締めに締める締まらない作戦
「紅騎士に勝つ方法……それは――愛です!」
学園長室に響いたセルティアの言葉に、一同はポカーンと口を開ける事しかできなかった。
そして頭の中に浮かんだのは「なに言ってんの、この娘……」という不安だった。
「その、なんだ……すまない。耳が悪くなったのか、よく聞こえなかったんだが……お前は今、なんて言ったんだ……?」
頭を振り覚醒したロイが改めて問う。
動揺しているのか心なしか彼の声は震えていた。
「だから愛です!! 私の精霊に対する愛で! 彼女をぎゅって包み込んであげるんです!」
「……ぁー」
ロイは諦めた。
自分の耳は正常で幻聴を聞いているわけではないのだと。
そして彼らは再度思った。
この精霊バカは何を言っているんだろう、と。
精霊好きと公言し、精霊の前だと我を忘れてしまう我らが生徒会長は壊れてしまったのだ。
ルダージュが本物の精霊でないことにやはり少なからずショックを受け、それでも彼のことが好きな相反する心が絶え間なく鬩ぎ合っているのだと。
要するに、今の彼女は疲れている。
そう結論付ける他なかった。
「セルティー、少し休みましょうか」
「……え、私はまだまだ大丈夫ですよ? ルダージュから元気も貰いましたし、それに会議も大詰め――」
「無理をするな。眠れないというのならルフォル家直伝のマッサージでもしてやろう」
『即・安眠』
「巫女様まで……お気持ちは嬉しいですけど、解呪魔法を先に覚えないと作戦が……」
「問題ありませんわ。貴女が寝ている間、わたくしたちが代案を練っておきます。だから、貴方はゆっくり……ぅ、色々、ありすぎましたものね」
「お嬢様、ハンカチを」
「わ、私も! 研究中の芳香ポーションとかいろいろ用意するわ。体だけでなく心もリラックスできるはずよ」
「え、あの……」
セルティアもさすがに変な空気を感じ始めた。
何故だか周囲が妙に優しい。
もちろん彼らはいつも優しいのだが、今回は労わり方のベクトルが違う気がした。
まるで腫れ物に触るような扱いに近い。アリージェに至っては目に涙すら浮かべている。
(あと、微妙に生暖かい視線もどこからか感じます)
なにか変なことでも言ってしまっただろうか……? 自分はまだ愛について語っていないのに……と脳内で疑問符を浮かべているセルティアには彼らの心情は皆目見当もつかなかった。
「ルダージュ、みんなが変です」
とりあえず助け舟を求めて振り返る。
ルダージュは他の学園生と同様にセルティアを見上げたまま呆然とソファーに腰を下ろしたままだったのだが、困惑したように首を傾げるセルティアの姿が可笑しくて吹き出してしまった。
「ど、どうして笑うんですか……!?」
「ごめんごめん、セルティアはいつもと変わらないなーって」
突飛な発言は今に始まったことではない。
出会った頃もなかなかすごかった……と、心を落ち着ける。
「??」
「気にしなくていいよ。それより作戦の続き、教えてくれないかな?」
「続き……の前に、まずはこの作戦に至った切っ掛けを説明したほうがいいかもしれません」
「切っ掛け?」
「はい」
セルティアが正面を向き、友人たち見渡した後、バニー娘を見て優しく微笑んだ。
「私、ティーユに押し倒されたことがあるんです」
『!?』
友人たちの顔が凍り付く。
さすがのルダージュもこれにはセルティアを二度見し、巫女の2人は今の学園生は進んでいるなーと現実逃避を始めた。
そして名指しされた当の本人はいつもの眠そうな眼をセルティアに向け、赤らめた頬に両手を当て、
「ぽっ……」
と照れたような効果音を呟いた。
それがあまりにもわざとらしかったせいか隣に座っていたミリアが何か裏があるなと勘付き躍起になる。
「ティーユさん! 早めに弁明しないとセルティーに既成事実を作られちゃいますよ!?」
「むー……」
「ぅえ!? どうして悩むんですか!? も、もももももしかして本当にセルティーをおおおぅ押し倒して――だ、ダメです! ダメですよぉー無理矢理になんてそんな、ちゃんと段階を踏んであいたぁい!? なぁにするんですか! ロイくん!」
ロイのチョップがミリアの後頭部に直撃した。
「落ち着け、カグラが思い出してるところさんなんだぞ」
「……」
「……」
「なんです? ところさんって」
「聞き間違いだ」
「そーやってロイくんの方が動揺してるじゃないですか! そんな調子だと先を越されふぁいまふよ」
「俺はもういいんだよ、このお節介減らず口め」
「はーなーひーて、くーだーさーぃー」
ロイに頬を掴まれ、抵抗するミリアの図が出来上がる。
片やアリージェは魂が抜けたように真っ白になっており、オルガが「気をしっかり、お嬢!」と呼び止めている。
巫女姉妹は感慨にひたるように深く頷き、総長は腹を抱えて蹲り今にも笑い転げそうな勢いだ。そして眼鏡を掛け直したシンシアは「ありかも」と人知れず着想を得ていたのだが、隣にいたヘルエルは聞こえなかったふりをしてその場をやり過ごした。
一言でいえば阿鼻叫喚だった。
「ルダージュ、みんなが変です」
元凶がまた同じセリフを吐き、振り返る。
ルダージュもその一員にすぎない。ティーユに押し倒された話は初耳だったため思考が停止してしまう。少しでも頭を働かせると、いつの間にそんな関係になったんだ、まだセルティアには早すぎる……と何故か父親目線になるほど混乱もしている。
「しょ――」
「しょ?」
「召喚獣として……2人のことを、祝福するよ」
最終的には、セルティアの召喚獣として応援するべきなのではないだろうか? と思考もぶっ飛び始めた。
「何を言っているんですか? ルダージュ」
頼みのルダージュですらセルティアの言葉に侵されてしまった。
そしてそんな混沌と化した室内に光明がささるように、「あ……」と何かを思い出したらしいティーユの可愛らしい声が響いた。
「もしかして、幻魔討伐作戦の時のこと……?」
「ふふ、そうです。あの時はありがとうございました」
「必死だったから……」
セルティアにお礼を言われたティーユは兎耳を折り曲げ、本当に照れたように目を伏せた。
『……』
2人の様子を窺っていたルダージュたちもそのやり取りから想像と現実の乖離を感じ始めたのか冷静になる。
「セルティア、幻魔討伐作戦って合宿の時の話だよな? 俺が駆けつける前に何かあったのか?」
「はい。実はあの時、幻魔の攻撃が直撃しそうになった私のことを、ティーユが身を挺して助けてくれたんです」
「へー」
ルダージュが感心したようにバニー娘に視線を向けるが、今更振り返ることになるとは思ってもいなかったティーユは照れくさそうに彼の視線から目を背けてしまった。
そして思い出したのはティーユだけではない。
「……わたくしも見ていましたわ」
現世に帰って来たアリージェがぽつりと呟く。
「どちらかというとアレはティーユが貴女を助けるために突き飛ばしていたような――」
記憶を辿ると、幻魔の射出攻撃からセルティアを逃がすためにティーユが力強く跳び、庇っていた姿しか思いだせない。決して押し倒したわけではない。しかし、そんなアリージェの疑問に答えるようにセルティアは「あーそれは」と悪びれもせず言葉を続ける。
「ティーユに突き飛ばされた……なんて言ったらニュアンスが悪いじゃないですか。せっかく私を助けてくれたティーユに失礼です」
「……それだけですの?」
「それだけですわ」
「紛らわしいですわぁー!」
手で顔を覆い盛大にツッコミを入れるアリージェ嬢。
しかし、オルガは気が付いた。顔を隠しているのは恥ずかしいからだと。自分の口調を真似されたことがツボを刺激したのか、アリージェはセルティアにときめいていたのだ。今も小さな声で「真似されてしまいましたわ――!」と気恥ずかしそうに喜んでいる。見て見ぬふりをするのが従者としての責務である。
「……しかし、ティーユに押し倒されたことが紅騎士を救う事とどう関係するというのだ、セルティア」
『?』
オリヴィエとシルヴィエの問いにセルティアはここからが肝心だと示すように真剣な眼差しで頷いた。
「あの時のことをよく思い出してください。討伐作戦前、私はルダージュから魔装を譲渡されていました。私たちを護る盾と言われて」
「覚えているさ。物珍しい不思議な能力だから関心も高かった……ん? しかし、待てよ……なるほど、そういうことか」
つまり、
「ティーユは“魔装を譲渡されたセルティアを押し倒した”と。そういうことだな?」
「はい、御明察のとおりです。あらゆる攻撃を防いでしまう魔装の鉄壁を、ティーユは潜り抜けた。それはつまり紅騎士に譲渡された魔装も潜り抜けることができる、ということです」
周囲から感嘆の声があがる。
「私すごい……?」
ティーユが調子に乗るが嫌みがない。
それは褒めて欲しいというよりはセルティアたちの力になれたことを喜ぶような表情だったからだろう。
「もちろんですよ。ティーユのおかげで可能性が見えたのですから」
「いっえーい……」
「ちなみに私を庇おうとした時、ティーユは何を考えて動いていましたか?」
万歳をしていたティーユがその腕を体の前へと持ってくる。簡単に再現をして当時の感情を思い出そうとしているのだろう。
「助けなきゃ……って思っただけ。あまり他のことは考えてなかったかも」
「なるほど。どう思いますか? ルダージュ。譲渡された魔装が勝手に発動する要因がわかれば、紅騎士を攻略できます」
「……」
セルティアに話を振られてもなおルダージュは沈黙を続けた。
過去に悠乃に譲渡した際、幻魔の攻撃からは魔装は悠乃を護ってくれた。そしてルダージュが闘技場で紅騎士に牙を向けた時も、魔装は発動して彼女を護ってくれた。
幻魔とあの時の自分。
共通点は――
「おそらく敵意だな。今まで考えたこともなかったが、譲渡された魔装は相手の敵意に反応して発動している。俺は紅騎士に敵意があったから攻撃を防がれた。ティーユには助けたいという気持ちしかなかったからセルティアに触れることができた――と、思う」
「では念のため本当に譲渡された魔装が敵意に反応しているのか明日までに実験をして置きましょう。会議終了後にルダージュは誰かに魔装の譲渡を――」
「私が譲渡を受けよう」
『私がやる』
ほぼ同時に手が上がった。
「……くく、やはり姉妹だな。考えることは一緒か」
『当然』
笑い合うオリヴィエとシルヴィエ。
魔装の譲渡。
それは幻魔の力を受け入れるという意味に近い。
幻魔に家族を殺された彼女たちが引き受けるのは、ルダージュへの想いの証明だ。
「――じゃあ、お願いしてもいいかな?」
彼女たちの想いに応えるため、ルダージュが直接姉妹に告げる。
余計な台詞は無しだ。これは3人にとって普通のことになるのだから。
「無論だ」
『まかせて』
「……ありがとう」
穏やかな空気が流れ、会議も終盤となった。
セルティアが作戦の続きを語りだす。
「譲渡された魔装はこれで突破できる――という前提で話を進めますね。最後の難関は紅騎士の魔装の鎧をどうやって剥がすか、なんですが……ルダージュ。ユノさんは魔装の扱いが苦手だったんですよね?」
「そうだな。とりあえず鎧も翼も扱うことはできているようだが……記憶が無いせいか動きがぎこちない。魔装を使った戦い方を忘れていて単調になっている」
「弱点はあるの?」
リンドの質問にルダージュは頷き、肯定する。
「鎧殻はとにかく慣れが必要だ。特に関節部分は体の動きに合わせて操作しないといけない。それこそ自分の体の一部のように、な」
魔装の籠手を装備し、指や手首を動かして見せる。
「戦闘を激しくするか動揺を誘うような動きで紅騎士を翻弄すれば、必ず関節部分が脆くなる。もしくは維持できずに崩れる」
そして――と、ルダージュは自分の首を指差した。
「目で確認できる関節部分は気付かれて補強されてしまうかもしれない。でも、自分の目では見ることができない“首”の部分は肌が露出しても気付かないかもしれない。弱点と呼べるのはそこだけだ」
「……十分です」
ルダージュの解説を聞き終えたセルティアは決意を新たに彼に向き直る。
「召喚士として、ルダージュに作戦の内容を伝えます」
「……あぁ」
「紅騎士と接触後、ルダージュは紅騎士に敵意を持って本気で攻撃してください」
『――!?』
学園生たちが驚愕する中、ルダージュは納得したように相槌を打つ。
「譲渡された魔装の有用性を紅騎士に植え付けるためだな。俺の攻撃が全く届かないから油断するはずだ」
「はい。そして私との相対ではまったく機能しなくなる。ずっと護ってくれた魔装の騎士がいなくなってしまったかのように……そうなれば彼女は酷く混乱するはずです。その動揺が彼女の隙を生みます」
「わかった。できる限り特殊な戦い方をしよう。あと、戦闘中は基本的に紅騎士の頭や首を狙った戦い方を試す。参考にしてくれ」
「わかりました」
淡々と事務的に作戦概要を確認するセルティアとルダージュ。
きっとそれは彼らの内なる怒りをひた隠すため仮面なのだ。
大切な人を奪われた2人の感情を覆い隠すため、冷静という名の仮面が――
「ふふ、ふふふ! 待っていてくださいね、ユノさん。これで私の精霊愛を伝えられます!」
深刻な空気が台無しだった。
ずっこけた生徒たちが「そう言えばそんな話だったなぁ……」と遠い目になり、文字通り立ち直れない。
そしてアリージェは気付いてしまった。
セルティアの宣言通り、譲渡された魔装を潜り抜けて“紅騎士を抱き締め”解呪魔法をかける作戦になっていることに。
もちろんそれはセルティアが最初に提案したことであり当然の帰結ではあったのだが、不確定要素を確認しながらも最終的には宣言通りになってしまった。セルティアの底知れぬ才覚は疑いようもない。
ただ一つ、懸念があるとするならば、
「セルティア」
「はい。どうかしましたか? アリージェ」
「その作戦……貴女が紅騎士に敵意を持たないということは、もしかして丸腰で紅騎士に立ち向かいますの?」
「そうなりますね」
「あ……」
しまった、といったようにルダージュが驚いた表情を見せるが、
「問題ありません。目には目を歯には歯を……というやつです」
屈託の無い笑みを見せつけられては心配をする理由もなくなった。
セルティアの考えにルダージュは得心が行ったからだ。
だが、アリージェが気にかかっているところはそこだけではない。
「つまり、紅騎士を追いかけ続けるセルティア――という構図になってしまいますのね」
「え、ええ、そうですね。捕まえるために精霊界の果てまででも追いかける所存――」
「シュールですわ」
「……へ?」
脈絡も無しに言われると単語というものはどうも耳に入ってこない。
そう、それはセルティアが急に愛を語りだしたことと同じだ。
でも言わずにはいられなかった。
「シュ、シュール……」
きょとんとしたセルティアの可愛らしい顔を眺め、アリージェは思う。
(逃げても逃げても精霊好きのセルティアが笑顔でひたすら追いかけてくる光景は……ほぼ間違いなくホラーですわ。口には出しませんけど)
少しだけユノに同情し、彼女の身を案じるアリージェ。
他の友人たちも言葉には出さないが同じ感想を抱いたのか押し黙り、笑いをこらえるように視線を逸らす。
深刻な空気などとっくに入れ替えられてしまった。
でもそれは彼らがルダージュとセルティアの作戦が上手くいくことを欠片も疑っていない証拠でもあったのだった。




