔法に巻き込んでしまっては大変ですからね」
こいつ……! いけしゃあしゃあとよくもそんなセリフをほざけたな! 挑発とわかっていても腹が立つ!
ルダージュも人のことは言えず、セルティアが乗ってしまうのも頷けた。
確かに模擬戦に参加しないセルティアが戦場にいたのはこちらの落ち度だった。だが、あえて範囲の広い魔法を使い、巻き込もうとした者の台詞ではない。
なら、
「助かる。あの程度の魔法、セルティアなら簡単に防げるとわかっていても召喚獣としては気が気ではないからな」
「……ちっ」
まるで子どもの口喧嘩のように幼稚だが、アーデルデにとっては効果が抜群のようで一矢報いることに成功した。
「……」
くだらないことに時間を潰していると、丁度よくセルティアがミリアの隣に着いたようだ。
お互いに目が合い、セルティアの瞳が揺れた。彼女は紋様を抱くように手を握り締め、口を一文字に閉じ不安そうしている。
セルティアは本当に心配性だ。しかし、彼女の心情を鑑みれば仕方のないことでもある。ルダージュという自分の召喚獣が傷だらけで召喚され、回復したばかりだというのに戦闘を行おうとしている。召喚士としては好ましくない展開である。
だが、それでもルダージュは見てほしかった。自分の強さを彼女に見せつけ、安心させなければならないという使命感が彼を支配する。
なぜなら“彼”はあの世界でもそうやって生き延びてきたから。
「準備は完了したようだね。戦えるかい?」
「――ああ、待たせたな」
アーデルデは踏み台だ。彼に勝ち、セルティアの不安を払拭し、ついでに魔力とか霊力の件も有耶無耶にする。
それにはまず、蛇の召喚獣をどうにかしなければならない。
覇蛇の黒杖ペインペルト。
頭に杖が刺さった奇妙な精霊。
だが、あの異様な姿を見てもルダージュは不思議と違和感が湧いてこなかった。
どう見てもサイズが小さかったら棒で突かれて死にそうな蛇――なのだが、その姿が“普通”に思える。むしろ刺さった杖を器用に地面につかせるその姿はまるで老婆のように落ち着いたものだ。
このプレッシャーはとてもあのヴァルトロと同じ精霊だとは信じられない。
あいつも霊獣化すればペインペルトのように化けるのだろうか?
「ん?」
そんなことを考えていたらヴァルトロと目が合った。ヴァルトロはルダージュの視線に気がつくと女の子が恥じらうように『きゃっ!』と翼で目を覆い隠し、首をいやんいやんと振って――
(いや、どうでもいいかあいつのことなんて。今は目の前の戦いに集中しよう)
『そこの小僧よ』
「――っ!?」
驚いた。
妖艶でどこか高貴さを感じさせる女性の声が急に降りかかってきたからだ。
確認するまでもない。声は蛇の精霊から発せられたものだった。
『其方が妾と戦う精霊か?』
霊獣化してからずっとルダージュのことを一時も目を離さず睨んでいたペインペルトが口を開き――といっても、喋ってはいるはずなのだが口は杖によって縫い付けられていて開いてはいない。
声だけが聞こえており、仕組みは不明だった。
『むぅ? 聞こえておらぬのか? 若き精霊よ』
「と、すまない。考え事をしていた。あんたのパートナーが吹っ掛けてきたんでね、そういうことになっている」
主人と比べると物腰が柔らかい。見た目に反して温厚であり、ある意味見た目通りの性格。老婆の様だとルダージュは形容したが、声は若々しく淑女を連想させるあべこべな存在。
『妾が寝ている間にそのようなことに……』
ペインペルトは首を捻り、ぐるりと灰色の雪が降る会場を見渡し、そして最後にアーデルデを見下した。
「どうしたペインペルト。同郷との会話もほどほどにしておけよ。あの人型精霊は僕たちが叩きのめす敵だぞ」
ペインペルトの言葉もヴァルトロと同様に他人には理解できないようだった。意気揚々とアーデルデはペインペルトに話しかけているが、当の本人はそんな彼を見て深いため息をつき始めた。
『やはり妾の主様はお馬鹿でしたか。おまけに幼く、思慮に欠け、一丁前にプライドだけは高い』
酷い言われようだ。残念ながら否定できるところは1つもないほど的を射た評価だ。
『あの精霊に勝つつもりと? 妾が巻き込まれていなければ面白い冗談よ。魔力が高く、妾を使いこなせるならば話は別だったかも知れんが……この状況では最早手遅れ』
ペインペルトが毒突きながら身を揺らし、積もった灰を落とす。
「……」
ルダージュが仕掛けた先手。それにペインペルトは気付いたようだ。大胆にも灰の雪を降らせているのだ。バレてしまうのは当然の結果ともいえた。
(というより無警戒のアーデルデが馬鹿なだけ)
『妾の名はペインペルト。人型の、其方の名はなんという』
「ルダージュだ」
『ふむ、ルダージュか。できれば其方とは戦いたくなかった』
「俺もあんたと戦うのは気が進まない。だから適当にあしらわせてもらう」
『カッカッカ! 見縊られたものよ! この妾を軽んずるとは……だが、不快には思わぬ』
「なんだ! なんの話をしている! ペインペルト! お前、戦いたくないなんて弱音を吐いているんじゃないだろうな!?」
アーデルデが喚き始めた。
『五月蝿いのう。この得体の知れない人型精霊に勝負を挑んだお馬鹿な主様には責められとうないわ。ちと下がっておれ』
「おい! ペインペルト! 勝手に前進するな! おい!! 聞いているのか!?」
カツ、カツと老人のように杖をついて、ペインペルトがアーデルデを守るように進み出る。
相変わらずどうやって喋っているのかわからない精霊に「得体が知れない」と言われ、ルダージュは反応に困る。
『すまぬが妾と遊んでもらうぞ。恨むのなら主様を恨むがよい』
「最初からそのつもりだよ、俺は――っ!」
最後まで言わせてはもらえなかった。
演習場の天井付近に黒い雲が出現した――と思った瞬間には雷光がルダージュを襲ったからだ。
「あぶな! これも魔法か!?」
ギリギリだった。魔装の盾を創らなければ直撃だったかもしれない。
『あれを防ぐか。では、これならどうか?』
黒雲から雷光が雨のように降り注ぐ。
無茶苦茶だ。
これが精霊。
これが魔法。
ほんと、とんでもない世界に来てしまった、とルダージュは感嘆する。
「……はっ」
だが、ルダージュにとってこの程度の攻撃、あの地獄に比べれば大したことはない。
「邪魔だ!」
放たれた雷光を断ち切るように魔装の盾を飛ばす。
すぐさま盾の形を崩し、黒い雲を包み込む球体に変化させる。
そして――
「消えろ」
圧縮。
魔法でできた黒い雲はパンッと破裂音を鳴らし消滅した
『!? ルダージュよ。其方、魔法を無効化したのか?』
「……さあな?」
『カカッ! しらばくれるか、食えないやつよ』
会場が騒がしくなる。
どうやらルダージュが魔法を無効化させたように見せたのはよほど凄いらしい。
彼にとっては臭いものに蓋をする感覚で――魔装で雲を隠せば雷は出てこないという安直な考え、偶然の産物だ。潰したら封じるどころか跡形もなく消えてしまっただけであり、意図して無効化したわけではなかった。
とりあえずルダージュは「よくわからないがラッキー、この世界の魔法と俺の魔装は相性がいいのか?」と深くは考えないことにした。
『魔法は効かぬ……無駄撃ちは魔力を消費するだけか』
ペインペルトが杖をつき、目を瞑り思案している。
こちらから仕掛けてもいいが、これは1対2の模擬戦。
アーデルデが背後に控えている以上、懐に入るのは早計である。
『ルダージュよ』
「なんだ?」
会話の多い精霊だ。
まともに返事をするルダージュも律儀な性格が出ている。魔装が余っていれば不意打ちを食らわせる場面でもあったのだが、今は少なくなってしまったため会話に興じるしかない、という彼なりの事情もあった。
『次は妾と肉弾戦へと洒落込もうではないか』
「は? おいおい! 勘弁してくれ!」
ペインペルトがその巨体で這いずり突進してくる。轢かれたらミンチまっしぐらである。
もう少し魔法で様子を見てくるとルダージュは思っていたが、ペインペルトは思い切りがいいらしい。奥で「なぜ敵に近づく! ペインペルト! お前は魔法主体の精霊だろ! 戻ってこい、馬鹿がっ!!」と喚き、敵に身内の情報を漏らす愚か者とは大違いだ。
ルダージュとしては魔力を消耗させてから打って出るつもりだったのだが、ペインペルトの所為で計画が前倒しになってしまった。
――灰の雪を凍らせる時間だ。
『!? くっ! これは……!』
魔装の鎖を創り、幾重にも折り重なるように縛り付け、ペインペルトを拘束する。思いの外、簡単に身動きを封じることができた。巨体を捕まえるために周りに分散させた魔装を全て使う羽目になったが、成果は上々だった。
『これが其方の能力か』
「ああ、俺は魔装と呼んでいる。これで剣や盾を創り出す。ただ、それだけの力だ」
鎖の一部を収束させ一振りの刀を創り出す。装飾もなにも施されていない鈍色の刀だ。
次に斧、槍、大剣、双剣、杖と形を変化させ振り回す。
『変幻自在か……む、それは妾の黒杖ではないか。色彩以外は瓜二つのなかなかの出来栄えではないか』
「……なんだかリラックスしてないか? そこから抜け出さなくていいのか?」
戦闘中にも関わらず、サービス精神からパフォーマンスを披露するルダージュ。
余裕を見せるルダージュとは裏腹に、手元に召喚獣がいない所為で心許ないのかアーデルデは腰が引けていて手を出せず、蛇の標本となったペインペルトは抵抗する気配すらない。
『それは妾を地面へと縫い付けた張本人の言葉ではなかろう。それに先に申したではないか、妾と遊んでもらう、と。ならばこの程度で十分よ』
「そういうものか?」
『うむ、あとは主様に託すのみ。其方の罠を暴き、魔法で能力の一部も知ることができた。妾は役目を果たしたとも言えよう』
「……」
ペインペルトは自分が囮になることで召喚士に有利な状況を生みだした。ルダージュが会場に散布した魔装を罠だと見破り、それを逆手に取って敢えて捕まった――という状況だ。
模擬戦の様な戦闘でしか実行できない作戦だが、ペインペルトはなかなかの切れ者のようである。
しかし、
「おい! 馬鹿! 早くそこから抜け出し反撃しろ! 簡単に捕まってなにがしたいんだお前は!」
パートナーには恵まれず、まったく意図を理解してもらえていない。
『……ふむ、ルダージュよ。この魔装とやら、保有量が限られているのであろう?』
ペインペルトがアーデルデを無視しそんなことを聞いてきた。
「……どうしてそう思ったんだ?」
『なに、簡単な話よ。さっきまで会場を舞っていた灰の――魔装の雪が消えたこと。わざわざ鎖を使ってその杖を創り出したことを鑑みれば行き着く答え』
「すごいな、それだけでわかったのか」
魔装の量は限られており、現在はペインペルトを拘束できる程度しか持ち合わせがない。それすらも見破った彼女にルダージュは素直に称賛の言葉を送る。
『……で、あれば』
「!?」
ペインペルトが急激に小さくなり拘束が外れる。霊核化し、杖に戻ったのだ。
一瞬、反撃に移るための作戦かと思い魔装をひも状にして絡ませ再び拘束するが、どうやらそういうわけではないらしい。
『おっと、妾としたことがまた捕まってしもうた。霊獣化を解けば抜け出せると考えたのだが……仕方ないのう、妾は頭が足りぬお馬鹿さんゆえ』
杖に巻きついている小さな蛇の像が棒読みで嘆いている。しかも『お馬鹿さん』のところをあからさまに強調している。
「拗ねているのかペインペルト」
『……知らぬ』
プイッとそっぽを向かれてしまった。
『さっさと戦いに行かぬかルダージュよ。これで使用できる魔装が増えたであろう?』
そう、ペインペルトのサイズが小さくなったおかげで大規模な拘束をしなくて済むようになり、ルダージュは戦いやすくなっていた。
「いいのか? 俺に加担して」
『お馬鹿な妾によくわからぬことを申すでない。……主様はちと痛い目を見た方がいい』
どうやら相当腹に据えかねているらしい。部外者のように我関せずといった決意を感じる。
「はは、では遠慮なく戦わせてもらうよ」
「な!? クソ!」
アーデルデに向き直ると奴は途端に慌てだし、懐を弄り赤色の液体が入ったフラスコを取り出して飲み始めた。
上級魔法を最初に撃ってしまったため魔力が枯渇気味のアーデルデ。赤色の液体は魔力を回復するために用意したポーションである。
ルダージュとしては「飲み干すまで待ってやってもよかった」のだが、義理もなければ遠慮もいらない相手だ。 戦いたくない相手も無力化したことで、本格的に模擬戦を始めるには絶好のチャンスだった。
「隙だらけだぞ」
杖を変化させ短剣を創り、フラスコを射抜く。
「うわぁ!」
破片が散り、アーデルデは情けない悲鳴を上げた。
「くっ、かっ、この! ひとがたああああ!」
制服に飛び散ったポーションを見て激昂している。いまいち沸点がよくわからない男だ。
「殺す! 絶対に殺す! くらえ! ファイヤーボール!」
こぶし大の大きさの炎の塊がルダージュ目掛けて飛んでいく。
先程の爆発した魔法とは似ても似つかないほど貧弱な魔法だ。
避けるまでもなく、刀で打ち落とすように断ち切るとあっさりと消滅した。
「くそ!」
「その程度か? 次はこっちから行くぞ」
苦無を創り浮遊させ十本ほど射出する。それと同時にアーデルデとの模擬戦に決着をつけるべく、ルダージュは突進した。
「またそれか! 芸のないやつめ! 我を守れ、マジックシールド!」
今度は剣で弾こうとせず、アーデルデは魔法で対処しようとしていた。
だが、それが仇となった。
「そんな礫のような攻撃、僕には効かな――」
言葉は続かなかった。
「なっ? へ?」
アーデルデが信じられないような目で自分の手の平を見つめる。そこにはルダージュが作り出した魔装の苦無が突き刺さり、どくどくと血が流れ出ていた。
「―――――――――!」
声にならない叫びが会場に響き渡る。
急所を外し、牽制程度に済ませた攻撃も、直撃してしまえば深手でしかない。
ルダージュの攻撃を見誤り、ツケを払わされた結果だ。
「あ、あっ、僕の、手が、て、てぇ!」
模擬戦では怪我を負わせても問題にはならない。
だが、勝負が決まっているにもかかわらず重傷を敢えて負わせたり、故意に殺したりすることは禁止されている。
「また隙だらけだぞ。アーデルデ!」
だからルダージュは刀を逆刃に持ち替え、斬るのではなく殴るように振った。
「!? くそ!」
意外だ。確実に脇腹を獲ったと思ったが、あっさりと剣で受け流されてしまった。
懐まで近づいたルダージュだったがすぐさま後退し、剣の間合いから遠ざかる。
「舐めるなぁ人型! この僕は剣士としても一人前なんだぞ! お前のような素人に斬られるわけないだろ!」
「……バレたか」
抜刀斎を気取っては見たが所詮ルダージュの攻撃は剣技でも武術でもなく、ただ武器を振り回しているだけに過ぎない。日本にいた時はそういった類のものを習ってはいなかったし、あの地獄でも自己流で戦っていただけだ。
「精霊が人間の真似事か……馬鹿馬鹿しい!」
アーデルデが胡乱げな眼差しで剣を構える。叫びすぎたのか息は上がり髪は乱れ汗でみっともなくへばりついている。
「くそっ! くそ!! 魔法が効かないだと!? 気持ちの悪い精霊め! 人の姿を模っているだけで腹立たしいというのに……」
憎々しげに苦無の突き刺さった震える手を見つめ、ルダージュを睨み吐き捨てる。
「魔法と相性が悪いのはペインペルトがさっき身を以て教えてくれていただろう?」
「うるさい! 黙れ! 盾にもならない役立たずのことなんて知るか!」
チームワークという言葉を知らないらしい。
「お前は召喚士なのに精霊が嫌いなのか?」
「召喚士を守れない道具は嫌いだよ」
絵に描いたような屑であり、ここまでくると清々しく思える。
「……次で終わらせよう」
刀を構え、腰を落とす。
「は! 次は騎士の真似事か? そういえば自分で騎士と名乗っていたな。その腕で僕と剣を交えようなんて片腹痛いわ。丁度いい。この傷はハンデだ」
アーデルデも剣を片手で構え臨戦態勢を整える。その姿は様になっており、さっきまで喚いていた男とは思えないほど威圧感もある。自分の腕に自信があると物語っている。
でも無駄だ。彼の剣はルダージュの投擲した短剣に触れてしまった。手には苦無が刺さったまま。ペインペルトが気づいた罠にアーデルデはずっと引っかかったままなのだ。
「くたばれ! 人型がああああ!」
叫び、突進してくる。
まともに斬り合えば、剣のサビになるのはルダージュの方だったかもしれない。
彼にはアーデルデのように剣の稽古をしたこともなければ、地獄に落ちるまでは武器すら握ったことがないのだから。
でも、そんなことほんの些細な問題だ。
「死ねえええええええーーっ!?」
刀で受け流すことができないのなら、盾で守ればいい。
「僕の剣まで防ぐか!? くそっ!」
逃げようとする敵がいれば捕まえておけばいい。
「なっ!? 剣が盾にくっ付いて放れないだと!?」
「剣だけじゃないぞ。そしてお前はもう逃げることもできない」
「な……に……!?」
最初に態と斬らせた短剣はずっとアーデルデの剣とその握っている手に塵状にして付着させていた。それを今は雁字搦めにし、武器ごとアーデルデの手を拘束している。
これでアーデルデは剣を捨てて逃げることもできない。
「い、いつの間にこんな小細工を……ま、待て! 早まるな! 僕は――」
「騎士の真似事と言ったな」
「な、んだ、どうしたんだ急に……そ、そうか! それが気に障ったのか? なら――」
「確かに俺はお前のように剣を扱えない……『騎士』とは程遠い存在かもしれない。だけどな、こんな俺でもな――」
魔装の籠手を装着する。
灰色の手。
愚かで、懲りもせず、また大切な人を守ろうとしている空っぽの手。
でも、それでも――
「俺の恩人を悲しませるようなやつを! 殴ることぐらいはできるんだよ!!」
「ま、まっ――」
アーデルデの顔に拳が吸い込まれる。骨と魔装がぶつかる鈍い音にヒキガエルが鳴くような短い悲鳴が重なる。
優男の身体は軽く宙を飛び新体操選手顔負けの錐揉み回転を描き、地面へと転がっていった。
「……」
正直、本気で殴りすぎたかもしれないとルダージュは後悔した。自分の身体が浮世離れしているとは察していたが、人を殴ると「あそこまで吹っ飛ぶのか」と驚愕する。
日本でも異世界でも人と喧嘩して殴った、なんてことは今までにない経験だ。しかも魔装の力も籠めて殴ったから加減なんて余計わからない。
(どうしよう……死んでないよな?)
会場もなぜか静まり返ってるしばつが悪い。
「……ふむふむ、成程、成程ね」
「クレイゼル先生?」
審判を務めていたクレイゼルがピクリともしないアーデルデを覗き込み頷いている。そして何がそんなに楽しいのか満面の笑みでルダージュに近づく。
そしてルダージュの手首を掴むと勢いよく掲げ、
「アーデルデ・グロウ・カスティー戦闘不能! 勝者! 召喚獣ルダージュ!!」
その瞬間、先程の静寂が嘘のように会場が割れんばかりの歓声で満たされた。
「ルダージュ!」
セルティアが文字通り飛び込んできた。飛行魔法を使って観客席からルダージュの胸へと。
「……っ」
彼女は何も言わない。子供が大人に甘えるように無言で、ただただルダージュを逃がさないようにギュッと抱きしめていた。
ここで気の利いたことでも言えれば良かったのだが、困ったことにルダージュには何も思い浮かばない。
「な、俺の言った通りだったろ? あの人型の精霊は殴って勝つってな」
気恥ずかしさで周囲に意識を飛ばしていた彼に、呆然とした口調のそんな外野の声が耳に入る。
その言葉はルダージュに“セルティアの召喚獣”として勝つことができたんだと意識させるには十分な言葉だった。
安心感と少しの自己嫌悪、彼女の温もりに抱かれながら、ルダージュの異世界での初戦闘は終わりを迎えた。




