危険な香り
「私はこの人物の調査を二人にお願いしようと思っている」
沈黙する部屋の中に静かにギルドマスターの声が響く。
「どうして俺たちなんでしょうか?」
確かに俺たちは偶然関係していた。だが、だからと言ってなにも俺たちに調査を依頼しなくてもいいはずだ。
「それはエミリー君の魔物への知識と君の圧倒的な力が役に立つと考えているからだよ」
ギルドマスターは薄く微笑む。
どうも、俺のことはだいぶ調べられているようだ。
「つまり、俺は護衛でエミリーはその裏にいるやつと知恵比べをさせる気か?」
「そうだ」
確かに魔物の知識を持っている者同士なら勝算はあると思うが、危険すぎる。そいつは子供すら殺す。俺は常にエミリーの隣にいるわけじゃない。もし俺のいないところで前回のように襲われたら対処ではできない。
「とてもじゃないが彼女に危険が及びすぎている。却下だ」
「……そうか。ならばこちらも無理には……」
「私、やります」
ギルドマスターの言葉を遮りエミリーが声を上げる。彼女の顔には怯えなどなかった。
「おい!馬鹿なこと言うな!もし今後狙われたら助かる保証なんてないんだぞ!?」
「分かっています……ですが、魔物を利用して彼らを悪役にしようなんて私には許せません」
声は静かだった。しかし、その声は確かに熱を帯びていて彼女の強い怒りが肌に突き刺さるように感じられた。
「本気か?」
「はい」
彼女の目に自分の目を合わすもエミリーは一切動じることもなくまっすぐに俺を見つめてくる。
「はあ……分かった。俺も協力する」
「ふふ、ありがとうございます」
微笑むエミリーを見ながら俺は頭を悩ませる。前回の件もある。どうやって彼女の安全を確保すればいいんだ。
「私にいい案があるぞ?」
ギルドマスターが何やらとても楽しそうにこちらに話しかけてくる。その笑みはとても嫌な予感しかしなかった。
「……一応聞くが、どんな方法だ?」
「それは……君たちが一緒に暮らせばいいんだよ」
ギルドマスターの言葉に俺もエミリーも固まる。
「正気か?とてもじゃないがそんなふざけた意見は……」
「ふざけてなんていないよ。君たちが一緒にいれば問題は解決するんだ。つまり、一緒に生活を共にすれば問題解決さ」
いや、そういう問題ではないだろう……
俺は天井を見上げて額に手を当て盛大にため息を吐く。こんな狂人みたいなおっさんに期待したのが間違いだった。
「エミリーもなんか言ってやれ」
俺はエミリーにそう声をかけるが反応がない。よく見ると彼女の耳は先まで真っ赤になっていた。
「お、おい。大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です!い、一緒に住めます!」
エミリーは背筋をピンと正して部屋の壁を見ながら大きな声で言う。
「いや、一緒に住まなくても……」
「守衛さんは、い、嫌ですか?」
こちらを不安そうな目で見つめてくるエミリー。その姿はまるで捨てられた子犬のようだった。それに俺の意思は揺らぐ。
「嫌ではないが……若い男女が同じ屋根の下というのは……まずいだろ?」
「そ、そうですか?わ、私は全然問題ないですよ?」
「そ、そうか……」
そこで、俺は気づく。
あれ?これもう断る理由なんてないのではないか?
そう気づいた時には俺の背中に大量の冷や汗が流れていた。汗のせいで服が肌に張り付きまるで梅雨のじめじめした感触がして非常に気持ち悪かった。
「じゃあ、一緒にす、住みましょうか……」
「あ、ああ……」
俺は流れに身を任せるように答えてしまうのだった。
「はっはー!よかったなエミリー!」
「は、はい!ありがとうございます!ギルドマスター!」
二人は立ち上がりハイタッチをしていた。
……俺嵌められたのか?
俺がそれに気づいた時にはもう遅かった。
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「で、だが。スライムの件はどうにかなりそうかい?」
ギルドマスターが改まって椅子に座り威厳を出すように聞いてくるがもはやそこに威厳など俺は微塵も感じてなかった。
「いや、今のところは進捗はなしだな」
「そうか……」
ギルドマスターは椅子に背中を預けて目を閉じる。
「ギルドマスター、その子供たちを唆した人物の情報は他にありますか?」
「うん?ああ、関係なさそうな情報ならあるぞ。例えば子供たちにお手製の石鹸を渡していたとか……」
「石鹸ですか?」
「ああ、何でも嗅いだことのない甘い匂いのする石鹸だそうで貧しくて石鹸を買えない子供に配っていたそうだ」
石鹸を無料で配布?何がしたいんだ?
唆すために石鹸を配ってスライムの話を聞かせていたってことか?まあ、なんにしても目的が不明だな。
「エミリー何かわかったか?」
「甘い匂いの石鹸……」
エミリーは小さく呟きながらいつの間にか取り出していた分厚い本を見て何かを熱心に考えていた。しかし、何かに気づき小さく呟く。
「あなたは……どこまで彼らを利用する気なのですか」
その声に俺は戸惑った。
今まで聞いたことのない低い声だった。とても彼女から発せられたとは思えない怒りに満ちた声で俺の肌に深く突き刺さる。
そしてなぜか、匂いもしないのに不思議な甘い香りがした気がした。それはどこか魅力的でしかし、どこか危なげな匂いだった。
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