第1話 生まれたてのマッスル令嬢(予定)〜???視点〜
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「おぎゃあ! おぎゃあ!」
お尻をスパンと叩かれ、その子は肺いっぱいに空気を吸い込んで産声をあげた。
生まれたての赤ん坊。
第二の人生をスタートさせたばかりのその子は、信じられないくらい体が重いのか、指先一つ動かすのにも苦労しているようだった。
「おめでとうございます、旦那様、奥様! 元気な女の子でございますよ!」
大髭の医師からその子を受け取り、優しく布で包んで抱き上げてくれたのは、温かい手をした年配の乳母、マチルダだ。
すぐに、涙を流して我が子を覗き込む美しい男女――この家の侯爵夫妻がベッドに駆け寄る。
「……非常に、非常に体が弱く生まれておられます。スプーン一杯を持ち上げるだけでも、この子の心臓には毒となりましょう。どうか、生涯にわたって過保護なほどに安静に、何一つ負担をかけぬようお育てくだされ……」
医師の重苦しい宣告に、部屋の中がしんと静まり返る。
しかし、壊れ物を扱うように赤ちゃんを抱きしめるお父様とお母様の瞳には、絶望の淵にあっても確かな気高さと愛が宿っていた。
お母様――エレオノーラ・シャルロット・ジュリアーヌ・ロイヤル・ド・アイゼンベルク。
先代の王弟の娘であり、現国王の従姉妹。王家の血を色濃く引く彼女がアイゼンベルク侯爵家に嫁いだことで、生まれたこの子は、最初から「王太子レナードの婚約者候補」の筆頭に立つ宿命だった。
「例えどんなに体が弱くとも、この子は私たちの愛しい宝物だ」
お父様――アルベルトは、エレオノーラの肩をそっと抱き寄せた。
「……この子に最高の祝福と、この上なく気高く美しい名前を贈ろう。なあ、ジュリ。お前の美しい名から一文字もらってもいいかい?」
普段は「エレオノーラ」と呼ぶお父様が、動揺と愛おしさのあまり、二人きりの時だけの特別な愛称である「ジュリ」と口にしてしまう。
「……まぁ、アルベルト。マチルダや先生の前ですわよ?」
お母様は涙の浮かぶ目元を赤く染めながら、少し照れたように小さくお父様を嗜めた。
その様子を側で見つめながら、私は静かに心の中で誓う。
(……は? 何この天使。可愛すぎるんだけど。無理、僕が一生養う。邪魔する悪い虫は全員、事前に僕が社会的に抹殺しよう)
そんな私の決意(と大人たちの生温かい空気)を余所に、お父様が赤ちゃんの小さな手を優しく包み込んだ。
「お前の名は、フランシスカ・シャルロット・ルミナス・ド・アイゼンベルクだ。そして、フランシスカ。いつかお前が大きくなって、魂を分かち合うような特別な伴侶に出会えたなら……その愛する人にだけは、お前を『ルミィ』と、二人だけの特別な愛称で呼ばせてあげるんだよ。私たちがそうであるようにね」
(フランシスカ……そして愛称は『ルミィ』。王室の血を引く母上の娘だ、将来の政略結婚の駒としてはこれ以上ないカードだな。生きていれば、の話だけど)
そんな風に、妹という存在をどこか「家益のための道具」として見積もっていた、その時だった。
「――さあ、お兄様。可愛いフランシスカ様ですよ。優しく触れて差し上げてくださいな」
マチルダが、私の手を取って、そっと赤ちゃんの小さな、ふにゃふにゃとした手に重ね合わせた。
お、お兄様。
その響きが、すとんと私の胸に落ちた。
「お兄様……? レオ様、どうかなさいましたか?」
私の指を、ぎゅっと、壊れそうなほど弱い力で握り返してくる、小さくて温かい手のひら。
その瞬間、私の頭を殴りつけるような衝撃が走った。
道具なんかじゃない。
人形なんかじゃない。
この温かくて、今にも消えてしまいそうなほど小さくて愛らしい生き物は、僕の――僕だけの、たった一人の妹なんだ。
僕が、この手で、一生をかけて守らなければいけない、僕の妹なのだ。
マチルダに声をかけられ、私はいつもの「完璧な美少年」の貼り付けたような笑顔を浮かべた。
「いいえ。僕の大切な妹、フランシスカ……フランを、一生をかけてお守りしようと誓っていただけですよ」
こうして、私――レオポルドの「腹黒妹溺愛ロードマップ」が、静かに幕を開けたのだった。
――そう、完璧なはずだったのだ。
まさかこの1ヶ月後、どこからともなく湧いて出た「小生意気な羽虫(妖精)」のせいで、僕の完璧な管理計画がすべてめちゃくちゃに破壊され、激しい怒りに身を焦がすことになるとは、この時の私は知る由もなかった。
ご視聴いただきありがとうございました。本作の原作にあたる作品も、ぜひあわせてお読みいただけますと幸いです。
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